第2347話
「お、見えてきた」
「グルルゥ!」
視線の先に林が見えてきたことにレイが感心したように呟くと、セトがどんなもんだいといったように喉を慣らす。
散々方向音痴云々とされていただけに、迷わず林に到着出来たことを得意に思ってもおかしくはない。
……実際には、地上を走っている時に道が分からなくなり、何度か空を飛んで進む方向を確認したりといったような真似をしたのだが……レイはそのことに突っ込むような真似はしなかった。
そもそも、レイはセト以上に自分が方向音痴気味であると、そう納得していた為だ。
これがギルム周辺のように街道の類でもあれば、それを目印にしたり出来るし、あるいは森や湖、川といったような目印になりやすいものがあれば、また話は別なのだが……残念ながらそのようなものがない以上、レイに出来るのはセトに任せるだけだった。
この草原で生まれ、生き、死ぬケンタウロス達なら、草原のちょっとした特徴を目印にして覚えるようなことも出来るのだろうが。
(にしても、出来ればこうして移動中にアナスタシア達と話をしておきたかったところなんだよな)
そう思いながら、レイは自分の背後に視線を向ける。
そこでは、鹿……それもセト程ではないにしろ、相応の大きさを持つ鹿が二頭いる。
その背にはアナスタシアとファナがそれぞれ乗っており、その二人が何やら話しているのがレイにも理解出来た。
だが……レイがその会話に入るようなことは、現状では出来ない。
何故なら、二頭の鹿が本能的にセトを怖がっている為だ。
それこそ、本来ならセトの後を追うといったようなことを行うのも、アナスタシアとファナが必死に鹿をなだめてようやくの行為なのだから。
もしこの状況でレイがアナスタシア達の会話に混ざろうとセトが二頭の鹿に近付いて行けば、その二頭の鹿は間違いなく恐慌状態になるだろう。
……あるいは、恐怖のあまり動けなくなるか。
二頭の鹿の頭からは、立派な角が伸びている。
それこそ、普通なら山の王者や主と呼ばれてもおかしくはない程の立派な角が。
だが、そんな立派な鹿であっても、やはりグリフォンという存在は脅威に感じるらしい。
それもただの脅威ではなく、絶対的な死の象徴とも思える程に。
……実際にセトと鹿の間にある力の差はそれだけ大きなものなのは間違いない。
実際にはそれだけの力の差があっても、セトは無闇にその力を振るったりはしないので、安心なのだが。
あるいは、これで鹿がアナスタシアとファナに可愛がられていない野生の動物であれば、もしかしたらセトは鹿を獲物と判断する可能性はあったのだが。
だが、幸いにも二頭の鹿はアナスタシア達に可愛がられており、そんな相手はセトも攻撃したりはしない。
「おーい、あの林だ! あそこに俺達が野営地にしている場所がある!」
セトの背の上から後ろを振り向き、レイはそう叫ぶ。
その声を聞いたアナスタシアは、分かったと手を大きく振る。
「グルゥ……」
そんな様子に、少しだけ残念そうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、出来ればアナスタシアやファナ達とも一緒にいたかったのだろう。
二頭の鹿とも、戯れたいと思ってもおかしくはない。
だが、鹿が怖がると知っている以上、セトもそんな相手に自分から近付いて行くような真似はしない。
結局セトはレイを背中に乗せたままで林に向かうのだが……林が近付いてくるのを見て、ふとレイが気が付く。
(あれ? もしかしてあの鹿って林の中を通るのが難しかったりするか?)
鹿の体長も二m程であり、かなりの大きさを持つ。
だが、それ以上にレイが問題に思ったのは、鹿の頭から生えている巨大な角だ。
その角は、林に生えている木々の間を移動出来るかと言われれば……正直なところ、少し難しいだろう。
巨大な角であるが故に、通れる道を探すのが大変だった。
かといって、林の外に鹿を放しておくといったような真似をした場合、最悪ドラゴニアスによって喰い殺される可能性もある。
(アナスタシア達の様子を見ると、鹿を放すといったような真似をしないのは間違いないだろうし……最悪、林の木々を伐採して集落までの道を作るか? いや、そうなるとドラゴニアスに襲撃された時に対処するのが難しくなる)
二頭の鹿の為に、野営地として使っている集落にいるケンタウロス達を危険な目に遭わせるというのは、論外の話だ。
そうである以上、現在の自分がやるべきなのは……もっと別の方法を考えることとなる。
「セトが鹿に触れるなら、空中を運ぶって手があるんだけど……それは難しいしな」
「グルゥ?」
レイの呟きに、セトはどうしたの? と視線を向ける。
「いや、あの鹿をどうやって集落まで連れて行こうかと思ってな。……セトは空を飛べるから何とかなるだろうけど、あの鹿はそんな訳にはいかないだろ?」
「グルゥ……」
そんなレイの言葉に、同意するように鳴き声を上げるセト。
セトも何度か林の中を出歩こうとしてみたが、体長三mオーバーのセトにとっては、不可能……とまでは言わないが、かなり難しい状態だったのも間違いない。
自分の後ろをおっかなびっくりといった様子で追い掛けてくる鹿が、そんな場所を移動出来るかは……セトにとっても、難しいだろうというのは考えるまでもなく理解出来た。
「だから、どうしたものかと思ってな。……あの鹿がセトに慣れてくれれば、一番手っ取り早いんだけどな」
「グルルゥ!」
そんな風にレイとセトが話している間にも、林の姿は大きくなっていく。
そして……林の姿が大きくなっていくに従って、林の周囲に何かが……いや、ドラゴニアスの姿があることに気が付く。
「タイミングがいいのか、悪いのか……微妙なところだな。セト!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは大きく鳴き声を上げて林に向かって走り出す。
「アナスタシア! ドラゴニアスだ! お前とファナは少し待ってろ!」
ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、レイは背後に向かって叫ぶ。
その声がアナスタシア達に聞こえているのかどうかは取りあえず気にせず、そのままセトの背に跨がったまま林に向かって突き進む。
セトも、今までと走る速度は大きく違う。
今までは背後から追い掛けてくる二頭の鹿を置いていかないように、ゆっくりと……かなり加減をして走っていた。
だが、今は違う。
少しでも早く林に到着し、そこにいるドラゴニアスを倒す必要があった。
「グルルルルルルゥ!」
周囲に響き渡るセトの鳴き声。
……もしドラゴニアスが普通のモンスターであれば、そんなセトの鳴き声で危険を察知し、その場から逃げ出しただろう。
だが……ドラゴニアスは飢えに支配され、その上で指揮官の上位種によって率いられている。
それだけに、明らかに自分よりも格上の存在であるセトの雄叫びが周囲に響き渡っても、それで怯えるようなことはない。
それどころか、飢えを満たすのに相応しい肉の塊がやって来たと知り、喜びの声すら上げながら走り出す。
「ジャンジョカンンア!」
その中でも一匹……ドラゴニアスにしては、随分と足の速い一匹が、真っ先にセトに向かって跳び掛かる。
基本的にはケンタウロスよりも足の遅いドラゴニアスだが、そのような特徴を持つのと同時に、一匹ずつの個体差が激しい。
だからこそ、中には走りに特化したドラゴニアス……などという存在もいるのだ。
セトに襲い掛かったドラゴニアスは、まさにそんなドラゴニアスだったのだろう。
ここが林の中であれば、ドラゴニアスにとっても走る速度を活かせはしなかっただろうが、幸いなことにここは林の外にある草原だ。
ドラゴニアスにとっては、自分達の戦闘力を十分に活かせる場所であり……
「グルルルルゥ!」
ぐしゃり、と。
そんな音と共にセトのクチバシはドラゴニアスの頭部を砕く。
ここが林のように木々が生えている訳ではなく、ドラゴニアスが自由に動き回れるだけの戦場であるということは、当然のようにセトにとってもこの辺りというのは戦うのに十分な広さを持っているということを意味している。
そしてセトの実力はドラゴニアスよりも明らかに上な訳で……この結果は、当然だった。
だが、仲間が死んでもドラゴニアスの動きに躊躇はない。
それどころか、寧ろ肉を奪う相手が少なくなったことに喜んでいるようにすら思えた。
「じゃあ、セト。俺も参加するから、協力して戦おう」
「グルゥ!」
ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を手に、セトの背から飛び降りつつ告げるレイに、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
例えこのような戦いであっても、やはりセトにとってはレイと一緒に戦えるというのは嬉しいのだろう。
特にここは狭苦しく身動きが限定される林の中ではなく、自由に動き回れる草原だ。
それだけに、今の状況では敵と戦う際にも非常に楽なのは事実だった。
ドラゴニアスの大半は、やはりセトに向かう。
セトに負けないだけの大きさを持っているドラゴニアスだけに、小柄なレイは倒しても飢えを満たすには足りないと、そう判断されたのだろう。
当然のように、自分を狙ってきたドラゴニアスがそのように考えているというのは、レイにも理解出来た。
……それでも、飢えを満たす為であればと、本気で襲い掛かって来ているのだが。
「けど、そんな技も何もない攻撃が通じると思われるのは心外だな!」
大ぶりの爪の一撃を回避しながら、レイはデスサイズを下から振るう。
ドラゴニアスの半分……や、二割にも満たないだろう体重のレイが振るったデスサイズの一撃は、柄によってドラゴニアスを持ち上げ、吹き飛ばし……その先にいたセトの前足によって、あっさりと地面に叩きつけられ、大地によって全身の骨を砕かれる。
それを横目に、レイはドラゴニアスを吹き飛ばした動きから、手首の動きだけでデスサイズの刃の方向を変え、近くにいたドラゴニアスを袈裟懸けに切断した。
普通であれば手首に強い負担の掛かる動きだが、デスサイズのレイとセトにはその重量を感じさせないという能力によって、その動きは容易に行われた。
同時に、左手に持っていた黄昏の槍の石突きで、背後から首筋を喰い千切ろうとしたドラゴニアスの鳩尾を突く。
穂先ではなく石突きではあったが、その先端も尖っており、レイの身体能力を考えれば、十分にドラゴニアスの鳩尾を貫くことは可能だった。
穂先で貫くのに比べると、どうしてもその傷口は粗いものになってしまうが。
「っと! 相変わらず闘争心だけは旺盛だな!」
仲間が殺されても全く何も感じた様子がなく、レイの肉を喰い千切ろうと噛みついてくるドラゴニアスの一撃を回避し、それによってちょうど自分の前にあったドラゴニアスの首を思い切り蹴る。
頭部が砕ける……のではなく、首を蹴った為かドラゴニアスの頭部はサッカーボールか何かのように空中に飛んでいく。
その頭部の行く末を見守るでもなく、レイは体勢を整えるついでに振るったデスサイズによって、跳びかかってきたドラゴニアスの胴体を切断し……そのドラゴニアスが最後の一匹だった為、レイを襲ってきたドラゴニアスは全滅した。
「さて……」
元々自分に襲ってきた敵の数が少ないのは理解していたので、レイはドラゴニアスを殲滅した後で何をするべきか考える。
未だにドラゴニアスと戦っているセトに協力すべきか、もしくは既に林の中に入ったドラゴニアスを倒すか、あるいはドラゴニアスに襲われている集落に向かうべきか……はたまた、どこかにいるだろう指揮官のドラゴニアスを探すべきか。
選択肢は無数にある。
そんな中でレイが選んだのは……取りあえずセトに群がっているドラゴニアス達を片付けることだった。
集落に行くにしても、林の中を進むよりはセトに乗って空を飛んだ方が手っ取り早い。
かといって、ここでドラゴニアスを残してセトと一緒に集落に向かえば、少し離れた場所にいるアナスタシアとファナがドラゴニアスに襲われかねない。
結果として、レイは林の外にいるドラゴニアスを殲滅してしまった方が手っ取り早いと、そう判断したのだ。
とはいえ、その行為そのものはそこまで手間ではない。
レイが自分に襲い掛かって来たドラゴニアスを全滅させた時点で、セトも相当数のドラゴニアスを倒していたし、何より林の外にいたドラゴニアスそのものは、そこまで多くはないのだから。
セトだけでも圧倒されていたドラゴニアスだったのだから、そこにレイが加わって戦い始めれば、ドラゴニアスがそれに対処出来る筈もない。
レイとセトの連携により殲滅速度は上がり……数分と経たないうちに、この場にいたドラゴニアスは全てが死ぬのだった。
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