第2409話
地面に転がっていた大量の死体を見て、レイは早速炎の魔法を使おうとするも……ふと、違う方法もありかと考える。
死体を燃やしてしまうのが一番手っ取り早いのも事実だが、女王を倒したことにより……正確には、女王の残した核か何かを切断したことでレベルアップした地形操作を使えば、もっと手っ取り早くどうにか出来るのではないかと。
ドラゴニアスの死体もまた、当然の話だが炭となるよりは生身のままで地面に埋めた方が微生物の分解によって草木の栄養になるのではないかと、そう思った為だ。
勿論、死体を埋めるとなれば色々と注意する必要がある。
例えば、浅い場所に死体が埋まっていれば、それを野生動物や鳥が掘り返してしまいかねないという点がある。
だが、幸いにして現在の地形操作では五mの穴を作り出すことが出来る以上、その点は問題なかった。……そもそもの話、ドラゴニアスの本拠地だったこの場所には、それこそ食料になるような動物はほぼ全て喰い殺されているので、そのような心配はないのだが。
しかし、この地を支配していたドラゴニアスの女王が倒された以上、この周辺は現在支配する者のいない空白地帯と言ってもいい。
そうである以上、ドラゴニアスに喰い殺されずに生き残っていたモンスターなり動物なりが、この場所に自分の縄張りを求めてやって来るという可能性も否定は出来ない。
(ただ、女王は殺したけど、生き残っているドラゴニアスの拠点とかはまだある可能性が高いんだけど。そういうのも、結局女王がいない以上、時間が経てば自然となくなっていく筈だ。……ドラゴニアスの寿命がどれくらいなのかは、俺にも分からないけど)
デスサイズを手にしながらそんな事を考えていると、近くまでやって来たヴィヘラが尋ねる。
「ねぇ、レイ。本当に大丈夫なの? 結構広範囲に死体が散らばってるけど」
その言葉は、現在の状況を的確に表している。
様々な場所からやって来たドラゴニアスと色々な場所で戦っている以上、死体が一ヶ所に集まらないというのは、当然のことだった。
そうである以上、レイの地形操作でもその全てをどうにか出来るかと言われれば……地形操作のレベルが上がる前であれば、難しかっただろう。
特に大きいのは、やはりレベル四の地形操作ではそこまで深く掘ることが出来なかったから、というのが大きい。
百五十cmと五mというのは、それだけ大きな差があるのは当然だろう。
「ああ、問題ない。……女王のおかげでな。行くぞ」
ヴィヘラにそう告げると、周囲にいるケンタウロス達がレイに向かって視線を向ける。
レイがこれから何をやるのかというのは、皆が知っている。
また、今までの野営は何度も使っている以上、ケンタウロス達はレイの使う地形操作を知っている。
そうである以上、レイがこれからやるのは半信半疑といった様子なのは当然だろう。
「地形操作」
デスサイズの石突きを地面に突きながら、スキルを発動するレイ。
そして次の瞬間、ドラゴニアスの死体がある場所は五m程沈む。
突然ドラゴニアスの死体が消えたことに、ケンタウロス達は驚きの声を上げる。
とはいえ、百五十cm沈んだだけでも、現在のレイ達がいる場所からはドラゴニアスの死体が見えなくなるのは間違いない。
「なぁ、レイ。ちょっと死体のあった場所を見てきてもいいか?」
アスデナが、そうレイに尋ねる。
こうして目の前でドラゴニアスの死体がなくなりはしたが、それでも本当にレイが言う程に深い場所まで地面が下がっているのか、確認したいのだろう。
「ああ、別に構わないぞ。ただ、近付きすぎて穴に落ちないようにな」
そんなレイ言葉のを聞くと、アスデナはすぐにドラゴニアスの死体のあった場所に向かう。
そちらに向かったのは、アスデナだけではない。
他にも何人もが、その後に続く。
そして……死体のあった場所、地面が沈んだ場所まで到着すると、恐る恐るといった様子で穴の中を覗き込む。
すると、その穴は明らかに今までレイが地形操作で野営地の周囲に作っていた堀よりも深い。
それも、比べものにならないくらいの、そんな深さだ。
「これは……」
話には聞いていたが、それでも穴の深さに驚くアスデナ。
だが、そんなアスデナの背に向かってレイが声を掛ける。
「おーい、アスデナ。そろそろ戻ってこい。その穴を埋めるぞ!」
「あ、ああ。分かった。……すぐに戻る」
目の前にある穴を掘るとしたら、一体どれだけの労力が必要になるか。
ケンタウロスは身体能力にはそれなりに自信があるが、それでもレイのように瞬時にとはいかない。
これだけのことを瞬時に出来るレイに驚き、軽い畏怖すら抱きつつ、レイのいる場所に向かう。
そんなアスデナの思いに気が付いた様子もないレイは、周囲を見てドラゴニアスの死体全てが地の底に沈んだのを確認してから、再度スキルを発動する。
「地形操作」
先程はただ単純に地面を下げただけだったが、今回レイがやったのは、沈下していない場所の地面を盛り上げて穴を埋める……といったような行為だ。
結果として、レイが作った穴はこれもまた瞬時に消え失せる。
『おおおおおお』
周囲のケンタウロス達の口から出る、感嘆の声。
それを聞きながら、レイは視線を地下空間に続く坂に向ける。
「感心してくれるのはいいけど、今はとにかく地下に向かうぞ。……幸いにして、ここにドラゴニアスは残っていなかったけど、もしかしたらまた来るという可能性は否定しきれないし」
レイの言葉に、ケンタウロス達の表情は真剣なものになる。
昨日の、突然大量に現れたドラゴニアスのことを……具体的には、レイが現在地下深くに埋めた……いや、埋葬した死体のことを思い出したのだろう。
何故昨日の今日でここにドラゴニアスがいなかったのかは、レイにとっても純粋な疑問だったが……今の状況でそんな心配をしても意味はないだろうと、取りあえずその辺はスルーしておく。
(いや、あるいは……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、ドラゴニアスは地下空間に集まっているとか、そういうことはないよな?)
地下空間はドラゴニアスの本拠地であった以上、ここに集まっていたドラゴニアス達が、その本拠地を一時的な拠点として使うといったようなことを行っても、不思議ではない。
飢えに支配されている普通のドラゴニアスであれば、そのような頭を使った真似は出来ないだろう。
だが、そうではない場合……ドラゴニアスの中に、知性の高い指揮を執れるドラゴニアスがいれば、一時的に地下空間の中に入るといったようなことをしても、不思議ではない。
「セト、ドラゴニアスが地下にいるかどうか、ちょっと分からないか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、申し訳なさそうに喉を鳴らすセト。
セトはレイよりも五感に優れており、当然のように嗅覚も並外れた能力を持っている。
その上で、セトが持つスキルには嗅覚上昇というスキルもあるのだから、本来ならドラゴニアスの有無を理解出来てもいい筈だった。
だが……ここにはつい先程までドラゴニアスの死体があったし、昨日気絶したレイを乗せてここを離れてからも、多くのドラゴニアスが集まった筈だ。
そうなると当然のように地下空間に入った個体もいるだろうから、セトの嗅覚でも現在地下空間にドラゴニアスがいるかどうかというのは、判断出来ない。
だからこそ、セトはレイに向かって素直に出来ないと、そう態度で示したのだ。
……これが見栄を張る者であれば、出来なくても出来ると、そう言ってもおかしくはないのだが、セトは見栄などというものとは無縁の存在だった。
「そうなると、俺達で直接行ってみるしかないな。……まぁ、いたらいたで、倒してしまえばいいだけだし」
レイの口調には、そこまで強い緊張の色はない。
女王を倒し、七色の鱗のドラゴニアスを始めとした知性あるドラゴニアを倒したのだ。
当然の話だが、それ以外のドラゴニアスが襲ってきても、レイ、セト、ヴィヘラが揃っている状態であれば、対処するのは難しい話ではない。
また、今回は精霊の卵の力を使ってる訳でもないので、アナスタシアも戦力として期待出来る。
「じゃあ、行きましょうか」
ヴィヘラの言葉に従い、ザイ率いる偵察隊は地下空間に向かう。
「うおっ、話には聞いてたけど……この坂、どこまで続くんだよ?」
ケンタウロスの一人が、坂道を降りながら驚きと共に呟く。
それこそ、地の底まで続いているのではないかと思える程に長い坂道。
草原で暮らしているケンタウロス達にとっては、これだけ長い坂道を進むといったことは初めてという者も多いだろう。
ましてや、この坂道は地下に続く坂道なのだから、尚更に。
「な、なぁ、レイ。……一応大丈夫だと思うけど……これ、このまま進んでも問題はないんだよな?」
「ああ、全く問題はないぞ。俺達が昨日ここを通った時は、それこそ地下空間に大量のドラゴニアスがいたけど」
その大量のドラゴニアスは、実際にはレイが魔法を使って大半を焼き殺した後でも、大量と呼ぶことが出来るだけのドラゴニアスだった。
レイがかなりの魔力を使って放った魔法にも関わらず、あれだけ大量のドラゴニアスが残っていたのだから、元々はこの地下空間にどれだけのドラゴニアスがいたのか……それを考えるのは、レイにとっても面倒なのは間違いない。
とはいえ、生き残っていた大半のドラゴニアスは、レイの魔法にも耐えられる赤い鱗のドラゴニアスだったのだが。
「あ、坂道が終わった!」
「注意しろ! ドラゴニアスがいる可能性があるぞ!」
前から聞こえてきたケンタウロスの喜びに満ちた声に対し、レイは鋭く叫ぶ。
それこそ、周囲の様子が不明な以上、警戒をしてしすぎるといったことはないのだから。
もしくは……本当にもしくはの話だったが、ドラゴニアスではなく、全く別のモンスターが地下空間に潜んでいるという可能性も、ない訳ではない。
昨日の今日である以上、その可能性は非常に少ないのだが。
そして……
「大丈夫だ! ドラゴニアスも、それ以外の敵の類もいない!」
聞こえてきたそんな声に、少しだけ安堵する。
とはいえ、地下空間は広大だ。
入ってすぐの場所からは、地下空間の全てを見通すことは不可能な程に。
そうである以上、今の状況で本当に安全だとは言い切れないのだが……それでも、取りあえず見える場所に脅威が存在しないというのは、ケンタウロス達にとっては幸運だったのだろう。
「うわっ、すげえ……こんなに広いのかよ……どこまで続いてるんだ?」
ケンタウロスの一人が、どこまでも広がっているように思える広大な地下空間を見ながら呟く声がレイの耳に聞こえてきた。
他のケンタウロス達も、声にこそ出す様子はなかったが、同じように思っている者が多いのは雰囲気でレイにも理解出来た。
広大な場所という意味では、ケンタウロス達の暮らしている草原はまさにそれだろう。
それこそ、広大に見えても結局のところ地下空間である以上、草原に比べると圧倒的に狭い。
だが……それでも地下にあるという点で、この場所はケンタウロス達を驚かせるには十分だったのだろう。
特にここにいるケンタウロス達は、精霊の卵を掘り出すといったことをしていただけに、それがどれだけの重労働なのか、自分達で体験して理解している者が多い。
それだけに、もし自分達が地下にこれだけの空間を作るとなれば一体どれだけ長い時間が必要になるのか。
そんな風に思うのは当然だろう。
……実際には、レイが知ってる限り、この地下空間はドラゴニアス達が自分達で掘ったのではなく、女王が土の精霊魔法を使って生み出したのだろうと、予想しているが。
(あ、そう言えば……本当に今更の話だけど、女王はこの地下空間に入る前ってもっと小さかったんだよな?)
坂道はかなり広かったが、それでもレイが昨日倒した女王の大きさを考えれば、とてもではないが入ってくることは出来ない。
であれば、女王はもっと小さい時にこの地下空間に入り……そして、この地下空間の中で大きくなったと、そう思ってもいい。
女王を倒した今となっては、本当に今更の話だったが。
「レイ、女王はどこにいたんだ?」
ザイのその質問に、レイは地下空間の中でも奥の方を指さす。
「向こうだな。ただ、女王のいた場所まで行っても、もう何も残ってないぞ。俺が完全に焼き殺したからな。それでも行くか? 正直、時間の無駄でしかないと思うが」
「それは……」
ザイの中で、激しい葛藤があるのはレイからも見て取れる。
だが……それでも、偵察隊を率いる者としては、女王が死んだというのを自分の目で確認しないといけないと判断したしたのか、女王のいた場所までの案内をレイに頼むのだった。
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