第2343話

 斑模様のドラゴニアスが行った遠距離攻撃の手段に驚いていたケンタウロス達だったが、その中で真っ先に我に返ったのは……レイにとっては予想外でありながら、ある意味で予想通りでもあるドルフィナだった。


「血を飛ばす……それは一体、どのくらい威力のある攻撃なのかな?」

「威力? そうだな。この柄の部分に命中すれば一発で砕けるくらいの威力だな」


 そう言い、レイはミスティリングから一本の槍を取り出す。

 それは実際に血のレーザーを受けて砕かれた槍……ではない。

 その実物は、斑模様のドラゴニアスに向かって投擲している。

 だが、現在レイの手に握られている槍は、血のレーザーによって破壊された槍と似たような太さを持つ槍だ。

 その槍を砕くだけの威力となれば、血のレーザーが一体どれだけの威力があるのかというのは、容易に想像出来るだろう。


「レイ……幾ら何でも、この槍はないんじゃないか?」


 アスデナが呆れの表情と共にそう言う。

 血のレーザーという初めて聞く攻撃方法に畏怖や恐怖といった感情を抱いてはいたのだが、そんな感情もレイの持つ槍を見た瞬間、霧散してしまう。

 何故なら、レイの持つ槍は穂先が欠けており、とてもではないが普通の槍として使えるとは思えなかった為だ。


「レイは黄昏の槍だっけ? あんな凄い槍を持ってるのに、何だってこんな槍も持ってるんだ?」


 アスデナがレイに尋ねる声は、予想外に軽い。

 そんなアスデナの態度から、レイはその狙いを悟る。

 斑模様のドラゴニアスが遠距離攻撃を出来るというのは、この場にいるケンタウロス達にとっては、明らかに悪い報告だ。

 そうである以上、レイと話して少しでも気分転換をさせようと、そのようなつもりなのだろう。

 レイもそんなアスデナの考えに乗る。

 ケンタウロスと一緒に行動しているレイにとっても、この程度で怖じ気づいてもらっては困るのだから。

 また、実際に斑模様のドラゴニアスが姿を現した時は、自分が……もしくはヴィヘラが戦うことになるだろうから、一度に多数出て来ない限りは問題ないだろうという思いもあった。


「この槍は、使い捨てだからな。一回投擲出来れば、それで十分なんだよ」

「使い捨て? ……なるほど。それなら問題ないのか? とはいえ、使い捨てであっても普通の槍の方が使いやすいだろうに。こうして穂先が欠けてる槍だと、それこそ投擲した時に思い通りの場所に命中しないんじゃないか?」


 空気抵抗……という概念や考え方をケンタウロスが理解しているとは思えないレイだったが、それでもケンタウロスは槍を使うことが多い。

 それだけに、理論で知っている訳ではなくても、経験から知っていたのだろう。


「精度を求める時は、いつも使ってる黄昏の槍を使ってるしな。こういう使い捨ての槍を使う時は、その槍がなくなっても構わないという、そういう時だけだよ」


 そんなレイの言葉は余程意外だったのか、話を聞いていたケンタウロス達がアスデナの計画通りに斑模様のドラゴニアスから、レイの言葉に意識を向ける者も出て来る。

 勿論、それは全員という訳ではなく……中には、ヴィヘラのように斑模様のドラゴニアスの方に意識を向けている者もいたが。

 それでも、アスデナの目論見は半ば成功したと言ってもいいだろう。


「ああ、使い捨てか。そういう意味でなら納得は出来るな。この穂先とかは、下手をすれば一撃で壊れてしまいそうだし」


 穂先の欠けた槍というのは、実際にそのような脆さを持つこともある。

 場合によってはまだ保つといったようなこともあるかもしれないが、あくまでもそれは例外だろう。


「ともあれ、この斑模様のドラゴニアスがいたということは、それよりももっと強力なドラゴニアスがいる可能性もある。それを考えると、やはりここは一度集落に戻った方がいいと、そう判断して戻ってきた。……場合によっては、この集落を襲ってくる敵の中に、この斑模様のドラゴニアスがいる可能性もあるし」


 遠距離攻撃が可能な斑模様のドラゴニアスは、何も知らない状況で遭遇すれば怖い相手なのは間違いないだろう。

 ……もっとも、あくまでも血のレーザーは真っ直ぐにしか飛ばすことが出来ない以上、林の中で戦う分には圧倒的に有利になってもおかしくはなかったが。


(これが血液じゃなくて銃弾……爪とか骨とか、そういうのを飛ばすような攻撃方法なら、跳弾とかの手段を使えていた可能性も十分にあったが。いや、魔力の籠もった血液とかだったら、もしかしたら跳弾とかが出来る可能性は否定しないけど)


 レイはそんな風に言いながら、斑模様のドラゴニアスを興味深く観察しているヴィヘラに視線を向ける。

 ヴィヘラにしてみれば、強力な敵は出来れば自分が戦いたかったのだろう。

 だが、結局のところこの斑模様のドラゴニアスを倒したのはレイな訳で……そんな状況に、色々と思うところがあるのは間違いなかった。

 もっとも、ヴィヘラとしては今のところレイを責めるつもりはなかったが。

 レイがこの斑模様のドラゴニアスと戦ったのは羨ましかった。それは間違いない。

 だが、それでも話を聞いた限りでは斑模様のドラゴニアスとの戦いは面白い戦いにはなりそうだったが、場合によってはかなり単純な戦いになりそうだと、そのような予想があった為だ。

 血のレーザーが、かなりの脅威なのは間違いないだろう。

 だが、それは言ってみれば、それだけでしかない。

 話を聞いた限り、ヴィヘラは自分ならその攻撃を回避出来るという思いがあった。

 そして血のレーザーさえ回避してしまえば、レイから聞いた話によると銀の鱗のドラゴニアスと大差ない強さでしかない。

 とはいえ……それでも、自分で戦ってみたいという思いがあるのも、間違いのない事実だ。


「でも、レイの代わりに私が行くって訳にもいかないしね」

「本拠地の探索にか? ……ヴィヘラでも何とか出来るかもしれないけど、万全を期す場合は俺が行った方がいいのは間違いないだろうな。セトとの相性もあるし」


 これは別に、ヴィヘラとセトの相性が悪いと言ってる訳ではない。

 実際にヴィヘラとセトの関係は友好的で、セトも十分ヴィヘラに懐いている。

 だが……それでも、やはりレイとヴィヘラのどちらを選ぶかと言われれば、セトが選ぶのは間違いなくレイだ。

 レイと一緒にいたいセトが、レイの代わりにヴィヘラと一緒に本拠地を探すというのは、好んでやるようなことはしないだろう。

 どうしようもなければ、話は別だったが。


「ともあれ、次からはこの集落に攻撃をしにくるドラゴニアスの中には、こういう奴もいるかもしれないというのだけは理解しておいてくれ。……ヴィヘラがいれば、その心配はいらないと思うけど」


 レイのその言葉に、ヴィヘラは笑みを浮かべて頷く。

 レイの言う通り、自分であればどうとでも対処出来ると、そのような自信からだろう。


「ともあれ、こっちについてはそれでいいとして……この集落の方で何か手掛かりはあったのか?」


 採掘作業、もしくは長のテントの残骸から、何かを見つけられたのか。

 そう告げるレイに対し、ザイは自信を見せて頷く。


「まだ正確なところは分からないが、どうやらこの集落の長は最初からこの場所に集落を移すつもりだったようだな」

「ここに? その辺は前もって話を聞かされていただろ?」

「いや、そうじゃない。ドラゴニアスが出て来るよりも前から、この場所に集落を移す計画があったらしい」

「……なるほど」


 少し前であれば、ザイのその言葉を聞いても素直に納得するようなことは出来なかっただろう。

 だが、集落の外に存在するドラゴニアスの死体が風化するという現象を実際に見たり、ドラゴニアスが林の木を折らないようにしているのを見れば、ザイの言葉にも納得するしかない。


「それで、具体的な証拠は何かあったのか?」

「この辺りの地図らしきものがあった」

「いや、それは……別にここに集落を作った後に地図を作ってもおかしくないんじゃないか? それこそ、この辺りに何があるのかを知る為には、地図の類は必要だろうし」


 がっかりとした様子で、レイはザイに告げる。

 ここまで自信満々であった以上、何かもっとしっかりとした証拠が……それこそ、古文書とか伝承が書かれた巻物といったような何かがあるのではないかと、そう思っていたのだ。

 だというのに、出て来たのが地図。

 落胆するなと言う方が無理だろう。


「あら、そんなに捨てたものでもないわよ? ほら、この地図……最近作られたのにしては、結構日焼けしていない? それに……動物の革を使ってこの林の周辺の様子を書き残す?」

「……なるほど」


 改めてザイが見つけたという地図を見てみれば、それは紙の類ではなく動物の革を使ったものだ。

 ケンタウロスには、紙を作る技術もある。

 にも関わらず、何故紙ではなく……もっと長期間残る革を使ったのか。

 それはつまり、この革の地図を長期間残す為ではないか。

 レイは、革が紙よりも長く残るのかと言われても、それに答えることは出来ない。

 だが、ヴィヘラがそう言っているのなら、恐らくそれは間違っていないのだろう。


「そうなると、やっぱりこの集落にとってこの林は特別な場所だった訳か。ちなみに、この近辺にある他の集落は……いや、聞くまでもないか」

「ああ。生き残りに聞いてみたが、この近辺にあった他の集落そのほぼ全てがドラゴニアスの襲撃によって壊滅したらしい、喰い殺されるといったような形でな」

「……そうか」


 聞くまでもないと言ったにも関わらず、詳細に説明するザイ。

 そんなザイの様子に色々と言いたいことはあったのだが、それでも今の状況を思えば明確に生き残りはいないと聞かされた方が、判断はしやすい。


「つまり、この林に何かあったとしても、それを知ってる者がいないということが確定したのか」

「そうだ。運よく……本当に運よく生き残りがいない限りはな」

「そんな生き残りがいるとは思えないし、いてもすぐにドラゴニアスに喰い殺されると思う」


 それは、この場にいる全ての者にとって同意することの出来る意見だった。

 飢えに支配されたドラゴニアスは、凶悪と言ってもいい程の戦闘力を誇る。

 それこそ、多少攻撃されても全く関係なく攻撃を続けるような、そんな凶悪な力を。

 そうである以上、その辺のケンタウロスが偶然生き残っても……その状況で生き残ることが出来るかどうかは、難しいだろう。

 今のザイであっても、複数のドラゴニアスの集団に襲われるといったようなことになった場合、生き残るのは難しい。

 ……以前までなら、逃げればドラゴニアスは追いつけないと、そうレイは言えたのだが……銅の鱗のドラゴニアスは通常のドラゴニアスよりも明らかに速く……それどころか、ケンタウロスと比べても素早いという報告を聞いている以上、ただ逃げればいいと言う訳にもいかない。


「で、どうする? 一応この集落が意味ありげな場所だというのは分かったが、もう少し詳しく調べてみるか?」


 その言葉に、レイは頭を悩ませる。

 この林が特別な場所だというのは、地図が描かれた革の存在で明らかになった。

 そうである以上、何かもっと他の情報があるのではないかと、そう思わないでもなかったが……同時に、何らかの情報が残っている可能性が少ないのも事実。

 だとすれば、やはりここは採掘作業の方に多くの人を回した方がいいのではないか。

 そう思ってしまうのは、当然だろう。


「うーん……ヴィヘラ、どうすればいいと思う?」

「それを私に聞くの? ……そもそも、この探索隊を率いているのは、私でもレイでもなくザイなんだから、ザイが決めるべきだと思うんだけど」

「……そこで俺に振るのか……」


 自分がどうするべきかレイに聞いたら、何故かヴィヘラに自分が決めるようにと言われてしまった。

 それは、ザイにとっては予想外のことだった。

 とはいえ、ヴィヘラが言ってるのは決して間違いではないのだ。

 そうである以上、どうするか自分が決めるべきだと理解している。しているのだが……この状況で、一体どうすればいいのか分からないというのは、間違いのない事実。


「そもそも、俺が率いているのは間違いないが、それは表向きで、実際にはレイが指揮を執っているようなものだろう」


 ザイのその言葉は、決して間違いではない。

 実際、レイがセトに乗って探索に向かってるのを見ても、それは明らかなのだから。


「その辺は、それこそ集落で戦士達を率いているザイの方が向いていると思うんだけどな」

「戦士達を率いるのと今回の一件では違うだろう」

「そう言われると、否定は出来ないな。……なら、そうだな。取りあえず採掘作業の方に全力を投入してみたらいいんじゃないか?」


 そんなレイの言葉に、ザイは少し考えてから分かったと頷くのだった。

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