第2174話
フランソワは、差し出されたダーブの手を取らないという選択肢はなかった。
自分だけでは、どうやってもレイに勝てるとは思えない。
そうである以上、この建物の中にいる者達……それこそ、フランソワよりも強い者がいる裏の組織から派遣されてきた者に頼る必要があったのだ。
フランソワが自分の手を握ったのを見て、ダーブは笑い声を上げる。
「ふぉふぉふぉ。私の手をとってくれて、ありがとうございます。今回の一件においては、色々と大変なことがあるでしょうが……それでも、お互いに頑張りましょう」
「……そうね。そう言ってくれると、私としても嬉しいわ」
ダーブにそう告げるフランソワだったが、本人が心の底からそれを望んでいる訳ではないというのは、フランソワの表情を見れば明らかだ。
だが、ダーブはそれを承知の上で、何も言わない。
実際、レイの命を狙うというのは、一人でも多くの……それも強者の手が必要なのだ。
そうである以上、フランソワが嫌々だろうと何だろうと、自分達に協力してくれるというのは、非常にありがたいことだった。
だが……様々な組織から派遣されてきたが故に、中にはそんなフランソワの態度が気にくわないと思う者もいる。
何しろ、ここにいるのはギルムという辺境……いや、魔境とも呼ぶべき場所に進出し、それでも駆逐されなかった組織から派遣されてきた者達だ。
当然のように組織の中でも腕利きで……同時に我の強い者が多い。
そのような者にしてみれば、フランソワの態度が気にくわないし、何よりも自分達はバックがいるのに、フランソワはそれもいないのに――無理矢理当て嵌めるとすれば見つけてきたダーブか――この場にいるというのが、面白くない。
「おいっ、その態度は何だ! てめえはここにいる中でも一番の下っ端だろうが! 自分の立場を弁えてるのか!?」
そう叫んだのは、黒装束を身に纏っている男。
……こうして気が荒いのは、元々の性格もあるが、それ以上に男の部下達がレイによって捕らえられてしまったというのが大きい。
湖の偵察に向かったのだが、そこにレイがいたのが大きかった。
しかも捕らえられた仲間を助け出そうとした者達までもが捕まったり殺されたりといったことになっているのだ。
裏の組織というのは、実力もそうだが面子も大事だ。
そういう意味では、この男の組織はレイによって実力に疑問を抱かれ、面子も思い切り潰された形となっている。
自分の組織に愛着があるだけに、男にとって自分の組織が侮られている今の状況は、決して面白いものではない。
そのような状況でフランソワのような、気の合わない奴が出て来たのだ。
それに対して、冷静に対処しろというのは無理だった。
フランソワの方も、ここで自分が引き下がればこれから先はずっと侮られたままとなる。
これからのことを考えると、フランソワとしてはそれは絶対に受け入れられない。
「別に私は下っ端になる為にここに来た訳じゃないわ。レイの首が欲しいから来たのよ。少なくても、貴方程度の男にどうこう言われる筋合いはないわね」
「ほう」
フランソワの言葉を聞いた黒装束の男は、言葉に暴力の臭いを強く滲み出させながら、小さく呟く。
元々気の長い方ではない男だけに、もしここでもう一押しがあれば、ここで戦いが始まるだろう。
……いや、ここに集まっている者達のことを考えれば、戦いではなく殺し合いと表現するべきか。
ともあれ、今の状況はまさに一触即発といったところだったのだが……
「そこまでにして貰いましょうか」
そう、声が響く。
その声を発したのが誰なのかは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。
部屋の中にいた者たちの視線が、声を発した人物……ダーブに向けられる。
ダーブの様子は、今までとあまり変わらない。
それこそ、今回の一件で集まった時と違いはないように思える。
だが……それはあくまでも表向きのことだ。
一流の暗殺者達にしてみれば、ダーブの放つ気配は僅かにだが……確実に変わっていた。
今の状況を思えば、そんなダーブが本気を出せば一体どうなるのか。
ここに集まった者の中でも、間違いなくトップクラスの実力を持つと、誰もが認めてしまった。
いや、ダーブという人物の経歴を少しでも知っていれば、それこそ最初からダーブがこの中でトップクラスだろう。
……トップクラスでトップではないのは、やはりそれぞれが自分の実力について一定の自負を持っているからか。
「レーベルセスの丘……か」
この場に集まっていた男の一人が呟く。
フランソワはその言葉がどのような意味を持っているのかは分からなかったが、フランソワ以外の面々はその言葉の意味を十分に理解していたのだろう。
表情を厳しく引き締め、ダーブに視線を向ける。
その視線を向けられたダーブの方は、周囲の様子を全く気にせずにフランソワと黒装束の男に視線を向けるだけだ。
「私達がここに集まったのは、あくまでもレイの……深紅のレイの首を取る為です。それを忘れるような人は、いませんよね?」
風船のような体躯をしているとは思えない程、身軽に跳躍を繰り返しながらダーブが告げる。
ダーブの口から出たその言葉は、聞いている者に頷くという選択肢以外を与えないような、そんな不思議な力を持っていた。
「そうね。だからここで無意味な争いをするべきじゃないわ。もし相手を見返したいのなら、それこそ深紅を倒して実力を認めさせればいいだけでしょ」
女の一人がそう告げると、不思議と周囲に漂っていた空気が幾分か楽なものになる。
そんな様子を見て、ダーブは口を開く。
「さて、そのような訳で早速本題に入りますが……この場合、問題なのは深紅がギルムにいないということですね」
「ああ、何でも最近は生誕の塔とやらで寝泊まりしているらしいな」
そう告げた黒装束の男は、再び湖の様子を探りに行った部下達のことを思い出したのか、舌打ちをする。
だが、そんな黒装束の男には構わず、男の一人が口を開く。
「でも、僕が聞いた話だと、毎日のようにギルムには戻ってきてるらしいよ? トレントの森で伐採された木を持ってきたり、領主の館に行ったり」
「そうだな。……うちのところの連中も、その時に仕掛けて失敗したよ。相手を油断させる演技はかなり上手かった筈なんだが」
はぁ、と。男の一人が言えば、別の男も自分の組織の中でも下っ端が捕まったと嘆く。
「あらまぁ、何だかんだと皆さんの組織は結構な被害を出しているんですね。私の組織はまだ情報を集めている最中だったので、被害は出ていませんが」
「けっ、鈍いから被害を免れただけだろうが」
黒装束の男が被害を出していないと言った女に聞こえるように呟くが、女の方はそんな言葉を特に気にした様子もなく聞き流す。
「それで、どうします? こうして各組織の腕利きが集まったんですし、出来れば全員で協力したいと思いますが」
「馬鹿を言うでない。これだけの人数が集まって、それで皆が協力出来ると思うてか? それこそ、下手に被害が大きくなるだけであろう」
中途半端な腕を持つ者であれば、ある程度は協力するといった真似が出来るかもしれない。
だが、ここに集まっているのは、いずれもが一流と呼ぶに相応しい腕を持つ者達だ。
つまり、自分独自の戦い方が存在している。
そのような者達が下手に協力しようとしても、それこそお互いの実力が発揮出来ないだけだ。
そう告げる男の言葉に、話を聞いていた者達の多くが頷く。
「なら、何でわざわざこうして集まったんだ?」
「それは考えるまでもないだろ? 仕掛けるのは別々でも、それで偶然遭遇した時に同士討ちをしないように。……来る前に聞いてなかったのか?」
それぞれが協力してレイを襲うのではなく、それぞれが襲う時にこの場にいる者の邪魔をしない。
また、レイについての情報を各自で持ち寄る。
これは、その為の話し合いの場だった。……ダーブがフランソワを連れてきたことで、色々と流れが滅茶苦茶になったが。
「そう言えば、そんなことを聞いた覚えが……でも、レイの情報だろ? 何だかんだと、結構広まってるんだよな。それこそ、中には突拍子もない噂とかあるし」
「あー、うん。レイって有名になり出したのはここ数年だろ? その数年であっという間に深紅の異名持ちになって。……厄介だよな」
「聞いた話だと、魔法使いの弟子として修行してたのよね? セトもその時に手に入れたとか何とか。……どうやればグリフォンを入手出来るのか分からないけど」
それぞれがレイや深紅といったように口にしているので、もしこの話を聞いている者がいたとしても、それが同一人物を指しているのかどうかは分からないだろう。
……もっとも、有名人のレイだけに、その辺はすぐに知られるだろうが。
「ふぉふぉふぉ。色々と話したい気持ちは分かりますが、まずはレイを倒すことです。彼の能力について分かっているのは……大鎌と槍、双方共にマジックアイテムですがそれを使うのと、その大鎌が魔法発動体になっており、炎の魔法を始めとして様々な魔法を使いこなすということ」
「特に有名なのが炎の竜巻だよな。もっとも、広範囲に被害を与える攻撃である以上、ギルムの中や近くでは使えないだろうし、トレントの森でも使えないけどな」
レイと言えば炎の竜巻を使うことで有名だったが、ここにいる者達は暗殺者。
少人数でレイを襲うのだから、取りあえず炎の竜巻を使われる心配はしなくてもいい。
「何が厄介って、魔法使いなのに近接戦闘も強いことだろ」
うんうん、と。
その意見を聞いた全員が頷く。
ダーブですら頷いてるのが、レイの戦闘スタイルがどれだけ例外的なものかを証明しているのだろう。
「その上、グリフォンのセトもいるんでしょう? おまけに、運が悪ければ姫将軍とか、ギルムの前ギルドマスターとか、迷宮都市エグジルで狂獣と呼ばれていたヴィヘラとか」
「……後者はともかく、基本的にレイはセトと一緒に行動しているというのが痛いな」
「そうね。今はレイは生誕の塔だっけ? その近くで寝泊まりしているから、パーティメンバーは気にしなくてもいいんじゃない?」
「そうだな。……問題なのは、セトをどうやって倒すかだな」
「そのセトも、ただのグリフォンじゃなくて希少種で、ランクS相当のモンスターなんだろ? ……どうやってそんな化け物を倒すか、だな」
話せば話す程にレイを倒すことの難しさを理解してしまう。
ここに集まったのは、いずれも各組織の腕利きだ。
フランソワも、その戦闘力という意味では非常に高い。
そのような者達が揃っているにも関わらず、レイとの戦力差を考えれば勝ち目があるとは思えない。
「セトで厄介なのは、その攻撃力もそうだが、何よりも自由に空を飛べるということだ。俺達が何とかレイを追い詰めることが出来たとしても、セトに乗られた時点で空に逃げられるしな。……ダーブ、どうにか出来るか?」
「無理ですな」
高く……それこそ跳ぶというよりは飛ぶといったような跳躍が出来るダーブだったが、それでもあくまでも跳躍でしかない。
本当の意味で飛ぶことが出来るセトに空に逃げられれば、追いつける筈もない。
「そうなると、やっぱり襲撃するのならギルムの中だな。外ならセトに乗って飛ぶことが出来るが、ギルムの中なら迂闊にそんな真似も出来ないぞ」
「問題なのは、そこまでレイを追い詰めることが出来るかどうか、ですね。……あ、でも街中ならギルムの外よりは長柄の武器が使いにくいのでは? ……いえ、そもそもレイが武器を出すよりも前に……それこそ、人混みに紛れての暗殺の方が成功しそうですね」
その暗殺者の意見に、皆がそちらに考えを移す。
本来の暗殺者というのは、それこそ女の暗殺者が言ったように人混みに紛れたり、場合によってはメイドや執事として相手の家に入り込んで毒を使ったりといったように、相手の不意を突いて殺すのが殆どだ。
そんな中で何故この場にいる者達がそこに思い当たらなかったのかと言えば、それはやはりここに集まった者がそれぞれ腕利きで、まどろっこしく人混みに紛れたりするよりは、正面から攻撃しても十分に相手を倒せるだけの実力があったからだろう。
「そうなると、さっき言ってたそれぞれが自分達でってのもなしになるよな。それこそ、そういう暗殺の仕方なら、協力する必要も出て来るだろうし」
男の一人がそう告げると、確かにと皆が頷き……その視線はダーブに移る。
風船のようなその体躯は悪目立ちし、明らかに人混みに紛れるといったことには向いていない。
そんな視線を向けられたダーブは、大道芸人でもやるかと考えるのだった。
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