第2184話

 周囲に散らばっている、黒装束の死体。

 レイの振るうデスサイズによって、上下に切断されたり、左右に切断されたりして出来た死体。

 その結果として、周囲に広がっている多くは、惨殺死体と呼ぶに相応しいものが殆どだ。

 当然のように、そうなれば周囲には死体からこぼれ落ちた内臓が地面に散らばっている。

 それでいて、最近は夏に近くなっているだけあって、気温が高くなっている。

 そうなれば、血の臭いだけではなく、内臓の臭いも気温が高くなった影響で周囲に漂う。

 生かして捕らえた者はともかく、そのような死体をどうするのか。

 そんな中で死体を収納すると言ったのが、レイだった。

 レイの持つミスティリングであれば、死体を収納することが出来る。

 また、警備兵達にしてみれば、死体を作ったのはレイなのだから、その死体の後片付けはレイがやって欲しいと、そう思ったのだろう。

 レイとしても、死体をこのまま残しておくのは色々と不味いだろうと判断して、若干渋々ではあったが、その死体をミスティリングに収納していく。

 暑さはともかく、それによって生じる内臓の臭いはドラゴンローブを着ていてもどうにも出来ない。

 その為、可能な限り素早くミスティリングに収納し……やがて周囲に残っていたのは、三尖刀の短剣を持っていた男を始めとして、生きたまま気絶した者達。


「で、この連中はどうするんだ? 一応動く事が出来ないように縛っているし、毒を飲んだり舌を噛み切らないように猿轡を噛ませたけど」

「ちょっと待っててくれ。応援を呼んでくる」


 そう言い、警備兵の中の二人がその場から立ち去る。

 気絶した黒装束達の数は五人。

 そうなると、五人の警備兵では詰め所まで連れていくのが難しい。

 その為に、今よりも多くの警備兵が必要だった。


「ああ、それは分かった。……けど、気をつけろよ。特にその男。黒装束の男達を率いてる様子だけど、かなりの強さだ。お前達では押さえるのが難しい可能性もある」


 レイの口から出た言葉は、間違いのない事実だった。

 ギルムの警備兵は、冒険者が暴れているのを取り押さえるといったことも多い。

 その為、相応の実力が必要になるのだが……それはあくまでも、相応の実力だ。

 三尖刀の短剣を持っていた男の実力は、かなり高かった。

 それこそ、警備兵が想定している普通の冒険者を相手にするつもりでどうにかしようとすれば、容易に返り討ちにあってしまうだろう。

 そのようなことにならないようにする為には、警備兵の中でも腕利きの者が対処するか、もしくは何人もで対処するか。

 レイの説明に、この場に残った三人の警備兵は厳しい表情を浮かべてそれぞれ頷く。


「分かった。レイの助言はしっかりと上に伝える。……にしても、何だって今日に限ってこんなに騒動ばかり起きてるんだ?」

「それを俺に言われても、正直なところ困るぞ。ちょっと前に他の警備兵にも言われたけど、別に俺が何かをして今回の事態を招いた訳じゃないんだしな。……少なくても、最近は裏の組織に喧嘩を売ったりとかはしていない」

「普通に生きてれば、そもそも裏の組織に喧嘩を売るなんてことは、まずないんだけどな」


 縛られている黒装束達を眺めながら、警備兵の一人が呆れたように言う。

 実際、裏の組織に喧嘩を売るということは、今回のように暗殺者を送られてくるという危険がある。

 そこまでいかなくても、何らかの脅しのようなことをされる可能性もあった。

 その辺の事情を考えれば、裏の組織に喧嘩を売るというのは自殺行為に等しい。

 ……もっとも、この世界はレイが知ってる日本とは違い、質より量ではない。

 いや、正確には一定のラインまでであれば、質より量というのは間違っていないのだが、その一定のラインを超えた場合は、質が量を凌駕するのだ。

 そしてギルムという場所には、レイに限らず一定のラインを超えた者も相応にいる。

 そのような者達であれば、裏の組織との戦いであっても、対応は可能だ。

 ……そして、レイがまさにその典型だった。


「その辺は俺じゃなくて裏の組織に言ってくれ。……とはいえ、俺もギルムにいる裏の組織とはそれなりに友好的にやれるようになってきたと思うんだがな」


 それは大袈裟な話ではなく、紛れもない真実だった。

 今までレイとぶつかった裏の組織は、軒並み大きな被害を受けている。

 運がよければ、本格的にレイとぶつかるよりも前にギルムから撤退するようなこともあったが、そのような者達はほんの少数だ。

 結果として、裏の組織としてもレイにちょっかいを出しても割に合わないと判断し、可能な限りレイと敵対をしないというのが暗黙の了解となった。

 はっきりと契約を交わした訳ではないので、レイも恐らく向こうはそういうつもりなんだろうなということしか分からないが、それでも最近はそれなりに上手くやってきたのは間違いない。

 だというのに、今日に限っていきなりこれだ。


(今もあるこの違和感を生み出すマジックアイテムか、スキルを使える人材を手に入れて、俺に攻撃してきたとか? けど、それにしては……この黒装束達とダーブでは、全く違う感じだしな)


 黒装束の方は、いかにも暗殺者だったり、裏の組織の人間だったりといった様子を見せるが、風船のような体型で顔に化粧をし、どこかピエロを思わせるダーブは、明らかに目立つ。

 ……セトとそれなりにやり合っていたのだから、技量の方も相当に上だろう。

 少なくても、レイが戦った黒装束達や、三尖刀の短剣を持つ者よりは上のように思えた。


(あるいは、あのダーブがこの違和感の正体なのか? ……うーん、一度スラム街の方に顔を出してみるか。そうすれば、組織の方から接触してきて、事情を理解出来るかもしれないし)


 何らかの理由があって敵がいるのなら、その根本を根絶してしまえばいい。

 また、スラム街であればレイに敵対的な者もいるが、ギガント・タートルの解体の件で恩を感じて友好的に接してくれる相手もいる。

 そうである以上、情報も集まりやすいのでははないか。

 考えれば考える程に、このままギルムの中を歩き回って敵を誘き出すよりは直接スラム街に行った方がいいような気がしてきた。


(よし。この連中を警備兵に預けたら、スラム街に行ってみるか。向こうが敵対してきたのなら、こっちも相応の態度で接すればいいだけだし)


 スラム街での戦いに思いを馳せつつ、レイは裏の組織ともなれば何らかのマジックアイテムの類があってもおかしくないのではないか? と、そう打算も働かせる。

 それが迷惑料になるのか、それとも殲滅したあとのお宝になるのか。

 その辺は、レイにもまだ分からなかったが。

 ともあれ、上手い具合に動けば裏の組織が持っているマジックアイテムを入手出来る可能性が高いと判断したレイは、次の行動を決める。

 ……実際にレイを襲ってきている暗殺者達は、ギルムの増築工事に紛れるようにして入ってきた裏の組織のうち、ギルムに元からあった組織とは何の繋がりもなく、それでいて自然淘汰されることがないまま生き残った組織の者達だ。

 昔からギルムに存在する裏の組織の者達にしてみれば、レイがやってくるという時点で大きな誤算ですらあった。

 自分達が関係ないところで起きた一件で、何故レイの訪問を……いや、ある意味で砲門を受けなければならないのか、と。

 もしそのことを知れば、半ばパニック状態になってしまっただろう。

 もしくは、自分達の都合をこちらに押しつけるなと、今回の一件を起こした新興の組織を攻撃する可能性すらあった。


「レイ? おい、まさか……何か妙なことを考えたりはしてないよな?」


 レイと話していた警備兵が、今までの話の流れからレイが妙なこと……裏組織の襲撃といったことを考えているのではないかと、そう疑問を抱く。

 警備兵としては、裏の組織などというものは好きになれない。

 なれないが……その裏の組織が存在しているからこそ、ギルムの中で起こる犯罪がある程度抑制されているというのも、間違いのない事実なのだ。

 もし裏の組織がない場合、スラム街に住むような者達は、それぞれに自分の考えで犯罪を行い、その結果として被害は無駄に広がってしまう。

 だが、裏の組織がスラム街の住人の中でも、そのような者達を引き込み、上手い具合に使って暴走させていないのだ。

 だからこそ、警備兵としてはレイと裏の組織がぶつかり合うことによって、裏の組織が大きな被害を受けることを危惧していた。

 ……裏の組織とレイ個人がぶつかって、それで大きな被害を受けるのが裏の組織だと判断している辺り、警備兵もしっかりとレイの実力を理解しているのだろう。


「そう言ってもな。こうして暗殺者を送られてくる以上、防戦一方ってのはちょっと面白くないんだよな」

「いや、面白い面白くないで行動を決められても、こっちは困るんだが。それに……」


 少し呆れた様子でレイに言った警備兵だったが、表情を変えて黒装束達に視線を向ける。

 その意味ありげな様子に、レイは疑問を抱く。


「それに? 何かあるのか?」

「いや、この黒装束達……こうして服装が統一されているような者達がいれば、噂になる筈だ。実際、こっちでもその手の者達は幾つか知ってるしな。けど、こいつらのような服装は見たことがない」

「……何? じゃあ、こいつらは裏の組織じゃないのか?」

「いや、暗殺なんて真似をしてるんだから、その辺は間違いないだろう。だが、少なくても俺が知ってる裏の組織でないのは、間違いない」


 そう言われたレイは、改めて黒装束達を見る。

 とはいえ、今まで何度か裏の組織と揉めたことはあるレイだったが、だからといって裏の組織全般に詳しい訳ではない。


(マリーナなら、その辺詳しいか?)


 このギルムでギルドマスターとして長年働いてきたマリーナだけに、色々とギルムについての情報は持っていてもおかしくはない。

 それこそ、裏の組織と冒険者が何らかの理由でぶつかるということもある以上、その辺りの情報は必須だろう。


(ただ、マリーナでもこの違和感の件は理解出来ないだろうな。そうなると、やっぱり暗殺者達の上の連中に直接聞いた方が……いや、この連中はギルムの組織の人間じゃないのか。そうなると、一体どこから……何をしにわざわざギルムまでやって来たんだ? いや、俺を殺す為か)


 ギルムの住人以外で、自分を殺そうとする者がいるのは、レイも理解していた。

 いや、ギルムにいる貴族……中立派を率いるダスカーの治めるギルムで情報を集めたり、ミレアーナ王国唯一の辺境という場所から様々な情報や素材を入手する為に派遣されている国王派や貴族派の貴族達が妙なことを考えないとも限らない。

 そもそもが当主になれない次男や三男といった者達が派遣されてくることが多いのだが、そのような者達だけにここで何らかの手柄を挙げて凱旋するということを考える者もいる。

 そのような者達にとって、レイというのはある意味では格好の獲物なのだ。

 ……もっとも、下手に獲物に食らいつこうとした場合、逆に食われることになるのだが。


「おーい!」


 レイが悩んでいると、不意にそんな声が聞こえてくる。

 声のした方に視線を向けると、そこにいたのは十人以上の警備兵達。

 その中には、レイがギルムに入る時に門番をやっていて、ダーブが大道芸人をやっていた場所で襲われた時や、毒入りの果実水を売っていた屋台の時に来てくれた警備兵もいる。

 増築工事をやっている現在、警備兵はかなり忙しい。

 それこそ、街中の見回りにまでは手が及ばずに冒険者に頼んでいるくらいには。

 そんな中でこうして十人以上もの警備兵がやって来るというのは、それだけレイが暗殺者に狙われているのを重要視しているということなのだろう。

 ギルムで行われている増築工事において、レイがどれだけの役割を果たしているか。

 それを知っていれば、このようなことになるのは当然だろう。


「全く、随分と今日は忙しいみたいだな」


 レイに向かって、そう言ってくるのは今日何度も顔を合わせている警備兵だ。

 さすがにこう何度も襲われると、レイを心配するよりも呆れの色の方が強くなるのだろう。


「そうだな。随分と忙しいよ。取りあえず、この連中の処理が終わったらマリーナに会いに行ってこいつらの情報が何かないか聞いてこようと思ってるけど」

「……なるほど、マリーナさんか」


 警備兵がマリーナの名前に納得したように頷く。

 ギルムで警備兵をやっている以上、当然ながらマリーナについては知っている。

 寧ろ、マリーナ程の美女をギルムの男で知らない方がおかしいだろう。

 そんなマリーナとパーティを組み、更にはその家に現在は住んでいるというレイに……警備兵は、嫉妬の視線を向けるのだった。

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