第2349話
「うん、まぁ……こうなるってのは、大体予想してたけどな」
目の前に広がっている光景を見たレイは、そう呟く。
林でアスデナと合流したレイが集落にやって来て見たのは、地面に転がっているドラゴニアスの、死体、死体、死体。
その数は五十匹近い。
そして一際目立つのは、銀の鱗のドラゴニアスの死体だった。
どうやらこのドラゴニアス達を率いていたのが、ヴィヘラに倒されたのだろう銀の鱗のドラゴニアスなのは間違いなさそうだった。
そんな銀の鱗のドラゴニアスの前に立っていたヴィヘラは、レイの声に気が付いたのだろう。
レイの方を見て……戸惑いと驚きの表情を浮かべる。
何故、セトと共にドラゴニアスの本拠地を探しにいったばかりのレイがここにいるのか、と。
「レイ? どうしたの? セトは?」
「セトは林の前で待ってるよ。……アナスタシアとファナの二人と一緒に」
「……え?」
一瞬、レイが何を言ってるのか分からないといった様子を見せるヴィヘラ。
まさか、ここでアナスタシアとファナの名前が出て来るとは、予想外だったのだろう。
レイはそんなヴィヘラの様子に満足そうな笑みを浮かべる。
「見つかったんだよ、アナスタシアとファナが。本拠地を探している時に、ドラゴニアスの群れに襲われているところを保護した」
元々、アナスタシアはドラゴニアスの本拠地に向かうかもしれない……と、そんな風に以前アナスタシアと接触したダムランは言っていた。
だから、レイの中にももしもという思いはあり……そういう意味では、今日アナスタシアと接触出来たことは、思った以上の喜びであると同時に、納得出来ることでもあった。
「それ、本当?」
「ああ。林の外で待ってる」
「何で連れてこなかったの? ドラゴニアスがいたら、危ないんじゃ……」
ヴィヘラも、林の外で待ってるのがエレーナやマリーナのように腕利きだと理解している相手であれば、そこまで心配するようなことはない。
だが、相手がアナスタシアやファナとなれば、話は違ってくる。
アナスタシアが相応に腕の立つ精霊魔法使いだと知ってはいるが、それでもドラゴニアスを相手にして対処出来るかどうかは微妙なところだったし、ファナという足手纏いも連れている。
そうである以上、いつドラゴニアスが襲ってきてもおかしくはない林の外に置いておくのは、危険なのは間違いなかった。
「俺も出来ればそうしたかったんだけどな。ただ、アナスタシアとファナは大きな角の生えた鹿を連れていて、その鹿は角の大きさから林の中に入ることが出来なかった」
「……なるほど。それで、セトが林の外でアナスタシア達を守ってるのね?」
「そうなる」
「それは本当か!?」
レイとヴィヘラの会話に割り込んできたのは、ダムラン。
以前アナスタシア達が寄って、何らかの問題を解決した集落の出身だ。
また、レイにとってもダムランからの話のおかげで、何故か自分とアナスタシアがこの世界にやって来たのに随分と時間の差があるのだと、知った人物。
「ああ。今は林の外で待っている。とにかく、現在襲われている状況をどうにかする必要があったからな」
レイの言葉に、ダムランが心の底から安堵した様子を見せる。
義理堅い性格をしているだけに、自分達が世話になった相手がどうなったのか心配だったのだろう。
「そうか。無事か。……よかった」
しみじみと呟く声を聞きながら、レイは改めて集落の様子を見る。
何匹ものドラゴニアスの死体がある以上、まずはそれをどうにかする必要があった。
「取りあえず、死体は林の中に放り出しておくか。こういう時、この林の特性は便利だよな」
本来なら燃やすといった行為をしなければならない死体を、林の中に置いておくだけで明日にはもう風化してしまうのだ。
アンデッドになる心配はいらないし、当然一晩でそのようになる以上、腐ったりといったことをする心配もない。
レイにとっては、かなり便利なのは間違いなかった。
……それこそ、便利すぎるくらいに。
「そうね。それで……これからどうするの? 一応、レイと私がここに来た目的は達成したんでしょう?」
「そうだな。けど……これで帰るつもりはない。ここまで付き合った以上、ドラゴニアスの本拠地は叩いておきたいし」
「あら、少し意外ね。てっきり、とっとと向こうに帰ると言うのかと思ったら」
「あのな、ヴィヘラは俺を何だと思ってるんだ? 俺はこれでも、それなりにケンタウロス達とも友好的に接してるんだ。そのケンタウロスが困ってるのなら、助けたいと思うのは当然だろ」
「……まぁ、取りあえずそういうことにしておきましょうか。ともあれ、そうなるとどうやってアナスタシア達をここまで連れてくるかね。セトに運んで来て貰うのは駄目なの?」
「無理だな。俺もそれは真っ先に考えたけど、鹿がセトを怖がってる。無理にそんな真似をしたら、それこそ恐怖からショック死してもおかしくはないくらいに」
うわぁ……と、ヴィヘラだけではなく、周囲で話を聞いていた他の者達の口からも同じような声が漏れる。
実際、今の状況を思えばそのようなことになってもおかしくはないと、そう思ったのだろう。
今でこそ、ケンタウロス達もセトと友好的に接するようになったが、最初にセトを見た時は、セトが持つ迫力とその身に宿す圧倒的な力に怯えた者も少なくない。
……実際には、セトは自分を可愛がってくれる相手に対しては、人懐っこい性格を露わにするのだが。
とはいえ、それはあくまでも言葉を話すことが出来て理性的に考えることが出来るケンタウロスだからこそ、出来ることだ。
野生の動物……あるいはモンスターとなってるのかもしれないが、知能という点では決して高くはない鹿にケンタウロスと同じことを期待するのは間違いだろう。
「鹿は二頭ともかなり大きな角があって、林を移動するのは難しいと思う。……この辺、どう対処すればいいか、何か意見がある奴はいないか?」
そう尋ねるレイだったが、それに答える者はいない。
そもそも、レイの説明だけでは鹿が一体どのような存在なのかをしっかりと分からないというのが大きい。
自分が見ていれば、まだ何か意見を口に出来たかもしれなかったが。
「取りあえず、アナスタシアとファナをこの集落に連れて来たらどう? 鹿は……ここにいる何人かが見張っていれば、逃げ出したりしないと思うし」
ヴィヘラのその言葉に、レイはそれもいいかと思う。
アナスタシア達がこの集落に来る際に心配するのは、やはり鹿をどうするのかといったことだった。
そうである以上、鹿の護衛をする人員を派遣すれば、アナスタシアとファナも安心してこの集落までやって来ることが出来る筈だった。
そして、アナスタシアがこの世界に来てからの話をしっかりとし……そして何より、この集落に存在する何かについて、アナスタシアが感じたことを話す必要もある。
そうすれば、手当たり次第に採掘作業を行わなくても、どこか一ヶ所を掘ればそれでこの場所に影響している何かを見つけられるかもしれないのだから。
「なら、取りあえずその案で行くか。……ザイ、誰か鹿の護衛をする奴を選んでくれるか?」
「そう言われてもな。……鹿の護衛だぞ? やりたがる奴は、そういないと思うんだが」
ケンタウロスの性格を考えれば、ザイの言葉も理解は出来た。
理解出来たので……レイは、奥の手を出すことにする。
「もし鹿の見張りをやってくれる奴がいたら、そいつには酒をやる。それも樽一つだ」
ざわり、と。
レイの言葉にケンタウロス達がざわめく。
以前貰ったレイの酒は、どれもかなり美味かった。
……結果として、それによって飲みすぎ、二日酔いになった者が多数出てしまったが。
そんな酒を、しかも一樽貰えるとなると、ケンタウロス達の心を動かすには十分だった。
「俺がやる!」
誰よりも真っ先に鹿の護衛を申し出たケンタウロスの男は、他の者達からの嫉妬の視線を向けられる。
だが、そんな周囲の視線も酒好きの男にとっては関係ない。
この草原で……正確にはケンタウロスの各集落で作られている酒とは全く違うレイの酒。
その酒の味は数日前に初めて飲んだ時に強い衝撃を与えた。
もっと飲みたい。他の人よりも多く飲みたい。
そんな思いをケンタウロスに与えるには十分な味だった。
レイは酒に関しては特に興味もなかったので、真っ先に手を挙げたケンタウロスに鹿の護衛を頼む。
「なら、お前に頼む。ただし、その鹿はアナスタシアとファナ……俺とヴィヘラの探していた者達にとって、大きな意味を持つ。くれぐれも逃げられたりするなよ。そうなったら、当然酒はなしだ。勿論、鹿に攻撃したりとかも禁止だ」
「分かりました。問題ありません。……ドラゴニアスが来たら、どうすれば?」
「逃げろ。その鹿も足は速いから、ドラゴニアスから逃げることは出来る筈だ」
ドラゴニアスという種族は個体差が非常に大きいが、それでも殆どの個体は走る速度はケンタウロスやあの鹿よりも遅い。
そうである以上、襲われても逃げれば問題はない筈だった。
……もっとも、鹿を好き勝手に逃がさずにコントロール出来るかと言われれば、そう簡単に出来ることではなかったが。
「分かりました」
レイの言葉に納得したのか、ケンタウロスの男は素直に頷く。
「じゃあ、まずはアナスタシアとファナを連れてくるから、少し待っててくれ」
「あら、私も行くわよ?」
レイの言葉に、ヴィヘラはあっさりとそう告げてくる。
そんなヴィヘラの言葉に、何かを言い返そうとしたレイだったが……さすがにドラゴニアスの襲撃が終わってすぐの今の状況で、再び襲撃が起きるとは思えない。
勿論、可能性は全くゼロという訳ではないのだが。
そんな時は、出来ればヴィヘラが集落にいてくれればレイも安心出来るのだが、ここから林の外まではそこまでの距離はない。
ドラゴニアスやケンタウロスならともかく、レイやヴィヘラなら木々の隙間を縫うようにしてすぐにでも戻ってこられるだろう。
また、レイは林の外に出たらすぐにでもセトに集落に行くように頼むつもりだったので、襲撃の心配はしなくてもよかった。
「分かった。なら、少し急ぐぞ。ザイ、多分大丈夫だろうけど、セトが来るまではしっかりと周囲を警戒しててくれ」
「待ってくれ、俺も連れて行って欲しい」
ザイが返事をする前に、ダムランがそうレイに声を掛ける。
自分達の集落の恩人たるアナスタシアとファナを迎えにいくのだから、自分も行きたい。
そうダムランが主張し、ダムランと一緒に偵察隊に加わった同じ集落の者達もその意見に賛同する。
だが、レイはそれに首を横に振って却下した。
「今から連れてくるんだから、大人しく待ってろ。ただでさえ、ケンタウロスがこの林を抜ける時は時間が掛かるんだから。これだけの人数が一緒にくるとなると、それこそ無駄に時間が掛かってしまう」
そう言われてしまえば、ダムランもこれ以上言い募ることは出来ない。
これで、アナスタシアとファナを迎えに行くのが数日くらいの場所であれば、無理に自分も行くと言えるだろう。
だが、迎えに行くのは林の外……それこそ、すぐ側にある場所だ。
であれば、ここで自分が迎えに行きたいと言い張るのは、それこそ我が儘でしかない。
それどころか、自分達がどうしても行きたいと主張していれば、その間ずっとレイはアナスタシアとファナを迎えに行くことも出来ない。
「分かった。では、残念だがここで待つとしよう」
結局そう言って、諦めることになる。
「悪いな。すぐにアナスタシアとファナを連れてくるから、待っててくれ。行くぞ」
そう言い、レイはヴィヘラと鹿の見張りを行う二人を連れて林の中に向かう。
林の中には、アスデナが倒したドラゴニアスの死体が幾つも転がっていた。
「この死体、まだ新鮮だけど……何で明日になれば風化するのかしらね?」
近くに転がっている死体を眺めて尋ねるヴィヘラだったが、レイはそれに答える言葉を持たない。
それを調べる為にこそ、集落の地面を採掘してるのだから。
「アナスタシアが何か感じていたようだったから、その辺に期待するしかないだろうな。それに、俺達よりも随分と早くここに来ていたから、俺達が知らない情報を持っている可能性もある。……特に、アナスタシアは好奇心が強いし」
普通なら、アナスタシアのように好奇心が強いだけなら、余計なことに首を突っ込んですぐに死んでしまう。
だが……アナスタシアの場合は、腕の立つ精霊魔法使いである以上、その危険な場所でも潜り抜ける実力を持っているのだ。
そうして得られた情報に、何か自分達の知らないものがあるのではないか。
そう期待しながら、レイは林の外に向かうのだった。
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