第2253話
レイが十五日くらいいなくなるという話は、当然ながらそれを聞いていた者達に対して大きな衝撃を与えた。
ただし、ここに集まっている冒険者達はギルドに信頼されている腕利きだけだ。
そうである以上、レイがいないのならいないなりに何とかするということはきちんと考え、実行することが出来る。
そんな訳で、レイがいなくなると聞かされて驚いたのは事実だったが、それでもそこまで混乱するようなことはなかった。
寧ろ混乱……いや、レイが暫くいなくなるということでショックを受けていたのは、ゾゾの方だろう。
他のリザードマン達はそこまでショックを受けた様子はなかったのだが、レイに心酔しているゾゾとしては、そんなに長期間レイと離れるというのは、あまり好ましいことではなかった。
ゾゾだけではなく、ガガもまたレイが暫くいなくなるということで、少し面白くはなさそうにしている。
とはいえ、ガガの場合は自分よりも強い模擬戦相手がいなくなる……というのが、大きな理由だったのだが。
「一応言っておくけど、ダスカー様にはその辺についてきちんと説明するんだよな?」
騎士の方は、レイがいなくなるということに若干の不安を覚えつつも、ダスカーにきちんと説明した後でならしょうがないという思いを懐いている。
『ワウ?』
水狼の方は、レイの言葉の意味を理解しているのかいないのか、特にこれといった様子を見せてはいない。
この世界の言葉を分かる以上、レイが暫くいなくなるというのは、当然分かってはいるのだろうが。
それでも特に何か反応を見せたりしないのは、水狼にとってレイとセトがいなくなるというのは、そこまで大きな出来事ではないからか。
「それで……今更だけど、今日の夕食はどうした?」
微妙になった雰囲気を変えるべく、そう告げるレイ。
だが、その言葉を聞いた者達は揃って微妙な表情を浮かべる。
レイがいない以上、食事は当然のように馬車で補給された保存食の類になる。
唯一の救いなのは、すぐ側の湖では魚が獲れるということだろう。
トレントの森には動物や鳥もいるのだが、生憎と今日は獲ることが出来なかったらしい。
……そのような事情がなくても、異変が起きてレイがいなくなったということで、心配をしている者がいたというのも大きかったのだが。
「適当に食ったよ。たまにはこういう食事もいいさ。レイの料理に慣れたら、これから色々と大変そうだし」
冒険者の一人がそう呟く。
実際、普通なら冒険者というのは、依頼の最中に豪華な……出来たての料理を食べるといったことは滅多にない。
今回のようにどこかの護衛を任せられるといったような依頼であれば、まだそれなりに美味い料理を食うことも出来るのだが、それだってレイがミスティリングから出すような料理と比べると圧倒的に劣る。
そもそもの話、レイがミスティリングに収納しているのは、レイが食べて美味いと思った店の料理なのだ。
味に差が出て来るのは、当然のことだろう。
「俺の料理はともかく……ここにいる面々なら、それこそアイテムボックスの簡易版とかは何とか頑張れば買えるんじゃないか?」
エレーナが持っている物程高性能ではなくても、ギルムの冒険者……それも腕利きの冒険者なら、そのくらいのマジックアイテムは買えてもおかしくはない。
ここにいるような冒険者であっても、懐的には大ダメージとなるのは間違いないだろうが。
「金があっても、すぐ購入出来るような代物じゃないだろ。……金の方が問題だったりもするんだけどよ」
一人の冒険者が言った言葉に、他の者達も同意するように頷く。
アイテムボックスの簡易版は、製造するのも当然のように難しい。
ギルムにいる錬金術師は腕のいい者も多いが、それでも製造するのはまだ難しい。
「その上で、レイの持ってるアイテムボックスと違って、温かいのは温かいままって訳には出来ないしな」
「それはしょうがないだろ」
不満そうに呟いた冒険者に、隣にいた別の冒険者がそう告げる。
レイの食事が美味いというのは、やはり収納されている物は時間が流れないというのが大きい。
簡易版の方では料理を入れても、時間が経てば冷める。
それよりも時間が長くなれば、悪くなりもするだろう。
そうなれば、レイのように暖かい食事を食べるといったようなことは出来ない。
「俺はギルムで買えるようになったら、買おうと思ってるけどな。料理の件は残念だけど、別にアイテムボックスは料理だけに使う訳じゃないだろ? アイテムボックスがあれば、荷物を運ぶのにもかなり便利だし」
その冒険者の言葉を聞き、何人かが同意するように頷く。
冒険者にとって、荷物の運搬というのは大きな意味を持つ。
馬車で移動出来るような場所であればともかく、冒険者がやるような仕事では馬車が入ることが出来ないような場所も多い。
そうである以上、どうしても自分の身一つで移動しなければならず、そういう時はアイテムボックスは大きく役に立つ。
また、モンスターを倒した後で剥ぎ取った素材もまた、アイテムボックスに入れることが出来れば非常に便利なのは間違いない。
レイはそんな風に他の面々とアイテムボックスについて話をして夜の時間をすごすのだった。
……皆、アナスタシアとファナのことを心配していない訳ではなく、今の状況では何をしても意味がなく、ただ無駄に体力を消耗するだけだと理解しているのだろう。
アナスタシアに惚れている男は、強い焦燥感を抱いているようだったが。
「じゃあ、これを頼む」
「分かった。ダスカー様に渡しておくよ」
昨夜、レイ達が話をしている間や、寝た後に書いたのだろう。
少し厚めの封筒をミスティリングに収納する。
周囲の天気は、もう夏と言っても間違いではないくらいに暑くなっている。
まだ朝だというのに、冒険者のうちの何人かは我が物顔で雲一つない空に浮かんでいる太陽を恨めしげに睨んでいた。
それでも湖が側にあるということもあり、昼近くになってもそこまで暑くはならないのだろうが。
そんな面々をよそに、ドラゴンローブのおかげで暑さや寒さを気にしなくてもいいレイは、セトの背に跨がる。
「グルルルルゥ!」
『ワン!』
鳴き声を上げたセトが空に飛び上がっていくのを、水狼が鳴き声を上げて見送る。
セトも仲よくなった水狼からの鳴き声に嬉しそうに翼を羽ばたかせ……レイはその背中の上で、トレントの森に視線を向ける。
(伐採した木の運搬は、冒険者達に任せるしかないか)
現在のレイの仕事の中で、一番忙しいのはトレントの森で伐採した木の運搬だ。
建築材料になる木がなくなれば、増築工事が滞ってしまう。
実際、少し前には木が足りなくなり、現場では大きな混乱を起こしたのだから。
それでも、木の運搬はレイでなければ出来ないという訳ではない。
それこそ、冒険者が馬車で運搬をすれば、問題なく運搬は出来るのだ。
……ただし、当然ながら木の運搬をするとなれば、冒険者達の体力の消耗は激しい。
(やって出来ないことはないって辺り……凄いよな)
レイが日本にいる時にTVで見た時は、伐採した木はクレーンの類を使って運搬車に乗せたりしていた。
それを一人では無理でも何人もであれば、素手でそのようなことが出来るという辺り、この世界の冒険者がどれだけ地球の人間と比べて高い身体能力を持っているかということの証だろう。
……もっとも、その冒険者達もレイにそんなことを言われても嬉しくは思えないと、そう言うだろうが。
(まぁ、それでも結局頑張って貰うしかないんだけどな。そもそも、ギルムの増築工事で俺がいるのが前提になっているって方がおかしいんだし)
頑張って金を稼ぐんだな、と。
そうレイが考えている間にもセトは飛び、あっさりとギルムに到着するとすぐ中に入る。
まず向かうのは、当然のように領主の館だ。
(ダスカー様には、昨日の一件は当然報告が入ってる筈だ。そうなると、何があったのか……特にアナスタシアのことを心配しているのは間違いないだろうし)
騎士時代に世話になった相手というだけあって、ダスカーはアナスタシアに対して色々と思うところがあるのは間違いない様子だった。
だとすれば、昨日の一件を聞けば間違いなく心配しているだろう。
そんなレイの予想を裏付けるかのように、領主の館でダスカーに話があって来たと言えば、すぐにレイはダスカーの執務室に通される。
「来たか」
アナスタシアのことは心配なのだろうが、それでもレイを見ても取り乱した様子がないのは、ギルムという辺境を治めている人物のだけはあるのだろう。
そんなダスカーに騎士から預かっていた手紙を渡し、口を開く。
「はい。早速ですけど、昨日の件です。異変があったという話は聞いてるんですよね?」
「ああ。研究者を連れていった馬車で戻ってきた。……ああ、そうそう。レイと揉めた研究者は首にした」
あっさりとそう告げるダスカーに、レイは頷く。
水狼の件で興奮したのかもしれないが、自分の知識欲の為には相手に危害を加えてもいいと、そんな風に思っている相手とは、とてもではないが友好的な関係を築けるとは思えない。
そのような研究者が首になったと聞いて、安堵したレイだったが……
「えっと、その、一応聞きますけど、首にしたっていうのは物理的に首だけにしたとか、そういうことじゃないですよね?」
ふと気になり、そう尋ねる。
だが、そんなレイの言葉にダスカーは呆れたように口を開く。
「当然だろう。色々と問題はあるが、優秀な研究者なのは間違いないんだからな。……それで? レイの異変というのは?」
「あ、はい。簡単に言えば、トレントの森の地下空間にいたウィスプが暴走しました。いえ、正確には暴走なのかどうかは分かりませんけど、ともあれ何かがあって異世界に繋がる穴が出来たんです」
「……続けてくれ」
異世界に通じる穴と聞いて驚きはしたが、ダスカーがそれを表情に出すようなことはない。
そもそも、ウィスプの能力というのが異世界からの者や物の召喚なのだ。
そのウィスプに何かがあった以上、異世界に通じる穴があったと言われても納得出来るものがあった。
「その穴については、ちょうどそういう空間に干渉して固定するマジックアイテムがあったので、取りあえず問題ありません」
かなり無理がある説明だったが、まさかここで師匠ということになっているグリムに協力して貰ったと口にすることが出来る筈もない。
今までにも何度か師匠から助けて貰ったということにしてあるのだが、それを繰り返せばそこに違和感が生まれるのは当然だ。
基本的に山奥に暮らしているという設定の師匠が、何故こうもレイが困っている時に限ってやって来るのか。
それを疑問に思うのは当然だろう。
……だからといって、都合よくそのようなマジックアイテムを持っているのかと疑問に思われてもおかしくはないのだが。
ただ、レイの趣味の一つにマジックアイテムを集めるというのがあるのは、それなりに有名な話だ。
そうである以上、レイがそのようなマジックアイテムを持っていてもおかしくはない。……若干苦しいというのは、レイも理解出来るが。
ダスカーもそんなレイの言葉に少し疑わしそうな視線を向ける。
それでもレイの話を遮るようなことはなく、話の先を促す。
「それで?」
「取りあえず空間の穴が固定されたので、向こうの世界に行きました。幸い普通に呼吸とかも出来ましたし、ケンタウロスという言葉が通じて友好的な種族とも会うことが出来て……」
そこからレイは、向こうで体験したことを説明していく。
その中でもやはり一番ダスカーの興味を惹いたのは、ドラゴニアスについてだろう。
「ともあれ、そんな訳で俺は明日から暫く……多分十五日くらいになると思うんですが、向こうの世界でドラゴニアスの殲滅に向かおうと思うんですけど、構いませんか?」
「……正直、レイにそれだけ抜けられるのは痛いが、アナスタシアを捜すのに必要なこととなれば、それはしょうがない」
「そう言って貰えると助かります」
向こうで約束してきた以上、もしダスカーが許可を出さなくてもレイはそれを無視して行くつもりだったが、こうして許可を貰えたのであれば、安心して向こうに行くことが出来る。
「それで、ドラゴニアスというのは、一体どのような存在なのだ?」
「死体を持ってきてますけど、見ますか? ……ただ、正直なところかなり不気味な存在ですよ?」
「構わん。向こうの世界とどのような関係になるのかは分からんが、それでも知っておいた方がいいのは間違いないだろう」
そう告げるダスカーにレイは頷き、ミスティリングからドラゴニアスの死体を取り出すのだった。
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