第2297話

 朝食を終えたレイ達一行は、早速次の集落を目指して進む。

 そんな中、レイは昨日と同様にヴィヘラと共にセトの背の上に乗って走っていた。

 そして、朝食の前にレイが感じたことを、自分のすぐ側を走っているザイに聞いてみる。


「なるほど、料理人か。食事で士気に違いが出て来る以上、そういう役割の人はいた方がいいかもしれないな。……分かった。次の集落に到着したら、長に聞いてみる。ただ、あまり期待はするなよ? 普通に考えれば、この偵察に出た者達は……極端に言えば死んでしまう可能性が高いと思われてるんだから」

「俺がいてもか?」

「いてもだ。レイの実力を知ってるのは、俺とヴィヘラ、セトだけだ。……それと、ドルフィナか。勿論、レイがどれくらいの実力があるのかというのは、伝令を走らせた時にしっかりと説明してある。だが、それでも素直に信じることは出来ないというのが正直なところなんだろう」

「なるほど」


 ザイの言葉に素直に頷いたレイだったが、恐らくその理由の一つには自分がケンタウロスと違う二足歩行であるというのも関係しているのだろうと思う。

 レイにとっては、足の数がそこまで重要だとは思えないのだが、この世界のケンタウロスにしてみれば、それは重要なことなのだろう。

 郷に入っては郷に従えという言葉もある以上、レイもそれについて突っ込むような真似はしない。

 勿論、それによってレイが何らかの不利益を被るようになれば、話はまた別だったが。


「それならいっそ、次の集落に行ったら合流する間に俺の実力を見せるか?」


 レイとしては、それで話がスムーズに進むのなら実力を見せるのは全く問題はない。

 それどころか、進んでやってもいいくらいだ。

 だが、ザイはそんなレイの言葉に首を横に振る。

 走りながらそのようなことが出来る辺り、ある意味で器用と言ってもいいのだろう。

 もっとも、レイはセトの背の上なので、ザイとは違って特に大変ではないのだが。


「止めておいたほうがいい。そうなると、面子を潰されたと思う者も多い。特にこれから行く集落は、その手のことにうるさい奴が長をしてるし」

「そういうものか。いや、今の時点で残ってる集落だと考えれば、それも当然なのかもしれないな。……とはいえ、そういう奴が長だと、ザイの言う通り止めておいた方がいいか。ヴィヘラ、聞いてたな?」


 そう言い、レイは自分の後ろに座っているヴィヘラに言う。

 昨日と違い、レイと一緒に長時間セトに乗っているのにも慣れたのか、抱きつくといった真似はしていない。

 レイの腰に捕まってはいるが、あくまでもそれだけだ。

 そんなヴィヘラは、レイの言葉に少しだけ不満そうな表情で口を開く。


「それだと、相手が絡んで来ても何もしちゃ駄目なの?」

「それは……その時は普通に対処してくれ。ただし、相手には出来るだけ怪我をさせないようにしてくれると助かる」

「前向きに善処するよう、検討する方向で」

「……俺か?」

「うん」


 ヴィヘラらしくないその言葉に、その言葉を最初に言ったのは自分だったか? と告げるレイに、ヴィヘラは短く頷く。

 そんなことをヴィヘラに言ったことがあったか? と考えるレイだったが、ヴィヘラが日本の政治家特有の言い回しを口にしている以上、当然のようにそれを教えることが出来るのはレイしかいない。


「取りあえず、そんな感じで頼む。でないと、俺も遺憾の意を示す必要があるからな」


 日本得意の遺憾の意。

 実際には何の効果もない言葉だが、何故か多用されている言葉だ。

 レイにとっては、それこそこういう時に使うべき言葉なのは間違いなかった。


「意味の分からない会話はその辺にしておいてくれ。取りあえず、次の集落に到着したら俺が話すから、レイ達は妙なことをしないでくれれば、それで助かる」


 レイとヴィヘラの会話を聞いていたザイが、そう告げる。

 具体的に何を言ってるのかが、ザイには分からなかったのだろう。

 そんなザイの言葉に、レイもまた分かったと頷く。

 今の状況で何かを言っても、それは本当に意味がないことだと、そう理解した為だ。


「ただ、あくまでもこっちからは手を出さないけど、向こうから手を出してきたらこっちも相応の態度を取るぞ」


 それだけは、ザイに言っておく。

 もし今回の一件で自分達が大人しくしていても、ザイの話を聞く限りでは集落そのものがかなり厄介な性質を持っているらしい。

 そうである以上、レイとしては自分が黙っているからといって向こうが調子に乗って妙な真似をしてきたら、大人しくそれに従うといったような真似をするつもりはなかった。

 それこそ、二本足だろうが強い者は強いと、しっかり示しておく必要がある。

 ……実際にその実力を知れば、向こうも馬鹿な真似をするようなことはないだろうから、一石二鳥だろうという思いがない訳でもなかったが。


「……それについてはしょうがないと思っている」


 ザイも、レイに大人しくやられておけなどということは思っていない。

 そもそも、ドラゴニアスの本拠地を見つけた場合、一番の戦力となるのは間違いなくレイなのだ。

 そんなレイに続くのは、ヴィヘラだろう。

 最大戦力の二人との関係を悪くしてまで……とは、ザイも思わない。

 そのような真似をするのなら、それこそ集落に寄らないで次の集落に向かった方がいい。

 そうこうしているうちに時間が経過し……もう少しで昼になるといったような時間になると、視線の先に一つの集落が見えてくる。

 その集落は、ザイが心配をしていた集落であり……面倒な相手が長をしているという時点で、正直なところザイとしては寄りたくないという思いがあった

 だが、ドラゴニアスの本拠地を探すという意味では、可能な限り人数は多い方がいい。

 その為には、それこそ多少気にくわない相手であっても、協力することが必要なのだ。

 そして、一行は集落に近づき……


「止まれ!」


 集落から出てきた十人くらいのケンタウロスの集団が、警戒するように槍の先端を向けながら叫ぶ。

 今までもレイは何度か同じような対応をされているので、特に気にしたりはしない。

 だが、レイと行動を共にしたばかりの他のケンタウロス達は、そんな相手の態度に驚き、もしくは無礼なと不満を抱く。

 ドルフィナを始めとする、各集落のリーダー格がそれぞれ一緒に自分の集落からやって来た面々を押さえ、偵察隊を率いるという立場になっているザイが一歩前に出る。

 当然のように、集落を守るケンタウロス達は、そんなザイに向かって槍の穂先を向けるが……その歩先を向けられたザイは、特に緊張した様子もない。


(あの程度の腕じゃな)


 レイから見ても、ザイに槍を構えているケンタウロス達の技量は決して優れたものでないのは明らかだ。

 ザイもそれが分かっているからこそ、槍の穂先を向けられても動揺していないのだろう。

 自分の技量なら、あの程度の相手はどうとでもなると、そう理解して。

 また、ザイは数日程度ではあるが、ヴィヘラから訓練を受けている。

 強者との模擬戦というのは、ザイにとっては大きな意味を持っていた。

 以前までと比べて格段にとまではいかないが、間違いなくその技量は上がっているのだ。

 だからこそ、ザイは自信満々で警戒しているケンタウロスの前に立っていた。


「落ち着いて欲しい。俺達はドラゴニアスの本拠地を探る為にやってきた。その辺の情報については、こちらにも来ている筈だが?」

「……なるほど。だが、そっちの連中は何だ?」


 ザイの言葉に、リーダー格の男が示したのは、当然のようにレイとヴィヘラ。

 実際にはセトもいたのだが、見知らぬモンスターであっても四本足だからということで見逃されたらしい。

 ザイはそんな相手の言葉に、やはりこうなったとかと思いつつ、ザイは口を開く。


「この集落にも、こちらの集落から伝言は伝わっている筈だが? そちらの二本足……レイとヴィヘラは、双方共に俺の集落における客人だ。一人でドラゴニアス複数を相手にするだけの実力を持っている」


 そんなザイの言葉に、ケンタウロス達は訝しげな……もっと正確には、怪しんでいる視線をレイに向ける。

 この草原に生きるケンタウロスの常識として、ドラゴニアスはそう簡単に倒せる相手ではない。

 ましてや、視線の先にいるような二本足の二人がドラゴニアスを倒したと言われても、それを疑問に思うなという方が無理だった。

 ……ましてや、ザイと話している者達は技量的に拙い。

 ドルフィナの集落でもそうだったが、その為に相手の強さを感覚的に理解出来ないのだ。

 普段なら、ここでレイかヴィヘラが試してみるかとでも言ったりするのだが……この集落の長は面倒臭いというのをザイに聞かされている為に、自分から何かを言うような真似はしない。

 勿論、ヴィヘラに言ったように向こうから攻撃をしてきたのなら、反撃をする気は存分にあったが。

 だが、ザイと話している者達は、相手の実力を測れないような者ではあったが、同時にレイに向かって絡むような真似をすることもなかった。

 結局レイとヴィヘラの様子を疑いはしたものの、それ以上は特に何か問題が起きるようなこともなく、ザイを集落の中に案内する。

 何故ザイだけ? と思わないでもなかったが、集落の者にしてみれば部外者を……ましてや、二本足のレイやヴィヘラを集落の中に入れるというのは有り得ないことだった。

 だからこそ、偵察隊を率いるザイだけを集落の中に入れたのだ。


(俺達が駄目でも、他の連中なら一緒に入れてもいいと思うんだけどな。……まぁ、面倒なことになるよりはいいか)


 ここで余計なことを言っても面倒なだけだろうと、レイは集落のケンタウロス達から妙な動きをしないようにと見張られながら、他のケンタウロス達と集落の外で待つ。

 この集落から参加した者達と一緒に行動するのは、面倒になりそうだなと思いながら。


(あ、それとテントとか物資とか、どうするんだ? ザイ達が持ってくるのか? それならそれでいいけど)


 テントや食料、武器の予備等。

 それ以外にも様々な物が存在する以上、当然のように物資は結構な量になる。

 敵の本拠地を探すということもあって、具体的にどれくらい長期間の行動になるのかは、まだ分からないのだ。

 ましてや、ドラゴニアスのせいで草原の動物やモンスターの数も少なくなっており、食料を現地調達するのも難しい。

 実際にはレイのミスティリングの中には大量の料理が入っているし、料理前の食材の類も大量に入っている。

 それを思えば、食料はそこまで用意する必要はないのだが……だが、レイも最初から自分が食料を全て提供するつもりはない。

 ましてや、二本足だからということで自分を侮り、相手との力量差も見抜けないような者がこうして目の前にいるのを思えば、余計にそう思える。


「全く、レイの実力を見抜けないとは……私が言うのもなんだけど、情けないね」


 ドルフィナがレイの側までやってくると、嘆かわしいといった様子で呟く。

 自分が言うのもというのは、ドルフィナの集落でも同じようなことになったからだろう。

 ……ただし、ドルフィナの集落の者の場合は、レイやヴィヘラに対して居丈高に接していたが。

 結果として、相手の実力を見抜くことが出来なかった者達は、多少ではあるが痛い目を見ることになった。

 そんな風に話している間に、一時間程が経ち……二時間程が経ち、ようやくザイが戻ってくる。

 遅いと言おうとしたレイだったが、やって来たザイが一目で精神的に消耗していると分かってしまうと、それに対して文句を言うような真似は出来ない。


(うん、やっぱり行かなくてもよかったな。多分集会とかの交渉とか、そんな感じで無意味に話が長かったんだろうし)


 ザイが面倒な相手だと言っていたその意味の片鱗を何となく理解してしまう。

 そしてザイの後ろにはテントを始めとして各種物資を持っているケンタウロス達の姿。

 テントや物資を持ってることとその人数から、恐らくあのケンタウロス達がこの集落から偵察隊に参加する者達なのだろうと判断したレイは、早速それらを受け取り、ミスティリングに収納していく。

 当然のようにミスティリングを初めて見る者達は驚いていたが、レイはそれを気にした様子もなく収納していく。


「この反応はいつ見ても面白いな」


 レイの側にいたアスデナが、驚いているケンタウロス達を見て面白そうに呟く。

 アスデナも最初にミスティリングを見た時は驚いたので、それを思えば他の者が驚いているのを見るのは嬉しいのだろう。


「レイ、終わったか? 予想外に時間が掛かったから、次の集落まで少し急ぐぞ」


 ザイの言葉にレイは頷き……結局この後、数日掛けて集落を回り、最終的に偵察隊の人数は百人くらいまで増えるのだった。

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