第2281話
『では、気をつけるのじゃぞ』
「ああ、ドラゴニアスの本当の意味での本拠地を見つけるまでは、少し時間がかかると思うけど、その辺は気をつけるよ」
異世界に通じる穴を通って異世界にやって来ると、グリムとそう言葉を交わしてレイはセトの背に乗る。
レイが渡した焼き菓子で機嫌も直ったのか、セトは特に不満もない様子でレイを背に乗せ、数歩の助走で空に向かって駆け上がっていく。
グリムはそんなレイとセトを暫く見ていたが、やがてその姿を消す。
「あ、すぐに到着してしまったな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは少しだけ残念そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、見渡す限り……それこそ、空を飛んでいる状態で緑色の地平線が広がっている光景は、かなり珍しいものなのだろう。
エルジィンにおいても似たような光景は存在するのだが、それでもやはり緑の地平線というのは珍しい。
セトにしてみれば、そんな場所を思う存分飛んでみたいと、そのように思ってしまうのは当然だろう。
レイもそんなセトに付き合うのは悪い気はしていない。
しかし、今の状況を考えればそのような真似をする訳にもいかない訳で……
「セト、降りるか」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは少しだけ残念そうにしながらも、地上にある集落に向かって降下していく。
空から降りてくるセトの存在に気が付いたのだろう。集落の外には何人ものケンタウロスが集まってきていた。
そんな中には、当然のようにヴィヘラの姿もある。
レイとセトを見て嬉しそうに手を振っている姿は、普通なら出来ないだろう異世界での生活を思う存分楽しんでいるように思えた。
(それでも、異世界とは言っても結局のところエルジィンと基本はそう変わらないけどな。細かな違いはあるけど)
この草原で生活をしている上では、それこそ生活はエルジィンでのものと大きく変わらない。
レイとしては、異世界だけに、それこそロボットの類が存在するような世界だったり、もしくは魔法の代わりに超能力の類が存在する世界だったりすれば、少し面白そうだという思いもあったのだが。
とはいえ、未知の技術を持っている世界との接触ともなれば、それこそ下手をすると世界と世界の間で戦争になる可能性すらある。
それを思えば、やはりウィスプの暴走とはいえ、繋がったのがこの世界だったというのは悪い話ではないのだろう。
「っと、待たせたか?」
「そんなに待ってないわよ」
セトが地上に降り、レイもまたセトの背中から降りると、すぐ近くにいたヴィヘラに向かってそう告げる。
するとヴィヘラもまた、笑みを浮かべながらそう返してきた。
どこかデートっぽいやり取りだと、ヴィヘラも分かった上でそんなレイの会話に乗ってきたのだろう。
「なら、いいんだけどな。……ちなみに、俺がいない間にドラゴニアスは来なかったのか?」
「残念ながらね」
「いや、こちらとしては、ドラゴニアスなど来ない方が助かるのだが」
レイとヴィヘラの会話に、ザイが割って入る。
もしドラゴニアスが襲ってくれば、それと戦える相手はそう多くはない。
そうである以上、ザイの立場としてはどうしても襲ってきて欲しくはないと、そう思うのは当然だろう。
……ヴィヘラとしては、ドラゴニアスはどんなにやられても飢えに支配されて諦めるといったようなことはないからか、百匹とかの数はともかく、十匹かそこら程度なら襲ってきて欲しいというのが、正直なところなのだが。
「ヴィヘラの場合は、戦いを好むからな。そういう意味で、ドラゴニアスはちょうどいい敵なんだろうよ。……それで、ドラゴニアスの本拠地の探索については?」
一応駄目元といったところで尋ねてみるレイだったが、ザイはレイの予想通りに首を横に振る。
「いや、そもそも探索に出られるような者がそう多くいない」
「……だろうな」
この前レイ達が襲った場所……本拠地と思われていたが、結局のところは拠点の一つでしかなかった。
だが、そのような場所を探すだけでも、探索に出ていた中でケンタウロスは一人だけしか無事に戻ってくることは出来なかったのだ。
そうである以上、また同じような場所を探しに行くとなれば、それに立候補する者……は誇り高いケンタウロスだけにいるかもしれないが、実際にそれに耐えられるだけの能力を持っている者となれば、その数はどうしても少なくなる。
また、当然の話だがこの集落の防衛についても考える必要がある以上、どうしても多くをそちらに割く訳にもいかない。
レイもそんなケンタウロス達の事情は分かっていたが、それでももしかしたらと、そう思ったのだ。
とはいえ、レイの言葉も何の根拠もない訳ではない。
この集落は、ケンタウロスの集落の中でも最大級の大きさだ。
現在は、そんな集落に安全を求めて、多くのケンタウロス達がやって来ている。
その中には、当然のように戦士もいる訳で……そのような者達を組み込めば、この集落の防衛力も高まる。
とはいえ、本当に腕の立つ者はそう多くはない以上、どうしても戦力を整えるのは難しいのだが。
「取りあえず俺の事情の方は一段落したから、暫くはこの集落にいることは出来る」
レイの口から出た言葉に、ザイを含めて他のケンタウロス達も嬉しそうな表情を浮かべる。
レイの実力を知っているだけに、レイがこの集落にいてくれるのなら、それこそ百匹、千匹単位でドラゴニアス達がやってきても、それに対処するのは難しくはないと、そう理解していた為だ。
……中には、レイの戦力ではなくセトの愛らしさを目当てにして、レイとセトの滞在を喜ぶ者もいるが。
「また、いつまでも俺とヴィヘラに頼りっきりってのは、ザイ達にとっても面白くない筈だ。だから、希望者には俺が訓練をつけてやる。ヴィヘラは……」
「そうね。気が向いたら模擬戦をしてもいいわよ」
レイの言葉を聞き、ヴィヘラは短くそう返す。
ヴィヘラにしてみれば、ケンタウロスよりもドラゴニアスの方が戦う相手としては楽しい存在なのだろう。
とはいえ、ケンタウロスもドラゴニアスには負けるが、それでも十分な実力を持っているのは間違いない。
ヴィヘラが戦う相手としては、ケンタウロスも決して悪い相手ではない筈だった。
……とはいえ、それでもやはりドラゴニアスと比べると、どうしても劣ってしまう。
「悪いな」
「いいわよ。ケンタウロスが強くなれば、私にも色々と利益はあるし、ドラゴニアスと思う存分戦えるようになるでしょうし」
ヴィヘラとしては、今回の一件においてはケンタウロス達と戦うことで、少しは強くなるかもしれないという思いがある。
そんなヴィヘラの様子に、多くのケンタウロス達は助かるといったような視線を向けている者が多い。
レイの実力もそうだが、ヴィヘラの実力を見た者も集落の中には多い。
何しろ、レイとヴィヘラ、それとセトの二人と一匹だけで襲ってきた百匹近いドラゴニアスを倒したのだから、それを見た者なら当然のように強さは理解出来る。
「グルルゥ」
セトの鳴き声に、いつまでも集落の外で話しているのもどうかと思い、皆が集落の中に入る。
そのままレイとヴィヘラ、そしてセトは、ザイに案内されるままドラムのテントに向かう。
……その際。ドラットが複雑な表情を浮かべながらレイだけを見ていたが、レイはそれに気が付きつつも、特に何か行動に移るような真似はしない。
ドラットも、自分に色々と思うところがあるのだろうというのは予想出来たが、だからといってここで自分が何かをしても意味はないと、そう判断した為だ。
「そう言えば、他の集落に対する連絡はどうしてるんだ? ドラゴニアスの本拠地を探すのは無理でも、拠点を一つ潰したってのは知らせたのか?」
この集落以外にも、ケンタウロスの集落は他にもある。
そんな集落に対しては、当然のように協力態勢を取ろうとしていたのだが、幾つかの集落は協力したものの、幾つかの集落には断られたとレイは聞いている。
その主な理由は、やはり既得権益の類だろう。
その集落では長であったり、戦士長という立場にあったり、それ以外にも様々な役職にいる者であっても、集落が合流すれば当然のように今までと同じ地位にいられるとは限らない。
どのような役職にしろ、自分よりも腕が上の者がいれば、当然ながらその者が今までの自分と代わってその役職に就くことになる。
それが許容出来ない者がいて、その集落で発言力が高ければ、当然のように集落の合流という方法には反対するだろう。
それでも、ドラゴニアスの一件についての情報共有はしておいた方がいいのでは? とそう告げるレイに対し、ザイはすぐに頷く。
「勿論だ。使いの者は既に出している。とはいえ……この話を聞いた別の集落の者が、どこまでこっちの情報を信じるのかは分からないが」
「だろうな」
ドラゴニアスがどれだけ凶悪な相手なのかというのは、それこそ実際に襲われているケンタウロス達が一番知っている。
そんなドラゴニアスの、本拠地ではなくても拠点の一つを殲滅したと言っても、一体誰がすぐに信じるか。
……レイの火災旋風によって焦土と化した場所まで連れていけば、それを信じる者もいるだろう。
だが、今の状況を思えば、自分の集落から戦力となる者をそんな遠くまで派遣しようと考える者は、そういないだろう。
だからこそ、今回の一件については証明することが難しいのだ。
「ともあれ……」
何かを言おうとしたザイだったが、ドラムのテントに到着したことで言葉を止める。
「後は長との話が終わった後でしよう。ヴィヘラもそれで構わないか?」
「ええ、別に構わないわよ? その辺の事情については、そこまで興味がある訳じゃないし」
これが、それこそもっとドラゴニアスと戦えるというのであれば、ヴィヘラももっと強い興味を示しただろう。
だが、レイとザイの間で交わされていた会話は、その手の類の話ではない。
だからこそ、ヴィヘラは特に興味らしい興味を持たなかったのだ。
「失礼します、長。レイが戻ってきました」
「うむ、入れ」
テントの中から聞こえてきた声に、レイとヴィヘラは中に入る。
「あら……」
テントの中にいたドラムを見て、ヴィヘラの口から驚きの声が上がる。
当然だろう。ドラムはただのケンタウロスではなく、本来なら馬の場所がスレイプニルの身体となっているのだから。
レイも初めて見た時は、驚いたのだ。
(あれ? でも、宴の時はともかく、俺がいなかった間にヴィヘラがドラムに会ったりはしなかったのか?)
ドラムの性格を考えれば、ザイにヴィヘラを連れてくるように言ってもおかしくはないとレイには思えた。
だが、今のヴィヘラの様子を見る限りでは、間違いなくドラムとは初めて会ったといった様子だった。
もしレイが来る前にドラムと会っていたとしても、その場合はわざわざそれを隠すような必要はない。
だとすれば、やはり初めて会ったということになるのは間違いないだろう。
そんな戸惑った様子を見せるレイを見て、ドラムはどこか意地の悪い……それこそ、してやったりといったような笑みを浮かべる。
「どうやら、驚いているようじゃな」
「……あまり趣味がいいとは言えないと思うぞ」
「そう機嫌を悪くするでない。別に儂も、本当に悪戯心だけでこのような真似をした訳ではないのじゃなからな」
ドラムの言葉に、本当か? と若干の疑問を抱くレイ。
とはいえ、今の状況を思えばレイがそのように思っても仕方がなかったのだが。
「……まぁ、いい。それで現在の状況だけど、どうなってるんだ? ザイから聞いた限りだと、ドラゴニアスの本拠地の探索に出せる人数は殆どいないってことだったが」
「うむ。残念ながらその通りじゃな。勿論、無理に人数を出そうとすれば出せる。しかし……」
「ドラゴニアスに見つかれば、ほぼ間違いなく死ぬ」
ドラムの言葉を、ザイが継ぐ。
実際、レイ達が襲撃した拠点を見つけたケンタウロス達も、案内役としてレイ達に同行した者以外は全員が殺された……いや、喰い殺されたのだ。
当然のように、最初に偵察隊として出発した者達は相応に腕の立つ者だったのだろう。
実際、案内役として一緒に来たケンタウロスは、相応の強さを持っているのがレイには分かった。
それだけに、技量の足りない者達を偵察に出させるのが難しいというのは、レイにも理解出来る。
「そうなると……やっぱり俺が行くか?」
「ここに戻ってこれるの? 一面草原だけに、ここから離れたら……特にそれが空なら、戻ってくるのは難しいわよ?」
そう告げるヴィヘラの言葉に、レイは難しい表情を浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます