第2339話

 レイとセトが空を飛んで偵察に行くという話は、ケンタウロス達には驚きを持って迎えられた。

 その中に不安の色が強かったのは、それだけレイとセトという存在がケンタウロス達にとって心の支えになっていたからなのだろう。

 ……決して、ヴィヘラだけを残されたというのをケンタウロス達が怖がっている訳ではないと、そうレイは思いたかった。


「それで? いつ行くんだ?」


 アスデナの言葉に、レイはセトを撫でながら口を開く。


「今すぐだ」


 ざわり、と。

 そんなレイの様子を見て、ケンタウロス達はざわめく。

 セトにのって偵察に行くとしても、まさか今すぐに行くと言うとは思わなかったのだろう。


「そんな、もう少し様子を見てからでもよくないか?」

「そうだ。もしまたドラゴニアスが襲ってきたら……」

「いや、ついさっき襲ってきたんだから、またドラゴニアスが来るまでには時間が掛かる筈。それを考えると、今の状況で一気に行動した方がいいと思う」

「いや、けど……ここで、またドラゴニアスが来たらどうするんだよ」

「その時は、俺達が戦えばいいし……ヴィヘラもいるだろ?」

「ぐっ、そ、それは……」


 その言葉に、レイが偵察に行くのを不満に思っていたケンタウロスもそれ以上反論出来なくなる。

 完全に納得した訳ではない。

 だが、今の状況でこれ以上不満を言えば、それは自分達の実力に自信がないからだと、そう思われても仕方がないと思ったのだ。

 実際には今の状況を思えば、ドラゴニアスがある程度来ても対処するのは難しくはなかったのだから。

 ……それでも不満を口に出したのは、やはり残るのがヴィヘラというのが大きいのだろう。

 ヴィヘラという人物は、ケンタウロス達にとって尊敬すべき対象であるのは間違いない。

 強さを尊ぶのがケンタウロスである以上、この場にいるケンタウロスの誰よりも強いヴィヘラを尊敬するのは当然だった。

 また、ヴィヘラとの戦闘訓練によって自分達の実力が上がっているのも間違いない事実。

 だが……その戦闘訓練で行われる模擬戦によって、ケンタウロス達のプライドは何度となくへし折られている。

 最初こそは、ヴィヘラを二本足の女と下に見ている者もいたし、なによりヴィヘラの身体は外見からでは筋肉を見ることが出来ない。

 実際には傷一つない皮膚の下には女らしい柔らかさを持つ脂肪があり、その下には鍛え抜かれた筋肉が存在しているのだが……外見から見ることが出来ない以上、実際にヴィヘラと戦ってその実力を自分で感じなければ、その強さは実感出来ない。

 そして実感すれば、ケンタウロス達はヴィヘラに対して強い畏怖を抱く。

 ……もっとも、外見だけで強いと判断出来ないという点ではレイもまた同様なのだが。

 ケンタウロス達にしてみれば、それこそレイは小柄で、外見からはそこまで強い力を持っているようには思えない。

 だが、実際には片手でケンタウロスを持って放り投げるといったような真似を容易に出来るだけの腕力を持っているのだ。

 外見詐欺という言葉はケンタウロスにはないが、もしあったとすればこれ以上ない程レイに合う言葉なのは間違いなかった。

 ともあれ、それでもレイよりもヴィヘラに怯える……という言い方はともかく、苦手に思っている理由は、やはりケンタウロスの訓練をしたのはヴィヘラが多かったからなのだろう。


「とにかく、俺とセトがいない間も、ヴィヘラがこの集落を守ってくれる筈だ。それに、さっきそっちのケンタウロスが言ってたように、襲ってきたばかりである以上、すぐにまたドラゴニアスが来る可能性は少ないと思う」


 ここで襲ってこないと断言しなかったのは、この集落に戦力を派遣しているのが本拠地ではなく拠点……それもこの集落の周辺にあるだろう複数の拠点かもしれないという思いがあった為だ。

 もしそうであったら、場合によっては一度に複数の拠点から派遣された戦力が集落にやって来るかもしれない。


(ヴィヘラなら、そのくらいのことがあっても対処できるだろうけど。……寧ろ林の中での戦いとなれば、ヴィヘラの方が圧倒的に有利だし)


 草原ならともかく、木々が生えている林の中で多数の敵と戦った場合、ヴィヘラは圧倒的に有利だというのがレイの予想だった。

 何しろ、ドラゴニアスは生えている木を破壊しないようにと命令さており、ヴィヘラの身体を狙って襲い掛かるものの、その動きは間違いなく木々によって遮られてしまう。

 昨夜と先程行われた戦いの繰り返しになるのは間違いない。

 ドラゴニアスの数は増えているので、もっと大規模になり、昨日と先程は後ろから黄昏の槍でドラゴニアスを削っていったレイがいないので、全く同じ戦いになるとは限らなかったが。


「ともあれ、ヴィヘラがいるから安心しろ。そして採掘作業とこの集落についての手掛かりを探すのは、ザイに任せる。……俺は夕方くらいになったら戻ってくるつもりだけど、場合によっては少し遅くなる可能性もあるから、心配はしなくてもいい」

「レイとセトが揃っていて、それで心配をするなんてことはないわよ」


 ヴィヘラの言葉に、他の面々も同意するように頷く。

 レイとセトが揃っている以上、それこそ銀の鱗のドラゴニアスが何匹現れたところで、敵ではないという思いがあった。

 ……レイにしてみれば、それよりも上位の金の鱗のドラゴニアスが出て来れば、苦戦するかもしれないとは思っているのだが。

 金の鱗のドラゴニアスとは、まだ一度しか接触したことがないが、その強さは銀の鱗のドラゴニアスとは比べものにならなかった。

 何しろ、黄昏の槍の一撃ですらいなすといった行動をしてみせたのだから。


「ヴィヘラにそう言って貰えると、こっちとしても自信を持てるな。……じゃあ、行ってくるか。セト」

「グルゥ!」


 レイの呼び掛けに、セトは短く喉を鳴らす。

 そんなセトを見て、採掘作業に参加していた者達は名残惜しげな視線を向ける。

 地面を掘るという行為をする上で、セトはこれ以上ない程に頼れる相手だったのだ。

 それもセトは嫌々地面を掘るのではなく、それこそ嬉しそうに……本当に嬉しそうに地面を掘っていた。

 そんなセトがいなくなるというのは、採掘作業に関わっているケンタウロス達にしてみれば、非常に残念に思ってもおかしくはない。

 だからといって、セトに行かないで欲しいとは言えない。

 現在のこの状況において、レイとセトがドラゴニアスの本拠地を見つけるというのは、非常に意味がある事なのだから。

 少なくても、ここで採掘作業をするよりもドラゴニアスの本拠地を探した方が有益なのは間違いない。


「グルルルルゥ!」


 採掘作業の面々に対し、セトは頑張れと鳴き声を上げる。

 そんなセトに、採掘作業を一緒に行っていたケンタウロス達は頑張ってくれと視線を向ける。

 セトがいない状況ではあっても、今は自分のやるべき仕事をきちんとやろうと、そう思い直す。


「レイ、私が言うまでもないと思うけど……気をつけてね」


 ヴィヘラの言葉に、レイは任せろと頷く。頷くが……


「それと、ドラゴニアスの本拠地を見つけたら、必ず戻ってきてよ。私も戦いたいんだから」


 そう念を押してくるヴィヘラに、らしいなと頷く。

 戦いを好むヴィヘラだけに、そのような言葉を口にするのは当然だったのだろう。


「分かってるよ。その辺は心配するな。……ドラゴニアスの本拠地ともなれば、そこにどれだけの敵がいるのかは分からないしな」


 レイにしてみれば、敵の本拠地が一体どこにあるのか……そして、敵がいるのなら、どのような敵がいるのかを想像してしまう。


「レイがそう言うのなら、信用しておくわ」


 そう言いながらも、完全には信用出来ないといった様子を見せるのは……元々この部隊の目的が偵察であるにも関わらず、次々とドラゴニアスの拠点や集団を撃破しているからだろう。

 その調子でもしレイがドラゴニアスの本拠地を見つけた場合、自分に知らせるまでもなくレイがその本拠地を殲滅してしまうのではないかと。

 そのような心配をしてしまってもおかしくはない。

 ましてや、レイは広域殲滅魔法を得意としている。

 敵がある程度の範囲内に集まっているのであれば、それこそ倒すのは難しくはないのだ。

 ともあれ、レイはもし自分が何らかの理由で戻ってくるのが遅くなった時に備え、食料をミスティリングから出しておく。


「じゃあ、行ってくる。さっきも言ったけど、今日は出来るだけ早く帰ってくるつもりだ。何もなければ夕方くらい。それ以外だと……それこそ、もしドラゴニアスの本拠地を見つけたらすぐにでも」

「拠点の場合はどうするの?」

「上空から魔法で殲滅でもするつもりだ。この辺りでならドラゴニアスがアンデッドになっても問題はないだろうし。……いや、寧ろ生きてる相手に挑むだろうから、敵の戦力を減らすという意味では美味しいしな」

「それをやると、普通のドラゴニアスは死ぬけど強いドラゴニアスは生き残るわよね?」

「だろうな。もっとも、ヴィヘラが戦ったような弱い……いや、戦闘向きではない銀の鱗のドラゴニアスとかだったら、死ぬかもしれないけど」

「それは……まぁ、しょうがないわね。なら、それでいいわ」


 そうして言葉を交わすと、レイはセトの背に乗る。


「行ってくれ、セト」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは鳴き声を上げながら数歩の助走をし……そのまま空に向かって翼を羽ばたかせながら駆け上がっていくのだった。






「うーん、やっぱり俺達がこうして空を飛んで偵察に出てよかったな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らす。

 そんなレイとセトの下……地上では、現在五十匹近いドラゴニアスの死体が倒れている。

 林を飛び立ってから数分……とはいえ、あくまでもセトの翼で飛んで数分なので、実は林から結構離れていたりするのだが。

 ともあれ、そのくらい飛んで移動したところで、地上を移動しているドラゴニアスの集団を見つけた。

 どこに向かっているのかは、はっきりとは分からない。

 林のある方に向かっているのは間違いないが、セトの移動速度を考えれば、全く別の場所に移動したという可能性も否定は出来ないのだから。

 だが、それでも林に向かう可能性がある以上、レイとしてはそれを放っておく訳にはいかなかった。

 ヴィヘラにしてみれば、どうせならある程度の規模は寄越せと、そう言ってくるのかもしれないが。

 ともあれ、レイは上空から炎の矢を無数に放ち、結果としてドラゴニアスの集団は殲滅された。

 何匹か生き残りもいたようだったが、その生き残りも相応の重傷を負っており、何とか生きているといったようなのが大半で……唯一、赤い鱗を持ったドラゴニアスだけが正真正銘無事だった。

 とはいえ、全部で五十匹程度の集団だ。

 その中には様々な色の鱗を持つドラゴニアスがおり、そんな中で赤い鱗だけとなれば、当然のようにその数はかなり少ない。

 おまけに、指示をしていたドラゴニアスも死んだのか、もしくは炎の矢による一撃のドサクサに紛れて逃げたのかはレイにも分からなかったが、ドラゴニアス達が命令を受けている様子はない。

 つまり、生き残りの中で唯一無事な赤い鱗のドラゴニアスも、今の状況では自分達が何をどうしたらいいのか分からないのだ。

 そんな相手に対して、レイはどうするべきか迷うが……数匹程度のドラゴニアスなら、ヴィヘラにとっては遊び相手にもならないだろうと判断し、先を急ぐことにする。


「セト、先に進むぞ。林の位置さえ見失わなければ、いつでも戻ってくることが出来るし」

「グルゥ?」


 赤い鱗のドラゴニアスを倒さなくてもいいの? と後ろを向いて尋ねてくるセトに、レイは問題ないと頷く。

 そんなレイの様子を見たセトは、レイがそう言うのなら大丈夫だと判断したのだろう。

 翼を羽ばたかせながら、その場を去っていく。


「にしても……逃げたと思われる銅の鱗のドラゴニアスもまだ本拠地や拠点には到着してないだろうに、随分と動きが早いな」


 銅の鱗のドラゴニアスを逃がしたと思われるあの戦いから、まだそうは時間が経っていない。

 にも関わらず、こうして攻めてくるということは……ドラゴニアスに指示を出している者が、明らかに自分達の消耗戦を狙っているように見えた。

 当然、そのような真似をすればドラゴニアス側の被害も大きいだろう。

 だが、そこまでしてドラゴニアスは……その頂点に位置するだろう存在は、あの林を確保したいのだ。


(だとすれば、採掘作業の方もやっぱり頑張って貰う必要があるな。ドラゴニアスをどうにかする為の手札は多い方がいいだろうし)


 そんなことを考えながら、レイはセトに乗ってドラゴニアスの本拠地を探すのだった。

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