第2413話

「じゃあ、レイ。色々と助かった。ありがとな」


 ザイやレイへの挨拶を終わらせた後でそう感謝の言葉を述べると、ケンタウロス達は自分の集落に戻っていく。

 女王を倒してから数日……偵察隊の面々は、集落に寄ってはそこで一緒に行動していた偵察隊の面々と別れていた。

 その中には、当初はザイの集落に行く筈だった、精霊の卵が埋まっていた集落の生き残りもいた。

 何故途中で当初の予定とは違って他の集落に行ったのか……それは単純に、偵察隊に参加していた男とそういう関係になったから、というのが大きいだろう。

 展開が早すぎるのでは? とレイは若干思ったが、ケンタウロスにしてみればそんなに珍しい話ではないと言われれば、レイとしてもそういうものかと納得するしかなかった。

 当然の話だが、集落の幾つかでは一度集落に寄っていって欲しいとも言われたが、基本的にザイがそれを受け入れることはない。

 少しでも早く偵察隊に参加したケンタウロス達を自分の集落に戻すということを考えての行動だった。

 勿論、夕方や夜に集落に到着した場合は、その状況で野営をするのも面倒だということで、集落に泊めて貰っていたが。


「それにしても、人数がかなり少なくなったな」

「そうね。……この前の一件は結構印象深かったから、余計にそう感じるのかもしれないけど」


 自分の後ろに乗っているヴィヘラが何を言ってるのか。

 それはレイにも、すぐに分かった。

 ……いや、レイでなくてもそれについてはすぐに分かったのだろう。

 特に張本人たるアナスタシアは、薄らと頬を赤くしている。

 それは、レイ達が接触するよりも前に他のケンタウロスの集落に接触したアナスタシアとファナにより、何らかの問題……それも簡単な問題という訳ではなく、かなり難易度の高い問題で助けて貰ったダムランの集落の近くでの出来事。

 多くの者が集落から出て来て、アナスタシアに是非寄っていって欲しいと言ったのだ。

 ダムランやその部下達も、ここで自分達の恩人たるアナスタシアと別れるのは……と、泣いている者が多かった。

 一体、何をしたらここまで心酔されるのかと、そうレイは疑問に思ったし、実際にそれを尋ねもしたのだが……結局その理由は不明なままだ。

 とはいえ、レイとしてもそこまで強引にアナスタシアに聞くのもどうかと思ったので、それ以上無理に聞くような真似はしなかったが。


「その話はもういいわ。それよりも、次に行くんでしょ? ほら、ここであまり時間を使えば、また野営をすることになるわよ。……レイがいれば、その辺も安心だけど」


 最後の言葉は、若干呆れ混じりの言葉となる。

 アナスタシアもそうだが、それは他の面々も同様だ。

 地下空間の前でドラゴニアスの死体を埋めた時も、レイの使った地形操作を見て驚きの声を上げた者は多い。

 だが、それ以上に初めて野営をした時は、地形操作によって生み出された土壁と堀を見て、皆が驚きの声を上げた。

 以前までの地形操作とは、桁違いという言葉が相応しい程にその効果が強化されていた為だ。

 取りあえず、レイが女王を倒したことによってスキルが強化されたと話したが。

 ……実際、女王の残した核を破壊したことによって地形操作のレベルが上がったのだから、その言葉は決して間違いという訳ではない。

 だからこそ、それらしい説明に多くの者が納得したのだろう。

 ガラス化した地面を見たというのが、その説明に強い説得力を与えたのも、間違いのない事実だったが。


「ザイ、今日はまだ進むんだよな?」

「当然だ。まだ昼を少しすぎた程度だからな」


 レイの言葉に、ザイはあっさりとそう告げる。

 ザイにしてみれば、偵察隊の役目は果たしたのだ。

 そうである以上、出来るだけ早く偵察隊に参加している面々を自分の集落に戻したいという思いがあった。

 何しろ、今回の騒動の元凶たるドラゴニアスの女王は倒したものの、それで全てが解決したという訳ではないのだ。

 幾つもの集落が壊滅し、また他の集落に逃げ込んだり、保護されたりした者も決して少なくない。

 だからこそ、ドラゴニアスの一件が解決した後は、どの集落でも一人でも多い人手を必要としている筈だった。

 また、それは他の集落だけではなく、ザイの集落についても同様だ。

 不幸中の幸いにも、ザイの集落は大きく、周辺の集落のケンタウロスたちが合流してきたり、逃げ込んできたりした結果として、以前よりも大きくなっている。

 食料の消費は激しくなったが、人数が増えたというのは大きな力となるだろう。

 ザイには、集落がこの先どうなるのかといったことは、分からない。

 それこそ今の規模のままで一つの集落とするのか、それとも新たな集落という形で独立させるのか。

 その結果がどうなるかはともかく、ザイは集落の中でも最強の戦士である以上、出来るだけ早く戻る必要がある。


「行こう」


 ザイのその言葉に従い、女王を倒した時と比べると大分人数の減った偵察隊は移動を開始する。


「今日中に、出来ればもう一つか二つくらいは集落に寄りたいところだけどな」


 そう呟くザイの言葉は、本気でそう言ってるのは間違いない。

 レイもまた、そんなザイの言葉には頷いて次の集落に向かって進み始める。


「ねぇ、レイ」

「どうした?」


 不意に後ろから声を掛けてきたヴィヘラに、レイはそう言葉を返す。


「もう少しで向こうに戻れるけど、そうなったらまた忙しくなりそうね」

「は? いやまぁ、それはそうだと思うけど」


 ヴィヘラの口から出て来たのは、レイにとっても予想外の言葉だ。

 勿論、その言葉は決して間違いではない。

 実際にエルジィンに戻れば、間違いなくレイは忙しいことになるだろう。

 レイがいない間は、それこそトレントの森の木を伐採しても、それを運ぶには馬車を使う必要があった。

 当然の話だが、特注の馬車の荷台に伐採した木を積み込むだけでも相応の人数を必要とするし、馬車で移動する際にも木を運んでいるのだから街道を移動する時は他の通行人達に気を遣う必要がある。

 そしてギルムの中に入っても、街中である以上は錬金術師達が作業をしている場所まで運ぶのも大変で、何とかそこに到着しても、今度は運んできた木を降ろす作業がある。

 レイが一人で――セトに乗って移動しているので、正確には一人と一匹だが――やるのに比べると、一体どれだけの労力が必要なのか、分かりやすいだろう。

 また、レイが増築工事で行っているのは、トレントの森の木材を運ぶだけではなく、転移してきたリザードマン達の世話役といった面もあるし、足りない物資をミスティリングを使って必要な場所に運ぶなど、それこそやるべきことは多々ある。


(あ、そう考えると、ちょっと戻りたくなくなってきたな)


 レイも、ギルムの増築工事に反対している訳ではない。

 それどころか、レイにとってギルムはこの世界にやって来て最初に訪れた場所ということもあり、その後も色々とトラブルはあったものの、故郷という思いすら抱いている。

 そんなギルムが、街から都市の規模に増築工事されるのを、反対する訳がない。

 ……もっとも、ギルムはミレアーナ王国唯一の辺境にある街で、そこに集まっている人数は既に街の規模を超え、準都市とも言うべき存在だった。

 そのギルムが明確に都市になるのだから、レイとしては喜ばしいことなのは間違いない。

 だが、それでも向こうに戻ればやるべきことが多いと思うと、そのことを面倒だと思ってしまう。

 一度行動を始めてしまえば、そんなことは感じなくてすむのだが。


「……レイ、どうしたの?」

「いや、ギルムに戻れば色々と……本当に色々と忙しくなりそうだと思ってな」

「嫌なの?」

「嫌って訳じゃないけど、出来ればもう少し楽な仕事をやりたいと、思わないでもない」

「なら、私と一緒に見回りでもする? ……こっちはこっちで、結構大変だろうけど」

「だろうな」


 現在のギルムには、増築工事の件もあってか、多くの者が仕事を求めてやって来ている。

 集まってきた者の中には気の強い者も多く、そんな者達にしてみれば、街中ですこしぶつかったぶつからない、もしくは見ていた見ていないといったことで容易に喧嘩になる。

 勿論、仕事を求めてギルムに来ているのはそのような者達だけではないが、そのような大きな騒動を起こしている者がいれば、目立ってしまう。

 そのような者達に限って相手の実力を理解することも出来ず、自分達では勝てないような、以前からギルムにいた腕利きの冒険者に喧嘩を売ったりする。

 いや、その程度ですむのはまだいい方だろう。本当に運が悪い者は、スラム街に入り込んで最悪殺されるといったことになったりもするのだから。

 そのような者達をどうにかするのは、本来なら警備兵の役割だ。

 だが、人数がそれだけ増えると、当然ながら警備兵の数も有限なだけに足りなくなる。

 そんな警備兵の補助的な戦力が、街中の見回りをする者達だ。

 ヴィヘラの仕事も、基本的にはこれだった。

 ……その理由が、街中で暴れる相手と戦えるからというのは、レイ達を深く納得させたが。


「それはそれで面白いと思うけど……結局のところ、俺が仕事をやらないと、その分だけ増築工事の期間は長くなるんだよな」


 普通ならギルム程の規模の増築工事に、一人加わっただけで工事が早く終わったり、延びたりといったようなことはない。

 しかし……エルジィンにおいて、質は量を上回る。

 これは何も戦力だけではなく、増築工事のような件に関しても同様だった。

 レイの実力……正確には幾らでも物を収納出来るミスティリングと、高い機動力を持つセトの存在によって、増築工事においても量を上回る仕事をすることが可能だ。

 だからこそ、レイが仕事をしないとそれだけ増築工事の完了が遅れる訳で……今のこの状況で、そのような真似をする訳にはいかなかった。


(なら、最初から愚痴るなってことなんだろうけどな)


 自分で自分に突っ込みを入れるレイ。

 だが、今の状況で多少愚痴を言いたくなっても、そこまでおかしな話ではないだろう。

 そんな風に考えながら草原を走り続け、やがてザイの言葉通りまた集落の一つに到着し……ちょうど夕方だったこともあり、今夜はその集落に泊まることになる。

 ただし、集落に泊まらせて貰うとはいえ、テントの類は自分達で用意する必要があるし、食料もまた同様だ。

 ……いや、正確には集落の長が宴を開きたいと言ったのだが、この集落はお世辞にも食料が豊富とはいえなかった。

 だからこそ、ザイはその提案を断ったのだろう。

 そんなザイの言葉に、長は残念そうな、そして安堵したような表情を浮かべたのが、見ていたレイにも理解出来る。

 なら、最初から宴を開くといったようなことを言わなくてもいいのではと思ったレイだったが、集落の長としては、多少苦しくてもドラゴニアスを倒して自分達を助けてくれた英雄に、そのような真似は出来なかったのだろう。

 そんな訳で、偵察隊の面々は集落のすぐ側にテントを建て、レイもまたマジックテントをミスティリングから取り出す。そして……次にやったのは……


「地形操作」


 その言葉と共に、デスサイズのスキルが発動する。

 野営地を囲むような形で五mの土壁が生み出され、同時に五mの堀が生み出される。

 ただし、野営地は集落のすぐ隣だった為か、集落と繋がっている部分はそのままだったが。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 偵察隊の面々とは違い、初めて地形操作を見た者達の口から驚愕の声が上がる。

 当然だろう。集落のすぐ隣に、いきなりこのような高い防御力を持つ土壁が現れたのだから。


「驚いてるな。……俺達も最初に見た時は驚いたんだから、当然だけど」


 アスデナが土壁の向こう側から聞こえてくる声に、笑みを浮かべてそう告げる。


「この様子だと、俺達がいなくなったら集落をこっちに移すかもな」


 別のケンタウロスがそう告げるが、それを聞いたレイは難しいだろうと思う。

 今でこそ、こうして野営地の周囲を殆ど覆うような土壁に偵察隊の面々も慣れたが、それはあくまでも何度となくそれを繰り返し、何よりもドラゴニアスという脅威が存在したからこそだ。

 だが、そのドラゴニアスも女王が死んでいる以上、まだ生き残りがいるかどうかは分からなかったが、以前と比べると間違いなく脅威は減っている。

 そうである以上、特定の場所からしか出入り出来ないこの土壁で覆われている中に集落を移すかと言われると、それは難しいだろうと。


「その辺はどうでもいいよ。もし集落の方で使うのならこのまま残すし、使わないのなら明日の出発前に元に戻せばいいだけだし」


 そんなレイの言葉に、他の者達も同意するように頷き……そして、その夜はゆっくりとした時間をすごすのだった。

 そして、翌日……結局何かに使うかもしれないからということで、土壁や堀はそのままに、偵察隊の面々は草原の中を走っていたのだが……


「グルルルゥ!」


 そんな中、不意にセトが喉を鳴らす。

 警戒の込められたその声に一体何があったのかとレイは思ったが……その答えは、すぐに判明する。

 かなり遠い場所にあるが、しっかりと見える位置にある集落が、ドラゴニアスに襲撃されていたのだった。

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