第2180話

 大道芸人、屋台。

 一日のうちに二度続けて暗殺者に襲われたレイだったが、特に気にした様子もなくセトと一緒に街中を歩いていた。

 普通なら、二度も続けて暗殺者に襲われるといったことになれば、周囲全てを警戒していてもおかしくはない。

 それこそ、歩くのにもどこから武器が飛んでくるのかと気を遣い、もしくは他人とすれ違うだけでもそれが暗殺者であるかもしれないといったように。

 レイも、セトがいなければ、そこまで極端ではなくても周囲を警戒していたかもしれない。

 だが、相棒のセトがいるので、現在はそこまで周囲の様子に神経質になる必要はなかった。

 ……とはいえ……


「グルルルルゥ」


 レイは警戒に喉を鳴らしているセトを撫で、落ち着かせる。

 続けて二度暗殺者に襲われたということは……そして一度目はレイに攻撃する前に暗殺者を倒すことが出来なかったというのは、セトにとってショックだったのだろう。

 実際、一度目の襲撃の時はドラゴンローブがあったからこそ、レイは特に問題がなかったのだ。

 もしレイがドラゴンローブを着ていなければ……短剣の一撃を防ぐのは難しかった可能性はある。

 もっとも、ドラゴンローブを着ているから、幾らかレイが油断していたというのも事実だ。

 数百年を生きた竜の素材を使って作られているドラゴンローブの性能を信じているからこそ、幾らかレイも油断していたのだろう。

 とはいえ、それでもレイに攻撃を当てることが出来たというのは凄いのだが。


「セト、もう少し落ち着けって。敵がどんな手段に出て来るのか分からない以上、いつまでも気を張っていたら疲れるぞ?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に納得出来ないといった様子を見せるセト。

 セトにしてみれば、何故暗殺者に狙われているレイは、そこまで気楽でいられるのかという、そんな疑問を抱く。

 そんなセトを撫でながら、レイは言葉を続ける。


「実際、さっきの屋台では毒入りの果実水を飲む前に、セトが止めてくれただろ? なら、セトがいれば敵の心配は必要ないだろ」

「グルゥ? グルルルルルゥ、グルゥ」


 セトは少しだけ嬉しそうにしながら、それでも油断がないようにと周囲の様子を確認する。

 街中を歩いているので、当然のように周囲には他の通行人がいるのだが、今はセトを愛でたいと近づいてくる者はいない。

 レイとセトの様子を見て、今は仕事中だからというのが分かるのだろう。

 子供達がいれば、先程のようにそのような事を気にせずにセトに遊ぼうと言ってくる者もいないとは限らないのだが……幸いにして、周辺に子供の姿はない。

 そんな状況の中で歩いていると……


「おー、これがセト? 本当? うわっ、凄いな。ギルムにやって来て早速セトを見ることが出来るとか、俺達って運がよくね?」

「そうそう、運がいいって。だからこそこうしてモンスターとか盗賊に襲われることもないまま、ギルムに到着したんだし」

「あたし達なら、盗賊が出ても平気平気。それこそ盗賊を倒して儲けられるって」


 唐突に三人の男女がレイとセトに近づき、そう言ってくる。

 まだ若い――それでもレイよりは年上に見えるが――男女三人は、その言葉通りギルムにやって来たばかりなのだろう。

 そうでもなければ、今のレイやセトに近づこうとは、普通なら思えない。

 にも関わらず、こうして無遠慮にセトに近づき、騒いでいる光景は……普通に考えれば、自殺行為でしかない。


「ちょっ、おい。あれ止めなくてもいいのか? 今のレイとセトは……」

「話を聞く限りだと、ギルムに来たばかりの人みたいだけど……ちょっと、本当に止めた方がいいんじゃない? セトちゃん、見るからに不機嫌になってるわよ?」

「そうだな。セトを怒らせるような真似はしたくない。今すぐ行ってくる!」


 そんな会話が何ヶ所かで行われ、何人かがセトにちょっかいを出している三人を止めようと、動き出す。


「おい、お前達。今レイにちょっかいを出すのは止めておけ。見るからに仕事中だろ」


 男の一人が、三人組の男女にそう声を掛ける。

 だが、忠告された三人の男女は、声を掛けてきた相手に鬱陶しそうな視線を向ける。


「何だよ、俺達が誰かに迷惑を掛けたのか?」

「いや、だから迷惑を掛けようとしてるだろ。お前達も冒険者なら、レイの真剣な様子が分かる筈だ。見るからに今は仕事中なんだから、迂闊に手を出すのは止めておけ。それに、レイを怒らせるとろくなことにならないぞ」

「うるせーなぁ。別に俺達のことはあんたには関係ねえだろ? それとも何だ? もしかして喧嘩を売ってるのか?」


 男のことが苛立たしくなってきたのか、三人組の男女達の視線は時間が経つに連れて険悪な色となってくる。

 そんな男達に、話し掛けた冒険者はどうするべきか迷う。

 実力的には、目の前の三人は決して強くはない。

 この態度から三人は自分達の実力に自信はあるのかもしれないが、少なくとも話し掛けた男は目の前の三人を同時に相手にしても、多少苦戦はするかもしれないが勝てるという確信があった。

 だが、三人組の方は、相手の実力を見抜くことは出来ない。

 いや、もしかしたら実力を見抜くことは出来ているのかもしれないが、このような場所で実力行使をしないと考えているのか。

 ともあれ、三人組の男女は話し掛けてきた相手を侮るような態度を取っている。

 周囲で様子を見ている者達は、そんな三人組に呆れの視線を向けている者が多い。

 ギルムにいる冒険者としては、明らかに実力不足だと理解しているのだろう。

 もっとも、増築工事が行われている現在のギルムでは、本来ならギルムに来ることが出来ないような冒険者も多く集まっている。

 結果として、現在のような事態が起きるのはここ最近では珍しいことではなかった。

 ……珍しくはないのだが、今回の場合は三人が絡もうとしているのがレイとセトであるというのが大きい。

 これが普通の時……それこそ、レイがセトと共に屋台の食べ歩きをしていたりとか、散歩をしているような時であれば、レイもまたそんな相手にそこまで厳しく当たったりはしないだろう。

 だが、今のレイは、周囲にいる者達が見る限り、かなりピリピリとした雰囲気を放っている。

 そんな状況で相手を侮るような態度で接した場合、この三人組はどうなるか。

 それは、考えるまでもなく明らかだろう。


(もう、この連中には関わらない方がいいんじゃないか? 折角助けようとしてるのに、自分から地獄に向かって突っ込んでいくような奴だぞ?)


 三人組を止めようとしていた男が、そんな風に思ってしまう。

 この様子では、それこそ幾ら止めようとしたところで、話を聞いたりはしないだろう。

 そんな相手を守る為に、何故自分がこのような面倒な連中と絡む必要があるのかと。

 そう思うのは、おかしな話ではない。


「あー……分かった。俺はもう何も言わない。その代わり、自己責任だってのを忘れるなよ」


 結局男はこの三人組に言い聞かせるのは絶対に無理だと判断し、そのまま踵を返す。


「いやっほう! 見たか? 見たか、見たか、見たか? ギルムの冒険者つっても、俺達に掛かればこんなもんよ」

「おう、見た見た。いやぁ、俺達って本当にすげえな。これだと、もしかして俺達がいずれギルムの冒険者の頂点に立てるんじゃねえか?」

「きゃはははは。それいい。最高。このギルムって結構いい場所だし、あたし達が上に立てば皆が感謝してくれる筈よ」


 聞こえてくるそんな声に、周囲で様子を見ていた者達はどうしようもないといった気持ちを抱く。

 また、先程まで三人に話し掛けていた男は、周囲の冒険者達にお前はよくやったと、そう肩を叩かれる。

 ギルムに来たというだけで、自分達が凄い冒険者であると思う者は決して少なくない。

 ましてや、今は増築工事の件で多くの冒険者が集まっているので、そのハードルは下がっている。

 だからこそ、この三人組のような存在も現れたのだろうが……


(哀れだな)


 三人組を見て、多くの者が思うのはその一言だけだ。

 だが、三人組はそんなことには気が付かず、自分達の方に近づいて来たレイとセトに視線を移し、ギルムの支配者となるべき者の力を周囲に見せつけてやろうと判断し……


『ひぃっ!』


 一瞬にして、その思いは打ち砕かれた。

 レイとセトに視線を向けられた、その一瞬で。

 いきなり自分達に近付いて来た相手。それも、見覚えのない人物。

 そうである以上、レイはてっきりその相手はまた暗殺者ではないかと思ったのだ。

 それはレイだけではなくセトも同様で、全く知らない相手が近付いてきたので、敵ではないのかと、そう思ってしまった。

 それだけではなく、セトの場合はその本能で三人が自分に向ける悪意を感じていたというのも大きい。


「何か用か?」


 一応、といった様子で尋ねたレイに、三人の男女は揃って首を横に振る。

 直接レイに接したことにより、ようやくレイとセトは自分達ではどうしようもない相手だと、それこそ下手に怒らせれば自分の命に関わる相手だと理解したのだろう。

 三人揃って腰を抜かし、地面に尻餅をついてすいませんでした、ごめんなさい、もう調子に乗りませんと、必死になって謝っている。


「……どうしたんだ、これ?」


 レイとしては、そこまで強烈な殺気を叩きつけたつもりはない。

 それこそ、相手が妙な真似をしないようにという牽制と、もし暗殺者だった場合にすぐ対処出来るようにしながら、尋ねただけだ。

 だというのに、何故いきなりこのようなことになるのか、それが全く分からなかった。


「あー、いい。気にするな。その連中はギルムにやって来たばかりで、それも能力的にはそう高くない。けど、ギルムに来たって事実だけで、万能感に酔ってたんだ」


 そう言われ、レイは呆れの視線を三人に向ける。

 だが、取りあえずこの三人は暗殺者ではないだろうと判断し、近くで未だに警戒しているセトを手招きして呼ぶ。


「この三人は問題ないようだし、他の場所に行くぞ。……出来れば、あまり人が多くない場所の方がいいんだけど、今のギルムでそれは少し贅沢か」


 暗殺者が襲ってくる危険がある以上、出来れば人のいない場所に行きたいというのが、レイの正直な思いだった。

 今までは、後ろから短剣で狙ってきたり、自分とセトだけを毒で狙ってきたりといった具合に、周囲に被害は殆どなかった。

 だが、それはあくまでも今まではの話。

 もし敵がレイだけをピンポイントで殺そうとして、それが無理だと判断したら……それこそ周囲にいる人々にも被害を与えるような攻撃をしてくる可能性があった。

 周囲の人々が邪魔をすれば、レイやセトも本来の実力を発揮出来ない。

 そんな風に考えて周囲にも被害が出るような、何らかの攻撃をしてくる可能性がある。

 広範囲攻撃というのは、炎の魔法を得意とする――正確にはそれしか使えない――レイがよく使うのだが、自分が使われる方になってみた場合、かなり厄介な代物だ。


「人のいない場所? うーん、それならちょっといい場所があるけど?」


 レイの独り言を聞いたのか、話していた冒険者がそう告げる。

 まさかいきなりそんなことを言われるとは思っていなかったレイは、驚きつつも話の先を促す。


「いい場所? それって、どのくらい人の数が少ない場所だ?」

「さっき俺が見た時は、一人もいなかったな。ただ、あくまでも俺が見た時だけだから、今は多少なりとも人がいるかもしれない。それでも、多分少ないと思うけど。……それにしても、有名人も大変なんだな」


 レイが人のいない場所を探しているのは、一人で……いや、一人と一匹でゆっくりしたいと思ったのか、男はしみじみと呟く。

 実際にはその理由は大きく違うのだが、今の状況でそれを言ってもどうにもならない。

 それよりは、寧ろ勘違いさせておいた方がいいのは、事実だった。

 

「そうだな。色々と大変なんだよ。だから、誰にも見つからないでゆっくり出来る場所を知ってるのなら、教えてくれないか?」

「ああ、いいぞ。セトには……いや、レイには無理をして欲しくないからな」


 最初に口に出したセトには無理をして欲しくないというのが、男の正直な気持ちではあったのだろう。

 レイにもそのくらいは予想出来たが、わざわざ向こうが勘違いをしてくれているのだから、ここで自分がわざわざ何かを言う必要もないだろうと判断し、頷く。


「それで、場所は?」

「向こうの方で……そうだな、ここから真っ直ぐ行って……」


 男から詳しい事情を聞くと、レイは早速セトと共にその場所に向かおうとし……未だに腰が抜けた状態で地面に座り込んでいる三人に声を掛ける。


「次からは、他人の忠告はきちんと聞いた方がいいぞ」


 レイと親しい者であれば、『お前が言うな!』と声を揃えて叫びそうなことを言うのだった。

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