第2400話

 レイ達と女王との戦いは、既に三時間を超えていた。

 普通であれば、戦いの中で体力が、そして精神力が切れ、それによって致命的なミスが起こってもおかしくはないだろう時間。

 そんな状況であっても、レイ達は致命的なミスをすることなく、延々と続くような戦いを女王と続けていた。

 勿論、これは種も仕掛けもない……という訳ではない。

 レイの身体はゼパイル一門の技術が最大限に使われたものだし、セトはレイの持つ莫大な魔力によって生み出された存在だ。

 ヴィヘラも、元は人間だったかもしれないが、今となってはアンブリスという極めて強力なモンスターを吸収しており、人間以上の存在になっている。

 そんな二人と一匹だからこそ、レイ達は三時間という途方もない時間、戦い続けることが出来たのだ。

 もっとも、実際の戦争は三時間どころか半日以上戦い続けるといったようなことも珍しくはない。

 ……そんな戦いと違うのは、戦争においては部隊が疲労してくれば一旦後方に回して休憩させるといったようなことをしたりするからだ。

 だが、この戦いは正真正銘、レイ達がずっと女王と戦い続けているのだ。

 それこそ、少しミスをすれば致命的な被害を負ってもおかしくはない、そんな極限状態での戦い。

 そのような状況であっても、こうして戦いを続けることが出来るのは……やはり、それがレイ達だからだろう。


「それでも、いい加減死ねって思うけどな! 再生能力の残りはどれくらいだ!?」


 叫びつつ、既に何度……いや、何十、何百と投擲してきた黄昏の槍を再び投擲する。

 炎帝の紅鎧によって強化された身体能力によって投擲されたその槍は、今までに何度も行ってきたように、女王の身体に巨大な穴を開けた。

 だが……普通なら致命傷と呼ぶべき穴も、女王が持つ再生能力は即座に塞ぐ。


「あ」


 黄昏の槍を手元に戻しながら、穴が塞がる前に一瞬だけそこに炎蛇が一匹見えたことに、レイの口からそんな言葉が漏れる。

 レイにしてみれば、戦闘が始まってから三時間近くが経過しても、未だに多数の炎蛇が女王の身体を喰らい、焼いているというのは自分が使った魔法ながら頼もしいものがあった。


(とはいえ、魔法で生み出された以上、炎蛇も限界を迎えれば消滅する筈だ。出来れば、その前に女王を倒してしまいたいところだけど……どうだろうな。再生能力は未だに衰える様子はないし。好材料といえば、ブレスとかを殆ど使ってこなくなったことか)


 それこそが、女王に攻撃をし続けていることによって、消耗していることの証だろう。

 そう考え、レイは手元に戻ってきた黄昏の槍を手に、再び狙いを定める。

 だが、その瞬間……不意に女王の動きが止まった。


「……何だ?」


 いきなりの女王の行動に、レイは黄昏の槍を再度投擲しようとしていた動きを止める。

 突然攻撃を止めたのは、レイだけではない。

 ヴィヘラとセトもまた、いきなり動きを止めた女王の様子に疑問を抱き、攻撃を中断していた。


「ヴィヘラ、セト、一度こっちに戻ってこい」


 そうレイが告げたのは、突然の女王の行動に不安を感じた為だ。

 白の鱗のドラゴニアスが使うブレスを、身体から一斉に射撃した時ともまた違う不安。

 あの時は危険を察知したレイがマジックシールドを張っていたので、ブレスに対処することが出来た。

 だが、それは偶然にすぎない。

 女王の身体に複数生まれた穴……ブレスを放つ為だけのその口から放たれた一撃が、少しでも威力を増す為か、本能的にレイに向かってタイミングを合わせた一撃を放ってきたのだから。

 ブレスの集中攻撃に対処したのは、一度だけならどのよう攻撃も防ぐマジックシールド。

 タイミングが合っていたからこそ、その集中攻撃を一撃と見なし、防ぐことに成功した。

 今回もまた、そんな運でどうにか出来るかは分からない。分からないが、レイとしてはここで何があっても対処出来るように準備しておく必要があった。


「マジックシールド!」


 右手に持っていた黄昏の槍と、左手に持っていたデスサイズを持ち替え、スキルを発動する。

 そして姿を現す光の盾。

 一度だけではあるが、絶対無敵のこの盾があれば、一度に複数回攻撃されない限りはどのような攻撃も防げる。


「どう思う?」


 光の盾を自分の前に動かしたレイが、側にいるヴィヘラに尋ねる。

 そのヴィヘラは、三時間の間ずっと動き続け、女王に向かって攻撃を続けていた疲れもあってか、呼吸が軽く乱れている。……逆に言えば、三時間全力で動き続けて呼吸が乱れる程度にしか消耗していないということなのだが。

 そんなヴィヘラは、レイの言葉に少し考え……やがて冗談半分に口を開く。


「個人的には、もう死んでしまった……と、そう思いたいところだけど」

「そうだな。それだったら、こっちとしても楽なんだけどな」


 今までの攻撃の効果が発揮され、再生能力が限界に達して女王が死んだ。

 そうなってくれれば、レイとしては非常に助かる。

 だが、視線の先にいる動きの止まった女王は、レイが見たところ死んでいるようには到底思えない。

 それどころか、何らかの攻撃をするために力を貯めているようにすら思えた。


「向こうが何をしてくるにしても、こっちとしてはそれに対応するしかないな。……ヴィヘラ、セト、その準備はいいよな?」

「任せておいて」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、ヴィヘラとセトがそれぞれ返事をする。


(それにしても、どんな攻撃をしてくるつもりだ? いっそ、今の時点で攻撃をして女王に万全の状態で攻撃をさせないようにした方がいいか?)


 そう思い、どのような攻撃をするべきか考える。

 まず、近距離まで近付くのは危険を感じてしまう以上、却下なのは間違いない。

 だとすれば、やはり一番効果的なのは……


「これ、か」


 左手の黄昏の槍に視線を向け、少し考えた後でそう呟く。


「やるの?」


 ヴィヘラはそんなレイを見て、どうしたの? と尋ねるのではなく、やるの? と尋ねる。

 ヴィヘラだからこそ、レイの様子を見ただけで、これから何をしようとしているのかが理解出来たのだろう。


「ああ。女王が何をしようとしているのかは分からないが、何をするにしても万全の状態でやらせるよりはいい。もし万が一向こうが何らかの攻撃をしてきても、マジックシールドがあれば何とかなるから、防御の心配はしなくてもいいし」


 日本にいる時に見たアニメや漫画、ゲーム、小説でも、敵にしろ味方にしろ、合体や変形、変身といったことをしている時に攻撃しないのかがレイには疑問だった。

 勿論、それはある種のお約束というもので、現実とは違うのだが。

 それでも……レイが今いるこの場所は、現実なのだ。

 そうである以上、わざわざ敵が力を溜めて何らかの攻撃をしようとしてきているのを、黙って見ているといった真似は、レイには出来ない。


「そう。じゃあ、私にも一本槍をちょうだい? まだ持ってるんでしょう? それと、セトも遠距離攻撃のスキルを持ってるんだから、皆が同時に攻撃をした方が、敵に大きなダメージを与えられる筈よ」

「……分かったよ」


 頷き、レイは一旦黄昏の槍の穂先を地面に刺し、ミスティリングの中から一本の槍を取り出す。

 だが、その槍は黄昏の槍とは比べものにならない程に、みすぼらしい、壊れかけの槍だった。

 これは、レイが以前から集めていた、投擲の時に使い捨てにする為の槍だ。

 武器屋や鍛冶屋に存在する、壊れてもう使い物にならなくなった槍。

 レイの膂力で投擲すれば、よほどの槍ではない限り、一度の投擲で槍は破壊される。

 レイもそれを知ってるからこそ、使い捨てに出来る槍を多数集めていたのだ。

 ヴィヘラが槍の投擲をやるというのは、レイも聞いたことがない。

 だが、ヴィヘラは戦闘に関する才能に関しては、一流……いや、超一流と呼ぶ程のものをもっている。

 だからこそ槍の投擲も、レイと同じ威力……というのは無理だろうが、それでも相応の実力を発揮出来る可能性は高かった。


「ありがと」


 ヴィヘラも自分が槍の投擲の経験が殆どないということもあってか、レイから渡された穂先の欠けた槍であっても特に文句を言う様子はない。

 穂先が欠けているので、空気抵抗の関係から狙った場所に命中しない可能性もあったが、女王の巨体を考えれば、その辺りは全く問題ない。


「セトは、遠距離だと……ウィンドアローとアイスアローがレベル四だったな。あ、でも水球はレベル五か。……どのスキルを使うのかは、セトが決めてくれ。あ、でも土の精霊魔法を使う女王に攻撃するんだから、アースアローは止めた方がいいかもしれないな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。

 そうして全員の準備が整ったところで、レイは身体を捻って黄昏の槍を投擲する準備をし……そんなレイに合わせるように、ヴィヘラとセトもそれぞれ攻撃の準備を整える。


「グルルルルルルゥ!」


 セトの鳴き声と共に、その周囲には氷の矢が二十本生み出される。

 レベルが五に達して威力を増した水球よりも、この場面でセトが選んだのはアイスアロー。

 氷で出来た矢は、その切っ先を女王の身体に向ける。


「行くぞ!」


 その言葉と共に、レイは身体を捻って黄昏の槍を女王に向かって投擲する。

 ヴィヘラもまた穂先の欠けた槍を投擲し、セトは二十本のアイスアローを女王に向けて射出する。

 それぞれの攻撃は真っ直ぐ女王に向かい……次の瞬間、黄昏の槍は女王の身体に巨大な穴を開け、ヴィヘラの投擲した槍も柄の半ばまでが女王の身体に突き刺さり、セトの放った二十本の氷の矢も、それぞれ女王の身体に突き刺さる。

 だが……それらの攻撃が行われても、女王は沈黙したままだ。

 今までであれば、それこそ周囲に響き渡るような悲鳴を上げていたにも関わらず。


「……どうなってるんだ、これ?」

「どうなってるのかしらね」


 レイの言葉に、ヴィヘラも不思議そうな表情で呟く。


「取りあえず、女王が死んでる訳じゃないのは明らかだけど」


 手元に黄昏の槍を戻しながらレイが呟いたのは、自分の手元に戻ってきた黄昏の槍の開けた穴が、見る間に塞がっていく為だ。

 もし女王が死んでいるのなら……もしくは、再生能力の限界に達したのなら、今の攻撃を受けても再生は出来ない筈だ。

 だが、女王は普通にレイ達の、攻撃によって受けたダメージを回復した。

 それはつまり、まだ女王が生きており……何かの為に力を溜め込んでいるということを意味している。


(どうする? 何らかの反応があると思っていたけど、まさかここまで何の反応もないとは思わなかった。この場合、どうするのが正解だ?)


 今まで戦ってきた敵とは明らかに違うその様子に、レイはどうするべきか迷い……そうしてレイが迷っている数秒で、事態は急変する。

 女王を構成していた巨大な肉塊が、不意に揺れ始めたのだ。

 少し前までのように、その肉塊から生えている触手の先端が振動しているのではなく、肉塊そのものが振動を始める。

 一体何が起きたのかは、その光景を見ているレイにも……そしてヴィヘラやセトにも、分からない。

 だが、今の状況を見る限りでは、女王が何らかの行動に出たのは間違いない。

 問題なのは、その行動がどのような意味を持っているのかが分からないということだろう。


「取りあえず、女王が何かをしようとしているのなら、こっちもそれに対応させて貰うまでだ!」

 

 そう叫び、レイは再び黄昏の槍を投擲する。

 真っ直ぐに飛んだ黄昏の槍は、今までと同様に女王の身体に大きな穴を開ける……筈だった。

 だが、黄昏の槍が女王の身体に命中した瞬間、ギャリリリリィンという甲高い金属音を立て、弾かれる。

 そう、黄昏の槍の投擲が……しかも、炎帝の紅鎧を使って身体能力が増した状態での一撃が弾かれたのだ。

 その光景はレイが見ても明らかに驚くべき光景であり、その口から思わず『マジか』という言葉すら漏れた。

 そんな光景ではあったが、それでもすぐに我に返り、黄昏の槍が地面に落ちる前に手元に戻すことが出来たのは、レイらしいと言えるだろう。


「これは、また……厄介な真似をしてくれたな」


 巨体全体が振動している影響で、黄昏の槍の一撃すら弾くだけの防御力を得ている。

 そんな女王の様子に、レイは黄昏の槍ではなく、デスサイズに視線を向ける。

 黄昏の槍では無理でも、魔力を通したデスサイズでなら、女王の身体を斬り裂けるのではないか。

 そう思っての行動だったが、同時に未だに女王の体内で暴れている筈の炎蛇の存在を考えると、このまま待っているだけでも女王は倒せるのではないか。

 そう、迷ってしまうのだった。

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