第2266話

 セトの背から飛び降りて、地上に着地する前に発動した炎帝の紅鎧。

 このスキルは、レイにとっては奥義とでも呼ぶべきスキルだ。

 レイの持つ莫大な魔力を最大限有効活用する為のスキルで、それこそ敵と戦う際には極めて強力なスキルとなる。

 そんなスキルを発動し、深紅の魔力を身に纏っているレイを前に、金の鱗を持つドラゴニアスは獰猛な意思の込められた視線を向ける。

 それでも、先程の黄昏の槍の一撃でレイから受けたダメージは大きかった為か、レイを前にしてすぐに動く様子はない。

 ……黄昏の槍の件を抜きにしても、炎帝の紅鎧を発動したレイに対して強力な相手だと認識したという点もあったのだろうが。


「グガガアラララアラァォオォォ」


 レイの存在を警戒しながら、喉を鳴らす金の鱗のドラゴニアス。


「さて……まずは、これだ」


 軽く手を振り、レイは自分の身に纏っていた深紅の魔力の一部を飛ばす。

 そんな深紅の魔力に何を感じたのか。金の鱗を持つドラゴニアスは、その場から素早く跳び退く。

 地面に命中した瞬間、そこには炎の柱が生み出された。

 深炎。

 炎帝の紅鎧を使っている時に使える技の一つ。

 驚くべきは、初めて炎帝の紅鎧や深炎を見たにも関わらず、それを危険な……それこそ、自分でも大きなダメージを受けると判断した金の鱗を持つドラゴニアスが咄嗟に退避したことか。

 本能に従っての行動が現在レイの視線の先で行われていた。


(野生の勘って奴か? ……ともあれ、この勘は戦う上で非常に面倒なのは間違いない。……とはいえ、回避したということは当たればダメージがでかいと判断したのは間違いない筈だ。そういう意味では、効果はあったという話か?)


 一応、といった様子で、レイは炎帝の紅鎧を発動したまま、手を大きく振るう。

 そうして放たれた複数の深炎は、金の鱗を持つドラゴニアス……ではなく、他のドラゴニアスに命中する。

 金の鱗を持つドラゴニアスによって命令された別のドラゴニアスは、動く様子もなく……もしくは単純に動けなかったのかは不明だったが、深炎をまとも受ける。

 瞬間、先程と同じような巨大な炎の柱が生み出され……それこそ数秒という時間で深炎が命中したドラゴニアスは瞬く間に消滅した。


「グオオオオオガアアアアアア!」


 周囲にいたドラゴニアスの一匹が、そんな雄叫びを上げる。

 今の一撃が、飢えに支配されているドラゴニアス達にすら、恐怖を与えたのだろう。

 そう判断し、レイは周囲のドラゴニアス達に視線を向ける。


「去れ」


 威圧の意味も込めてそう告げるが、残念ながらレイのその言葉を聞いても、ドラゴニアス達がこの場から逃げ出す様子はない。

 ……元々レイの言葉を理解していないというのもあるのだろうが、恐らくはそれ以上に金の鱗を持つドラゴニアスの存在が影響しているのだろう。


「グガラアアガガガララガタアァアッァァ!」


 自分が無視されたのが面白くなかったのか、金の鱗を持つドラゴニアスが聞き取りにくい雄叫びを発しながらレイに向かって突っ込んでくる。

 武器を持っている訳ではないが、指先から伸びる鋭い爪は下手な武器よりも危険だというのは、レイにもしっかりと理解出来ていた。


「やるのか?」


 そう言い、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にしたまま、自分に向かって突っ込んでくる金の鱗を持つドラゴニアスに向かって一歩を踏み出す。

 特に緊張した様子もなく……それこそ、どこか散歩にでも向かったのではないかと思えるような、そんな動き。

 だからこそ、レイと相対していた金の鱗を持つドラゴニアスも、鋭い爪をレイに向かって振り下ろすのに躊躇するようなことは全くなかった。

 ……だが……


「甘い」


 炎帝の紅鎧を展開しているレイにしてみれば、その程度の攻撃は特に警戒する必要もない程度の攻撃となっている。

 勿論、だからといって完全に無視出来るといった訳ではないのだが。

 斬っ、と。

 レイが振るったデスサイズの一撃は、容易に……それこそ、信じられない程にあっさりと、金の鱗を持つドラゴニアスの腕を切断する。


「ガギ……?」

「それで終わると思うのか?」


 デスサイズを振るった一撃で切断され、空中を飛んでいた腕が、レイから離れた深炎によって瞬時に燃えつきる。

 それこそ、深炎が着弾してから燃えつきるまでに掛かった時間は、一秒に満たないくらいの少しだ。

 自分の腕が燃やされたということに気が付いたのかどうかはレイにも分からなかったが、そんな中でも金の鱗を持つドラゴニアスが行ったのは、レイに対する攻撃だ。

 右腕を切断された痛みを感じているのかいないのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、痛みを感じるよりも前に、まずは一撃を放つというのを優先したのだろう。

 それはレイにも理解出来た。

 理解出来たからこそ……対応するのは、難しい話ではない。

 元々、レイは非常に高い身体能力を持っている。

 その上で、現在は炎帝の紅鎧によってその身体能力はより高くなっている。

 そうである以上、金の鱗を持つドラゴニアスの攻撃は、他の者ならその動きを目に捉えることが出来ない者もいたのだろうが、レイはしっかりと……それどころか、かなりゆっくりとした動きにすら感じていた。

 自分の喉を目掛けて延びてくる左手の一撃を、黄昏の槍を使って弾く。

 少しだけレイが驚いたのは、黄昏の槍を使って弾かれたにも関わらず、腕の骨が折れるといったようなことがなかったことか。

 炎帝の紅鎧を使った今のレイであれば、それこそ容易に相手の腕を砕くといったような真似は出来てもおかしくはないのだ。

 だというのに、その一撃に耐えたということは……レイにとっては予想外だったが、同時に現在自分が戦っている金の鱗を持つドラゴニアスがただ者ではないということを示してもいる。

 ……もっとも、その一撃で腕の骨を砕かれなかったからとはいえ、それでどうにか出来る訳でもない。

 右腕がない以上、金の鱗を持つドラゴニアスは、次にレイが放った攻撃に対処するのが難しいのは間違いのないことであり……

 斬っと。

 次の瞬間、デスサイズによってあっさりと胴体を切断されて地面に崩れ落ちる。


「……これで終わりなのか?」


 胴体から血や内臓を地面に零れ落としている光景を眺めながら、レイは本当にこれで終わりなのか? と疑問に思う。

 金の鱗を持つドラゴニアスは、確かに強かった。

 それは否定の出来ない事実だ。

 だが……それでも、レイが炎帝の紅鎧を使ったとはいえ、本当にこれでドラゴニアスを率いてた者達を倒したのか? と考えれば、それを疑問に思ってしまうのは当然だった。

 ともあれ、現在の様子を見る限りでは金の鱗を持つドラゴニアスが、他のドラゴニアスを従えていたのは、間違いのない事実でもある。

 だが……それでも、今の状況から考えれば、こんなに簡単に倒せてもいいのか? と、そんな疑問を抱いてしまうのも当然だろう。


「……まぁ、その辺のことは後で考えればいいか。……セト!」


 二つに切断されたドラゴニアスの死体をミスティリングに収納すると、炎帝の紅鎧を解除したレイはセトを呼ぶ。

 この間、他のドラゴニアス達がレイに向かって攻撃してくる様子は一切ない。

 少しくらいは攻撃してもいいのでは? とレイも思わないではなかったが、こうして見る限り、恐らく金の鱗を持つドラゴニアスが行った命令を、しっかりと聞いていたのだろうというくらいは容易に予想出来る。

 とはいえ、だからといってそれをレイがどうこうしようとは思わなかったが。

 そもそも、レイが動かなくても十個の火災旋風による蹂躙は未だに続いている。

 そうである以上、レイがここで何かをするよりも、さっさとこの場から立ち去ってしまった方がいいのは間違いなかった。


「グルルルルルゥ!」


 レイの声に、セトが避難していた場所から近付いてくる。

 真っ直ぐにやってくるその様子を見ると、多分自分のことを心配していたんだろうというのは、レイにも分かった。

 とはいえ、実際にレイが戦ってみたところでは、金の鱗を持つドラゴニアスは、そこまで強力な敵という訳でもなかった。

 ……いや、勿論レイの奥義とも呼ぶべき炎帝の紅鎧を使用したのだから、それで手こずる相手となると、それこそランクS冒険者相当の力を持っているということになるのだろうが。


「心配させたな。取りあえず俺は大丈夫だから安心してくれ。それより、今は早くここから離れた方がいい。火災旋風に巻き込まれたくはないし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、分かった! と鳴き声を上げ、セトはその場から飛び立つ。

 その間、ドラゴニアス達は全く動くようなことはなかった。

 ……それこそ、未だに金の鱗のドラゴニアスからの命令に縛られているのか、それとも単純に炎帝の紅鎧を使ったレイの強さに死を覚悟し、それを解除した今でも自分が動けば殺されると、そう思っているのか。

 その辺りは、レイにも分からなかったが。

 ただ、今の状況で動かないでいてくれるというのは、レイに取っても面倒が少なくなるということで、助かるのは間違いない。

 そのままセトの背に乗ったまま、ザイ達の待っている場所に向かう。

 当初の予想では、それこそ火災旋風によってドラゴニアス達の数を減らし、その後に生き残っているだろう、炎に耐性を持つ赤い鱗を持つドラゴニアスを次々と殺していく予定だった。

 だが、結果としてはレイの予想はいい方に対して外れた。

 金の鱗を持つドラゴニアスを殺しても、他のドラゴニアス達はその命令に従ったままで全く動く様子がなかったのだ。

 一体何を思ってそのようなことになったのかは、レイもかなり気になる。


(多分、飢えという本能に支配されている関係で、上位に位置する者の命令は素直に聞くしかない……といったところか?)


 ドラゴニアスという存在と接した時間は短いが、それでも先程の様子から考えて恐らくそれで問題はないだろうと判断し……丁度そのタイミングで、セトはザイ達が待っている場所に到着する。


「グルゥ」

「ああ、ありがとな」


 ついたよと、喉を鳴らすセトに感謝の言葉を口にしたレイは、地上に向かって滑降していくセトの背からタイミングを見て降りる。


「っと……待たせたな」

「……いや。それよりも、レイが戻ってきたということは、これからどうするんだ? 最初の予定では、まだ生き残っているドラゴニアスを倒すという話だったが」


 そう言いながら、ザイは視線をドラゴニアス達の本拠地に……十個もの火災旋風が未だに暴れ回っている方に向ける。

 元々の予定通りであれば、あそこに向かって攻撃をする必要があるのだが、取りあえずザイは……いや、他の面々であってもあのような場所に飛び込んでいくようなつもりには到底なれなかった。

 レイも当然のようにその言葉には納得出来たので、不満を口にしたりはせずに頷く。

 現在ドラゴニアスの本拠地で起こっているのは、それこそ普通なら絶望の天災とでも呼ぶべき光景なのだから。

 そんな場所に入っていって生き残っているドラゴニアス達を殺すというのは、それこそ自殺行為でしかない。

 炎に強い耐性を持つ赤い鱗を持つドラゴニアスも、炎以外の理由で次々と死んでいるのだから、余計に現在向かう必要はない。


「取りあえず……待機で。あの火災旋風が収まって、それでもまた生きてる奴がいたら、攻撃をするけど」


 そんなレイの言葉に、ザイ達は自分の出番がないのは間違いないと、そう納得する。

 視線の先に存在する状況を見れば、あそこで生き残ることが出来るのかといったように思えた。

 寧ろあの状況で生き残っている者がいれば、それは間違いなく強者か……もしくは、天に愛されているかのような幸運の持ち主ということになるだろう。

 そのような相手が自分達の手に負えるかどうか。

 もっとも、全てをレイに完全に任せるといった真似をするのなら、何の為に自分がここに来たのかというのが分からなくなってしまうのだが。

 だが、それでもあの火災旋風の存在する場所に向かって突っ込んでいくといった真似は、とてもではないが出来ない。


「レイさん、ドラゴニアスを率いてる奴はいたんですか?」


 道案内役としてここまでやって来たケンタウロスの一匹が、そんな風に尋ねてくる。

 何かがいたというのは、ケンタウロス達も気が付いてはいた。

 レイと戦っているらしき、とても普通のドラゴニアスとは違うと思われる存在の鳴き声は、ここまで届いていたのだから。


「いたな。金色の鱗を持っている奴だった。それと、頭から二本の角が生えていた。……強さも、多分相応に強かったと思う」


 そこでしっかり強いと口に出来なかったのは、やはり炎帝の紅鎧を使って倒したからなのだろう。

 微妙に言いにくそうにしながらも、レイは説明を続けるのだった。

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