第2388話
三匹目の七色の鱗のドラゴニアスは、最初レイから距離をとってその場に立っていたが、やがてゆっくりと一歩を踏み出す。
当然だが、それはレイから離れるのではなく……レイに向かう為の一歩だ。
そして最初に一歩が踏み出されると、やがて二歩、三歩と次第に歩みを続け……次第に速度が上がってくる。
「正面からとは言ったけど、転移能力とか空を歩く能力も使わず、そのまま来るのか?」
呟きつつも、レイはそんな七色の鱗のドラゴニアスに向かって牽制の意味を込めつつ、拳大の深炎を二十個近く放つ。
触れれば粘着力を持つ炎を生み出すようにイメージされて放たれた深炎だったが、七色の鱗のドラゴニアスは一切速度を緩めることなく、身体を傾けながら深炎を回避しつつ、止まることなく前に進み続ける。
そんな七色の鱗のドラゴニアスの先にいるレイも、当然の話だが黙ってそんな相手を見ている訳ではなく、デスサイズと黄昏の槍を手にしたまま進み始めた。
深炎は先程のような攻撃では効果がないのを理解した以上、別のイメージ……多数の敵を相手にする時に有効な、投網の形で放とうかとも思ったが、七色の鱗のドラゴニアスの走る速度はかなりのもので、レイとの間合いもかなり詰まっている。
そうである以上、正面から戦った方がいいと判断したのだ。
(とはいえ、向こうがその気だからって、こっちも全面的に向こうの流儀に沿う必要はないけどな)
走りつつ、左手の黄昏の槍を投擲する。
身体の捻りを加え、しっかりと力が伝わったその一撃は、非常に強力な一撃だった。
その上で炎帝の紅鎧によって身体能力が強化しているのだから、まさに必殺の一撃と言ってもいいだろう。
だが……そんな一撃を、七色の鱗のドラゴニアスは転移で回避する。
レイが投擲した瞬間には転移をしていたのだから、レイの放つ一撃がどれだけ危険なのかを半ば本能的に理解しての行動だったのだろう。
事実、もし七色の鱗のドラゴニアスがもう数秒……いや、数瞬であっても転移するのが遅かったら、間違いなくその身体はレイの放った黄昏の槍によって貫かれ、砕かれていただろう。
その危険を察知したからこそ、転移を使ったのだ。
とはいえ……
「ギイイイィッ!」
咄嗟のことでもあり、同時に七色の鱗のドラゴニアスの転移出来る距離が短いということもあり、転移した場所は横に二m程。
レイが炎帝の紅鎧を使っていない普通の状態であれば、横に二mも転移すれば問題はなかっただろう。
だが、今のレイは身体能力を強化する炎帝の紅鎧を使用しており、その上でセトの背の上に乗って槍を投擲したのではなく、きちんと地に足を付けた状態での一撃だ。
唯一、投擲した手が利き手の右手ではなく左手だったことによって多少は威力が落ちたが、それはあくまでも多少だ。
それこそ、レイの戦闘スタイルは基本的にデスサイズと黄昏の槍の二槍流である以上、あくまでも利き手は右手だが、左手の筋力もまた相当に鍛えられている。
本来なら、槍のような長柄の武器は両手で持つのだが、レイはそれを片手で操っているのだ。それも自由自在という言葉が相応しい程に。
その筋力と器用さは、それこそ利き手の右手とそう変わらない。
そんな左手で放たれた一撃だけに、本来の利き手たる右手よりも威力が減衰しているとはいえ、その一撃は極めて強力だ。
だからこそ、横に二m移動したにも関わらず……七色の鱗のドラゴニアスという名前――あくまでもレイ達がそう呼んでるだけだが――の由来となった鱗は剥げ、皮は破れ、肉は裂け、骨は砕かれる。
命中した訳でないにも関わらず、それだけのダメージを与えるだけの威力を持っていたのだ。
それを食らった七色の鱗のドラゴニアスにしてみれば、正直なところ何が起きてそうなったのか、全く理解出来なかっただろう。
ただ、出来るのは痛い……いや、熱いと感じる右腕を押さえながら、その衝撃と痛みと熱さに苦痛の声を上げるだけだ。
そんな七色の鱗のドラゴニアスを見ながら、レイは黄昏の槍を手元に戻す。
その頃には、七色の鱗のドラゴニアスも痛みを振り切り、レイに向かって再び進み始める。
この距離でレイと対峙すれば、それは黄昏の槍や深炎のように圧倒的なまでにレイの間合いの内側だ。
それに対して、遠距離攻撃の手段を持っていない七色の鱗のドラゴニアスは、レイに攻撃をするには間合いを詰めるしかない。
……レイと七色の鱗のドラゴニアスは実力も圧倒的に違うが、それと同じくらいに相性が悪い。
これが白の鱗のドラゴニアスや斑模様のドラゴニアスであれば、炎帝の紅鎧を展開しているレイに効果があるかどうかは別として、反撃の手段があるのだが。
だからこそ、七色の鱗のドラゴニアスがレイに攻撃をする為には、間合いを詰める必要がある。
それでいながら、今のこの状況になっても七色の鱗のドラゴニアスは転移を使うのではなく、空中を歩くのでもなく、正面からレイに向けて走ってくる。
「なら、俺もそれに応えるか」
レイとしては、それこそ今のように槍の投擲を繰り返すだけで、七色の鱗のドラゴニアスを殺すことは出来る。
だが、こうして愚直に自分に向かって一直線に進んでくる相手を見れば、それに応えようという気分になった。
槍の投擲の際に一度止まった足を、再び動き出す。
そしてお互いに間合いが詰まると……レイはデスサイズを七色の鱗のドラゴニアスに向かって振るう。……あえて攻撃を回避しやすいようにと、単純な、それでいて速度もある程度抑えた状態で。
それを何とか回避しつつ、七色の鱗のドラゴニアスは攻撃を外したレイに向かって爪を振るおうとしたが……次の瞬間、その頭部はレイの放った黄昏の槍の一撃によって、あっさりと砕かれる。
七色の鱗のドラゴニアスの巨体は、頭部を失ったまま突っ込んできた勢いそのままにレイとすれ違い、地面に崩れ落ちる。
「これで三匹目。残り二匹……って、ここで来るのか!」
地面に崩れ落ちた七色の鱗のドラゴニアスの死体に視線を向けたレイのすぐ側に七色の鱗のドラゴニアスの一匹が転移をしてきたのを察知し、先程の時と同様にその場で身体を半回転しつつデスサイズの一撃を与えようとしたレイだったが、相手は次の瞬間には消えた。
「……頭がいい上に、勘も鋭いな」
敵を倒した時に、油断する者は多い。
今回襲撃してきた七色の鱗のドラゴニアスは、それを事実として知っていたのか、それともレイ達がこの地下空間で行ってきた戦いを観察してそれを察知したのか。
ともあれ、自分の仲間がレイに殺されたのを見てレイが気を抜いた一瞬の隙を突いてレイの側に転移して奇襲をしようとしたのだが……レイはそれを瞬時に察知し、頭で考えるよりも半ば反射的に攻撃を行った。
……その一撃を回避した辺り、七色の鱗のドラゴニアスの技量を表してもいたのだろうが。
それも、レイの放つ一撃で仲間が致命的なダメージを負ったのを見ていたからこそ、出来た行動だった。
「ともあれ、それでも仲間を囮にした辺りは……どうかと思うけどな」
これが普通のドラゴニアスであれば、仲間を囮にしてもおかしくはない。
いや、飢えに支配されたドラゴニアスの場合は、囮云々といったようなことを考える知性はなく、偶然そのような形になるといったところだろうが。
だが、この七色の鱗のドラゴニアスは違う。
ドラゴニアスの中では頂点に立つ存在。
そうである以上、確固とした自我があるのは見て分かる通りだったが、その上で仲間を囮として使ったのは、どうか。そんな風に思うのは当然だった。
(とはいえ、向こうの被害は甚大だ。このままだと女王が害されると知れば、それを阻止する為にしっかりと行動するのは……多分当然なんだろうな)
あくまでも気に入らないというのは、レイの個人的な感想でしかない。
それこそ、自分達の女王を守る為であれば、自分でも好まない戦いをしても仕方がないのだろう。
「ともあれ、そっちがその気なら、こっちも……ん?」
言葉の途中でレイが言葉を切ったのは、急速に自分の方に近付いてくる気配を感じた為だ。
少し離れた場所で少しずつ後ろに下がりながらレイを警戒している七色の鱗のドラゴニアスから視線を逸らし……それこそ、この瞬間に攻撃出来るのならしてみろという感想を抱きつつ、視線を気配の方に向ける。
そんなレイの視線に映ったのは、セトの背に乗って走っているヴィヘラの姿。
ヴィヘラとセトがこうして自分のいる方に向かってやって来ているということは……と視線を向けると、その先では既に立っているドラゴニアスの姿はない。
通常のドラゴニアスを含め、様々な種類のドラゴニアスに囲まれていた、ヴィヘラ。
白の鱗のドラゴニアスや透明の鱗のドラゴニアスと戦っていたセト。
そんな一人と一匹が揃ってレイのいる方にやって来ているということは……当然のように、戦っていたドラゴニアスは、全滅していた。
それが本当の意味で全滅――全てのドラゴニアスが死んでいるのか、それともまだ生きてはいるが立ち上がれない怪我をしているのか、そのどちらなのかはレイにも判断出来なかったが。
それでもレイにしてみれば、例え生きていようと死んでいようと、ここで自分達の邪魔をする為に立ちはだかる……といったような真似をしないのであれば、何の問題もなかった。
「レイ、お待たせ。待った?」
「いや、今来たところだよ」
ヴィヘラの言葉に何となくデートで待ち合わせをしていた時のような言葉を返す。
ヴィヘラは、レイがそんな言葉を返してくるとは思っていなかったのか、少しだけ驚きの表情を浮かべる。
だが、すぐにそんなレイに向かって笑みを浮かべ、口を開く。
「そんな事を言われるとは、少し予想外だったわね。……それで、レイ。一応聞いておくけど、七色の鱗のドラゴニアスは残り何匹?」
本来なら、死体を見れば残り何匹かというのを調べるのは難しい話ではない。
だが、レイの場合はミスティリングがあり、そして敵はドラゴニアスの中でも頂点に立つ存在の七色の鱗のドラゴニアスだ。
そうである以上、もしレイが七色の鱗のドラゴニアスを倒していれば、間違いなくその死体を収納しているだろうという確信が、ヴィヘラにはあった。
そして実際、その確信は当たっている。
レイはこれまで倒してきた七色の鱗のドラゴニアスの死体は、全てミスティリングに収納しているのだから。
……レイとしては、出来れば七色の鱗のドラゴニアスだけではなく、白、黒、透明の鱗のドラゴニアスの全ての死体をミスティリングに収納しておきたいというのが、正直なところだったのだが。
七色の鱗のドラゴニアス以外のドラゴニアスも、ドラゴニアスの中では上位に位置する存在なのは間違いない。
であれば、その死体は貴重な素材となる可能性は十分にあった。
もっとも、ドラゴニアスの死体を素材とするのは、翌日には素材として使い物にならなくなる関係上、非常に難易度が高かったのだが。
「あそこにいるのを合わせて、残り二匹だな。ヴィヘラが来るのがもう少し遅ければ、残り一匹になっていただろうけど」
「……そんな状況で、よく今来たところだなんて言えたわね」
レイの言葉を聞いたヴィヘラは、呆れの色を強くしてそう告げる。
ヴィヘラにしてみれば、五匹いた七色の鱗のドラゴニアスのうちの半分以上をレイによって倒された形だ。
これは残り二匹でも間に合ったと喜べばいいのか、それとも半分以上をレイに倒されたと怒ればいいのか。
ヴィヘラにとっては、非常に微妙なところだった。
もっとも、そこまで言うのならもっと早くヴィヘラが戦っていたドラゴニアス達を倒していれば、それで問題はなかったのだ。
そこで時間を掛けたからこそ、レイによって七色の鱗のドラゴニアスの半分以上を倒されたのだから、それに対して不満を口には出来ない。
レイの考えを容易くヴィヘラが読むように、レイもまたヴィヘラの考えを読むことは出来る。……あくまでも戦闘に関すること限定であり、恋愛関係に関することでは全く理解出来ないのだが。
「とにかく……あの相手は私が貰うけど、構わないわよね?」
「ああ、ヴィヘラが戦ってくれるのなら、俺も女王に向かえるしな。それに、残り一匹がどう行動するのかも分からない以上、自由に動けるようにしておきたいし」
そうレイが告げると、ヴィヘラは複雑そうな表情を浮かべる。
ヴィヘラにしてみれば、既に三匹も七色の鱗のドラゴニアスをレイに取られているのだから、残り二匹は自分が倒したいと、そう思ったのだろう。
だが、残り一匹を相手にする為に、目の前にいる七色の鱗のドラゴニアスの相手を疎かにする訳にもいかず……結果として、渋々ではあるがレイの言葉に頷くのだった。
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