第2342話
「取りあえず、この斑模様のドラゴニアスの死体は収納しておくか」
デスサイズによって胴体を上下二つに切断された斑模様のドラゴニアスの死体をミスティリングに収納すると、レイは周囲を見回す。
周囲に存在するのは、ドラゴニアスの死体、死体、死体。
ただし、その死体はほぼ全てがレイの魔法によって炭と化しており、放っておいてもアンデッドになる心配はなかった。
……いや、あるいはゾンビやスケルトンにはならなくても、ゴーストの類にはなる可能性も十分にあったが。
とはいえ、この場所は林の集落からは大分離れている。
セトが飛べばそう時間は掛からずに戻ることが出来るが、それはあくまでもセトの飛行速度が常識外れに速い為だ。
そうである以上、ここでドラゴニアス達がアンデッドになったとしても、レイやケンタウロス達にとって被害は出ない。
それどころか、この辺を通るドラゴニアス達に襲い掛かる可能性もある以上、それは寧ろレイ達にとっては利益でしかない。
(いやまぁ、本当にアンデッドになるかどうかは分からないけどな)
この世界に限らずエルジィンであっても、死体全てが確実にアンデッドになる訳ではない。
それこそ、確率的に見ればアンデッドにならない可能性の方が大きいのだ。
勿論、怨念の深い地だったり、アンデッドになる為、もしくはする為の儀式を行っていたりといったようなことがあれば、また話は別だったが。
「グルルゥ?」
死体を見回していたレイに向かって、セトがこれからどうするの? と喉を鳴らす。
「本来なら、もう少しドラゴニアスの拠点とかを殲滅したり、本拠地を探したりしたいところなんだけどな」
今まで一度も遭遇したことのなかった、斑模様のドラゴニアスという存在と接触したのだ。
それを思えば、この辺りはドラゴニアスの本拠地からそう離れていないのは間違いない。
なら、ここを中心にして周辺を探せば一体どうなるか。
もしかしたら……といった程度の可能性ではあったが、それでももしかしたらドラゴニアスの本拠地を見つけることは出来るかもしれなかった。
そうである以上、今の状況でここから離れるというのは、レイにとってもあまり好ましくない。
夕日の光を浴びながら、レイはしみじみとそう思う。
明日にでもまたここに来れば……という思いがない訳でもなかったが、問題なのは明日またここに戻ってこられるかといったことだろう。
林の集落のように、何か大きな目印の類でもあれば話は別だったが、残念ながらここには何も目印らしいものはない。
この草原で生きてきたケンタウロスであれば、ちょっとした地形の変化でもこの位置を把握出来るようになってもおかしくはないのだが……この草原で生まれ育つどころか、エルジィンという異世界からやって来たレイであれば、ここを見てもこのような場所だと判断するような真似は出来ない。
……ましてや、レイの場合はエルジィンで生まれ育った訳でもないのだから、尚更だろう。
(そういう方面に鋭い冒険者なら、もしかしたら何とかなるかもしれないけど)
ギルムにいる冒険者は、腕利きが多い。
その中には当然のように盗賊として高い能力を持っている者もおり、そのような者にしてみれば自分のいる場所をきちんと把握するというのはあって当然の技能だろう。
「取りあえず……残念だけど、今日は戻るか。一応、食料の類はそれなりに置いてきたから、数日くらいは戻らなくてもいいんだけどな」
「グルゥ?」
いいの? とセトが喉を鳴らす。
レイの性格を知っているセトだからか、てっきり今日はこのまま探索を続けると思っていたのだろう。
とはいえ、レイとしてもセトが何を考えているのかは、十分に理解出来たのだが。
「斑模様のドラゴニアスについては、集落にいる連中に見せておいた方がいいだろ。後は……そうだな。明日は出来ればここに戻ってきたいところだけど……どうだ?」
「グルルルゥ……」
レイの言葉に、心の底から大丈夫といった自信を持った声が返事が出来ないのは、やはりセトも自分が若干方向音痴気味だと理解しているからだろう。
それ以外にも、この状況で明日まで置いていった場合、仲間のドラゴニアスがどうにかするか、もしくは……ドラゴニアスがこうしている以上、可能性は少ないが動物や他のモンスターの生き残り、もしくは虫によって死体が食われてしまう可能性もある。
レイの魔法によって、死体の大半は炭となっているのだが、中には半焼けといった状態の死体も存在している。
そのような死体は、それこそ動物、モンスター、虫にとっては最適なご馳走だろう。
ドラゴニアスの種類によっては、それこそ仲間の死体であっても食うような個体がいる可能性も否定出来ない。
「まぁ、こっちの方向だと覚えておけば……取りあえずは大丈夫だろ。それに、明日ここに来る事が出来なかったら、それこそまた新しくドラゴニアスの拠点や集団を探せばいいんだし」
幸か不幸か、今日だけで複数のドラゴニアスの拠点や集団を、レイは殲滅している。
だとすれば、明日も同じようにドラゴニアスの拠点や集団を見つけて、撃破するような真似が出来るだろう。
出来なければ出来ないで、また何か新しい方法を探せばいいと、若干ながら楽観的な思いがレイの中にあったのも、間違いのない事実だが。
「グルルルゥ!」
レイの言葉に納得したセトが、じゃあ集落に戻ろうと鳴き声を上げる。
そんなセトにレイも頷き、身を屈めたセトの背に跨がる。
数歩の助走の後で、翼を羽ばたかせながら空を駆け上がっていくセト。
空は既に夕焼けとなっており、上空からは一面真っ赤に染まった草原がどこまでも続いている光景が見てとれる。
レイだけではなく、セトもまたそんな光景に一瞬目を奪われ……それでも、いつまでも空にはいられないと判断し、翼を羽ばたかせながら移動を開始した。
目指すは、集落の存在する林。
幸いにして、林のある場所は飛ぶ方向が大雑把に合っていれば、見逃すようなことはない。
岩のような目印とは違い、林のような存在は見逃すようなことは難しい。
そうして……実際にセトが暫く飛ぶと、林が見えてきた。
(間違いではないよな)
一応といったように、林を見る。
もしかしたら、他の林に来たのではないか。
そう思わないでもなかったが、レイは地上を見てそこに集落があるのを見れば、ここが自分の目指していた場所なのだと理解出来た。
(うん、やっぱり俺とセトが方向音痴ってのは、間違いだな)
半ば自分に言い聞かせるようにそう告げ、レイはセトに集落に降りるように指示を出す。
セトはそんなレイの指示に即座に従い、集落に向かって降下していく。
集落では、現在も一部で採掘作業が行われている。
そうして作業をしていた者達は、上空から見ても真剣に働いているのが分かった。
「二日酔いは取りあえず抜けたみたいだな」
「グルゥ?」
レイの呟きにセトが返すが、レイはそれを受け流して迫ってくる地上を見る。
二日酔いも、取り合えず時間が経過すれば治るのだろうと、そう理解しながら。
……とはいえ、その治るまでの時間がかなり厳しい以上、二日酔いにはならない方がいいのは間違いなかったが。
ともあれ、地上が近付いてくると集落で働いている者達も空からやって来るレイとセトに気が付く。
空から何かがやって来るということで、最初は何人もが警戒し、迎撃しようとしたが……それでも、すぐにそれがレイとセトだと理解したのか、見張りをしていた者達は嬉しそうに手を振る。
(俺達が戻ってきたのか嬉しいのか、それとも……採掘作業、もしくは長のテントの残骸から何か手掛かりらしい手掛かりを見つけたのか)
出来れば後者であって欲しい。
そう思いながらも、採掘作業の方はそう簡単に結果が出るようなものではないとレイも理解していた。
だとすれば、テントの残骸の方がまだ可能性はあった。
「っと。……戻ったぞ」
「今日は戻ってこないのかと思ったが、随分と早かったんだな。何かあったのか?」
レイが戻ってきたと聞いて、真っ先に近付いてきたのはザイ。
偵察隊を率いる者として、レイから少しでも早く事情を聞かなければならないと、そう判断したのだろう。
「残念ながら何かあったのは間違いないな。……取りあえず、幾つかドラゴニアスの集団と拠点は潰した。……もっとも、数をこなすのを優先したから、指揮官は倒せてない場所もあったけど」
「それは……」
ザイにとっても、レイの口から出たのは予想外の成果だったのか、驚きでそれ以上言葉を発することは出来ない。
それどころか、ザイの近くでレイの言葉を聞いていた者達も揃ってレイの戦果に驚くだけだ。
普通なら……ドラゴニアスの強さを知っている者であれば、レイの説明を聞いても素直に納得するような真似は出来ない。
だが、ここにいるケンタウロス達は、ドラゴニアスの強さを知っていると同時に、レイとセトの強さも知っている。
そのレイがこう言ってるのだから、それが嘘ということはまずないだろうと、そう考えるのは当然だった。
「それと、俺が戻ってきた最大の理由だが……ん? ヴィヘラはどうした? どうせだから、ヴィヘラにも一緒に話したかったんだが」
斑模様のドラゴニアスは、間違いなくヴィヘラも興味を示す。
であれば、ここでザイ達に説明する時にヴィヘラにも説明して、同じ説明を二度するのは避けたいというのが、レイの考えだった。
「ヴィヘラは、そろそろ戻ってきてもいいと思うんだが……ああ、ほら」
そう言ったザイが示したのは、さっぱりした様子のヴィヘラの姿。
髪が微かに濡れているのを見たレイは、そう言えばこの集落から少し離れた場所には川があったなと思い出す。
林の中に集落を作ったのは、ドラゴニアスから逃げる為でもあったが、それでも水は必要となる。
その川で水浴びでもしてきたのだろうと。
……普段であれば、ヴィヘラ程の美人が水浴びをしているとなれば、それを覗きに行くような者がいてもおかしくはない。
だが、ケンタウロスにとって二本足のヴィヘラは、下に見ている……というのは、その圧倒的な強さからなくなったが、それでも恋愛、もしくは性欲や肉欲の対象としては見られない。
だからこそ、ヴィヘラも安心してこの状況で水浴びをしたのだろう。
「あら、レイ。何か集落が騒がしいと思ったら……戻ってきたの? 何かあった?」
「あった。取りあえず、ヴィヘラが喜びそうなことはな」
「ふーん。……何かしら」
興味深そうに視線を向けてくるヴィヘラに対し、レイはミスティリングの中から斑模様のドラゴニアスの死体を取り出す。
胴体を切断され、上下二つに分断されたその死体は、当然のように見る者を驚かせる。
「これは……い、一体……」
ザイの近くにいたアスデナの口から、そんな驚きの声が漏れ出た。
今までにも、銀の鱗のドラゴニアス、銅の鱗のドラゴニアスと見たことがあったが、銀と銅の斑模様のドラゴニアスを見たことはなかった為だろう。
金の鱗のドラゴニアスを見たことがあるザイですら、斑模様のドラゴニアスには目を大きく見開いて驚きを露わにしている。
「レ、レイ……このドラゴニアスは……?」
恐る恐るといった様子でアスデナが尋ねる。
そんなアスデナの近くでは、ヴィヘラがそのドラゴニアスの死体を興味深そうに眺めていた。
どこからどう見ても、普通のドラゴニアスでないというのは、明らかだ。
だが、ヴィヘラの場合は、このドラゴニアスが一体どれだけの強さを持っているのか……という方が重要なのだろう。
「そのドラゴニアスが、こうして夕方なのに俺がもう戻ってきた理由だ。今まで見たことがない新種のドラゴニアス。それも、自分の血を飛ばして遠距離を攻撃する能力を持っている個体だ」
ざわり、と。
レイの説明を聞いていたケンタウロス達がざわめく。
今まで、ドラゴニアスは飢えに支配された通常のドラゴニアスも、あるいは金、銀、銅のドラゴニアスであっても、近くの相手にしか攻撃出来なかった。
ドラゴニアスと戦う時に、弓というのは大きな効力を上げている。
勿論、ドルフィナ達が使うような魔法は弓よりも大きな効果を上げているのだが、残念ながらケンタウロスの中には魔法を使える者が非常に少ない。
よって、遠距離攻撃の主体は当然のように弓となる。
ドラゴニアスは強靱な鱗を持っており、それこそ普通の矢では貫くことは出来ない。
だが、実際にはダメージがなくても矢を当てることによって意識を逸らすといった成果はあり……実際、ケンタウロス達がドラゴニアスと戦う時も、弓というのは相応に大きな意味を持っていた。
それは、ドラゴニアスに遠距離攻撃の手段がないからこそ、安心して弓で攻撃出来るという意味でもある。
だが……そのドラゴニアスが遠距離攻撃の手段を持っていたら。
それを想像し、ケンタウロス達は厳しい表情を浮かべるのだった。
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