第2408話
レイが料理を出した朝食の時間は、賑やかにすぎていった。
多くの者がレイの出した料理を美味そうに食べていたのだが、眠っている者も次々と料理の匂いに引き寄せられるように起きて、そして食事をした。
そうして朝食が終わって、全員が空腹を解消すると、次は何をするかということになる。
「で、どうするんだ? 今の状況を考えると、このまま真っ直ぐ集落に帰るか?」
「いや、ドラゴニアスの本拠地はしっかりと確認しておきたい。それに、昨夜集まってきただろうドラゴニアスも、いるのなら出来れば処理したいし」
レイの言葉に、ザイはそう返す。
偵察隊を任されているザイにしてみれば、ドラゴニアスの女王が死んだとしても、出来れば自分の目でその死体を見たいのだろう。
……もっとも、実際にはレイの攻撃によって、女王は灰も残さず燃やされてしまったのだが。
「本拠地に行っても、もう女王の身体はないぞ? 他のドラゴニアスが燃やされて炭になっていたりはするだろうけど」
「それでも構わない。偵察隊としてここまで来た以上、女王の最後の地だけでもこの目で確認しておきたい。それに……アナスタシアも、あのままでは収まりがつかないだろう?」
ザイの視線の先にいるのは、レイが女王の身体を全て燃やしたと聞かされた為に機嫌が悪くなっているアナスタシアだ。
レイが女王を倒したというのは知っていても、女王の肉片の類は残っていると、そう考えていたらしい。
だが、女王の身体は炎帝の紅鎧によって内部から完全に燃やされてしまっている。
灰すら残っていない以上、アナスタシアが女王に興味を持っていても、今の状況ではどうしようもない。
「一応言っておくが、地下空間に向かってもそこに残っているのは普通のドラゴニアスの炭や灰だけだぞ? いや、あるいは女王以外のドラゴニアスの死体の肉片とか、そういうのが残ってる可能性は否定出来ないが」
正確には、レイのミスティリングの中にはドラゴニアスの中でも例外的な存在の女王を除けば頂点に位置する、七色の鱗のドラゴニアスの死体が複数入っている。
だが、そんな貴重なドラゴニアスの死体である以上、アナスタシアにそのような物があると知られれば、間違いなく奪われる。
七色の鱗のドラゴニアスの死体は複数あるが、この場合の問題はドラゴニアスの死体をマジックアイテムの素材として使うには、今のままでは駄目だということだろう。
少なくても、普通のドラゴニアスの死体はそのまま置いておくと、翌日には使い物にならなくなる。
それをどうにかしなければ、それこそアナスタシアが七色の鱗のドラゴニアスの死体を貰っても、研究する間もなく使い物にならなくなるだろう。
(これが数十匹単位の死体があれば、まだ話は別なんだけどな)
七色の鱗のドラゴニアスの希少さを思えば、死体を渡せば嬉々として研究し……そして翌日には使い物にならなくなっているというのを、レイは容易に想像出来た。
その辺りをアナスタシアに我慢して貰う為には、やはり地下空間に向かった方がいいのだろう。
そう判断し、ザイから視線を逸らしてアナスタシアを見る。
精霊の卵の側でその様子を見ていたアナスタシアだったが、レイの視線に気が付いたのだろう。レイとザイに向かって歩き出す。
……尚、そんなアナスタシアから少し離れた場所では、何人ものケンタウロスがヴィヘラとの模擬戦を行っている。
ヴィヘラもまた、昨日は地下空間で戦い続けていたのだが、その疲れは一晩ぐっすりと眠ったことによって全快したらしい。
そういう意味では、レイとヴィへラはよく似ていると言ってもいいのだろう。
「どうしたの?」
ヴィヘラとケンタウロスとの模擬戦を眺めている間に、アナスタシアはレイの側までやってきていて、そう尋ねる。
「これからどうするかを考えていたんだが、昨日の地下空間に行ってみた方がいいんじゃないかって意見が出ている。お前はどう思う?」
「当然行くわ」
レイの質問に、それこそ一秒たりとも考える様子を見せず即座に答えるアナスタシア。
殆ど反射的に言ってるのではないかと思えるのだが、実際にそれは間違っていないだろう。
……とはいえ、それでこそアナスタシアだとも言えるのだが。
「あー……うん。分かった。ザイ、ケンタウロス達の意見は?」
「同じだ。これまで、俺達はドラゴニアスと戦い続けてきた。……とてもではないが、勝利していたとは言えないけどな。だが、それだけにせめて最後に壊滅したドラゴニアスの本拠地は見ておきたい」
アナスタシアだけではなく、ザイにまでそう言われては、レイもその要望を拒否する訳にはいかない。
(地下空間の側では、昨日結局ドラゴニアスが襲ってきたらしいしな。女王がいなくなった今、まだ生き残っているドラゴニアスはどうなっているのか。それが分かるかもしれないな)
昨日は地下空間から出る前にセトの背の上で気絶……もしくは極度の疲労から眠ってしまった。
レイの視点から見た場合、セトの上に乗ってから、気が付けばこの野営地だったのだ。
だからこそ、地下空間に続いている場所を見てみたいという思いがあった。
(それに死体が大量に出たということだから、そっちもどうにかした方がいいだろうし)
ザイからは、朝食の時にその辺は特に気にする必要はないと言われているが、死体が大量にあるのでは疫病の原因にもなりかねない。
地下空間のすぐ側である以上、ケンタウロス達には影響がない可能性があるが……それも絶対とは言い切れない。
動物や鳥を媒体として、その疫病が広がる可能性がある以上、出来れば燃やしておいた方がいいのは当然だった。
「分かった。なら、すぐにでも出発するか。……ここでやるべきことの最後が、ドラゴニアスの本拠地の確認だな。そういう意味では、俺達らしい仕事と言ってもいいかもしれないけど」
「え? ……え?」
レイの言葉を聞いたアナスタシアが、最初に何を言ってるのか分からないといたように声を上げ、そして数秒後にはレイの言葉は本当なのか? と、繰り返すように尋ねる。
アナスタシアにしてみれば、この世界においてドラゴニアスの件は片付いたが、それでもエルジィンとは違う未知の世界ということで、まだ好奇心を刺激するようなことは幾らでもある筈だった。
そのような状況であるにも関わらず、すぐにエルジィンに帰るというのは納得出来ない。
「ちょっと待ってちょうだい」
「いや、お前が待て。アナスタシアが何を言いたいのかは分かる。この世界にはまだ未知の存在が多いから、帰りたくないんだろう?」
アナスタシアの言葉を遮ってそう言ったレイの言葉は、本音を突いていたのだろう。アナスタシアは黙り込む。
「以前にも言ったけど、ダスカー様は今回の件でお前の事を心配している」
そう言われれば、アナスタシアもレイの言葉に反論出来なくなる。
自分がこの世界に来たのがイレギュラーな事態である以上、今回の一件では間違いなくダスカーが心配しているというのを理解出来た為だ。
昔馴染みのダスカーに心配を掛けていると思えば、非常に強い好奇心を持っているアナスタシアであっても、そう簡単にその言葉を無視出来る筈がない。
「一旦向こうに戻って、それでダスカー様を説得した上で、またここに来るのなら、俺からも何も言わない」
この世界ではなく、ここと表現したのは、周囲にザイも含めたケンタウロス達がいるからだろう。
自分達がどこからやって来たのか、それについてはザイ達であっても教える訳にはいかなかった。
……もっとも、この草原で生きているケンタウロス達が異世界という存在を理解出来るかどうかは、レイにも分からなかったが。
「…………………………分かったわ」
たっぷりと一分近く考えた末、アナスタシアはレイに向かってそう告げる。
自分の中に存在する好奇心と、ダスカーに対する義理立て。その二つがぶつかり合い、結果として勝利したのは、かろうじてダスカーに対する義理だった。
そんなアナスタシアから少し離れた場所では、仮面を被ったファナが安堵していた。
アナスタシアと一緒に行動しているファナだが、基本的にはアナスタシアのブレーキ役といった感じだ。
だが、このような全く未知の世界にやって来たアナスタシアのブレーキ役というのは、当然の話だが非常に難しい。
エルジィンに一旦戻れば、今のアナスタシアの興奮も多少は収まるのではないか。
そして自分以外にも助手をアナスタシアにつけるのではないか。
そうファナが期待するのも当然だろう。
もっとも、前者はともかく後者が叶えられる可能性は少ない。
何しろ、異世界へ行けるということは、ダスカーの立場として可能な限り秘密にしておきたいと思うのは当然だろう。
そうである以上、現状で下手にこの世界について知っている者の数は増やしたくない。
そうなると、アナスタシアが再度この世界に来たいと言った時、助手として派遣出来るのは……事情を知っているレイやその仲間達ということになる。
だが、レイは今でこそこちらの世界に来ているが、エルジィンに戻ればギルムの増築工事で大きな活躍をすることになる。
ヴィヘラもまた、ギルムの見回りという意味では強力な抑止力になっているし、ビューネは人と接するのが苦手である以上、アナスタシアの護衛ならともかく、助手という名のブレーキ役は難しい。
マリーナは、その精霊魔法で治療院のエースと言うべき活躍をしている。
そうなると、残るのはエレーナとアーラなのだが……エレーナはレイの仲間ではあっても、派閥的には貴族派の人間だ。
現在ギルムにいるのも、ギルムの増築工事に貴族派の人間がよけいなことをしないようにという見張り役の意味がある。
アーラは、エレーナ命といった性格をしている以上、まず引き受けないだろう。
そうなると、結局のところ誰もいない。
そんな絶望をファナが味わっていたのだが、仮面を被っているせいか、レイはそんなことには気が付かず、口を開く。
「さて、ならそろそろ地下空間に向かうとするか。いつまでもここでゆっくりしている訳にもいかないしな」
そんなレイの言葉に、多くの者が後片付けを行う。
そして片付けをしている者以上に、レイの言葉に喜んでいるのはヴィヘラと模擬戦を行っていたケンタウロス達だろう。
昨日はレイと同じように女王と戦った筈なのに、何故か体力や魔力を使い切ってしまったレイとは裏腹に、ヴィヘラは元気一杯だった。
それどころか、昨日の今日だというのにここまで模擬戦を行えるというのは、驚き以外のなにものでもない。
……実際には、ヴィヘラもレイが眠っていたことで不安を抱いてはいたし、そんなレイが目を覚ましたからということで安堵したからこそ、その安堵感から模擬戦を行っていたのだが。
それに付き合わされる方は、たまったものではないだろうが。
ただし、全員が本気で嫌がっているのかと言われれば、その答えは否だ。
ヴィヘラとの模擬戦は厳しいし、圧倒的な実力差があるので、とてもではないが勝つことは出来ないが、そのような強敵と模擬戦を延々と行うということは、当然ながらその模擬戦をやっている者の実力は伸びる。
特に昨日のドラゴニアスとの戦いや……それ以前にも何度も行われたドラゴニアスとの戦いで、ケンタウロス達が以前よりも強くなっているというのは、客観的に証明されている。
だがそれでも、模擬戦をやれば強くなるとはいえ、ヴィヘラのような強力な相手との模擬戦を延々と続けるのが楽しめるかのかどうかと言われれば、その答えは当然のように否だ。
過ぎたるは及ばざるがごとし……といった感じで、幾ら強くなれるからとはいえ、朝食が終わってすぐに模擬戦を行うというのは、ケンタウロス達にしてみればあまり嬉しいことではなかった。
だからこそ、レイがヴィヘラにそろそろ出発すると言えば、それを聞いたケンタウロス達はレイに感謝の気持ちを抱く。
今までも、何度となくレイがドラゴニアスを倒す光景を見てはきたが、それと同じくらい……もしくは、それ以上にヴィヘラを止めてくれるというとで、レイはケンタウロス達に大きく感謝されていた。
本人はそんな風に思われているとは、全く気が付いてない様子だったが。
「もう行くの? ……いえ、地下空間は私も見たいから、それはそれでいいけど」
ヴィヘラは地下空間に向かうということで、最初こそ若干不満そうではあったが、それでもすぐにその気になる。
女王との戦いでは、ヴィヘラもかなり奮戦したのは間違いない。
だが、それでも結局戦いの途中でその場から離脱したのは事実であり……だからこそ、地下空間の様子をしっかり確認したいという思いがあったのだろう。
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