第2340話

「ふぅ……取りあえず生き残りはいるだろうけど、大体の戦力は壊滅しただろ」


 そう呟いたレイは、空を飛んでいるセトの背中に乗ったまま地上を見て呟く。

 火災旋風によって生み出された炎の竜巻は、地上を……ドラゴニアスの拠点の一つを完全に焼き払っていた。

 とはいえ、ドラゴニアスには家を作るといったような知能はないので、火災旋風によって焼き払ったのはあくまでもドラゴニアス達だけだが。

 赤い鱗のドラゴニアスは、本来なら火災旋風であっても問題なく生き残ることが出来る筈だったが……死体の中には、多くの赤い鱗のドラゴニアスがいる。

 これは、レイが火災旋風の中に刃物の残骸を入れた為に、赤い鱗のドラゴニアスは炎には耐えることが出来ても、刃物の攻撃に対しては耐えることが出来なかった結果だ。

 勿論、ドラゴニアスの鱗は非常に頑丈で、レイやヴィヘラ、セトといったような実力の持ち主ならまだしも、ケンタウロスであってもそう簡単にダメージを与えることはできない。

 それでも火災旋風の中に投入された刃の残骸は高速で回転しながら、次々とドラゴニアスに襲い掛かった。

 一撃でダメージを与えるのは難しくても、その数が十、百、千といった具合に攻撃の回数が増えれば、その度に赤い鱗のドラゴニアスが攻撃される回数も増える。

 そうして攻撃の回数が増えれば、鱗の隙間に攻撃が命中することもあり……それが繰り返された結果、赤い鱗のドラゴニアスも含めて次々と身体中を斬り裂かれていったのだろう。


「まぁ、全員を殺すことは出来なかったけど」


 そこまで大きな拠点ではなかったので、生み出した火災旋風は一つだ。

 また、現在のレイはあくまでもドラゴニアスの本拠地を見つける為に戦っているのであり、そうなれば当然のように拠点にいちいち構っている暇はない。

 もう少し時間に余裕があるのであれば、それこそ拠点を一つずつ丁寧に潰していくといったような真似も出来たのだろうが。

 だが、今はとにかく林に向かうドラゴニアス達をどうにかする方が先決であり……そういう意味では、やはり拠点の一ヶ所に時間は掛けられない。


(通常のドラゴニアスがどうやって増えているのかは分からないけど、それでもこうして拠点を一つ潰されたとなれば、そのダメージはかなり大きい筈だ。それを補充する意味でも、暫くは活動出来ないだろうし。……指揮官のドラゴニアスが生きてるかどうかでも、その辺の判断は変わってくるんだろうけど)


 地上を見る限りでは、金、銀、銅の鱗を持つドラゴニアスの姿はどこにも存在しない。

 火災旋風の攻撃で死んでしまったのか。それとも空を飛ぶセトに攻撃を仕掛けることは出来ないと判断して少しでも被害を抑えるべく隠れているのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、ともあれ空を飛んでいるレイが指揮官のドラゴニアスを見つけることが出来ないのは間違いのない事実だった。

 その辺りはまだはっきりとしてはいなかったが、それでも次の場所……ドラゴニアスの本拠地を見つけなければならない以上、ずっとこの場にいる訳にはいかない。

 とにかく敵の数を減らしたら、次の拠点なり本拠地なり……場合によっては移動しているドラゴニアスの集団を見つける必要があった。


「セト、次に行くぞ。……にしても、本拠地は本当にどこにあるんだ? このままだと、拠点は結構な数を見つけられそうだけど、肝心の本拠地を見つけるのが大変そうだな」

「グルルゥ」


 レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。

 セトは、レイ程にドラゴニアスの本拠地を脅威には思っていない。

 だが、大好きなレイがそこまでして探しているとなれば、当然のようにセトも真剣にドラゴニアスの本拠地を探すことになる。 


「ともあれ、次の場所を……」

「グルゥ!」


 レイの言葉の途中で、不意にセトが鋭い鳴き声を上げる。

 何があった? とセトの見ている方に視線を向けると……そこには、壊滅させたばかりの拠点に向かって進む、ドラゴニアスの集団があった。

 最初からレイが破壊した拠点を目指していたのか、それとも別の場所に向かっている途中でこの拠点が攻撃されているのに気が付き、近寄ってきたのか。

 その辺の事情はレイにも分からなかったが、ともあれ近付いてくるドラゴニアスの数が三百匹近い以上、そのままにしておく訳にもいかない。


「あれだけの数が林に向かったりしたら、危険なのは間違いないしな」


 ヴィヘラがいるので、戦力的には問題はない。

 だが、レイと違ってあくまでも対個人に特化しているヴィヘラの場合、一度に大量の敵が襲ってくるといったようなことになった場合、かなり不利になるのだ。

 林があり、指揮官のドラゴニアスが木を迂闊に折らないようにと命令をしているのであれば、ヴィヘラにも勝ち目はあるが。

 だが、今の集落にはセトがいない。

 レイ達が林の集落にいた時であれば、セトが集落の中にいざという時の戦力として残るといった真似も出来た。

 そのおかげで、銅の鱗のドラゴニアスが出て来た時もセトがそれに対処出来たのだから。

 そのセトは現在レイを乗せてここにいる以上、ヴィヘラが林の中で戦っている時に別の場所から他のドラゴニアスや指揮官のドラゴニアスが襲ってきた場合、それに対処出来るのはザイ達だけだ。


(ザイもヴィヘラとの訓練で結構な実力を持ったのは間違いないけど……銀の鱗のドラゴニアスを相手にするのはまだ難しいだろうしな)


 そうである以上、やはりここで可能な限りドラゴニアスの数を減らす必要があるのは間違いない。


「セト、あの連中も倒すぞ。あの連中を、林の集落に向かわせる訳にはいかないし」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと鳴き声を上げる。

 それこそ、壊滅した拠点に近付いているドラゴニアス達に聞こえても構わないといった様子で。

 ……もっとも、火災旋風を使ってこの集落を殲滅した以上、炎の竜巻を見てこの拠点に近付いてきた……つまり、ここに自分達の敵がいると、そうドラゴニアスの指揮官が判断してもおかしくはなかったが。


(だとすれば……どうする? やっぱり指揮官をどうにかする必要があるな。もしくは普通のドラゴニアスを纏めてどうにかするか)


 どうするべきかと思いつつ考え……やがてレイは決める。


「よし、全部纏めて倒してしまった方が手っ取り早い」


 結局レイが選んだのは、そんな単純な方法。

 近付いてきているドラゴニアスを殲滅してしまえば、それこそ林の集落を心配する必要はない。

 そんなレイの判断に、セトは同意するように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、敵の実力については全く心配していない。

 ……そもそも、ドラゴニアスは基本的に空を飛ぶ敵を攻撃する手段を持たないのだ。

 そうである以上、今の状況では自分達が一方的に勝利出来るだろうという認識を持つ。


「新しい魔法を試してみるか」


 デスサイズを取り出しながら、レイは呪文を唱え始める。


『炎よ、我が魔力を喰らってその姿を露わにせよ。巨大となれ、大きくなれ、成長せよ。喰らえ、喰らえ、喰らえ。汝は炎の破壊という一面を示し、破滅の星となれ』


 レイの持つ魔力を喰らい、巨大な火球が生み出される。

 似たような魔法は以前レイも使っていたが、今回使っている魔法は、言ってみれば破壊に特化している……それこそ、呪文にあるように天から降り注ぐ破滅の星となる。

 火球は、レイの魔力を喰らって次第に巨大になっていく。

 空中に浮かぶ火球は、それこそ直径十m近くの大きさになり……太陽とは別の意味で、周囲を明るく照らし出す。


『破滅の星』


 そして呪文を唱えた瞬間、巨大な炎の星は地上に向かって降下していき……やがて、ゆっくりと炎の星は地上にぶつかり、次の瞬間には地上に灼熱の地獄を生み出す。

 一瞬にして灼熱の地獄となった世界は、赤い鱗を持つドラゴニアス以外のほぼ全てを炎によって蹂躙していく。

 赤い鱗のドラゴニアスも、炎に対しては心配する必要はなかったが、地面に着弾した巨大な炎が起こした爆発によって受けた衝撃までは防ぐことが出来ない。

 吹き飛ばされた衝撃で小さくないダメージを受け、運の悪い者は味方のドラゴニアスにぶつかり、それによって更に大きなダメージを受ける。

 そんな光景が直径一km近くの範囲にも及んだのだ。

 ましてや、その攻撃の範囲はその直径一kmの範囲だけではない。

 障壁の類で攻撃範囲が設定される……といったようなことがなかった為に、実際に魔法の効果範囲の周辺でも大きな被害を受ける。

 特に一kmという効果範囲のすぐ側にいたっては、今の魔法の効果範囲内とそう大差ないような状況になっていた。


「うーん……これは……」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトがその言葉の先を知ってるかのように鳴き声を上げる。

 レイにしてみれば、今の魔法は広範囲に被害は与えるが、その周辺には障壁を張って被害を出さないようにしようと、そう考えていたのだ。

 にも関わらず、現在地上に広がっている光景は、レイが予想していたものと若干違う。

 ……とはいえ、感覚で魔法を使っているレイだけに、一度このような魔法と認識してしまえば、その魔法はそういうものだと認識が固定してしまう。

 多少の調整ならともかく、そこまで大きく魔法の構成を弄るのは難しかった。

 セトの背の上で轟火によって燃え盛る地上の様子を見ていたレイだったが、やがて仕方がないと諦める。

 街中であったり、ダンジョンの中であったりするような場所では使い勝手の悪い魔法だったし、炎の大きさをあそこまで巨大にするにはかなりの魔力を持っていかれる。

 だが、それでも使い道がない訳ではない。

 特にこの草原のような場所の場合、非常に使い勝手がいい魔法なのは間違いなかった。

 あくまでも、周囲に味方がいない時であればの話だが。


「今度はもう少し効果範囲を限定するような……いや、それなら『舞い踊る炎』とか『火精乱舞』とかで十分なのか。……同じような効果だとすれば、わざわざそんな魔法を作る必要もないしな」


 そこまで呟くと、取りあえず魔法については一旦そこで考えるのを止め、改めて地上の様子を観察する。


(指揮官はどこだ? 金、銀、銅、どの鱗の持ち主であっても、見つけるのは難しくはないと思うんだが。……いや、銅の鱗のドラゴニアスは小さいから、普通のドラゴニアスの死体の下に隠れているとか、そういう可能性もあるけど)


 そう思いながらも、レイはじっくりと視線を向け……


「は?」


 少し予想外の光景に、間の抜けた声が出る。

 レイの視線の先にあったのは、銀とも銅とも判別つきかねない……正確には、その二種類の色が斑色に入り交じったドラゴニアスの姿。

 そのドラゴニアスは、自分が仲間の死体に隠れているのを見つかったと判断したのだろう。これ以上は隠れても意味はないと判断して、姿を現す。

 そして……不意に右手をセトの方に向け……


「グルゥ!」


 セトはほとんど反射的に翼を羽ばたかせ、その場から移動する。

 その一瞬後、斑模様のドラゴニアスの右手から何かが発射され、つい先程までセトのいた場所を貫く。


(血?)


 そうレイが思ったのは、斑模様のドラゴニアスから発射された何かが近くを通った時、鉄錆臭がした為だ。

 もしかしたら、自分かセトが今の攻撃で軽く傷を負ったのか? とも思ったが、その様子はない。

 つまり、今の攻撃はドラゴニアスの手から水鉄砲のように血を発射したのだと、予想することが出来た。

 遠距離攻撃の手段を持っていなかったドラゴニアスが、一体何故。

 そんな疑問がレイの中にはあったが、今はまずそれに驚くよりも前に敵を倒すことが必要だった。

 幸いにして、今の遠距離攻撃は連発出来ないらしいと理解したレイは、素早くセトに声を掛ける。


「セト、動き回って敵に的を絞らせるな!」


 指示を出しながら、レイはデスサイズをミスティリングに収納し、代わりに黄昏の槍を取り出す。

 今までは、ドラゴニアスに遠距離攻撃の手段がなかった為に、遠距離……特に空を飛んでいる状態であれば、容易に攻撃出来た。

 だが、相手にも遠距離での攻撃手段があるとなれば、話は違ってくる。

 具体的に、一体どれだけの威力を持った攻撃なのかは、実際に命中してみないと分からない。

 だが、当然のようにレイはそんな相手の攻撃を受けるなどということは考えていなかったし、それはセトも同様だった。

 だからこそ、動き回って敵に狙いを定められないようにしながら……


「食らえっ!」


 レイはそんな声と共に、黄昏の槍を斑模様のドラゴニアスに向かって投擲するのだった。

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