第2154話
アナスタシアと一緒に地下空間でウィスプの調査をしていたレイだったが、他にも色々とやるべきことがあるので、その場を後にする。
強い好奇心によって、ウィスプに妙な真似をしないかどうかは、レイとしても心配だった。
しかし、アナスタシアは取りあえず数日くらいなら自制が出来ると言ったので、それを信じた形だ。
……とはいえ、それで本当に信じることが出来たという訳ではないのだが。
だが、現在レイがやるべきことが多い以上、それはどうしようもない。
「そういう意味だと、やっぱり助手は必要なんだよな。……妙な助手を選ばないで欲しいけど」
「グルゥ?」
背中に乗っているレイの独り言に、トレントの森を進んでいたセトはどうしたの? と後ろを向く。
後ろを向きながらでも、森の中、木々を縫うように移動しているのに速度が落ちないのは、セトの高い能力故だろう。
もっとも、セトにとってはその程度のことは特に意識しているようなことではないのだろうが。
「いや、何でもないよ。ただ、今回の一件は色々と大変なことになりそうだと思ってな」
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、どう返せばいいのか分からないように、喉を鳴らす。
そんなセトを撫でながら、トレントの森を進んでいたのだが……レイに首を撫でられて嬉しそうにしていたセトが、不意に視線を自分の進む方に向ける。
「グルゥッ!」
前方を見て、鋭く鳴き声を上げるセト。
そんなセトの反応に数瞬遅れ、レイもまた前方に鋭い視線を向けた。
レイとセトからそう離れていない場所で、現在戦いが行われているのを察知したのだ。
レイは何も言わず、セトの背を軽く叩く。
それだけでセトはレイが何を言いたいのかを理解し、今までより明らかに速く走る。
トレントの森に生えている木々の間を走るその姿は、もし一般人が見たら一瞬だけ黒い影が見えた……という風に認識してもおかしくはない。
多数の木々が生えている中をそんな速度で走るのは、普通なら自殺行為でしかない。
だが、セトの場合はそんなことは関係ないと言いたげに、森の中を走る、走る、走る。
茂みがあっても、それを強引に突き破り、木と木の間に蔦があっても構わずに突っ込んで蔦を引き千切る。
そうして二十秒程走り続け……やがて目の前にある茂みを突き破ったところで、戦場に到着した。
そこで繰り広げられていたのは、草で出来た身体を持つ馬のモンスターと冒険者達が戦っている光景。
冒険者達の後ろに樵達がいるのを見れば、以前コボルトに追われていた冒険者達のように勝手にトレントの森に入ってきたのではなく、ギルドからの依頼で樵の護衛を引き受けている者達だというのは、明らかだった。
何より、戦っている冒険者の中にはレイの知っている顔も多い。
そうである以上、この戦闘に参加しないという選択肢は、レイにはなかった。
……それ以前の問題として、草で出来た馬という未知のモンスターが存在しているという時点でレイが戦わないという選択肢は存在しなかったのだが。
「援護する!」
草の馬に襲い掛かっていくセトの背から飛び降りながら、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
草の馬が冒険者達と戦っていたのを見れば分かる通り、この場所はそれなりに広く、長物を振るうだけの空間的な余裕はある。
「グルルルルルゥ!」
突っ込んだセトが、前足の一撃を放つ。
それはただの一撃ではなく、セトの持つパワークラッシュのスキル。
多数のスキルを持つセトだが、その中でもパワークラッシュのレベルは六と、セトの持つスキルの中では一番高いレベルを持つ。
その一撃により、草で構成された馬に一撃を与え……次の瞬間、草で出来た馬の身体四散し、周辺に草が散らばる。
「グルゥ!?」
戸惑ったようなセトの鳴き声。
一撃は実際に草の馬に与えた。
だがその一撃は、セトが予想していたよりも圧倒的に手応えがなかったのだ。
一体何故? と、そんな疑問を抱く様子を見せるセト。
とはいえ、これで相手を倒したと安堵するレイだったが……
「まだだ! そいつはまだ生きてる!」
冒険者の一人が、鋭く叫ぶ。
セトより若干小さいとはいえ、草の馬の大きさは二m半ばを超えている。
そんな身体の半分以上がセトのパワークラッシュの一撃によってあっさりと砕かれたのだから、それで死んだと、そうレイは思っていただけに、周囲に散らばっていた草がまるで生き物のように地面を移動し、身体の半分がなくなった馬に移動していくのを見て、顔を引き攣らせる。
「多連斬!」
このままでは、地面を移動する草によって回復……いや、再生する。
そう判断したレイが繰り出したのは、多連斬。
一度の斬撃で複数の斬撃を放つことが出来るというスキルで、現在のレイの多連斬はレベル三。
つまり、レイがデスサイズで振るった一撃の他に、三つの斬撃が相手に放たれる。
ましてや、レイが多連斬を発動した武器はデスサイズで、刃の長さは一m程とかなり長い。
そんな斬撃が他に三つも加われば、身体の半身しか存在しない草の馬は、それこそ容易く斬り裂かれる。
セトのパワークラッシュの時と同様に、草の馬の身体は周辺に草を散らばしながら四散する。
四散したのだが……
「え? 魔石が……ない?」
草の馬は既に完全に身体が崩壊しているのだが、周辺にモンスターなら必ず持ってる筈の魔石が存在しない。
もしかして多連斬で魔石を破壊して吹き飛ばしたのか? という思いがない訳でもなかったが、もし魔石を破壊したのであれば、多少なりともそれを斬り裂くなり、破壊するなりした感触が手に残っていないとおかしい。
だが、当然のようにレイの手にはそのような感触が存在しなかった。
つまり、草の馬は魔石を持っていなかったということになる。
……あくまでも、が魔石が地面に転がるなり、吹き飛ぶなりして見逃していなければの話だが。
「え? このモンスター……魔石がないってことは、もしかして……」
そこで言葉を切るレイ。
レイは、魔石を持たないモンスターという、非常に特殊な存在に覚えがあった。
ウィスプによって転移させられてきた、異世界の湖。
そこに生息しているモンスターを倒したことがあったが、そこに魔石はなかった。
アメンボ、トカゲ、巨大な牙を持つ魚。
それら三種類のモンスターの死体の中には、魔石が存在しなかったのだ。
もっとも、後者の二種類はともかく、アメンボのモンスターは上空から急降下した攻撃によって頭部を湖の中に爆散させてしまったので、魔石が頭部にあった可能性も否定は出来ないが。
ともあれ、今のところレイが知ってる限りで魔石を持たないモンスターというのは湖のモンスターだけだ。
(つまり、このモンスターも湖からやって来たのか? そう言われて見れば、身体を構成している草も、森に生えているような草ではなくて水草っぽい感じがしないでもないけど)
そうなると、どこからやって来たのかということになるが、湖の近くでレイ達のような護衛がいるのは、あくまでも生誕の塔の側だけだ。
そして湖はギルムと同程度の広さを持っている。
つまり、湖に生息しているモンスターが地上に上がっても、それが生誕の塔の近くでなければ見つかることはないのだ。
この草の馬も、そうして湖から出て来たモンスターなのではないか。
レイは、そう予想する。
……魔石がないモンスターという時点で、それは決まったようなものだったが。
とはいえ、このモンスターが本体ではなく、他のモンスターが何らかの手段で草を集めて馬の形にしていたという可能性も、否定は出来ない。
もっとも、レイの中では半ば湖のモンスターとして確定していたが。
馬の身体を構成しているのが水草という時点で、その可能性は濃厚となる。
(多連斬、使い勝手がいいスキルだな。……もっとも、デスサイズは一撃だけでも強力だから、それが連続して何発も放たれると、よっぽどの相手でなければオーバーキルになる可能性が高いけど)
一応周囲の様子を確認し、他に同じような草の馬がいないのを確認してから、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングに戻す。
結局今回は黄昏の槍の出番はなかったなと、そう思いながら。
「なぁ、レイ。今のモンスターの件で何か知ってるのか?」
レイが武器を収納したことで、本当に戦闘が終了したと判断したのだろう。冒険者の一人が近づいてきて、そう尋ねる。
だが、レイはそんな冒険者に黙って首を横に振る。
あのモンスターについて話すということは、当然のように湖についても話す必要があるが、湖については秘密である以上、それを話すことは出来ない。
そんなレイの様子を見て、何か感じるものがあったのか、冒険者はそれ以上しつこく尋ねるようなことはなかった。
(取りあえず、アナスタシアの助手の件もそうだけど、生誕の塔の近く以外の場所から湖のモンスターが出て来ているというのも知らせる必要があるな。……考えてみれば、当然なんだろうけど)
今までは生誕の塔の側だけで湖からモンスターが出て来ると思っていた。
だが、モンスターにしてみれば、別にそのようなことをする必要はないのだ。
わざわざ敵が待ち受けている場所に自分から向かうよりは、敵のいない場所から陸に上がった方が安全なのは、間違いない。
レイ達を襲ってきたトカゲのモンスターのように獰猛な敵であれば、話は別だったが。
「ともあれ……討伐証明部位とか、どれだと思う?」
「いや、それは……」
若干誤魔化す意味も含めてだが、レイの言葉に冒険者は戸惑う。
馬の身体は本当に草で出来ており、討伐証明部位と思われる場所は存在しない。
敢えて討伐証明部位にするとすれば、その辺の地面に散らばっている草だろう。
「この草、討伐証明部位になると思うか? もしくは、モンスターの身体を構成していたんだし、素材とか」
「あー……どうだろうな。難しいと思うけど」
実際には討伐証明部位はともかく、素材としての有用性はあるようにレイには思えた。
だが、このモンスターの出所が湖である可能性が高い以上、それを迂闊に広めるのは不味いと判断したのだ。
もし調べた結果、この草が貴重な薬草の類であると判明した場合、後々面倒なことになるのは確実だった。
そうならない為にも、まずはギルドの方に話を通しておく必要があった。
「未知のモンスターだし、取りあえずこの草は俺がギルドに持っていってみる。それでもし薬草とかのように買い取り出来る素材なら、その分の金をそっちにも支払う。……ってことでいいか?」
「俺はそれで構わないぞ。お前達もそれでいいよな?」
レイの言葉に冒険者が頷き、他の仲間達にも尋ねると、皆がそれでいいと言った。
そもそも、攻撃してもすぐに草が集まってきて回復する敵に苦戦していたのは自分達なのだ。
それを助けて貰った上に、素材としてギルドに買い取って貰った場合には分け前を寄越すというのだから、それを嫌がる者はいない。
……その辺に幾らでもいる冒険者なら、それこそ自分の利益になるのなら素材を売った金をもっと寄越せ、場合によっては全て寄越せと言ってきても、おかしくはない。
だが、現在トレントの森で働いている冒険者は、ギルドの推薦を受けた者だ。
湖や生誕の塔の一件、そしてケルベロスのような高ランクモンスターが出現したというのも、影響しているのだろう。
冒険者としての技量が高く、同時に性格的にも問題のない者達。
そのような者達を厳選しているからこそ、余計な問題を起こしたりしないのだろう。
もっとも、レイの力を知っているのであれば、そのような相手に絡んだりといった真似はしないのが普通なのだろうが。
「じゃあ、そういうことで、これを集めていくな。……とはいえ、集めるのは結構大変そうだけど」
馬の身体を構成していた草は、セトとレイの攻撃によってかなり広範囲に散らばっている。
それを集めるのはかなり大変であり、だからこそレイが面倒くさがってもおかしくはない。
そんなレイの様子を見かねたのだろう。冒険者達が散らばった草を協力して拾うことになったのだが……
「え? あれ? この草って違うか?」
そんな風に迷う者が多数出た。
一応馬の身体を構成していたのは水草のような草だったのだが、その辺の違いを全く分からない者も多い。
また、春ということもあって現在のトレントの森は緑に溢れている。
そうなれば、当然のように周囲に生えている草に紛れて、馬の身体を構成している草を見つけるのは難しい者もいた。
結果として、その手の作業に慣れている者で協力して草を探すことになり……二十分程で大体の草を集め終わるのだった。
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