第2319話

「ほら、いい加減機嫌を直せって。……な?」


 そんなレイの言葉を聞いても、いつもならすぐに嬉しそうに笑うヴィヘラだったが、今はそのようなことはない。

 それだけ、今回戦った銀の鱗のドラゴニアスは期待外れだったのだろう。

 前回戦った個体と同じような外見だったから、というのもこの場合は影響しているのだろうが。

 それだけに、今回の戦いも前回同様に楽しめる。

 そう思っていたのだが、手応えがなかった。

 ……実際には、それでも銀の鱗のドラゴニアスだけあって通常のドラゴニアスに比べれば強かったのだが。

 それでも、想定していた相手よりも弱かったということもあってか、不満を口に出すのは仕方がないことだったのだろう。

 そんなヴィヘラに対し、レイは少し考え……やがて口を開く。


「こう考えたらどうだ? 今回の銀の鱗のドラゴニアスは個体差の問題で、そこまで強力な敵じゃなかったのは間違いない。けど、それはもしかしたら他の銀の鱗のドラゴニアスは、前回戦った個体よりも強いかもしれないってことになる」

「それは……そうかもしれないわね」


 個体差がここまで大きかったのは、ヴィヘラにとっても予想外だったのだろう。

 だからこそ、同じような個体で強力な銀の鱗のドラゴニアスがいるかもしれないと言われれば、その言葉に素直に納得してしまう点があるのも事実だった。

 そうして少しだけ落ち着いた様子を見せるヴィヘラに、レイは更に畳みかけるように言葉を口にする。


「それに忘れてるようだが、野営地に戻ればこの連中を見たドルフィナと他の偵察部隊が情報を共有している筈だ。そう上手くいくかどうかは分からないが、それでも場合によっては……」

「敵の本拠地が見つかるかもしれない」


 レイの言葉を引き継ぐように、ヴィヘラがそう告げる。

 少し前の不機嫌そうな様子が嘘のように、嬉しそうな笑みを浮かべるヴィヘラ。

 その様子は、レイの目から見ても人を惹きつけるだけの魅力を持っていた。

 ……もっとも、その魅力の意味を詳しく知る事が出来る者は、そう多くはないが。


「その可能性は十分にある。ただ、あくまでも本拠地があるらしい方向が分かるだけなんだけどな」


 ヴィヘラの倒した銀の鱗のドラゴニアスが、一体どういう経路を辿ってここまでやって来たのか。

 その辺りの情報によっては、敵の本拠地がある方向が実は全く別……という可能性も、ない訳ではない。

 ドラゴニアスの性格を考えれば、そこまで気にするようなことはないと、そう思うのだが。

 それでも万が一を考えれば、多少は警戒をすることになる。

 万が一、本当に万が一の話だが、今回の行動が自分達を引き寄せる為の罠という可能性も、決して否定は出来ないのだから。

 ドラゴニアスがそこまで考えて罠を仕掛けるかと言われれば、レイも正直微妙なところではあるのだが。


「そうね。じゃあ、そろそろ本拠地に戻りましょうか」

「いや、戻るのは野営地だからな」


 ヴィヘラの口から出た言葉に、レイはそう突っ込む。

 一体、どれだけドラゴニアスの本拠地に向かうのを楽しみにしているのかと。

 先程戦った銀の鱗のドラゴニアスが、それだけ期待外れだったということだろう。


「そうね。野営地だったわ。じゃあ、早いところ行きましょう」

「その前に、この死体をどうにかする必要があるだろ。取りあえずヴィヘラが倒した銀の鱗のドラゴニアスの死体は確保しておくとして……それ以外は集めるのも面倒だし、全部燃やしてしまった方がいいだろうな」


 炎の矢によって、多くのドラゴニアスが身体を貫かれ、もしくは炎に焼かれて死んでいる。

 そうである以上、死体を集めてミスティリングに収納するといったようなことをしても、その死体は使い物にならない可能性が高い。


(錬金術師を初めとして、好奇心旺盛な連中なら、それこそこういう死体でもいいから、数を多く欲しいと言うかもしれないけど)


 そう思うも、一晩で使い物にならなくなる以上、色々と問題は多い。

 具体的には、毎日レイが素材となる死体を提供し続ける必要があるといった感じで。

 レイが知っている錬金術師……具体的にはトレントの森で伐採した木を魔法的に加工する錬金術師達であれば、それこそ毎日ドラゴニアスの死体を出すように要求してくるだろう。

 レイとしてはそんな行為に付き合いたくないというのが、正直なところだった。

 死体が使い物にならなくならないのなら、死体を手当たり次第に集めていって、纏めて置いてくればそれでいいのだが。


「とにかく、死体をこのままにしておけばアンデッドになる可能性もあるし、さっさと片付けてしまうか」


 その言葉で、ヴィヘラもレイが何をしようとしているのか理解したのだろう。

 心配そうな表情で口を開く。


「魔力は問題ないの?」


 レイが炎の属性に特化しているが故に、死体を浄化するような魔法を使った場合は大量に魔力を消耗する。

 それを分かっているからこそ、ヴィヘラは心配したのだろう。

 だが、レイはそれに問題ないと頷く。


「最近は何だかんだと結構この魔法を使ってるしな。大分慣れてきた。……それでも魔力消費量は変わらないんだが」


 正確には、魔力を必要以上に大量に消費するのに慣れてきた、という表現の方が正しいだろう。

 特に『焔の天輪』という、浄化よりも炎からは離れた存在の魔法を使って訓練をすることが多くなったので、余計に魔力を消耗するという行為に慣れたのだ。

 レイが強がりでそのようなことを口にしているのではなく、正真正銘本当に問題ないと思っているのを理解し、ヴィヘラもそれならと安堵する。

 安堵し……ふと思いついたように口を開く。


「この辺はドラゴニアスの勢力範囲なんだし、アンデッドになっても襲われるのはケンタウロスじゃなくてドラゴニアスなんじゃない? それだと、敵の戦力を減らすといったようなことも出来るし……寧ろ、アンデッドにした方がいいような気がするんだけど」

「……なるほど」


 ヴィヘラの意見は、レイにとっても予想外のものだった。

 アンデッドにしないのではなく、ここで敢えてアンデッドにしてドラゴニアスの戦力を減らす。

 それは一見して有効な戦略のようにも思えるが……結局レイは首を横に振る。


「いや、止めておこう。俺達はドラゴニアスの本拠地を殲滅する為にここにいるんだ。だとすれば、そう遠くないうちに、この辺はケンタウロスの勢力圏になる。そうなると、ドラゴニアスのアンデッドは厄介な存在でしかない」


 また、口にした理由以外にも、アナスタシアとファナの一件もある。

 ダムランの集落を出てからそれなりに時間が経っている以上、この周辺にアナスタシアとファナの二人がいる可能性は少ない。

 だが……もしここでドラゴニアスの死体がアンデッドになった場合、万が一アナスタシア達がこの周辺に戻ってきた時に、何かが起きるという可能性は十分にある。

 そうである以上、レイとしてはここでヴィヘラの提案に乗るということは考えられなかった。

 ……そもそも、アンデッドというのは必ずしもなる訳ではない。

 場合によってはアンデッドにならず、そのまま死体が腐って風化して消えていくということにもなりかねない。

 アンデッドになるかならないかと試すよりは、ここで浄化してしまって完全にアンデッドにならないようにした方が、今後のことを思えば計算しやすい。

 それ以外にも、ダムランを始めとしてザイ達よりはこの辺りに集落が存在しているケンタウロス達にしてみれば、アンデッドになるかもしれないのに、それを放り出したと言えば不満を抱く可能性が十分にあったのだから。


「そう? まぁ、レイがそう言うなら、私は別にいいけど。単純に、思いついたから言ってみただけだし」


 ヴィヘラも、絶対にそうした方がいいという意思でそう口にした訳ではなく、単純にそちらの方がよさそうだからと思って口にしたにすぎない。

 レイもそれが分かっていたので、そこに対しては特に突っ込むようなことがないまま、デスサイズを手にして呪文を唱えるのだった。






「あ、見えてきたわよ。……というか、どうやらドルフィナ達と同じくらいに到着したみたいね」


 セトの前足に掴まっているヴィヘラの声に、レイは視線を地上に向ける。

 ヴィヘラがいるからなのか、もしくはセトの方向感覚が修正されたのか、それとも本当に偶然の産物か。

 その辺りの理由はレイにも分からなかったが、ともあれ道に迷うようなこともなく、銀の鱗のドラゴニアス達と戦った場所から迷わず野営地に到着したのだ。

 そして野営地の中でも真ん中辺り、色々な用途で広場のようになっている場所には、ドルフィナ達の姿があった。

 ヴィヘラが言った通り、この野営地に戻ってきてからそう時間は経っていないのか、その周囲には何人ものケンタウロスがいる。

 当然のように、その中にはザイの姿もあり、ドルフィナと何か話しているようにレイには見えた。


「セト」

「グルゥ!」


 レイが一言告げると、セトはレイに具体的に何をして欲しいと言われなくても、そのまま地上に向かって降下していく。

 当然のように、野営地の周囲にはケンタウロス達が見張りに立っている。

 デスサイズの地形操作のスキルで野営地は簡単な防壁に囲まれており、見張りの数は少数で十分だったのだが。

 レイとしては、出来ればもっと防御力を高めたいと思っていたのだが、それはケンタウロス側から待ったが掛かったのだ。

 ともあれ、そんな見張りの何人かが上空を飛ぶセトの姿を見つけ、騒ぎ出す。

 そんな騒ぐ声を聞きながら、セトは地上に降りていく。

 当然のように、最初にセトから降りる……いや、手を離すのはヴィヘラで、高度が大分低くなっていたこともあり、危なげなく地面に着地する。

 そしてセトは軽く高度を上げてから、再び地上に降下していく。

 こちらもまた、当然のように何の危なげもなく地上に着地するセト。


「どうやらそんなに遅れなかったみたいだな」


 セトの背から降りて告げるレイに、ザイが驚きと共にそう尋ねる。


「遅れなかった? ドルフィナから聞いた話では、銀の鱗のドラゴニアスが率いる集団と戦っていたのではないか?」

「ああ、これだ」


 自分が何か説明するより直接見せた方がいいだろうと判断し、レイはミスティリングの中から銀の鱗のドラゴニアスの死体を取り出す。

 ざわり、と。

 それを見た瞬間、周囲にいた者達が揃ってざわめく。

 当然だろう。ヴィヘラにしてみれば期待外れの相手だったが、ケンタウロスが複数で戦ってようやく互角というドラゴニアスの、上位種族とも呼ぶべき存在なのだから。


「見ての通りだ。取りあえず報告にあった、移動していた銀の鱗のドラゴニアス達は倒した。当然のように、生き残りは一匹もいない。……それで、ドルフィナ達から話は聞いたか?」

「ああ。この銀の鱗のドラゴニアスと遭遇した場所を一つの線で結べば、その先にドラゴニアスの本拠地があるという話だろう。現在、その辺りの情報の摺り合わせ中だ」


 その言葉にレイは頷く。

 実際に偵察部隊として出撃してから、そこまで時間が経った訳ではない。

 だが、色々とあったおかげで、体感時間としては結構な時間が経っているように感じられた。

 また、アナスタシアとファナに対する危険が少しでも少なくなるのであれば、ここでドラゴニアスの本拠地を殲滅しないという選択肢は、レイの中には存在しない。

 そう思いながらドルフィナの方を見るが……そこでは、最初に銀の鱗のドラゴニアスがドラゴニアスの集団を率いて移動しているという情報を持ってきたケンタウロスと話す……のではなく、自分に向かって興味津々といった視線を向けているドルフィナの姿があった。

 ドルフィナにしてみれば、ドラゴニアスの本拠地を割り出すというのも重要だが、それ以上にレイが一体どのような魔法を使って銀の鱗のドラゴニアス率いる集団を殲滅したのかが気になったのだろう。

 魔法使いとして、レイが使う魔法に強い興味を持っているドルフィナだ。

 今回の一件においても、レイの使った魔法に興味を持つなという方が無理だった。

 ……実際には今回使った魔法は今までにもそれなりの回数を使っており、前回のドラゴニアスの拠点を襲撃した時にも使っているので、あの時に見ていたケンタウロスに聞けば、すぐに分かるのだが。

 もっとも、ドルフィナはその時にはもう集落から偵察に出ていていなかったし、何より魔法について詳しくないケンタウロスから話を聞くよりも、実際に魔法を使ったレイから話を聞いた方がいいと思うのも、当然だったが。


「取りあえず、情報のすりあわせをしろ!」


 そうレイが告げると、ドルフィナは渋々ながらレイから視線を逸らすのだった。

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