第2320話
「よし、他の偵察部隊が戻ってきたら、出来るだけ早く出発するから、そのつもりでいてくれ」
ザイの声が野営地の中に響く。
ドルフィナと最初に銀の鱗のドラゴニアスが集団で動いているという情報を持ってきたケンタウロスが話し、その銀の鱗のドラゴニアスがどの方向からやって来たのかというのは大体の予想が出来た。
あくまでも大体の方向であって、正確な場所を割り出した訳ではないのだが……それでも、敵の本拠地がどの方向にあるのかが全く分からない今までの状況に比べれば、大体の位置でも判明しただけ、随分と調査が前進したと言ってもいい。
ザイとしては、出来れば今すぐにでもそちらに向かって出発したかったのだが、今はもう午後……それも夕方に近い。
今の状況で野営地を出発しても、あまり距離を稼げずに夜になるのは間違いなかったし……何より、まだ偵察に出て戻ってきていない部隊もある。
今ここですぐに野営地を出発すれば、そのような者達が戻ってきた時、誰もいなくなってしまう。
まさか一緒に偵察にやってきた仲間を置き去りにする訳にもいかないので、ザイはその偵察部隊が戻ってくるまでは敵の本拠地を目指して出発することは出来なかった。
……あるいは、これが自分の手柄だけを考えているような者であれば、偵察隊がまだ全て戻ってきていなくても置いていくといったようなことをする者もいるだろう。
だが、仲間思いのザイにそのような真似が出来る筈もない。
それはザイの美点ではあるが、同時にいざという時、動くに動けなくなってしまう欠点でもあった。
実際、野営地の中にはザイの考えに不満を持っている者も多く、それこそ今すぐ……とまではいかずとも、明日にはもうドラゴニアスの本拠地がある方に向かって出発してもいいのでは? と思っている者も少なからずいる。
しかし、ザイは当然のようにそれを否定しているのが不満なのだろう。
そのように思っている者達は、ドラゴニアスによって自分達の集落が大きな被害を受けた者が多い。
そのような者達がレイの実力を知り、レイがいるのなら何とかなるのかもしれないと、そう考えたのだろう。
実際、その判断はそこまで間違っている訳ではない。
ただし、そのような真似をした場合、ザイは他の……特にここに置いていかれたケンタウロス達からの信用は完全に失われてしまう。
(だとすれば、やっぱりザイの判断は間違ってないんだろうな。……いっそ、俺とセトだけで本拠地に行くというのも考えたんだけど……それはそれで、色々と難しいしな)
具体的には、道に迷う的な意味で。
もしくは、この草原で特に目印らしい目印の類もなく、レイとセトだけで銀の鱗のドラゴニアスと遭遇した場所の延長線上に向かうというのは自殺行為でしかないようにレイには思えた。
この草原において、目印らしい目印というのは、そう多くはない。
だが、ここで生まれ育った――若干場所は離れているが――ケンタウロス達にしてみれば、レイ達には同じように見えるちょっとした違いが、十分に目印として使えるのだ。
それが出来ない以上、レイとセトだけで行くというのは不可能に近いだろう。
……また、レイとセトだけで行こうとすれば、当然のようにヴィヘラもまた一緒に行くと言い出すのは間違いない。
特に巣分けをしていた銀の鱗のドラゴニアスとの戦いでは、期待していたよりもかなり弱かったという事もあってか、不満を抱いてたのはレイも知っている。
「じゃあ、今日はこのままここで泊まるってことでいいんだよな?」
ケンタウロスの一人がザイに向かってそう尋ねると、その言葉にザイは頷く。
「そうだ。今回の一件では、慎重さも必要になる。それに、俺達にはレイ達がいるから、多少敵との遭遇が遅れても問題はない筈だ」
ザイの言葉は、ほぼレイ達に頼り切ると言ってるも同然のものだったのだが、レイとしてもそれは特に問題ない。
元々ドラゴニアスの本拠地を殲滅するつもりなのだから。
……寧ろ、言葉には出さないが下手にケンタウロス達が前面に出て、レイやヴィヘラ、セトの戦闘の邪魔にならない方が助かる。
もしくは魔法を使った時に偶然効果範囲外にいたドラゴニアスを潰して回るといったように。
(ヴィヘラの訓練によって、何だかんだとかなり実力は上がってるしな。ザイを始めとして腕利きも多いし、普通のドラゴニアスを相手にした場合は、どうとでもなるような気がする)
ドラゴニアスを相手に油断出来る程の強さを持っている訳ではないが、それでも大勢で数匹のドラゴニアスと戦った場合は、ほぼ無傷で完勝出来てもおかしくはなかった。
「それじゃあ、皆はそろそろ自分のやるべき仕事に戻ってくれ。特に見張りは、偵察に向かった連中がいつ戻ってくるかも分からない以上、しっかりと頼む」
ザイのその言葉に従い、皆がそれぞれ自分の仕事に戻っていく。
ザイに不満を持っていた者達も、今は取りあえず不満の声を上げたりせずに様子を見ると判断したのか、大人しくその指示に従う。
「レイ!」
そんな中、真っ先にレイに近付いてきたのは……当然のように、ドルフィナだった。
自分がいない間に、既にレイがドラゴニアスの拠点を一つ潰したという話を聞いていたのだろう。
レイに魔法について聞きたいと、言葉に出さずとも顔を見ればすぐに分かった。
そんなドルフィナにどう対応しようか迷ったレイだったが、考えてみれば他のケンタウロス達と違って、現在自分がやるべきことはほぼない。
あるとすれば、巣分けのドラゴニアスを探す為に、いつ戻ってくるかも分からないと置いていった食料の類をミスティリングの中に収納するくらいか。
だが、それも別に急いでやる必要はない。
(少し相手をするか。……俺にとっても知らない知識とか持ってるしな)
レイがドルフィナにとって全く思いもよらない魔法についての知識を持っているのと同じように、ドルフィナもレイにとって知らない知識を持っており、その知識はレイにとっても利益になるのは間違いなかった
……魔法理論の話になると、感覚で魔法を構成し、発動しているレイにとってはあまり役立つようなものではなかったが。
「悪い、ヴィヘラ、セト。おれはちょっとドルフィナと話してくる」
「そう? なら、私は……そうね。やっぱり訓練かしら」
「程々にな」
ヴィヘラの訓練は、巣分けをした銀の鱗のドラゴニアスが期待外れだったこともあってか、半ばその鬱憤晴らしも兼ねてのものだと判断し、レイはそう告げる。
そんなレイの言葉に何かを感じたのだろう。
訓練をするとヴィヘラが言ったことで、その準備を始めていたケンタウロス達の何人かは、頬を引き攣らせる。
それでも訓練をやらないという選択肢が存在しないのは、やはりケンタウロスは強さを尊ぶからだろう。
ヴィヘラの訓練は厳しいが、自分が強くなっているという実感があるからこそ、その訓練を続けるのだ。
もし自分だけが訓練をしなかった場合、その間に他のケンタウロス達は訓練を重ねて自分よりも強くなってしまう。
ケンタウロスとして、それだけは絶対に避けたかった。
……それでも、やはりレイの今の言葉には、色々と思うところがあったようだが。
「ええ。その辺りの手加減はしっかりとやるから、気にしなくてもいいわよ」
そう告げるヴィヘラの言葉をどこまで信じてもいいのか、レイには分からなかった。
だがそれでも、ヴィヘラがそう言うのなら取りあえず大丈夫だろうと判断し、ドルフィナの待っている方に向かう。
……何人かのケンタウロスが、何かを求めるように自分を見ていたが、取りあえずそれは気にしないことにする。
ここで気にすれば、それこそ話が長くなって、そこに時間を取られかねないのだから。
「で、何が聞きたいんだ?」
「銀の鱗のドラゴニアスと戦う時に使った魔法に決まっているだろう?」
レイの質問に、待ってましたといったように即座に返事をするドルフィナ。
ドルフィナにしてみれば、もし銀の鱗のドラゴニアスのような指揮官……一種の上位種の相手を倒すことが出来る魔法があるのなら、是非知りたい。
そんなドルフィナの希望だったが、それは次の瞬間あっさりと裏切られる。
「残念だが、銀の鱗のドラゴニアスを倒したのは両方ともヴィヘラだ。俺が……いや、俺とセトがやったのは、あくまでも銀の鱗のドラゴニアスと一緒にいた他のドラゴニアスを殲滅しただけだ。それも、赤い鱗のドラゴニアスには効果がなかったしな」
レイが戦ってみた感触として、炎という属性であればどれだけの威力があっても赤い鱗を持つドラゴニアスを殺せないような気がした。
あくまでもそれはレイの感触であって、実際には違うのかもしれないが。
「……なるほど。なら、他のドラゴニアスを殺した魔法はどんな魔法なんだい?」
銀の鱗のドラゴニアスは魔法で殺していないというレイの言葉に若干残念そうな表情を浮かべたドルフィナだったが、それでもすぐ次の話に移る。
ドルフィナにしてみれば、それこそ拠点から出て来ない銀の鱗のドラゴニアスよりも、数が多く、実際に襲ってくる普通のドラゴニアスを倒す方も興味としては大きいのだろう。
「効果としては単純だな。炎で出来た矢を撃つっていう、ただそれだけの魔法だ」
そんなレイの説明に、ドルフィナは意表を突かれたといった様子を見せる。
炎の矢を放つという魔法は、魔法を使えるものであればそんなに珍しいことではない。
炎の魔法は決して得意ではないドルフィナだったが、そんなドルフィナであっても使える魔法なのだ。
とはいえ、ドルフィナはすぐに疑問を抱く。
ドルフィナの集落も、当然のように何度かドラゴニアスに襲われている。
その際、当然のように迎撃に出た者の中には魔法を使える者も多く、炎の矢の魔法を使う者もいた。
だからこそ、炎の矢の魔法でドラゴニアスを殲滅出来るとは思えない。
つまり、レイには自分が知っている以上の炎の矢を放つ何らかの手段があるのだろう。
そして実際、そんなドルフィナの予想は決して間違ってはいなかった。
「魔法としての効果は単純だが、消費する魔力を増やすことで威力を増すことは出来る」
「それは……けど、正直なところ魔力に余裕がないと出来ないんじゃ? 前々から思ってたけど、レイはそこまで魔力があるのかい? 生憎と私は魔力を察知する能力はないんだけど」
「それは幸運かもしれないな。魔力を察知する能力があって俺の魔力を感じれば、立ってることも出来なくなることもあるし」
これは、レイにとっての体験談だ。
新月の指輪を身につけているので、今でこそレイの莫大な魔力は他人に感知出来ないようになっている。
だが、新月の指輪を入手する前には、レイの魔力を感知した者の多くが腰を抜かしたり、怯えたり、パニック状態になったり、中には漏らすような者すらいた。
勿論、何らかの手段で魔力を感知出来る者というのは決して多くはない。
いや、寧ろ希少だと言ってもいいだろう。
その希少な存在の多くをそのような目に遭わせてきたのだから、レイが慎重になるのも当然だった。
少なくても、レイは迂闊に新月の指輪を外したりといったようなことをするつもりはない。
「……レイの魔力はそれほどだと?」
「そうなる」
笑みを浮かべ自信ありげにそう告げる。
「レイの魔法は、『焔の天輪』もそうだけど、魔力の消耗が激しいというのが前提の魔法が多いね」
「俺の場合は感覚で魔法を作ってるしな。どうしてもそんな感じになってしまうのはしょうがないだろ。……もし俺の魔力が多くなければ、一体どうなっていたのかは全く分からないけどな」
レイの奥の手とも言うべき炎帝の紅鎧も、魔力を大量に……それこそ普通の魔法使いであれば命を削るといったような魔力でも全く足りないくらいに必要となる。
他にも最近練習している、空飛ぶ魔法の『焔の天輪』や、浄化魔法の『弔いの炎』といったような魔法も、そのような感じだろう。
もしレイの魔力が多くなく……その辺の魔法使いと同じくらいしかなければ、恐らくその戦闘スタイルは今とは違ったものになっていただろう。
「なるほど。……ただそうなると、ドラゴニアスに対して有効な魔法がないというのは痛いね」
「厄介なのが、鱗の色だよな。必ず一つは魔法に対して強い抵抗力を持ってる奴がいることになるし」
レイの意見には、心の底から同意する様子でドルフィナが頷く。
魔法を使うドルフィナだけに、やはりレイと同様に鱗の色によってそれぞれの属性に強い抵抗力があるというドラゴニアスは厄介だったのだろう。
レイとドルフィナは、暫くの間魔法について話し合うのだった。
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