第2267話
金の鱗を持つドラゴニアスについて説明し……そのまま時間が経過し、やがて朝となる。
朝となるまで時間が経ったこともあり、火災旋風はまだかなり元気に動き回ってはいたが、それでも最初にレイが作り出した時に比べれば、その姿は小さくなっていた。
「なぁ、レイ。……あの炎の竜巻……いつになったら消えるんだ?」
レイの用意したスープを飲みながら、ザイが尋ねる。
襲撃前はドラゴニアス達に気が付かれないよう、水だけですませていたのだが、襲撃が終わってドラゴニアスを率いていたのだろう金の鱗を持つドラゴニアスを殺し、更に金の鱗を持つドラゴニアスの命令で他のドラゴニアスの襲撃も心配しなくてもよくなった今、臭いの心配はいらない。
それこそ、ここにやって来るまでの野営で食べていたように、普通のレイのミスティリングから取り出した料理を食べることが出来た。
昨夜から……正確には昨日ここに到着してから、何も食べず、レイが流水の短剣で生み出した水だけを飲んでいた一行だ。
確かにレイの魔力を使って流水の短剣から生み出された水は美味い。それこそ、天上の甘露と表現してもいいくらいには。
だが、それでも……やはり水は水でしかないのだ。
幾ら美味い水であっても、水だけで半日近く何も食べないというのは、どうしても空腹になる。
これで干し肉か焼き固めたパンでも食べることが出来れば、多少は空腹を紛らわせることも出来たのだろうが、ただでさえ飢えに支配されているドラゴニアス達だ。
そんな者達の近く――実際には結構な距離があるのだが――でパンや干し肉を食べようものなら、間違いなくドラゴニアスなら、その臭いを嗅ぎ取ってもおかしくはなかった。
(別にドラゴニアスに限った話じゃないけど、何かあった時に相手に臭いを悟られないように食事が出来るような……そんなマジックアイテムがあれば便利だよな)
別に今回に限った話ではない。
モンスターにしろ、動物にしろ、もしくは人間やエルフ、ドワーフ、その他諸々にしろ……嗅覚で獲物を探したり、何かに気が付いたりといったことは珍しくはなかった。
そこまでいかなくても、虫の中には汗やアルコールの臭いによってくるような虫もいる。
その手のことをどうにかする為には、臭いを周囲に漏らさないような、そんな効果があるマジックアイテムがあれば一番なのは当然だろう。
マジックアイテムを集める趣味を持つレイとしても、そのようなマジックアイテムがあれば、是非欲しい。
最悪、錬金術師に頼んでもいいと思えるくらいには。
「レイ?」
「あ、いや。悪い。ちょっと久しぶりに食べる料理に集中しててな」
「久しぶりって……半日程度だろうに」
レイの誤魔化しに、ザイは若干の呆れを込めてそう告げる。
たった半日であると同時に、半日も経ったのだが、そう思っているのはあくまでもレイだけなのだろう。
「それでもだよ。……で、火災旋風だったか」
「それがあの炎の竜巻の名前なのか。ああ、そうだ。その火災旋風についてだ。個人的には、いつまで燃えていてもいいとは思うが、だからといって、こっちもそういつまでもここにいるといった真似は出来ない。それは、レイも分かっていると思うけど」
「だろうな。そもそも、ここにいるドラゴニアスで全てとは思えないし」
この本拠地にいたドラゴニアスは、今回の襲撃で全て倒した。
だが、以前ザイ達の集落を襲ったように……もしくは、ここに来る途中で遭遇したように、ドラゴニアスはここにいる集団と別の行動をしている者もいる。
例えここにいるドラゴニアスを全て倒したとしても、他のドラゴニアスはそのままなのだ。
そうである以上、それこそザイやドラットといった面々が集落にいない状況で、そのようなドラゴニアス達が集落を襲うという可能性は決して皆無ではない。
(そういう意味では、ザイやドラット達がこっちに来たのは……ぶっちゃけ、失敗だったよな)
今更、本当に今更の話ではあったが、レイはそんな風に思う。
ザイやドラットとは集落の中でも腕利きとして知られている。
実際に集落がドラゴニアスに襲撃された時、他のドラゴニアスよりも大きな個体と戦い、そして勝っていたのだから。
「取りあえず、いつ火災旋風が収まるのかは俺も分からない。ただし、この状況を考えると放っておいてもいいような気がするけど。……いや、そういう訳にはいかないか」
ここで暴れている分には構わないのだが、場合によっては火災旋風がここから移動して、どこかに行くという可能性も完全に否定は出来ない。
それが限りなく少ない可能性であっても、その可能性がある以上はしっかりと把握する必要があるのだ。
(幸い、ここに来るまでにかなり時間を短縮出来たし、その上で元々予備の時間の猶予もあるから、時間についてはそこまで気にしなくてもいいんだろうけど)
そう考えつつ、改めてレイは火災旋風の暴れ回っている場所に視線を向ける。
現在、ドラゴニアスがどれだけ生き残っているのかというのは、それこそレイにも分からない。
一晩近く火災旋風が暴れ回っていたのを考えれば、ドラゴニアスの多くが死んだのは、ほぼ間違いないと思われる。
思われるが……それでも、しっかりと全滅するのを確認する必要があった。
(あ、でもドラゴニアス達を率いていた、金の鱗を持つドラゴニアスを倒したんだから……いや、駄目だな。寧ろ他のドラゴニアスを纏めていた金の鱗のドラゴニアスが死んだのを考えると、それぞれが好き勝手に動き始める可能性がある)
結局のところ、やはりここにいるドラゴニアスはここで全て倒してしまった方がいいと、そんな結論になる。
「おい、レイ! あれ……」
ザイが不意にそんな声と共に、とある方向を指さす。
その指さした方向に存在したのは、火災旋風が暴れ回っている場所……ではなく、全く違う場所。
ザイの示した方向にいたのは、三十匹近いドラゴニアスの群れ。
火災旋風のある場所から逃げ出した……のではなく、逆に火災旋風のある場所に向かって進んでいるのだ。
普通なら、火災旋風が十個も暴れ回っているような場所に向かいたいとは、到底思えないだろう。
だが、ドラゴニアスは基本的に飢えに支配されており、自分で何かを考えるといったような真似はしないし、出来ない。
出来るのは、上から……自分達を支配している、金の鱗を持つドラゴニアスから指示された通りに動くということなのだろう。
そして何らかの命令を遂行し、こうして戻ってきたのだ。
レイがそう説明すると、その言葉の意味……何を命令されたのかということを理解した面々の顔に沈痛な表情が浮かぶ。
普通に考えた場合、ドラゴニアスがされた命令はどこそこを潰してこいといった命令だろうと、想像出来たからだ。
飢えに支配されたドラゴニアスに対し、複雑な命令を下してもそれを遂行出来るとは思えない。
だからこそ、単純な命令をすることになり……この草原において、ドラゴニアスが行うような命令というのは、想像するのが難しくはない。
何より、火災旋風のある場所に近付いていくドラゴニアスの身体には、見間違えようのない、血痕が付着している。
そうである以上、ドラゴニアス達が何をしてきたのかというのは、それこそ明白だろう。
ザイ達に出来るのは、せめて襲撃されたのだろう相手がケンタウロスではなく、もっと別の生き物か……もしくは、ケンタウロスであっても自分達と親しい集落ではなく……最悪の場合、自分達と親しい集落であっても、自分達の集落ではなければいいと、そう願うだけだった。
「どうする? あのドラゴニアス達は倒した方がいいか?」
レイの言葉に、ザイは悩む。
取りあえず、三十匹程も存在するドラゴニアスである以上、レイ以外の面々が正面から戦おうとするのは、自殺行為以外のなにものでもない。
そうなると、倒すのはレイに頼むことになるのだが……わざわざここで倒す必要があるのか? という思いもあった。
何しろ、ドラゴニアス達は真っ直ぐ火災旋風のある方に向かって進んでいるのだ。
このまま自分達が何かをしなくても、それこそすぐにでも火災旋風によって焼き殺されるのではないか。
であれば、別にわざわざ殺す必要はないと判断し、ザイはレイの言葉に対して首を横に振る。
「いや、止めておこう。ただし、あのドラゴニアス達が本拠地から逃げ出そうとした場合は、レイが倒して欲しい。……出来れば、俺達で片付けられればいいんだがな」
悔しそうに告げるザイ。
ケンタウロスの誇りから、やはりレイとセトにドラゴニアスを全て任せるといったことは悔しいのだろう。
レイもそれは分かっていたので、それ以上は特に何も言わない。
もしここで自分が何かを言ったら、それこそザイ達に対する侮辱になると、そう思えたからだ。
「分かった。なら、そんな感じで。……ただ、こうして見ている限りでは、ドラゴニアスが他の場所に向かう様子はないけどな」
レイの言葉通り、新たに現れた三十匹程のドラゴニアス達は、火災旋風を全く気にした様子もなく、本拠地に向かって進む。
(俺が予想していたよりも、あの金の鱗のドラゴニアスは絶対的な命令権を持っていたのか?)
例え飢えに支配されているとしても、普通なら命の危機と飢えでは前者の方が強い筈だ。
にも関わらず、新たに現れたドラゴニアス達は、真っ直ぐ火災旋風に向かっていくのだ。
それは、例えば金の鱗を持つドラゴニアスが、お前は死ねと命令した場合、即座にその命令に従う……といったようなことすら、普通に起きるかもしれないということを意味している。
勿論、実際にそのような真似が出来るかどうかは分からないし、そもそも金の鱗を持つドラゴニアスはレイの手によって死んでいる。
黄昏の槍の投擲を受け流す――金の鱗に被害はあったが――だけの実力を持っていたので、強かったのは間違いない。ないのだが……炎帝の紅鎧を発動したレイにしてみれば、そこには絶対的な差があった。
結果として、ケンタウロス達では本来なら絶対に勝ち目のない相手と戦ったにも関わらず、レイはあっさりと……それはもう、非常にあっさりと勝ってしまった。
だが、それはあくまでもレイだからこそでしかない。
そんな相手だけに、一般的な――と表現するには、個々の差異が大きすぎるが――ドラゴニアスに対する絶対的な命令権の類を持っていてもおかしくはない。
「やっぱり……入っていったな」
そう呟いたのは、一体どのケンタウロスだったのか。
だが、実際にドラゴニアス達が本陣に向かい……火災旋風の存在する灼熱の地獄に自分から入っていったのは、間違いのない事実だ。
そして……運が悪かったらしく、本陣に入った瞬間に近くを通った二つの火災旋風がお互いにぶつかってベーゴマのように弾け、本拠地に入ってきた三十匹程のドラゴニアス全てを飲み込む。
火災旋風だけなら、炎に耐性を持つ赤い鱗のドラゴニアスは生き残れていたかもしれないが、複数のドラゴニアスが一斉に火災旋風に飲み込まれたとなれば、当然のようにそれは味方の身体によって押し潰され、骨を折られ、磨り潰されてもおかしくはない。
ましてや、火災旋風の中には刃物を含めた廃棄された武器も大量に入っている。
もっとも、廃棄された武器……金属の方は火災旋風によって起こされた熱により、既に溶けてしまっている可能性が高いので、武器……いや、凶器という扱いにはならないかもしれないが。
「うわぁ……」
火災旋風に呑み込まれたドラゴニアス達を見て、ケンタウロスの一人が思わずといった様子でそう呟く。
ケンタウロス達にしてみれば、ドラゴニアスというのは怨敵と呼んでもいい存在だ。
それこそ、今まで何人のケンタウロスがドラゴニアスに喰い殺されたのか、分からないくらいに。
だが……それでも、たった今、目の前で行われた光景は、素直に哀れだという思いしか浮かばない。
自分の意思すら奪われたかのような……いや、この場合はようなではなく、実際に自分の意思を奪われているのだろう。
飢えと命令。その二つにより、ドラゴニアスは自分から進んで死に向かう。
自分という意思がないドラゴニアスは、見ている者にしてみれば哀れでしかない。
それが、例え散々ドラゴニアスによって仲間、友人、恋人、家族……それを喰い殺された者であったとしても。
とはいえ、そのように思ってるのは少数派なのは間違いなかったが。
視線の先にある火災旋風が、未だに存在しているのを見て……そのまま数時間、昼すぎになってようやく火災旋風は消滅したのだった。
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