第2191話

 欲しいのは情報か。

 そう言われたレイは、ソファに座ったまま頷く。


「ああ。俺が今どんな状況になってるのか、分かるか?」

「知っている。もっとも、全てを完全に知っているって訳じゃないがな」


 ゾラックはハーフエルフらしい短い――あくまでも普通のエルフと比べてだが――耳を触りながら、そう返す。


「そうか。その件について知ってる情報を聞かせて欲しい」

「マリーナさんからの紹介だし、それは構わないが……お前が一番知りたいと思っている違和感については、残念ながらこっちでも把握はしていない。ただ、どういう連中がお前をねらっているのかというのは、分かる。それでもいいか?」

「ああ」


 ゾラックの言葉に頷くレイだったが、若干その中に残念そうな表情があるのは隠せない。……いや、この場合は隠さないと言うべきか。

 そもそも、レイが黒犬のアジトにやって来た最大の理由は自分を狙っている組織の情報を知りたいというのもあったが、それ以上にギルムに来てからの違和感をどうにかしたいと思ってのことだ。

 だが、肝心のその違和感の正体についての情報はないと真っ先に言われ、それをレイが残念に思うなという方が無理だった。

 ……とはいえ、自分を狙っている相手についての情報があるというだけでも助かるというのは、間違いない。


(取りあえず、俺を狙ってる組織を潰してしまえば、この違和感の正体も何らかの動きは見せるだろうし。……そうなれば、どういう手段でこの違和感を与えるのかは分からないが、その相手への対処も出来るのは間違いない。……出来れば、マジックアイテムであって欲しいんだけどな)


 マジックアイテムを集める趣味を持つレイにとって、相手に違和感を与えることで、殺気の類を察知させない、もしくは察知させにくくするというマジックアイテムは、非常に有用で可能なら是非欲しいと思えるマジックアイテムだった。

 レイが戦う中で、非常に大きな効果を発揮するのは間違いなかった。


「レイも気が付いてるとは思うが、レイを狙っている組織は一つじゃない。それこそ、複数の組織だ」

「だろうな。一つの組織が狙ってくるにしては、暗殺の種類が多すぎた」


 直接短剣でレイを背後から貫こうとしたり、毒入りの果実水を使ったり、暗殺者らしくなく正面から姿を現して堂々と襲ってきたり、催眠術か洗脳かは不明だが人を操るといった手段を使ったり。

 ここまで多種多様な暗殺者に、一日で狙われるということを考えると、とてもではないが一つの組織の仕業とは思えない。

 何よりも決定的だったのは、黒装束達とダーブの違いだろう。

 明らかに、黒装束達とダーブは別の組織の者のように思えた。

 ……実際には、一つの組織の中でもお互いに対抗心や敵愾心の類を持っているだけという可能性もあるのだが、レイから見た場合はやはり別の組織の者のように思えたのだ。


「それが分かっていたようで何より。……で、別の組織ではあるが、その組織には一つの共通点がある。それは、全てが春になってからギルムに進出してきた組織だということだ」

「春になってから?」


 訝しげに尋ねるレイに、ゾラックはその通りだと頷く。


「ああ。レイが知ってるかどうかは分からない……いや、その様子だと知らないようだったが、春からギルムは増築工事を始めただろう? その関係で多くの者がギルムにやって来たんだが、その中にはギルムにちょっかいを出そうとしている裏の組織もいた」


 そう言い、ゾラックは現在のギルムの裏について説明していく。

 殆どの組織が壊滅するか撤退するかしてギルムから消えたが、中には運や実力によって無事に生き延びた組織もいると。

 元から何らかの裏の組織と繋がりがあった組織はともかく、そうではない組織で生き残った組織。

 そのような組織が、様々な理由はあるだろうが、異名持ち冒険者として名高いレイを殺すことによって、その実力を周囲に示そうとしているのだろうと。


「……そんな理由で狙われていたのか?」

「そんな理由だ。もっとも、その組織の幾つかは、実際にレイを殺すというのを何者かから依頼されているという情報もあるが……この辺は、まだしっかりと裏がとれていない。もしかしたら、ただのデマという可能性もある」

「そういう連中が本当にいるのなら、それこそ直接そっちを叩けばいいんだろうけど……まさか、デマの可能性もあるのに、そんな真似をする訳にもいかないしな」


 レイにとって、貴族というのは免罪符にはならない。

 自分に敵対してきた相手なら、それこそ最大限に実力を発揮して潰すという選択をすることに、何の疑問も持たなかった。

 だが、だからといって、何の証拠もないのに、ただ怪しいからというだけでそのような真似をする訳にいかないのも事実。


「そうだな。なら取りあえずは、組織の方を攻撃したらどうだ? 向こうの組織も、まさか個人で組織に乗り込んで来るなんて真似をするとは予想もしてないだろうし」


 それは、以前からギルムにいた組織であれば素直に納得出来る行動ではあった。

 同時に、ギルムに来たばかりの組織であれば、レイについての情報は聞いていても、まさか本気でそのような真似はしないだろうと、そう思ってしまう者が多くてもおかしくはない。

 百聞は一見にしかず、ということなのだろう。


「そうだな。やっぱりそれが一番か。……で、俺を殺そうしている組織の情報についは教えて貰えるのか?」

「ああ。勿論黒犬が現在知ってる限りであって、実際にはまだ他にもそういう組織がいるかもしれないがな。……本来なら金貨……いや、白金貨数枚は情報料として貰うところなんだが」


 マリーナさんの紹介じゃ、そんな訳にもいかないと、短く続ける。

 恩人のマリーナからの紹介だけに、ゾラックもレイを相手に無碍には出来ない。

 マリーナも、ある意味ではそれを承知の上でレイに黒犬に行くように勧めたのだろう。


「悪いな」

「ふん。言っておくが、これはお前だからじゃない。マリーナさんからの手紙があったから、こうして情報を教えてるんだ。その辺を勘違いするなよ」

「分かってるよ。そんな風に思わないから、気にするな」


 ゾラックがマリーナをどのように思っているのか。

 レイもそれを知っているから、それ以上は何も言わなかったのだろう。

 マリーナに対して恋慕の想いを抱いているのは、他にも大勢いる。

 目の前にいるゾラックも、ある意味ではその一人だ。

 ……もっとも、ゾラックの場合は異性ではなく姉や母親に対するような想いを抱いている、というのが正確なのだが。


「なら、いい。……ちなみに、マリーナさんはどんな様子だ?」

「今日ここに来る前にマリーナに会ってきたけど、いつも通りだったぞ。精霊魔法で怪我人を治癒してたし。それに、怪我人の多くはマリーナに感謝していたぞ」

「そうか」


 レイの言葉に、ゾラックは満足そうに頷く。

 ゾラックにしてみれば、マリーナが評価されるというのは非常に嬉しいのだろう。


「それで、マリーナの件はいいけど、俺を狙ってるって組織のアジトは?」

「こっちでも全て分かってる訳じゃない。うちの組織は名前はそれなりに売れてるが、結局のところそこまで強いって訳じゃないからな」

「あー……まぁ、そうだろうな」


 レイも、これまで何度となくスラム街に入ってきたり、スラム街の裏の組織と揉めたこともある。

 もし黒犬がそこまで有名なら、その時に名前を聞いてもおかしくはなかった。

 勿論、黒犬がスラム街の住人に慕われているので、裏の組織と何度も揉めているレイに黒犬の情報を与えたくないと思った者が多かったというのも、この話に関係はしているのだろうが。

 寧ろ、スラム街の住人からの好意こそが黒犬という組織の大きな力なのだろう。


「それでもいいのなら教えてやる。……ただし、死ぬなよ。まぁ、心配する必要はないかもしれないが」


 死ぬなというのは、レイを心配しての言葉ではない。

 それこそ、レイを愛するマリーナが悲しまない為だけの言葉だ。


「分かった。任せろ。……よっぽどのことでもない限り俺は……ああ、そう言えば今がそのよっぽどの時なのか」


 違和感があり、それが相手の殺気を覆い隠してる。

 その正体が分からない状況で自分の命を狙っている組織に向かうというのは、それこそ自殺行為以外のなにものでもない。

 だが……レイの性格としては、ここで足を止めるといったことは有り得なかった。

 それこそ、罠があるのなら自分から進んでその罠に掛かりに行き、そして罠を喰い千切る。

 そうするつもりで、レイはゾラックにそう言葉を返す。

 一見すれば、自殺行為でしかない行動。

 それこそ、ゾラックにしてみれば馬鹿な行動と言い切ってもおかしくはなかった。

 ……しかし、その馬鹿な行動をやり遂げるだけの力を持つのが、レイなのだ。

 異名持ちというのは、それだけの実力があるとゾラックも知っている。


「分かったよ。すぐに案内人を呼んでやる」

「いや、別に場所さえ教えて貰えばそれでいいけど?」


 言外に足手纏いはいらないと告げるレイだったが、それを聞いたゾラックはレイの言葉を鼻で笑う。


「ふんっ、スラム街ってのはかなり入り組んでいる。おまけに頻繁に道が変わるんだ。スラム街に精通していない奴だと、迷うだけだろうよ」

「そう言われてみれば……まぁ、否定は出来ないな」


 実際に黒犬のアジトに到着するまでの間に、どのような道を通ってきたか。

 それを思えば、スラム街の道が複雑だというのは間違いなく事実だった。


「だろう? だから、大人しくこっちの用意する案内人に頼れ。マリーナさんに頼まれてるんだからな」


 明らかに、ここまで親切にする理由は最後の一言が示している。

 とはいえ、それはレイも知っているので特に突っ込むようなこともなかったが。


「けど、俺の案内をするってことは、戦いに巻き込まれる可能性があるんだぞ? それを思えば、俺と一緒にいない方がいいと思うんだが」

「安心しろ。レイに比べれば決して強いって訳じゃねえが、取りあえず自分の身を守る程度のことは出来る。レイが戦っている時は、建物の外で待ってるように言っておくから、安心しろ」

「それならいい……のか? 自分の身を守れる程度の実力があるのなら、人質に取られるといった心配もないだろうし」


 レイにしてみれば、敵が具体的にどのような行動を取るのかというのは分からない。

 何よりも、レイを殺そうとして日中から大量の暗殺者達を街中に放つような複数の組織だ。

 それこそ、レイを殺す為に必要なら何でもやりかねない。

 人質をとるくらいのことは、平然とやるだろう。

 だが、自分の身を守れるだけの実力があり、更にはゾラックが保証するのであれば、同行しても構わないと考える。

 ……スラム街の中で一度も行ったことがないような場所に地図なり聞いた情報だけで行けるかと言われれば、自信がないというのがこの場合は大きかったが。


「ちょっと待ってろ。カオノラに用意させる」


 そう言い、ゾラックは部屋を出ていく。

 一人だけでこの部屋に残されたレイは、手持ち無沙汰な様子で部屋の中を見回すが、特に何らかの興味を惹くものはない。

 このような時にお茶なりなんなりがあれば、それを飲んで多少なりとも暇を潰せるのだが……残念ながら、そのような物はない。

 このまま何もしていないままで待つのもつまらないと思ったのか、レイはミスティリングの中から冷たい果実水を取り出す。

 ほどよい甘みと酸味が入り交じり、微かにではあるが果肉が混ざっているその果実水は、レイの舌を楽しませるには十分だった。


「うん、美味いな」

「……美味そうなのを飲んでるな」


 そう言いながら、若干呆れた様子でゾラックがカオノラを連れて部屋に戻ってくる。


「そうだろ? かなり美味い果実水だぞ」

「……果実水で毒を盛られかけたのに、よく飲めるな」


 呆れように言ってくるゾラック。

 その言葉の中にレイとセトを狙った暗殺者についての話題が入っているのは、それだけ黒犬の情報網が広いということなのだろう。


「これは俺が前に買ってこれに収納しておいたものだからな。毒とかの心配はない」

「……アイテムボックスか。それがあれば、別に冒険者なんてやる必要もないだろうに」


 ミスティリングを見せるレイに、ゾラックは呆れの表情でそう告げる。

 実際に、確認されている数の少ないアイテムボックスがあれば、それこそ金を儲けるだけなら幾らでも方法がある。

 ましてや、アイテムボックスの中では時間が止まっているのだから……例えば、現在ミスティリングに入っている、冬にしか獲ることが出来ないガメリオンの肉を売ったりするだけで相当な金額になるだろう。


「何だかんだと、冒険者が天職だからな。他にも色々とやるべきことがあるし」


 魔石の収集については隠しながら、レイはそう告げるのだった。

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