第2235話

 ゴブリンの集落を殲滅した翌日の朝、レイは馬車に乗って去っていく女達を見送る。

 幸いにして、馬車はそれなりの広さを持っていたので、女達は全員が乗ることが出来た。

 それでもかなり窮屈ではあったのだが、女達にしてみれば自分の仲間と密着しているというのは、寧ろ歓迎すべきことだったのか文句は出ていない。


「取りあえずこの件はこれで一段落……か」


 馬車を見送っていたレイの隣で、騎士が何とも言いがたい微妙な表情で呟く。

 騎士にしてみれば、自分がいる場所の近く――歩いて数時間は掛かるのだが――でゴブリンが集落を作っており、更にはどこからか女を連れて来たというのは、思うところがあったのだろう。

 また、昨夜か今日にかけてその件についての報告書を書いたりする必要もあり、非常に苦労をしていたというのが騎士にとって正直なところだった。

 今回の一件においては、それこそ出来ればもう少しゆっくりと事態が進行して欲しかったのだろう。

 もっとも、ゆっくりと事態が進行した場合は、それだけ女達がゴブリンに性的暴行を受け続けていたということになるので、その辺の事情を考えれば今のような流れでよかったのかもしれないが。


「そうだな。とはいえ、集落を率いていた上位種か希少種を逃がしてしまったのを考えると、これで本当に終わりかどうかは分からないけど。……出来れば、新しい集落を作るよりも前に倒しておきたい」


 そう告げるレイだったが、新たなゴブリンの集落を見つけるのは難しいという思いがあるのは、事実だった。


「レイ、そろそろ私とファナを送ってくれない?」

「ああ、悪い。じゃあ行くか」


 騎士と話していたレイにアナスタシアが声を掛ける。

 心配していた女達も無事にギルムに送ることが出来たアナスタシアの頭の中には、既にウィスプの研究についてどう進めるかといったことが考えられてるのだろう。

 そんなアナスタシアの横にいるファナは、切り替えの早さに若干呆れているような雰囲気を醸し出していたが。

 レイはいつものようにセトに頼み、アナスタシアとファナと一緒にトレントの森の中央に向かうのだが……やはり途中で数匹のゴブリンと遭遇し、次々に倒していく。


(集落に帰らなかったのか? いや、そもそもゴブリンの知能を考えると、もしかして集落の場所を覚えてないのか。……普通にありそうで怖いな)


 ゴブリンの知能を考えると、レイが考えたように集落の位置がどこにあるのか分からなくても、不思議ではない。

 そうして集落の位置が分からなくなったから、取りあえずレイ達を見つけて襲い掛かった。

 そう言われても、レイとしては納得してしまう。

 ともあれ、一緒にセトに乗っているアナスタシアとファナからの無言の圧力もあり、レイの振るうデスサイズはあっさりとゴブリン達を殺す。

 そうやってゴブリン達を殺しながら移動し、いつもより若干時間を掛けてレイは二人をトレントの森の中央まで送り届ける。

 昨日までであれば、レイもこのまま一旦地下空間の中に入ってウィスプの様子を確認したりするのだが、今日は水狼の件もあって出来るだけ早く野営地に戻る必要があった。

 とはいえ、昨日一日一緒に行動したことで、水狼がどのような性格をしてるのか……少なくても、この世界の者に敵対的な訳ではなく、寧ろ友好的な存在であるというのは十分に分かっていたが。


「じゃあ、俺は戻るな。また夕方に来るから、それまでウィスプの研究を頼む。出来れば、研究をもっと進展させて欲しいけど」

「無理を言わないでちょうだい。そもそもの話、こういう研究というのは基本的に地味なものなのよ。それくらいは、レイも分かってるでしょ?」

「そうだな。けど、ウィスプの件を考えると、少しでも早くこの件について知りたいと思うのは、当然だろう?」

「そうね。ただ、その辺で研究を急がせると、研究者によってはあっさりとその研究を投げ出したりするから、気をつけた方がいいわよ?」


 まるで自分もそのような研究者であると言いたげな様子のアナスタシア。

 実際にアナスタシアの性格を思えば、強要しても研究を投げ出すような真似はしないだろうというのは、レイにも理解出来る。

 代わりに、研究を急かしてきた相手に対して何らかの攻撃を行ったりといったことをしても、おかしくはなかったが。


「気をつけるよ。ともあれ、研究の件は任せた。俺は野営地に戻るから」


 そう言葉を交わすと、アナスタシアとファナは地下空間に向かう。

 その出入り口を隠したレイは、セトと共に野営地に向かう。


「グルゥッ!?」


 野営地に向かってトレントの森を走っていたセトだったが、不意にその足を止める。

 瞬間、木の上から炎が放たれ、止まったセトの少し前を焼き焦がす。


「何だ!?」


 セトの背中の上でバランスを取りながら、レイは周囲の様子を素早く観察する。

 明らかに攻撃をされたのだ。

 だとすれば、一体どんな相手が攻撃してきたのかと、注意深く周囲を見回し……セトが木の枝をじっと見ているのに気が付く。

 何だ?

 そんな思いでセトの見ている木の枝を見るレイだったが……その木の枝が動いたのを見て、ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍をいつでも振るえるように準備する。


「シャアアアアッ!」

「嘘だろ……全く気が付かなかった」


 そんな鳴き声を上げながら木の枝が……いや、木の枝の振りをしていた蛇のモンスターが動く。

 頭が二つあるその蛇は、間違いなくモンスターだ。

 身体の長さも全長二m程もあり、厄介な相手なのは間違いない。

 そして何よりも厄介だったのは……


『しゃあっ!』


 二つの頭が同時に、炎球を放つ。

 ファイアブレスのような攻撃ではなく、炎で出来た球を放つ攻撃。

 そんな二つの炎球を、セトはその場から跳躍することによって回避した。


「飛斬っ!」


 跳躍したセトの背の上で、レイはデスサイズを振るって斬撃を飛ばす。

 真っ直ぐに飛んだその斬撃は、蛇がいた木の枝を根元から切断することに成功する。


「森の中で炎を使うんじゃ……ないっ!」


 その言葉と共に黄昏の槍が投擲されるが、木の枝諸共に落下していた蛇は、空中で枝を蹴ってその場から跳躍し、黄昏の槍の一撃を回避する。


「やるな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは同意するように頷く。

 木の枝に擬態し、双頭からは炎球を放つという能力を持つ、非常に厄介な敵なのは間違いなかった。


「取りあえず、あの敵は出来るだけ早く倒す必要があるな。……下手に戦いを長引かせれば、最悪トレントの森が山火事になる。いや、山じゃないから森火事か? ちがうな。森林火災だったか」


 そんな言葉を口にしながら、レイは地面に着地した双頭の蛇を逃がさないようにとしっかりその視界に捉える。

 敵がどう攻撃をしてきても構わないように準備をしていると……とぐろを巻いた蛇が、その身体をバネのように使って高く跳躍し、空中で口を開いて炎球を放つ。

 それも先程のように大きな炎球ではなく、細かい炎球を連続して射出したのだ。


「ちぃっ、厄介な真似をしてくれる!」


 魔力を纏ったデスサイズを振るって、小さな炎球を次々と斬り裂いていく。

 双頭の蛇にしても、火球は強力ではあってもそこまで連発出来る攻撃ではないのだろう。

 空中にいる数秒で限界まで炎球を撃ち終わったのか、そのま地面に着地しようとし……


「グルルルルルゥ!」


 セトは地上に降りてくる双頭の蛇に向かって前足の一撃を放とうとし……だが、次の瞬間、蛇は近くにあった木の枝に身体を巻き付かせて落下を止める。

 本来なら前足の一撃が命中するところだったが、双頭の蛇は攻撃を回避することに成功した。

 その動きだけで、双頭の蛇が戦い慣れているというのは、レイにもすぐに理解出来る。

 ……とはいえ、それでもあくまでも普通のモンスターとしてはの話であって、グリフォンという非常に恵まれた種族で、魔獣術でスキルも使え、戦闘経験という点でも強敵との戦いを多数繰り広げていた。

 そんなセトにしてみれば、多少戦い慣れている程度の双頭の蛇は、最初こそその行動に少しだけ驚いたが、落ち着けば対処が出来ない相手でもない。


「グルルルゥ!」


 レイを背中に乗せたまま、セトは地面を蹴る。

 双頭の蛇はそんなセトを迎撃するべく二つの頭から火球を放つが、セトは跳躍して木の幹を蹴り、三角跳びの要領で双頭の蛇に向かって前足を振るい、頭の片方を粉砕する。


「グルルルルゥッ!」


 前足の一撃を放った後で衝撃の魔眼を使い、一瞬だけ双頭の蛇――頭は一つしかなくなっていたが――の動きを止め……


「食らえっ!」


 レイの放った黄昏の槍が、胴体を貫く。


「しゃ……」


 残った頭の一つがそんな声を発し、絶命して木の枝から落ちた。


「ふぅ。いきなりだったな。……まぁ、ギルムの外である以上しょうがないんだろうけど」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。

 ここがギルムの外である以上、いつモンスターに襲われてもおかしくはない。

 実際、ゴブリンを始めとしたモンスターがそれなりにいるのだから。

 それでも、この双頭の蛇は擬態したり火球を吐いたりと、かなりの強敵ではあったが。

 レイとセトだからこそ楽に倒したのだが、もし樵達やその護衛をしている冒険者達が遭遇した場合、結構な被害が出てもおかしくはなかった。


(こういうモンスターがいたって情報は、流しておいた方がいいな)


 前もってどういう能力を持っているのかを知っていれば、いざ遭遇した時に対処するのは簡単……とまではいかないが、それでも何も知らない状況で遭遇するよりも生き残る可能性は非常に高い。


「グルゥ? グルルルゥ、グルルルルゥ」


 双頭の蛇の死体を見て考え込んでいるレイに、セトは解体しないの? と喉を鳴らす。

 そう促されたレイは、双頭の蛇は全長が二m程とそこそこ長いが、一匹だけなのでそこまで解体に苦労しないだろうと判断し、この場で解体していくことにする。

 ……野営地での解体となれば、もしかしたら血の臭いを嗅ぎつけて他のモンスターがやってくる可能性もあったから、というのがこの場合は大きい。

 血の臭いどころか、いつも食事をしているのだからそのようなことは今更であるような気も、レイはしていたのだが。

 ともあれ、双頭の蛇の頭の片方はセトの前足の一撃によって砕かれているので、残っている頭を短剣で落としてから腹を切る。


「うわ」


 嫌そうにレイが呟いたのは、胃の中から溶けきっていないゴブリンの死体が姿を現したからだ。

 取りあえずデスサイズの地形操作を使って作った穴に胃を入れ、他の内臓で素材になりそうな場所はないかと考える。

 生憎とレイはこの双頭の蛇については何も知らなかったし、モンスター図鑑にも載っていなかったので、数秒悩んだ末に心臓から魔石を取り出してから死体はミスティリングに収納する。

 結局現在手元にあるのは魔石が一つ。

 そしてレイは、その魔石をどうするのかは決めていた。


「セト」

「グルゥ?」


 レイの言いたいことが分かったのか、セトはいいの? 鳴き声を上げる。

 だが、レイはこの双頭の蛇を見た時から魔石はセトに使うと決めていたのだ。

 双頭の蛇が使ったスキルから考えて、恐らくは光学迷彩かファイアブレスのどちらかのレベルが上がる筈だった。

 レイとしては、出来れば光学迷彩のレベルが上がって欲しいと期待しながら、セトに頷く。

 流水の短剣で洗った魔石をセトに渡し……セトはそれを飲み込む。


【セトは『ファイアブレス Lv.四』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスの声。

 それを聞いたレイは、惜しい! と思わず呟く。

 勿論、ファイアブレスが外れのスキルという訳ではない。

 炎を放つファイアブレスは、威力も高いし攻撃範囲も広い。

 また、深紅の異名を持つレイの従魔ということになっているセトにとっては、それを周囲に強く印象づけられる。

 それ以外にも、スキルはレベル五になると飛躍的に強化されるのだが、現在はレベル四で後一上がればレベル五となるのだ。

 そういう意味で、今回のレベルアップは決して悪くはない。

 悪くはないのだが……それでも、レイとしては光学迷彩のレベルが上がって欲しいというのが正直なところだった。

 現在の光学迷彩はレベル五を超え、一段と強化される壁は越えている。

 だが、ファイアブレスと光学迷彩のどちらを使う敵が多いのかということを考えれば、やはり光学迷彩の方が多いだろう。


「グルゥ……」


 レイの様子を見たセトが、申し訳なさそうに喉を鳴らす。

 そんなセトに、レイは慌てて問題ないと頭を撫でる。


「取りあえずセトが強くなったのは間違いないんだから、その辺は気にするなって。な?」


 レイの言葉に、セトは安心したように目を細めるのだった。






【セト】

『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』new『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.三』『アイスアロー Lv.四』『光学迷彩 Lv.五』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』


ファイアブレス:高熱の炎を吐き出す。飛竜の放つような火球ではなくブレス。炎の威力はセトの意志で変更可能。

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