第2295話

『炎よ、汝は全てを燃やす物、そして……我が身体の四肢に宿りて、空を征く物。炎は輪となり、我が手足に宿る』


 呪文を唱えるとデスサイズの刃の先端に炎が姿を現し、やがてその炎は四つに分かれるとレイの四肢に纏わり付く。

 同時に、普通の魔法では魔力が減ったという感覚を全く感じないレイが、自分の中にある魔力が急激に消耗していくのを感じる。そして……


『焔の天輪』


 魔法が発動し、四肢に纏わり付いた炎が明確な輪に姿を変える。


「ふぅ」


 初めてこの魔法を開発し、発動し、訓練を始めるようになってから今まで、何度もこの魔法を発動している。

 だがそれでも、魔法が発動する際に大量の魔力を消耗するというのには、どうしても慣れない。


(この魔法の場合は、魔力の消耗に慣れるってことはないんだろうけどな)


 レイの魔法に対する適性は、炎に特化している。

 そんな中で、このように空を飛ぶ……いや、浮かぶと表現するような魔法を発動しているのだから、そもそも魔法の構成に無理があるのだ。

 普通の魔法使いであれば、到底発動することは不可能な魔法。

 にも関わらず、こうしてレイの魔法が発動しているのは……レイの持つ、莫大な魔力で強引に魔法を発動し続けているからに他ならない。

 そうである以上、魔法に慣れて魔力の消耗が少なくなるといったようなことは、とてもではないが期待出来なかった。

 そんな魔力の消費を感じながら、レイはふわりといった様子で空中に浮かび上がる。

 空を飛ぶ翼を持つセトのように、翼を羽ばたかせながら空を飛ぶのではなく、無重力状態にいるかのように空中に浮かび上がったのだ。


「おお、これは……空を飛ぶというのが……」


 少し離れた場所でレイの様子を見ていたドルフィナが、感嘆の声を発する。

 ……いや、ドルフィナだけではない。

 野営地の方で食事の準備をしていたり、それ以外にも自分の仕事を行ったり、仕事が終わって食事が出来るのを待っていたりといった者達も、夕日の光を浴びながら空中に浮かぶレイを見て、驚きの声を上げていた。

 もっとも、その声は完全に驚きだけというドルフィナと違って、恐怖の感情が色濃く混ざっている者もいたが。

 ケンタウロスにとって、地面に足が付いていない状態というのはやはり恐怖なのだろう。

 その中でも少数……例えば現在空中に浮かんだレイの姿を見て驚きつつも喜んでいるドルフィナのような者だけが、空を飛ぶということに忌避感を抱かないだろう。


「どうだ? こんな感じで空を飛べるんだが」


 今まで何度も訓練したおかげで、現在では空を飛びながらも普通に話すことは出来るようになっていた。

 ……それでも、空を飛びながらデスサイズを自由に振るったり、ましてや黄昏の槍との二槍流に関しては、まだ難しかったが。


「凄い。凄いな。……それは、一体どうやってやるんだい? 魔法の構成を見る限りでは、とても炎に特化したレイに出来るとは思えないけど」


 素直に驚きの表情を浮かべたドルフィナだったが、それも次の瞬間にはすぐに消え、疑問の表情を浮かべる。

 実際、今の魔法はドルフィナにとって全く理解出来ないものだったのだから、それは当然だろう。

 少なくても、同じ魔法式を構築してもドルフィナではその魔法を発動出来るとは思わなかった。


「そうだな。正直なところ、この魔法は俺以外に発動出来る奴がいるとは思えない。何しろ本来なら発動するのが難しいのを、俺の魔力を大量に消費することでようやく発動してるんだから」

「……魔力? 私は生憎と魔力を感じる能力はないんだが、レイはそのような魔力を持っているのかい?」

「ああ。俺より大きな魔力を持ってる奴は見たことがないって感じには、俺の魔力は大きい。もっとも……」


 そこまで言い、言葉を切る。

 レイが何を言いたいのかドルフィナには分からなかったが、レイにしてみれば自分の魔力がそれだけ大きくても、完全に使いこなすといったことは出来ていないのが悔しかったのだ。

 炎帝の紅鎧のように、莫大な魔力があるからこそ使えるスキルも多い。

 それこそ現在空を飛んでいる魔法も、その魔力があって初めて出来ることなのだから。


「ふぅ」


 空を飛んでいたレイが、地面に降りてきて魔法が解除される。

 レイにしてみれば、本来ならもっと練習したいと思ってはいたのだが、今は野営地にいる多くの者に視線を向けられており、正直なところ、とてもではないがこんな状況で練習をしたいとは思わなかった。

 とはいえ、この魔法に関しては少しでも多く練習し、魔法を使ったままいつも通り二槍流で戦えるようになる必要があるのだが。


「いや、素晴らしい。それにしても……改めて、炎に特化しているというレイが、よくそのような魔法を作ることが出来たね」

「俺の場合は、感覚とイメージで魔法を構成してるしな。そういう意味では、かなり無理が出来る」


 しみじみと、日本にいた時に楽しんだ漫画、アニメ、小説、ゲームといったサブカルチャーの類に感謝する。

 もしレイが日本で高校生をやっていた頃に、そのような趣味がなかった場合……恐らく、ここまで自由自在に魔法を開発するといったような真似は出来なかっただろう。


「正直、そのような能力があるレイが羨ましいよ」

「俺の件はともかく、ドルフィナはどんな魔法が使えるんだ? 風を中心にして、それ以外の魔法もある程度使えるって話だったよな?」

「うん。攻撃魔法と補助魔法。特に風の魔法だと、その双方が向いているんだ」

「……そうか?」


 レイのイメージでは、風の魔法というのは攻撃魔法はともかく、補助魔法に向いてはいないように思えた。

 だが、そんなレイに対し、ドルフィナは笑みと共に口を開く。


「そうだね。一番分かりやすいのは、やはり風によって相手の行動を妨害するとか、そういうことだろうね」

「風で妨害?」

「そうだよ。相手が生き物なら、それこそ戦闘中に目にゴミが入るだけでかなり不利になるしね」

「それは……いや、それ、いいのか?」


 ドルフィナが言ってるのは、恐らく草原の砂や土を巻き上げ、目潰しとして相手に使うということなのだろうと、想像出来る。

 戦闘中にそのようなことになれば、当然のように涙でろくに前が見えなくなるし、集中力も大きく削がれるだろう。

 やっていることは、決して派手ではない。

 だが、それでも実戦を何度も経験してきたレイとしては、その行動がかなり凶悪だというのは容易に想像出来る。


「構わないよ。戦闘である以上、何でもありだし」


 そう言われると、レイも反対の言葉を口には出来ない。

 実際に戦いの中では、どのような手を使っても正当化される。

 特に今のケンタウロス達がドラゴニアスと戦っているのは、生きるか喰い殺されるかの二つに一つ。

 文字通りの意味で生存競争なのだ。

 であれば、ドルフィナのその言葉に否と言うことは出来ない。

 また、それ以外であっても、ケンタウロスが生き残るのならどのような手段をとっても構わないと、そう思うのは当然だろう。

 ……何しろ、ドラゴニアスは飢えに支配されて動いている。

 まず目の前にいる相手を喰い殺せるかどうかを考えるような者達だ。

 そうである以上、ドラゴニアスと戦うのに何を遠慮することがあるのか。


「補助については分かったけど、攻撃魔法はやっぱり風の刃を飛ばすとかか?」

「そんな感じだね」

「ちなみに、風の刃って訳じゃないけど、同じような真似なら俺も出来るぞ」


 レイの言葉に、ドルフィナは一体何を言っているのかといったような視線を向ける。

 空を飛ぶというのも、炎の魔法によって半ば無理矢理達成したレイだ。

 であれば、風の刃も魔法でどうにか出来るのではないか。

 そう思わないでもなかったが、今回の一件はあくまでも『風』の刃なのだ。

 炎に特化しているレイに、そのような真似が出来るのかとドルフィナが疑問に思うのも当然だろう。

 そんな視線を向けられたレイは、手に持ったデスサイズを人のいない方に向けて振るう。


「飛斬っ!」


 その言葉と共に、デスサイズから飛んでいく斬撃。

 特に目標はなかったので、何に命中するでもなく姿を消す。

 だが、実際に効果を発揮しなくても、間違いなく斬撃が飛ぶというのはドルフィナの目で……そして野営地にいる面々の目で見ることが出来た。

 

「どうだ? 風じゃなくて斬撃だけど」

「……それも魔法なのか? レイは炎に特化していると言っていたけど……」

「いや、魔法じゃない。だからこそ、こういう真似が出来る訳だ。これはいわゆる、スキルだな」

「スキル……?」


 あれ? と。

 ドルフィナの反応を見て疑問に思う。

 スキルという概念がこの世界にもあるのは、ザイから聞いて知っている。

 そうである以上、ドルフィナもスキルについて知っていてもおかしくはないと思ったのだが、と。


(もしかして、ドルフィナの集落では魔法が一般的だったから、スキルについては知られてないのか?)


 そう思うも、その辺は不自然なような気がする。

 例えドルフィナの集落の中でスキルについて教えていないとしても、その辺りの事情については他の集落と接した時には絶対に分かってしまう。

 そして他の集落と接しないようにするのは難しい以上、どうやってもスキルについて知ってもおかしくはない筈だった。

 とはいえ、今の状況で知らないと言ってる以上、その辺を突っ込んで聞かない方がいいのか? ともレイは思ってしまう。


「魔法とはまた違った力だと認識しておけばいい。……それよりも、風の魔法についてはともかく、ドルフィナの使ってる魔法と、俺が使ってる魔法というのは同じような魔法なのか?」

「は? いや、いきなり何を?」


 レイが突然何を言い出したのか分からない。

 そんな視線をレイに向けるドルフィナだったが、レイはそんなドルフィナの様子を見ただけで何となく理解してしまった。

 つまり、魔法についてもこの世界とエルジィンでは一緒なのだろうと。

 言葉が通じて、単語の意味も同じ。だとすれば、魔法の形式が同じでもおかしくはないと。


(いや、おかしいだろ。幾ら何でも、ここまで一致するってことがあるのか? そうなれば、それこそここって実は……)


 そう考え、もしかして……本当にもしかしてと思い、ドルフィナに尋ねる。


「なぁ、一つ聞くけど……エルジィン、ミレアーナ王国、ギルム。……この辺りの言葉に聞き覚えはあるか?」


 レイのその言葉に、ドルフィナはその言葉を聞いたことがあるのかどうかをしっかりと考える。

 だが、一分程黙り込んだ後で、やがて首を横に振る。


「いや、そのような言葉に聞き覚えはないね。そのミレアーナ王国というところが、レイの故郷とか?」

「そんなようなものだ。正確には、ミレアーナ王国にあるギルムって街だけどな」


 そう言いながら、やはりここは異世界であると確信する。

 そもそも、あのウィスプが開いた穴……それもグリムからも、ここが異世界であるというのはしっかりと聞いている。

 であれば、幾ら似てるところがあったとしても、それはやはり偶然の一致でしかないのだ。

 改めてそう思う。

 一瞬、本当に一瞬だったが、あまりに話が通じすぎるのを見て、もしかしてここはエルジィンではないかと、そう思ってしまったのだ。

 幸いにして、ここはエルジィンではなかったが。


(いや、でもこういう草原で暮らしているのを考えれば、エルジィンもミレアーナ王国もギルムも、聞き覚えがなくても当然じゃないか? ……せめて、月が二つあるとか、妙な形をしてるとかなら、この世界は別の世界ってことで分かりやすいのに)


 今回の探索が終わって、エルジィンに戻ったら改めてその辺をグリムに聞こう。

 そうレイが思っていると……


「食事が出来たぞー!」


 野営地の方から、そんな声が聞こえてくる。

 レイ達とは違う、少し離れた場所で模擬戦をやっていたヴィヘラ達も、その声に動きを止めたのがレイには分かった。


「どうやら夕食の時間らしいし、この辺りで終わるか」

「そうだね。出来ればもう少し魔法について話したかったけど、別に今日が最後という訳でもないし」


 ドルフィナの言葉に、レイも同意する。

 ここが実はエルジィンかどうかというのは、まだはっきりしていない。

 だが、今はそれは横に置いておくとして、魔法についての話をしておくのは、自分の魔法の強化についても繋がる可能性があるだけに、ドルフィナの提案に乗らない訳がない。


「夕食が終われば、自由時間だ。明日の為にゆっくりと眠る必要があるけど、それを考えても魔法についてもう少し話をする余裕はあるだろ」


 そう誘うレイに、ドルフィナは嬉しそうに笑みを浮かべながら頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る