第2272話
「ドラゴニアスの本拠地を潰し、率いていた者を倒し、更には集落を襲ってきたドラゴニアスを一人で倒したレイとその仲間に……乾杯!」
『乾杯!』
ザイのその言葉と共に、皆がコップを掲げて乾杯と口にする。
レイもまた、そんな他の面々と同様にコップを掲げてからその中身を飲み干す。
もっとも、レイの持つコップの中身は酒ではなくお茶だったが。
コップの中身を飲み干すと、次は当然のように全員で料理を食べ始める。
本来なら、この季節に家畜を潰すようなことはしない。
だが、今日は違う。
この集落を……そしてケンタウロスを散々悩ませてきた、悪意……いや、飢えの象徴ドラゴニアス。
そのドラゴニアスの本拠地を滅ぼし、ドラゴニアス達を支配していた金の鱗を持つドラゴニアスを倒した、非常に目出度い日だ。
家畜を潰して、それを宴のご馳走として出すくらいは、当然だった。
何より、レイにしろヴィヘラにしろ、本来なら全く関係のないこの集落を助けてくれたのだ。
それに対する感謝を示すには、これくらいの宴はする必要があった。
「さぁ、どうぞ。一番美味しい場所です」
そう言って渡された皿には、香草と様々な具材をたっぷりと詰めて蒸し焼きにした豚肉の料理があった。
レイとヴィヘラがテントで話し合っていた時に漂ってきた、食欲を刺激する香りの正体。
それが、この豚肉の料理だった。
「美味いな」
蒸し焼きにしていることで、豚肉はかなり柔らかく仕上がっている。
また、草原だからか香草の類がたっぷりと使われている。
それでいながら、香草で料理が駄目にならないようにしっかりと見極められており、それによって料理の味は普通よりも一段上のものになっていた。……少なくても、レイが最初にこの集落に来た時に出された料理よりは手間暇が掛かっており、間違いなく美味い。
(香草……そう言えば、香辛料と香草ってどう違うんだ?)
柔らかく蒸し上がり、それによって香草による食欲を刺激する香りも漂う。
そんな料理を楽しみながら、ふとレイはそんな疑問を抱く。
香辛料……例えば胡椒の類が一般的だろう。
香草……いわゆる、ハーブと呼ばれる物が多い。
料理に詳しい者であれば、その辺りも色々と詳細な違いが分かるのだろう。
だが、料理に関しては基本的に食べる専門のレイは、その辺については理解出来ない。
(胡椒とかは乾燥してるし、乾燥してるのが香辛料? ……まぁ、どうでもいいか。美味ければ問題はないんだし)
結局そんな結論になり、料理の味を楽しむ。
香辛料だろうが香草だろうが、美味ければレイにとってはそこまで問題ではないのだ。
……もっとも、金になるという意味では間違いなく香辛料なのだろうが。
「どうですかな? うちの伝統料理は」
料理を楽しんでいるレイの前に現れたのは、一人のケンタウロス。
老婆と言ってもいい、杖を手にした相手だ。
……足が四本あるケンタウロスでも、年を取れば杖が必要になるのかと、レイは幾らか疑問に思う。
とはいえ、その人物がただものでないというのは周囲の様子を見れば明らかだ。
そのような人物が、本当にただ料理の味を聞く為だけに話し掛けてきたとは、レイにも思えない。
「かなり美味い料理だと思う。香草をたっぷりと使ってるのに、それがくどくないのがいいな」
どんなに美味い調味料や香辛料であっても、使いすぎればそれは決して美味いとは言えない。
だというのに、レイが食べている豚肉の料理は多くの香草を使っているにも関わらず、料理は十分美味いと感じられる料理なのは間違いなかった。
それはつまり、香草をどの程度使えばいいのかという、極限のところで見切って使われているということなのだろう。
そのような真似をするのに、一体どれだけの技量が必要となるのか。
それはレイでも分かるくらい高度な技術が必要な筈だった。
「ふぉふぉふぉ。そう言って貰えると嬉しいですな。今宵の宴は、レイ殿、ヴィヘラ殿への感謝の気持ちが強いのです。十分に楽しんで下さい」
「そうさせて貰うよ。それで……」
「お婆!」
レイが何かを言うよりも前に、ザイの声が響く。
ザイは強い驚きを露わにして、人混みを掻き分けるようにしながら、お婆と呼ばれた人物……レイと話していた老婆に向かって近付いていく。
(お婆? そう言えば……)
レイは最初にこの世界に来た日のことを思い出す。
レイが魔法を使えると知り、ザイはかなり驚いていた。
そして集落には二人だけだが、魔法を使えるということも。
その一人は、集落の長であるドラムであり、もう一人がお婆である、と。
そんな言葉を思い出しつつ、だとすればこの老婆こそがザイの言っていたお婆なのだろうと納得出来た。
……ザイもお婆と呼んでいるのだから、その辺の判断は間違っていなかったのだが。
「ザイ、この人がお前の言っていた、魔法を使えるっていう?」
「うむ。……ただ、お婆は見ての通り歳だ。それこそ、迂闊に歩き回れないくらいにな」
「ふぉふぉ。そこまで気にするようなことではないよ。それに、この集落を救ってくれた二人の為の宴なんだから」
笑みを浮かべつつ、そう告げるお婆。
その表情にあるのは、嬉しそうな色だ。
この集落に住む者として、やはりケンタウロス達を守ってくれたレイとヴィヘラに感謝の気持ちを抱いているのだろう。
「お二人には、本当に助けられました。私も感謝の気持ちで一杯です。何かお礼が出来ればいいのですが……」
「そう言われても、ドラムからしっかりと報酬は貰うことになってるから、そこまで気にしなくてもいいんだけどな」
「そう言わずに、何かありませんかな? 私が出来ることなら何でもしますよ」
実際、ドラムの力……影響力によって、アナスタシアとファナの二人を探して貰うことを約束して貰っている。
また、それがなくてもドラゴニアスの……それもリーダーと思われる、金の鱗を持つドラゴニアスの死体を手に入れているのだから、正直なところ報酬としてはそれで十分だった。
……火災旋風十個を同時に使うといったような、ある意味で実験も出来た。
これにより、広範囲に対する攻撃魔法という意味では以前よりも明らかに技量が上がっていると、そう自分を納得させることが出来たのだ。
そうである以上、今回の一件は十分すぎる報酬を貰っているのだ。
(あ、でも……)
目の前のケンタウロスが魔法を使えるのなら、それが一体どのような魔法なのかを見せて貰うのもいいかもしれないと思いつく。
とはいえ、宴の最中にそんなことを言うのも無粋かと、少し考えてからレイは口を開く。
「なら……この集落にいる中で、お婆……と俺も呼んでもいいか?」
レイの言葉に構わないとお婆が頷くのを見てから、レイは言葉を続ける。
「お婆とドラムの二人だけが魔法を使えるという話だった。なら、今日は無理でも、明日辺りにお婆が使う魔法を見せてくれると、俺としても嬉しい」
ケンタウロス族が一体どのような魔法を使うのか。
もしくは、この世界がエルジィンとは別世界である以上、レイが知らないような魔法を見ることが出来るかもしれないのだ。
それ以外にも、レイは基本的に既存の魔法を使うのではなく、自分の感覚で新しい魔法を作っている。
そういう意味では、お婆が使う魔法がレイの使う新しい魔法のヒントになるという可能性は、決して否定出来ない事実だった。
「魔法? それでいいのなら、私としては構いませんが……」
レイの言葉が意外だったのか、お婆は驚きつつも頷く。
正直な話、レイとしては宝石やら何やら……もしくは、この集落で飼っている家畜の類を貰ったとしても、扱いに困るだけだ。
香草をたっぷりと使った料理を貰えるのなら、話はまた別だったが。
(でも、今日の料理だってかなり無理をして出した筈だ。ただでさえドラゴニアスの関係で大きな被害を受けている以上、これ以上家畜を処分して欲しいってのは……難しいだろうな)
ただでさえ、この集落はドラゴニアスの襲撃から逃れた者達が避難してきている。
そうして集落の人数は増えているのだが、やって来たケンタウロスの中に家畜を連れてきた者は……いない訳ではないが、どうしてもその数は少なくなる。
そうである以上、冬になれば食糧が足りるかどうかは微妙なところだろう。
そのような状況であるにも関わらず、こうしてレイ達に家畜を処分してその肉を使った料理を出したのは、それだけ感謝しているということを示したかったからだ。
「じゃあ、明日にでも頼む。今日は……色々と無理そうだし」
レイの言葉にお婆は頷く。
魔法を見せるくらいであれば、本当に問題はない。
それこそ、集落を守って貰った感謝の気持ちを表すには、足りないくらいだと思える。
「ほら、お婆。レイもそれでいいって言ってるんだし、今日はもう休んだ方がいいんじゃないか?」
「まだ宴の最中なんだから、もう少しいいでしょう? 勿論、無理はしないから」
そんなやり取りは、レイの目から見て祖母と孫のやり取りのように思える。
だが、レイがザイから世間話として聞いた話によると、お婆とザイは祖母と孫という関係ではないと聞いていた。
……もっとも、この集落の中では多かれ少なかれ、血が繋がっている者が大半だ。
今は色々な集落から避難してきているので、血の繋がっていない者も多くなっているが。
「ああいうの、見ているとほんわかとしてくるわね」
料理を食べながら告げるヴィヘラの言葉に、レイも同意する。
「そうだな。ともあれ……」
「グルルルルゥ!」
レイが何かを言おうとしたその瞬間、ケンタウルスの子供達と一緒に周囲を走り回っていたセトが、不意に鳴き声を上げる。
それはただの鳴き声ではなく、聞く者に警戒心を抱かせる鳴き声。
レイやヴィヘラにとっては、すぐに行動を起こす必要があると思わせ、反射的に動くには十分な声だった。
座っていた状態から素早く立ち上がったレイは、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
そんなレイの隣では、ヴィヘラも同様に立ち上がっており、いつ何が起きてもすぐ反応出来るように準備を整えていた。
「さて……何が来たと思う?」
「さぁ? 残念ながら分からないわね。ドラゴニアスはレイが片付けたんでしょ? なら……別の何か?」
「どうだろうな。……やっぱり、その辺は直接見に行く必要があるか。セト!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、すぐ側までやって来ていたセトが喉を鳴らす。
「敵が来た……それは間違いないんだな?」
そんなレイの問いに、セトは間違いないと喉を鳴らす。
レイもヴィヘラも、セトがどれだけ鋭い感覚をもっているのかを知っている為に、そんなセトの様子を見て何らかの勘違いだと判断したりはしない。
それどころか、セトが言うのなら間違いないとすら判断する。
「レイ!」
そして、セトについての能力を詳しく知っている者達はレイ達以外にもいる。
一緒に行動した時間はそう多くはないが、それでもドラゴニアスの本拠地に向かう時の野営で見張りをやって貰ったのだ。
ザイ達も、今のセトの様子から事情を察するのは難しい話ではない。
「ああ、間違いなく敵だ。……一応聞いておくけど、ドラゴニアス以外に、ケンタウロスを攻撃してくる存在に心当たりはあるか?」
「いや」
即座に首を横に振るザイを見て、レイもだろうなと納得する。
そもそも、ドラゴニアスが来る前には、草原の覇者と呼ばれていたケンタウロス族だ。
ドラゴニアスの個としての高い能力と、何よりも飢えによる本能から比喩でも何でもなく、文字通りの意味で喰い殺しにくるという異様さに圧倒されてしまったが、それはあくまでも相手がドラゴニアスだからだ。
それ以外の敵に対しては、草原という立地においてケンタウロスは覇者の名前に相応しいだけの実力を見せる。
そんなケンタウロスの……しかも、かなり大きいこの集落を攻撃してくるような相手がいるとは思えない。
(そうなると……)
レイの中に、嫌な予感が浮かぶ。
簡単な計算だ。
ケンタウロス族を攻めることが出来るのは、ドラゴニアスだけ。
ならば、襲ってきたのはドラゴニアスではないのか、と。
それは予想としては決して間違ってはいない。
……ただし、レイ達がドラゴニアスの本拠地を殲滅していなければの話だが。
とはいえ、レイの中には一つだけ予感があったのも事実だ。
金の鱗を持つドラゴニアスは、間違いなく強かった。
だが……それでも、実際に戦ったレイは疑問を抱いていたのだ。
本当に、このドラゴニアスが最後の敵なのかと。
そして……レイのそんな予想は、当たる。
「ドラゴニアスだ、ドラゴニアスの群れがこっちに向かってるぞ!」
外から走ってきたケンタウロスの一人が、力の限りそう叫ぶのだった。
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