第2401話

 視線の先に存在する女王は、激しく振動しており……レイの投擲した黄昏の槍の一撃を食らっても、それを弾く程の防御力を有していた。

 その強固さは、レイから見ても驚くべき防御力と言えた。


「これは、また……何かこっちに攻撃をすると思ったら、まさか防御を固めてくるとは思わなかったな」


 嫌そうな表情を浮かべながら、レイはそう呟く。

 実際、今の状況を考えれば防御力を固めるということに、そこまで意味があるとは思えなかった。

 先程までの戦いでは一方的にダメージを受けていた女王にしてみれば、取りあえず生き延びるという点では今回の件は大きいだろう。

 だが……それが根本的な解決になるかと言えば、レイが首を横に振るのは間違いない。


(そもそも、女王のこの行動は言ってみれば籠城的な代物だ。援軍があるのならともかく、そんな援軍も何もない状況で防御を固めて籠城して……一体、何の意味がある?)


 既に、地下空間にいたドラゴニアスは全滅させた。

 そうである以上、女王が幾ら防御を固めて耐えていても、それは無意味に負けを先延ばしにする行為でしかない。


「……待て」


 そこまで考えたレイは、林の中にあった集落が複数回ドラゴニアスの集団に襲われたことを思い出す。

 襲ってきたドラゴニアス達は、明らかに一ヶ所から来たのではなく、複数の場所から襲ってきていた。

 それはつまり、何らかの手段で集落の地面に埋まっていた精霊の卵を奪取するように命令されての行動なのではないか。

 そして、複数のドラゴニアスの拠点に何度となく命令を連続して伝えたのは一体どうやってなのか。

 最初こそ知性が高く、小柄で素早く動ける銅の鱗のドラゴニアスが連絡役として放たれたのか思ったが、元々知性を持つドラゴニアスの数はかなり少ない。

 また、ドラゴニアスの拠点も当然のようにそれぞれ離れているとなると、林の集落をそう都合よく襲えると考えるのは疑問だ。

 次にレイが思い浮かべたのは、女王の能力。

 女王のは土の精霊魔法……それも地下にこれだけ広大な空間を生み出すことが出来る程の使い手で、地面はどこまでも広がっている。

 つまり、女王が使う土の精霊魔法を使えば、他の拠点と連絡を取ることが出来るのではないか、と。

 そして、もしこの状況で女王が命令を下すとすると、何を命令するのかを想像するのは難しい話ではない。


「これは……やばい! ヴィヘラ、女王がこの本拠地以外の場所にいるドラゴニアスを援軍として呼んだ可能性がある!」

「は?」


 レイの言葉は、ヴィヘラにとっても予想外だったのか、その口から間の抜けた声が上がった。


「それは一体どういうこと?」

「あくまでも可能性だが……」


 疑問を口にしたヴィヘラに、レイは女王が妙な動きをしないように観察しながら自分の思いつきを口にする。

 精霊魔法を使っての命令の伝達。

 このような地下空間を生み出した女王であれば。そのようなことが容易に出来ると思ったのか、ヴィヘラはレイの言葉にその美貌を険しくする。


「なら、どうするの?」

「何よりの問題は、地上に残してきたケンタウロスだ。ヴィヘラの訓練でかなり強くなったが、それでも背後からドラゴニアスの集団に奇襲されたら……」


 そのような場合、どうなるのかは最後まで言わなくても、ヴィヘラにも容易に想像出来た。

 もしレイの予想が当たっていた場合、襲ってくるドラゴニアスの数にもよるが、ケンタウロス達は大きな被害を受けるだろう。

 場合によっては、それこそ全滅する可能性すらある。

 それを考えれば、地上の様子を放っておく訳にはいかない。


「どうするの?」

「……ヴィヘラ、頼めるか? セトに乗って走って貰えば、地上に戻るまではそんなに時間は掛からない筈だ。それに……今の女王を相手にして、ヴィヘラの攻撃手段は効果が薄いだろうし」


 巨大な肉塊そのものが激しく振動している以上、格闘を得意としているヴィヘラとの相性は悪い。

 ヴィヘラの奥義たる浸魔掌を使うにしても、女王が激しく振動している以上、きちんと効果を発揮させることは難しい。

 ならば、ヴィヘラ程の戦力をここで無意味に遊ばせるよりは、地上に向かって貰った方がいい。

 勿論、女王が土の精霊魔法で連絡を取れるというのは、あくまでもレイの予想だ。

 何らかの明確な証拠がある訳ではない。

 無理矢理証拠を示すとすれば、それこそ状況証拠くらいしか存在しない。

 それでも、ここにヴィヘラがいても今の女王を相手にしては無力である以上、より活躍出来る場所に向かった方がいいというのが、レイの判断だった。

 ……もっとも、ヴィヘラとしては待ちに待った女王との戦いを途中で放棄するのは面白い話ではなかったのだが、それでも今の状況を考え、レイの予想を聞けば我が儘を言える状況でないのは明らかだ。


「しょうがないわね。……けど、レイはセトがいなくても平気なの?」


 ヴィヘラにとって……いや、レイとセトを知ってる者にとって、レイとセトは常に一緒に行動しているコンビだという認識を持つ者も多い。

 ヴィヘラにしてみれば、そこまで強く思い込んではいないのだが、それでも女王という存在を相手にしている現在、セトという存在がいた方がいいというのは明らかだった。

 レイもヴィヘラが何を言いたいのかは理解出来たが、幾らヴィヘラが高い身体能力を持っていても、地上まで移動するにはセトに乗って走って貰った方が早いのは明らかだ。

 であれば、今の状況でどちらを優先するのかは、考えるまでもなく明らかだろう。


「平気かどうかって言われれば、平気じゃないな。女王と戦うには、セトが一緒にいてくれたほうが頼もしいし。けど……地上にいるケンタウロスを見捨てるといったような形になるのと、セトがいない状況で女王と戦うの……どちらがいいかと言われれば、やっぱりここは後者だろ」


 レイも、地上で待っているケンタウロス達と一緒の時間をすごしたことにより、親しみを感じている。

 また、何よりも地上にはレイがこの世界にやってきた最大の理由である、アナスタシアとファナの二人がいるのだ。

 その上、アナスタシアは精霊の卵を使った影響でかなり消耗しており、ファナの戦闘力はそこまで強くはない。

 ……であれば、ここで自分がセトのいない状況で戦うといった方が明らかに合理的だった。


「そう、分かったわ。……じゃあ、残念だけど先に地上に戻ってるわね。けど、いい? 女王に負けるなんてことは絶対に許さないからね」

「グルルルゥ!」


 ヴィヘラの言葉に、セトも同意するように鳴き声を上げる。

 セトもここにレイを置いていくのは、気が進まない。

 だが、もしレイの言ってることが正しい場合、それこそ今にも地上にいるケンタウロス達がドラゴニアスに襲われているかもしれないのだ。

 今まで、何だかんだと偵察隊の面々も、セトを可愛がってくれる者が多かった。

 そのような者達を助けられるのに、見捨てる……などといった真似を、セトは出来ない。


「ああ、任せろ。次に俺が地上に出た時は、女王を倒した時だ」


 そう言い、炎帝の紅鎧によって生み出された深紅の魔力を身に纏ったまま、デスサイズを持ち上げる。

 身体が振動している女王に、黄昏の槍は効果がなかった。

 だが……それはあくまでも黄昏の槍の話であって、デスサイズまで防げるという訳ではないのだ。

 最近ではデスサイズと一緒に黄昏の槍を使うことも多いレイだったが、それでもやはり一番頼れる武器となればデスサイズ以外には存在しない。


「女王がどんなに防御を固めようとも、デスサイズがあれば倒すことは難しくない……と、思う。黄昏の槍の投擲と違って、女王に近付かないといけないのは間違いないけど」

「そう。じゃあ……地上で待ってるわね」


 そう言い、これから戦いに向かう戦士に戦女神の如き笑みを浮べ、ヴィヘラはセトの背中に乗る。

 ヴィヘラを乗せたセトは、レイに頑張ってと鳴き声を上げ……そして、地上に向かって走り出す。

 そんな一人と一匹の背中を見送ったレイは、その視線を女王に向け、口を開く。


「さて、これでここに残るのは俺とお前だけになった訳だが……どうする? お前が大人しくやられてくれれば、こっちも手間が掛からなくていいんだけどな」


 そう告げるレイだったが、本気で自分の言葉を聞いた女王が諦めるとは思っていない。

 それどころか、寧ろここに残ったのがレイだけである以上、生き残るチャンスが出て来たと、そう判断してもおかしくはない。

 ……レイとしては、身体全体を振動させて防御を固めている状況から、攻撃態勢に移ってくれれば、戦いやすいので歓迎出来たのだが。

 しかし、女王もレイの実力はこれまでの戦いで十分に知っている為か、動く様子はない。


(挑発には乗らないか。……いや、そもそも俺の言葉を理解出来ているのか? 女王の知性があれば、理解していると思うんだが)


 言葉ではなく、頭の中に直接自分の意思を伝えてきたのだから、当然のように女王にはレイ達の発する言葉を理解出来てもおかしくはなかった

 そうであれば、レイが口にした言葉を聞いていてもおかしくはないのだが……それでも、動く様子はない。

 これが身体を振動させることによって、今はレイの言葉を聞いているような余裕がないのか、それとも他に何らかの理由があるのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、ともあれ今ここにいるのは自分と女王だけ。

 そうである以上、無理に会話を交わす必要もなく……ともあれ、女王を倒してしまえば、それで何の問題もなかった。


「さて、行くか」


 呟き、女王の方に一歩進むレイ。

 そんなレイに対し、気のせいか女王が震えたように思える。

 もっとも、今の女王は身体全体が振動して防御を固めているのだが、そういう意味での震えではなく、あくまでも自分という存在に恐怖して震えているようにレイには思えたのだ。


(個人的には、こっちを怖がって震えてくれるのなら、大歓迎だけどな。そういう状況では、全力を出すなんてことはまず不可能だし)


 右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍。そして身体を覆っている深紅の魔力を揺らめかせつつ、レイは女王との距離を縮めていく。

 今の状況では、女王が一体どのような反応をするのかは、レイにも分からない。

 だが、もし女王が怯えているのなら、こうしてゆっくりと近付くことで、更に怯えを強めることが出来るのではないか。

 そう思っての行動だったのだが……怯えている者が、黙って近付いてくる相手を見ているような者だけではない。

 それこそ、怯えから暴発するということもある。


(そう言えば、今こうしている間も女王の体内では炎蛇がまだ暴れている筈だが、そっちに関する痛みはどうなったんだろうな? まさか体内を無数の炎蛇に焼かれ、喰い荒らされているのに、痛みに慣れたなんてことは、ないだろうけど)


 そう考えた瞬間、レイが一定の距離に近付いたと判断した女王は、行動に移る。


「っと! いきなりか!」


 レイの歩いていた地面が、不意に鋭利な刃となってレイに向かって牙を剥く。

 女王が得意としている、土の精霊魔法。

 今までレイ達が女王に近付いて使わせようとしていたのに、何故か使わなかった土の精霊魔法を、ここでようやく使ったのだ。

 もっとも、炎帝の紅鎧で鋭敏になっているレイの感覚は、足下の地面が動いたと思った瞬間には既にその場から跳び退いていたのだが。


(あ、そう言えば……)


 身体が空中にある時、レイはふと炎帝の紅鎧で女王の放つ土の精霊魔法を防げるかどうか試そうとしていたことを思い出す。

 だが、地面に着地するまでの時間で、それは今更かと思い直した。

 戦いが始まった当初であればともかく、今この状況においては、女王の放つ土の精霊魔法の攻撃をわざわざ受ける必要もないだろうと、そう思い直したのだ。

 既に、女王との戦いは終盤に入っている以上、今更そんなことをする必要はないだろう、と。


「ともあれ、俺が近付くのが怖いのは間違いないらしいな。それを俺に知られたのは……お前に取って、悪手でしかない!」


 その言葉と共に、地面を蹴って一気に女王との間合いを詰めるレイ。

 女王がそんなレイの行動に反応出来ない間に……レイの持つデスサイズが振るわれる。

 レイの攻撃を見計らっていたかのように、女王の身体の振動は増す。

 それは、明らかにレイという存在が何をしようとしているのか、分かっている上での行動。

 だからこそ、今の状況においてもそのような行動を取ったのだろう。

 だが……そんな女王の激しく振動している身体を、レイの振るったデスサイズは容易く……それこそ豆腐を包丁で切るかのように、あっさりと斬り裂くのだった。

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