第2332話
「まず一匹。やっぱり林の中だと、身動きがしにくいらしいな。……俺もそうだけど」
身体を頭部から左右に両断されて、地面に崩れ落ちたドラゴニアスの死体を見ながら、レイが呟く。
ケンタウロスよりも身体の大きなドラゴニアスが、林の中では身動きしにくいというのは当然の話だったが……レイもまた、長物を武器としている戦闘スタイルである以上、林の木々は邪魔となる。
ドラゴニアス達の動きを封じるという点では、林の木々はかなり便利な代物だった。
何しろ、ドラゴニアス達が本気になれば木々を折りながら移動も出来るだろうが、何故かドラゴニアス達は林の木々を折らないようにしている。
……林の中にあった集落が最初に襲われた時、幾らか不意を突かれたのはその辺の理由もあったのだろう。
木々を折らないようにしているので、移動するのには時間が掛かる。
だが、集落にいる者達には気が付かれにくい。
ドラゴニアスを警戒していた集落の者達である以上、当然のように警戒もしていただろう。
だから、完全に不意を突かれた……といったようなことにはならなかっただろうが。
ともあれ、木を折らないようにして移動しているドラゴニアスに対して、レイもまたデスサイズと黄昏の槍という長物を武器としている以上、戦いにくいのはおかしな話ではなかった。
「ヴィヘラなら、こんな場所でも全く問題はない……いや、寧ろ絶好調といった感じなんだろうけどな」
基本的に素手で戦うヴィヘラだ。
一応手甲の爪や足甲の刃といったように武器も使うが、それを使わなくても十分に戦える。
……戦えるという意味では、レイもまた武器がなくても戦えるのだが、この場合は若干意味が違った。
素手での戦いこそが本領発揮となるヴィヘラが武器を使わないのと、武器……それもデスサイズと黄昏の槍という長物二本を使った二槍流での戦いが本来の戦闘スタイルのレイとでは、同じ武器を使えないという状況であっても意味が違うのだ。
「それならそれで、やりようはあるんだけど」
その答えの一つが、レイの前にいるように身体を左右二つに切断されたドラゴニアスの死体だ。
木が邪魔で横薙ぎに武器を振るえないのなら、縦に振るえばいいと。
また、黄昏の槍の方は元々が槍である以上、突きを放つのが大きな意味を持つ。
その辺の事情を考えれば、例え林の中であっても戦いようは十分にあった。
(最悪、木を切断してもいいしな)
レイはそう思いながら、林に生えている木を見る。
ドラゴニアスは、林に生えている木を折らないように行動している。
だが、だからといってレイまでもがそれと同じような行動をする意味はないのだ。
そしてデスサイズの威力を思えば、林の木を切断する程度のことはそう難しい話ではない。
……黄昏の槍の突きですら、レイが放てば木の幹を粉砕したり、貫いたりといったような真似が出来る。
とはいえ、レイもそこまで無意味に林の木を切断するつもりはなかったが。
ドラゴニアス達が食ったり破壊したりしない以上、もしかしたらこの木にも何か意味があるのかもしれないのだから。
「ともあれ……向こうに行くか。かなり凄いことになっているし」
デスサイズの刃についた血や体液を振り払い、ミスティリングに収納してから視線を大きな物音が聞こえてくる方に向ける。
明かりらしい明かりは月明かりくらいしかなく、その月明かりも林の中ともなれば木の枝や葉によってその多くが届かない。
だが、レイは夜目が利くので、この程度の明かりでも全く問題がない。
そして……レイの視線の先では、言葉通り凄いことになっていた。
ドラゴニアスが、ヴィヘラの身体に引き寄せられるのは今まで何度も見てきた。
もっとも、この場合の身体に引き寄せられるというのは性的な意味ではなく、食欲的な意味での話なのだが。
そんな風に多くのドラゴニアスがヴィヘラに引き寄せられているのだが……ヴィヘラに襲い掛かるにしても、木を傷つけないようにするという命令は生きているのか、木々の間を縫うように移動する。
ただでさえケンタウロスよりも大きな身体を持つドラゴニアスだ。
そんなドラゴニアスが多数林の中を移動し、ヴィヘラという一人に向かうとなれば……そこで渋滞が発生するのは当然だった。
「うわぁ……」
だからこそ、レイはそんな光景を見てそのような言葉を漏らす。
レイの視線の先では、木々の間で身動きが取れなくなっているドラゴニアスの集団がいる。
……それでもレイにとって不思議だったのは、ドラゴニアス達が木の間で詰まってはいても、仲間達を追い払って自分が前に進むといったようなことはない。
聞き苦しい鳴き声を上げてはいるが、それでも渋滞してしまえばそこで動かないでいるのだ。
明らかに異常と言ってもいいだろう。
……少なくても、レイは一体何がどうなってこうなっているのかは分からない。
レイが知っているドラゴニアスというのは、それこそ自分の中にある飢えを満たす為なら、仲間を殴り飛ばしてでも敵の肉を喰おうとする。そんな連中なのだ。
だというのに、現在のレイの視線の先においてはそのような真似をしているドラゴニアスの姿は一匹も存在しない。
これは、明らかに異常な出来事だった。
(ドラゴニアスが大人しく指示に従っているということは……やっぱり銀の鱗のドラゴニアスか? いや、けどそれにしては……)
レイが感じた疑問。
それは、もし銀の鱗のドラゴニアスがいるのであれば、このような事態になる前に手を打てたのではないかと、そう思えるのだ。
(だとすると、銀の鱗のドラゴニアスよりも下位の存在か? その強さから、金の鱗のドラゴニアスの下に銀の鱗のドラゴニアスがいるのは間違いない。だとすれば……銅の鱗のドラゴニアスでもいるのか?)
ここで銅という単語が思い浮かんだのは、レイやはり日本での経験からだろう。
金、銀ときて銅。
それはレイにとっては、非常に分かりやすい並び順だった。
「ともあれ……ヴィヘラには後で何か言われるかもしれないけど、今はとにかくこの連中の処分を最優先にするか」
呟き、ドラゴニアスが詰まっている方に向かう。
黄昏の槍とデスサイズをミスティリングに収納して移動したのは、ある意味で当たりだったのは間違いない。
もしそれらを持って移動していれば、それこそドラゴニス達のように動けなくなっていた可能性の方が高いのだから。
そして詰まっている場所の最後尾まで到着するレイだったが、当然のようにドラゴニアスもそんなレイの存在に気が付く。気が付くが……木と木と間、または仲間のドラゴニアスに挟まれて動けなくなってしまっている以上、ドラゴニアスも動くような真似は出来ない。
そんなドラゴニアスの背後から、レイはミスティリングから取り出した黄昏の槍を手に、一撃を放つ。
黄昏の槍の一撃は、あっさりとドラゴニアスの背中を貫く。
その一撃がどれだけ強力だったのかは、一撃で死んだドラゴニアスを見れば明からだろう。
……それでいながら、周囲を木と仲間によって囲まれているドラゴニアスは横倒れになるようなことはなく、ただ地面にしゃがみ込むように崩れ落ちるだけだ。
レイはその一撃を手始めに、木々の間を縫うように移動しながら次々と敵の命を奪っていく。
ドラゴニアスは動こうにも動けないので、レイの一方的な攻撃に次々と命を奪われていく。
レイにしてみれば、それこそ苦戦をするようなこともなく、次々と命を奪っていく……一種の作業に近い行動だった。
ドラゴニアス達は、自分達が何故死んでいるのかも理解出来ないままに、次々と死んでいくのだ。
……にも関わらず、全くドラゴニアス達は気にした様子はない。
上にいる者からの命令なのか、それともヴィヘラの身体にそれだけ夢中なのか。
離れた場所からは、肉を殴る鈍い音が聞こえてくる。
そこで何が行われているのかは、想像するのも難しくはない。
レイとしては、それが若干気になるような、ならないような……そんな感じだった。
とはいえ、今はそちらを片付けるよりも早く動けなくなっているドラゴニアスを倒していった方がいいというのは理解しているので、ヴィヘラの方を気にしつつも、ドラゴニアスを一方的に倒していく。
元々レイの実力はドラゴニアスよりも上なので、普通に戦っても一方的な戦いにはなる。
つまり、こうして一方的な作業のように戦っても、正面から堂々と戦っても、結局のところ結果は同じとなるのだ。
……だが、それでも動けないドラゴニアスを背後から一方的に殺していくというのは、あまり面白くないのも事実だった
(そう言えば、結局銅の鱗のドラゴニアス……かどうかは分からないけど、そういう連中とヴィヘラは遭遇したのか? 俺は全くそんな相手とは遭遇してないけど。……集落の方には行ってないよな?)
銅の鱗のドラゴニアス。そのような存在が本当にいたとして、問題なのはそのドラゴニアスが集落に行っている可能性があるということだろう。
……もっとも、集落の中にはセトがいる以上、そこまで心配するようなことはないのだが。
とにかく、集落の方に行くにしても、まずは林の中にいるドラゴニアスを倒しておく必要がある。
そんな風に思いながら、レイはドラゴニアスを倒していくのだった。
集落の中、現在そこには緊張感が漂っていた。
レイやヴィヘラといった面々であれば、それこそ多数のドラゴニアスを相手にしても余裕で勝つことが出来るが、それはあくまでもレイやヴィヘラだからこそだ。
ケンタウロス達もヴィヘラに鍛えられて以前に比べると、相当に強くなっている。
……実際には、実力が伸びたという訳ではなくヴィヘラという強敵との模擬戦を繰り返すことによって、実戦慣れをしたというのが正確なところだろう。
そのおかげで、ドラゴニアスを相手にしても本来の実力を……あるいはそれ以上の実力を発揮出来ることになり、ケンタウロス達はドラゴニアスとの戦いでも有利に戦えることが出来るようになった
勿論、ヴィヘラとの模擬戦を繰り返すことで地力も相応に上がってはいるのだろうが。
「なぁ、本当に大丈夫だと思うか?」
「問題ないだろ。実際、俺達はこの集落に入る時にもドラゴニアスと戦っているんだ。数匹程度のドラゴニアスが来たところで、それに対処するのは難しい話じゃない」
一人のケンタウロスが側にいるケンタウロスに声を掛けると、そんな声が返ってくる。
この二人、別の集落出身なのだが、偵察隊として活動しているうちにそのような枠組みは自然と消えてしまったのだろう。
偵察隊として行動を始めた最初こそ、出身の集落によってそれぞれ固まっていたし、最初の野営地からそれぞれに偵察に向かった時も集落ごとに纏まっていた。
だが、その偵察においてドラゴニアスの本拠地があると思しき方向に目星を付け、偵察隊全員で移動を始めてからは、違う集落であっても普通に話をするようになっている。
……特にこの集落を取り戻す際の戦いにおいては、集落の差など関係なく戦い、戦場を共にしたことによって多くの者が仲間という認識を新たにした。
そんな中……不意にセトが鋭く鳴く。
「グルルゥ!」
レイがいないので、具体的に何が起きたのかは分からない。
分からないが、それでもセトの鳴き声を聞けば、そこに警戒の色があるのは明からだった。
「気をつけろ! レイが言っていたように、ドラゴニアスが抜けてきたもしれない!」
ザイの叫びに、ケンタウロスは全員がいつ敵が出て来てもいいように準備をする。
特に非戦闘員が集まっている場所にいる面々……正確にはそのような者達を守っている面々は、絶対にそちにら被害を出させないという思いで周囲の様子を窺っていた。
そして……
「グルゥ!」
不意にセトが短く鳴き声を上げると、地面を蹴る。
その速度は、速度という点ではドラゴニアスに勝っているケンタウロスであっても、追いつくのは難しい程のものだ。
そんな速度で走ったセトは、勢いをつけたまま前足を振るう。
「ギョア!」
そんな鳴き声と共に吹き飛ぶ何か。
林の中から夜の闇に紛れるようにして姿を現したのは、普通のドラゴニアスよりも小さい……それこそ、ケンタウロスと比べても小さい敵だった。
小さいだけに、自分の速度には自信があったのだろう。
実際に、最高速はともかく瞬発力という点ではケンタウロスよりも上だったのは間違いないのだから。
だが……それでも、セトの速度には及ばない。
地面に叩きつけられた小さな相手は、牙を剥きながらセトを威嚇するのだった。
……銅の鱗に月光を反射させながら。
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