第2333話
銅の鱗のドラゴニアスは、金や銀の鱗のドラゴニアスとは違って、その小ささは明らかだった。
もしここにレイかヴィヘラがいれば、何故銅の鱗のドラゴニアスだけが小さいのかと疑問を抱いてもおかしくはないのだが、セトはそんなことを気にする様子もなく、相手の隙を窺うだけだ。
自分はこの集落をレイに任されたのだから、この集落で絶対に相手の好きにはさせない。
セトにとっては、そのような思いを抱くのは当然のことだろう。
そんなセト以外に、ケンタウロス達もいよいよ戦いが起こると真剣な表情を銅の鱗のドラゴニアスに向けている。
「グルルルゥ!」
そんなケンタウロス達に、セトはここはいいから周囲の様子を警戒して欲しいと、そう鳴き声を上げる。だが……
「分かった。俺達も一緒に頑張って戦うから、安心してくれ!」
セトの鳴き声の意味を誤解したのか、近くにいたアスデナはそう告げる。
ここにレイがいれば、セトが何をして欲しいのかはしっかりと理解出来ただろう。
あるいはヴィヘラがいても、レイ程ではないにしろ、セトの言いたいことは何となく理解出来た筈だ。
そのような二人がいない以上、セトの要望を理解しろという方が無理だった。
……セトもそれを理解したのか、今はアスデナ達に周囲を警戒するようには言わず、少しでも早く敵を……銅の鱗のドラゴニアスを倒してしまおうと、そう判断する。
「グルルルルルゥ!」
銅の鱗のドラゴニアスに向かって、真っ直ぐに進むセト。
その速度にはケンタウロスが反応出来ず、置いていかれてしまう。
それこそが、セトの狙いだったのだが。
真っ直ぐ敵との距離を詰めたセトは、前足の一撃を放つ。
それもただの一撃ではなく、パワークラッシュのスキルを使っての一撃だ。
銅の鱗のドラゴニアスが、どれくらいの防御力を持っているのかは、セトにも分からない。
だがそれでも、自分の一撃が命中すれば致命的なダメージを与えることは十分に可能だろうと、そう判断しての攻撃だった。
「ギョアガチオ!」
銅の鱗のドラゴニアスはそんな鳴き声を上げながら、セトから距離を取ろうとする。
まともに正面からぶつかって自分に勝てる相手だとは思わなかったのだろう。
実際、その判断は決して間違っている訳ではない。
もしセトの一撃を食らえば、自分は死ぬか……どんなに運がよくても、致命傷を負うのは間違いないと、そう思ったからだ。
そして銅の鱗のドラゴニアスは、力はともかく速度には自信があった。
……だからこそ、セトが自分の想像していた以上の速度で近付いてきて、その一撃によって地面に叩きつけられた時は、一体何がどうなってこうなったのか、理解出来ない。
悲鳴を上げながら、セトから距離を取ろうとし……次の瞬間、再度振るわれたセトの一撃により、大きく吹き飛ぶ。
「うおっ、すげえなセト」
月明かりの下で行われる戦いに、それを見ていた者達の口からは感嘆の声が漏れる。
今の状況では、そのようなことを口に出す真似しか出来なかったのだ。
「おい、セトの戦いに目を奪われるのはいいけど、周囲の警戒もやめるな。いつ他のドラゴニアスがやって来るか分からないんだぞ!」
銅の鱗のドラゴニアスがやって来ただけであれば、セトに任せておけばいい。
見たところ、戦いそのものはセトが圧倒的に有利に進んでおり、セトの戦いに心配する要素はどこにもなかった。
だが……それはあくまでもセトと銅の鱗のドラゴニアスの戦いでの話だ。
もし現在の状況で別の敵……林の中にいるドラゴニアスがこの集落に入ってきたら、自分達で対処しなければならないのだ。
それを理解しているからこそ、今のこの状況においては対処をするのが難しいのは間違いなかった。
そして……まるでそんなタイミングを見計らっていたかのように、集落の中に数匹のドラゴニアスが突っ込んでくる。
それもケンタウロス達は気が付かなかったが、そのドラゴニアスがやって来たのはヴィヘラ達が戦っているのとは別の方向からだった。
もし他のドラゴニアス達と同じ方向から来ていれば、恐らく今頃は他のドラゴニアス達と同様にヴィヘラの身体を――食欲的な意味で――求めて、木の間に挟まって動けなくなり、レイによって背後からあっさりと殺されていただろう。
そういう意味では、このドラゴニアス達は運がよかった。
とはいえ……運がよかったからといって、集落の中にはケンタウロス達が待ち構えていたのだが。
「来たぞ! 今こそあの地獄の訓練を生き抜いた力を見せつけるんだ! 具体的には、追加の訓練がないくらいに!」
『おおおおおおおおおおおおおお!』
ザイの言葉に、ケンタウロス達の多くが雄叫びを上げる。
この集落を取り戻す時の戦いでは、ヴィヘラを満足させるようなことは出来なかった。
ましてや、戦いが終わった後でいつまでも休憩していた光景を見られてしまっている。
それを思えば、ここでまた同じような光景を見せたらどうなるか……考えるまでもない。
だからこそ、汚名返上の意味を込めてここでしっかりと戦う必要があった。
それがなくても、非戦闘員達が集まっている場所に攻撃させるような真似は、絶対にやらせる訳にはいかない。
それぞれが武器を構え、非戦闘員のいる方にいかせないよう、声を上げながらドラゴニアスに向かって突撃する。
集落の中は、ケンタウロスが自由に走り回ろうとすると、かなり狭い。
おまけに、現在その集落は採掘作業が行われており、更に狭くなっていた。
だからこそ、今回の一件においてはしっかりと考えながら戦う必要がある。
ましてや、今は夜なのだから尚更に。
それぞれが武器を構え、集落に突入してきたドラゴニアスに向かう。
当然のように一対一で戦うのではなく、数人で一匹のドラゴニアスに攻撃を行うような形だ。
ドラゴニアスにしてみれば、身動きがしにくい集落の中で多数の敵と戦うのだ。
当然のように、その実力を完全に発揮は出来ない。
鱗という強固な防御手段を持つドラゴニアスだが、鱗は強固ではあっても万能といった訳ではない。
それこそ、何度も同じ場所に攻撃を食らえばやがて鱗が剥がれたり欠けたりといったようなことにもなるし、そうなればそこに攻撃が集中されればドラゴニアスであっても大きなダメージを受ける。
勿論、鱗というのはそこまで大きくはなく、そこに何度となく攻撃を命中させるというのは簡単な話ではない。
だからこそ、複数のケンタウロスで連続して攻撃をするのだ。
……多くの者にとって、動き回っているドラゴニアスの同じ場所に攻撃を命中させるのは難しい。
だが、それでも何人もが繰り返し攻撃をすれば命中もする。
元々偵察隊に選ばれたのは、集落中でも腕利きが多い。
だからこそ、いざという時にも即座に行動は行えた。
多少攻撃を外しても、その後に続く攻撃が命中すれば、その鱗も消えてしまうのだ。
そうなればドラゴニアスにダメージを与える機会は多くなり……そういう意味では、多くの者にとってそれは絶好の機会となる。
そうして攻撃を行い、狙った場所に当たらなくても次の相手に任せるといった行動を続けるが……当然の話だが、ドラゴニアスも一方的にやられている訳ではない。
近付いてきたケンタウロスの肉を喰い千切ろうと……もしくは切り裂こうと、鋭い牙や爪を使っては攻撃を行っていく。
ケンタウロス達にとって幸いだったのは、多くの者が槍という間合いの長い武器を使っていたころだろう。
だからこそ、ドラゴニアスの一撃はなかなかケンタウロスに命中しない。
……それでも、ドラゴニアスは飢えに従ってケンタウロスに攻撃を行い続けているのだが。
そのような戦いを続けていれば、当然のようにドラゴニアスの数は減ってくる。
元々、集落に入ってきたドラゴニアスの数がそこまで多くないというのも関係しているのだろうが、やがて戦いは終わりに向かう。
「セトは!?」
ドラゴニアスの最後の一匹を倒したザイが、素早く集落の中の様子を窺いながら叫ぶ。
セトが一体どれだけの強さを持っているのかは、恐らく偵察隊の中ではザイが一番知っている。
それでもセトの安否を確認するように叫んだ理由は、セトの戦っていたドラゴニアスが普通のドラゴニアスではないと、理解していた為だろう。
普通なら、自分達が戦っていたドラゴニアスよりも小さいということで、弱い相手だと認識も出来る。
だが……セトと戦っている様子を見た限りでは、とてもではないがそのような弱い相手には思えなかったのだ。
それこそ、恐らくはザイだけで戦ったらとてもではないが勝てない相手だと、そう理解出来るくらいに。
だからこそ、もしかしたら……万が一のことがあったらいけないと思っていたのだが……
「グルゥ?」
そんな必死の叫びを全く気にした風もなく、銅の鱗のドラゴニアスをクチバシで咥えたセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。
確かに、銅の鱗のドラゴニアスは普通のドラゴニアスよりも強いのだろう。
それは事実だ。
それでも、普通のドラゴニアスよりも少し強いくらいでセトに勝てる訳がなかった。
ザイが偵察隊の中で一番セトの実力を知っているのは事実だが、だからといってセトの実力の全てを知っている訳ではないのだから。
「あー……うん。セトの実力なら、この程度の相手は全く問題なかったんだな。心配する必要もなかったか」
そう呟くザイだったが、同時に自分とセトの間に……そしてレイやヴィヘラとの間にある、大きな実力差に、思いを馳せ……
「ガアンジャジャハテャ!」
不意に周囲に響いた聞き苦しい鳴き声に、視線を向ける。
聞こえてきた声はそれだけではなく、他にも多数聞こえてきた。
そして……ザイは、金の鱗のドラゴニアスとレイが戦った件を思い出し、セトの咥えている銅の鱗のドラゴニアスに視線を向ける。
「もしかして……」
「おい、ザイ。これは一体何がどうなってるんだ?」
アスデナが武器を構えながら、不思議そうな……それでいて、冷静な様子で尋ねる。
ザイは今ここで何が起きてもすぐ対処出来るように注意しながら、口を開く。
「俺が以前見た、金の鱗のドラゴニアスは、普通のドラゴニアスに対する絶対的な命令権のようなものを持っていた。ヴィヘラから聞いた話によると、金の鱗のドラゴニアス程ではないにしろ、銀の鱗のドラゴニアスもまた同じような実力をもっていたらしい」
「つまり、セトが倒したドラゴニアスも同じような力を持っていて、それをセトが倒したから、あの銅の鱗のドラゴニアスに従っていたドラゴニアスが命令されていない状態になった……のか?」
アスデナの言葉に、ザイは頷きを返す。
統制されていたドラゴニアスが、統制から外れた。
普通に考えれば、それはザイ達が有利になるということに間違いはない。
だが……それはあくまでも普通の場合での話だ。
今回の場合は、統制を失って暴走するドラゴニアスという存在は厄介でしかない。
それこそ、飢えに任せて暴れ回り、採掘作業をしている場所が破壊されるようなことになったりしたら、ザイ達にとっては洒落にならない。
何より、林の方……特に敵の大半がいる方から聞こえてくる鳴き声は、完全に先程までとは違ったものとなっている。
それどころか、今までは絶対に折らないようにしていた林の木々のへし折れる音までもが周囲に響く。
それはつまり、林の中にいたドラゴニアス達も銅の鱗のドラゴニアスの命令の統制から外れたということを意味していた。
「なぁ、おい。ヴィヘラとレイ……助けに行かなくてもいいのか?」
ケンタウロスの一人が、恐る恐るといった様子でザイに尋ねる。
ヴィヘラの名前が先に来ている辺り、どちらの方を恐れているのかは一目瞭然だった。
それだけ繰り返された模擬戦によって、上下関係が本能レベルにまで刻み込まれてしまったのだろう。
「助け……いるか?」
ケンタウロスの一人が呟くその言葉に、聞いていた多くの者が同意する。
実際、普通に考えればレイやヴィヘラに助けが必要だとは到底思えないのだから当然だろう。
偵察隊を率いる立場にいるザイも、その言葉には異論を挟むことは出来ない。
(けど、統率されていないとドラゴニアスがこうも暴れるってことは……最初にこの集落を襲撃した時も、あの銅の鱗のドラゴニアスのような個体がいたってことか?)
そんな疑問を抱くザイだったが、今はそんなことよりも林の中にいるレイ達をどうするのかといった方を決めるのが先だった。
「確かに助けはいらないだろうけど、今ここで俺達がいかないと……それが理由で模擬戦が増える気がしないか?」
「う……」
ケンタウロスの一人の言葉に、反論出来る者は誰もいなかった。
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