第2324話

「へぇ、あそこが……確かに林の中だとドラゴニアスにも見つかりにくいかもしれないな」


 レイは視線の先にある林を眺めつつ、そう呟く。

 ドラゴニアスに追われていたケンタウロス達から集落の位置を聞き、ドラゴニアスの本拠地に関する何かの手掛かりでもないかと、駄目元ではあるがやって来てみたのだ。

 女が集落から逃げ出してから、まだそんなに時間が経っていないということや、こちらの方にドラゴニアスの本拠地があるということもあって、ここに来るまでの間に何度かドラゴニアスと遭遇している。

 だが、そのドラゴニアスの数は決して多くない……それこそ百匹単位という訳ではなく、どんなに多くても二十匹に届かない数だ。

 そうである以上、レイ達が戦わなくてもザイ達だけで倒すには十分であり、少しでも多くの実戦を経験させる為にも、基本的にはドラゴニアスとの戦いはザイ達に任せた。

 そうして戦いを続け……やがて到着したのが、この林だった。

 林とはいえ、レイが知っている林に比べればかなり規模は大きい。

 かといって、森と呼ぶには小さすぎる……そんな林。


「この林なら、ドラゴニアス達にも見つかりにくいのは間違いないだろうね」


 レイの隣でドルフィナがそう告げる。

 その言葉は、レイにも頷けるところがあった。

 ドラゴニアスは、元々ケンタウロスよりも大きい。

 そしてこの林はそれなりに木々が密集して生えており、それが天然の防壁とでも呼ぶべき存在となっているのだ。

 ……それでも女の集落がドラゴニアスに襲われたということは、ドラゴニアス達はこの林を半ば無理矢理抜けていったのだろうが。


「まだ、ドラゴニアスはいると思うか?」

「どうだろうね。林の中でも中央付近に集落があるという話だったから……気になるなら、直接聞いてみたらどうだい?」


 ドルフィナの言葉に、レイは少し離れた場所で料理や雑用を担当しているケンタウロス達と一緒にいる、この林の集落から逃げてきた女のケンタウロス達に視線を向ける。

 本来なら、どこかの集落に向かわせた方がいいのだろうが……本人達から、この偵察隊と行動を共にしたいと言われては、偵察隊を率いるザイとしても拒否は出来なかっただろう。

 実際、近くの集落に向かわせるにしても、途中でドラゴニアスと遭遇する可能性は皆無という訳ではないし、偵察隊から護衛を同行させるという真似も出来ない。

 また、逃げてきた女達も自分達の集落が現在どんな状況になっているのかというのは、気になっていたのだろう。

 結果として、現在はこうしてレイ達に同道していた。


「その……私達が逃げ出してから、まだそんなに時間は経ってないので……もしかしたら、まだいる可能性があります」


 レイとドルフィナの会話が聞こえたのか、女のケンタウロスは近付いてきてそう告げる。

 その瞳に心配の色が強いのは、やはり自分の集落が現在どうなっているのかが気になっているからだろう。

 本人の言葉を信じるのなら、戦える戦士達の多くはドラゴニアスとの戦いで喰い殺されているという話だったが。

 だが、このような林であれば集落から逃げ出してどこかに隠れている者がいてもおかしくはない。

 ……それをレイ達が見つけられるかどうかというのは、また別の話だったが。


「にしても……この林、本当にドラゴニアスが入っていったのか? 結構道が狭いように見えるけど。俺達でも自由に動くのは難しそうなくらいに」


 ケンタウロスの一人が呟くと、他の者達もそれに同意するように頷く。

 実際、林の中に生えている木々の隙間は、広いところも狭いところもある。

 広いところなら、ケンタウロス達でも十分に余裕をもって移動出来るが、狭い場所はケンタウロスが通れるかどうかは微妙なところだ。

 そんな場所に、ケンタウロスよりも大きなドラゴニアスが入っていったというのは、見ている方にしてみれば驚きでしかないだろう。

 ……当然のように、ケンタウロスよりも大きなセトも入っていくのは無理だろう。

 レイとヴィヘラの二人であれば、全く何の問題もなく入っていくことが出来るのだが。


(そうなると、いっそ俺達は上空から行くか? いや、けど林の中でドラゴニアスに遭遇した場合、色々と不味いことになりそうだしな)


 この集落を襲ったドラゴニアスが、具体的にどのくらいの数だったのかというのは、ここから逃げてきたケンタウロスの女も知らなかった。

 また、襲ったドラゴニアスの中に銀の鱗のドラゴニアスがいたかどうかというのも、分からない。

 もっとも、レイは後者の可能性はかなり低いとは思っていたが。


「とにかく、中に進むぞ、……ドラゴニアスが入っていった場所を見つければ、そこに道が出来てるかもしれないけど……ん? あれ? 何で林が無事なんだ?」


 レイは林がそこに存在するということに驚き、それが何故なのかと疑問を抱く。

 レイが知っている限りでは、ドラゴニアスは飢えを満たす為には何でも喰う。

 当然のように、林の中に生えている木々や、そこに棲息しているだろう動物や鳥、場合によっては虫も含めて、ドラゴニアスにとってはいい食料の筈だった。

 だが、現在レイの目の前に存在する林は、ドラゴニアスに喰いつくされてはいない。

 レイの経験――実際にはドラゴニアスと関わってからはまだ短いのだが――からしても、これは異常と言うべきことだ。


「言われてみればそうだな。……この林に生えている木が、ドラゴニアスの好みに合わなかったのか?」


 ザイが半ば冗談っぽくそう告げるが、実際にはその言葉のどこまでが本気なのかというのは、レイにも分からない。

 ドラゴニアスが食べられる存在を残して、そのままにしておくというのは、レイには到底信じられない。

 ザイもまた、本気でそのようなことを言ってる訳ではないだろうと、そう理解しつつも……ならば、この林の木々が無事なのは一体何故なのかという疑問を抱く。


「ドラゴニアス達は、この木を食ったりはしなかったのか?」

「え? ええ。私はそんな話を聞いてません」


 この林の中にある集落から逃げてきたケンタウロスの女がそう言い、確認の意味も込めて女は自分と一緒に逃げてきた面々に視線を向ける。

 だが、視線を向けられた面々も、当然のように意見は同じだったらしく聞いたことがないと言うだけだ。


「となると……何でだと思う?」

「ザイが分からないのに、俺が分かる訳ないだろ。ただ、根拠も何もない予想で言うのなら、可能性としてはこの木はドラゴニアスが好まないというのだったり、もしくはこの土地に何か問題があるのかもしれないな」

「土地に?」

「ああ。例えば、この林の地下にはドラゴニアスが嫌う何らかの罠があったりとか、そんな感じで」

「……可能性としては、あるな。少なくても、ドラゴニアスが木を食わないという理由を考えると、それが一番分かりやすい」


 そう告げるザイだったが、それでも心の底から納得しているかと言われれば、素直に頷くことは出来なかったが。


「ともあれ木が無事なのは悪い訳じゃない。後は、どうやって集落に向かうかだが」

「そっちの連中が集落からやって来たんだから、俺達も行こうと思えば行けるんじゃないか? ……セトは難しそうだけど」


 アスデナの言葉に、レイは他の面々に視線を向ける。

 皆がこの林の中に入ることを望んでいるのは、今の様子を見れば明らかだ。

 そうである以上、取りあえず今は林の中に入ってみるかと、そう思う。


「グルゥ……」

「悪いな、セト。取りあえずセトは中に入るのは難しそうだから、この辺りで待っててくれ」

「グルルルルゥ、グルルゥ……」


 レイの言葉に、残念そうに喉を鳴らすセト。

 サイズ変更を使おうかとも思ったセトだったが、どこまで続くか分からない以上はそれもまた難しい。

 サイズ変更の効果時間は決まっている。

 それこそ、林の中を進んでいる最中、急にサイズ変更の効果時間が終わり、木と木の間に挟まって動けなくなる……などといったような真似はしたくないのだろう。


「悪いな、セト。ただ、出来るだけ早く戻ってくるようにするから。……ただ、ドラゴニアスが来たら、それを倒してくれ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せて! と喉を慣らす。

 ケンタウロス達にしてみれば、命懸けで戦うべきドラゴニアスだが、セトにとっては暇潰しの相手といったようにしか思えないのだろう。

 この中で唯一セトの実力を知らないケンタウロスの女が、レイの言葉を聞いて本当にそれでいいのか? と疑問の表情を浮かべるが、同じく今のレイの言葉を聞いていた他のケンタウロス達は、そんなレイの言葉を聞いても特に動揺したり驚いたりといったようなことをしている様子はない。


「ねぇ、大丈夫なの?」


 ケンタウロスの女の近くにいた、一緒に集落から逃げ出した年下の女が心配そうに告げる。

 この集団が二本足の男女と見たこともないセトというモンスターを中心にした存在であるということは、ここまでの短い時間で十分に理解出来た。

 だが……だからこそ、その中心になっているうちの一匹が危険な目に遭うのは問題ではないか。そう言いたいのだろう。


「はっはっは。心配はいらねえよ。セトは強い。いや、強すぎると言ってもいい。ドラゴニアスの集団をセトだけで倒すことも出来るくらいにな」


 セトの強さを知っているケンタウロスの男が、あっけらかんとそう告げてくる。

 同じ四本足だということや、説明にあったように強いからというのも好意的な理由なのだろうが。


「その……今更聞くのは何ですけど……」


 レイ達は一体何者なのかと、そう尋ねるケンタウロスの女に、聞かれた方は首を横に振る。

 レイ達がアナスタシアとファナという女を捜してここにいるというのは知っているが、具体的にどこから来た者達なのかというのは、知られていない。

 ……レイも、まさか自分が異世界から来たと言う訳にもいかないのでその辺については黙っているのだ。

 それでもケンタウロスが多数を占めるこの草原において二本足の者達がいるというのは目立つ。

 皆、レイ達がどこの誰なのかを知りたいと思うのは当然だった。

 だが、それでも聞かないのは、レイがそれを言うとは思っていないからだろうし、レイの強さも関係している。

 強さを尊ぶケンタウロスにとって、強いというのはそれだけで尊敬するに値する存在なのだ。

 ……中には、自分の強さに驕って好き勝手に振る舞うような者もいるのだが。


「さて、じゃあ準備はいいな? 林の中に入るぞ。心配はいらないだろうが、くれぐれも油断をしないように」


 ザイの指示に従い、セト以外の一行は林の中に入っていく。


「グルルルルルゥ!」


 そんな一行を、セトは頑張ってと喉を鳴らしながら見送る。

 レイと一緒に行動出来ないのは残念だったが、それでもレイから言われたようにここを守っておこうと、そう思ったのだろう。

 セトの鳴き声を背に林の中に入った一行は、予想通り進みにくい場所に面倒そうな表情を浮かべる。

 予想はしていたが、木と木の隙間がかなり密集しており、ケンタウロスでは通りにくい場所も多いのだ。


「よくこんな場所を通って逃げてきたな」

「必死でしたから」


 偵察隊の一人が話し掛けると、逃げてきた女の一人が悲しそうに告げる。

 自分達の集落が現在どうなっているのか、それが気になっているのだろう。

 ……集落に向かって進む中で、木の幹に薄らとだが血が付いている場所も多い。

 それは決まって木と木の隙間が狭くなっている場所であり、その隙間を無理矢理走ったからこそ、皮膚が破けて血が付いてしまったのだろうことは容易に予想出来た。

 ここから逃げ出したケンタウロス達が、どれだけ必死だったのかということを示しているのだろう。


「ドラゴニアスも……よくこんな場所を見つけたな。木を食ったりしない以上、この林の中に集落があるとは、普通思わないだろ?」

「考えられる可能性としては……偵察に出ていた者達が尾行されてたとかか?」

「いや、けどドラゴニアスにそんな知能があるか?」

「銀の鱗のドラゴニアスなら……けど……」


 言葉の途中で口籠もったのは、この集落を探すように銀の鱗のドラゴニアスが命令したのは、どこか違和感があったからだろう。

 実際、銀の鱗のドラゴニアスに普通のドラゴニアスを指揮する知性があるという情報は知られているが、それでもわざわざこの林の奥に向かえというのは無理がある。


「とにかく、集落に行ってみれば何か分かるかもしれないだろ。急ごうぜ」


 木と木の隙間を通りながら、前を進むケンタウロスはそう話を纏めるのだった。

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