第2127話
久しぶりにマリーナの家に帰ってきたレイを祝う為に用意された料理は、まるで狙ったように料理が出来る頃に帰ってきたヴィヘラとビューネを喜ばせた。
普段は表情を変えることが殆どないビューネが、見て分かるような笑みを浮かべていたのだから、その喜びようが非常に大きいのは間違いなかった。
そんな訳で、蒸し焼きにしたガメリオンの肉やそれ以外にも用意された様々な料理を食べながら、レイは湖から襲ってきたモンスターや、敵意を持たずに空を舞う光るクラゲについてといった内容を話の種に楽しい時間がすぎていく。
そうしてパーティ……と呼ぶには少し物足りなかったが、それでも楽しい食事の時間が終わると、エレーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネの四人に、現在起きている異世界からの転移を誰が起こしたのかの説明をする。
トレントの森の中央の地下に存在した空間。
レイの師匠――ということになっている――グリムが魔法によってその空間を見つけ、そこに行ってみればウィスプの希少種と思われる存在がおり……という内容。
大半は事実だったが、ビューネというグリムについて知らない者がいるので、若干のカバーストーリーは必要になった。
そうして全てを説明すると、説明を聞いた皆が感心したような、驚いたような、そんな視線をレイに向ける。
実際に今回の一件においては、今まで経験してきたものとは違った、特殊な事例だ。
まさか、異世界からの転移を希少種とはいえ、たった一匹のモンスターがやっていたとは、普通なら誰も思いつかない。
「それは、また。……で、そのウィスプを使えば、異世界から強敵を呼んだりも出来るの?」
真っ先にヴィヘラがそう質問してきたのは、ある意味でヴィヘラらしいと言えるであろう。
普通ならもっと別のこと……それこそ、金銀財宝、魔法金属といった物を欲したりしてもおかしくはないのだが。
そう思ったレイだったが、考えてみればここにいる者の中で、そのような物を欲する者は……ビューネくらいしかいないのも事実だ。
今でもビューネは子供だが、今よりも更に小さい頃から貧乏な生活をしてきた。
少しでも金を稼ぎ、両親との思い出がある屋敷を維持する為に。
現在はその屋敷は信じられる冒険者や孤児といった者達に貸しており、屋敷の維持にも問題はなくなっているが。
ともあれ、小さい頃の経験からビューネは可能な限り稼ぎたいと思っている。
……勿論、それはあくまでも問題にならない限りにおいてだが。
例えば、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった歴史上希に見る美女の情報を売って金を稼いだり、セトの羽根や毛を売って金を稼ぐ……といった真似はしない。
実際にはエレーナ達の情報はともかく、セトから抜けた毛や羽根を売るくらいは、レイは大目に見るのだが。
「うーん、レイにはセトがいて、エレーナにはイエロがいるのを考えると、異世界の使い魔とかにはちょっと興味があるわね」
マリーナのその言葉に、頷く者が何人かいた。
セトやイエロという愛らしい存在と一緒にいるのも楽しいが、どうせなら自分だけの特別な……そんな愛らしい存在が欲しいと思うのは、おかしな話ではない。
何しろ強い敵が欲しいと言っていたヴィヘラでさえ、その手があったかといった視線をマリーナに向けているのだから。
「ともあれ、異世界からの転移能力を持っているウィスプは、このまま殺すのは惜しいと判断して、今はダスカー様が信頼出来る研究者を探しているところだ。だから、この件についてはくれぐれも他人に喋ったりはしないように」
レイの言葉に、それを聞いていた者達は真剣な表情で頷く。
異世界からの転移がどれだけ大きな出来事なのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだったからだ。
特にレイの正体を知っているエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人にしてみれば、異世界への転移ということでレイが何を期待しているのかは理解出来る。
そして、もしかしたら自分達もレイのいた世界に行けるかもしれないと、そう思ってしまうのは当然だった。
……レイの両親に挨拶をしたいと、そう思っている者もいる。
とはいえ、今のレイは日本にいた時の佐伯玲二とは全く違う外見である以上、それは非常に難しいのだが。
「ねぇ、レイ。喋ってはいけないのは分かったけど、そのウィスプを見てみたいというのは、構わない?」
「うーん、この面子なら問題はないと思うけど。ダスカー様も人を派遣するのは難しいみたいだったから、見つからないだろうし」
「人をやるのが難しいのは、しょうがないわね」
レイとヴィヘラの会話に、マリーナがそう告げる。
実際、誰かがそこを守っているのであれば、そこには守るべき何かがあるというのは、誰にでも容易に予想出来る。
そこに何か見て分かるような守るべき何かがあれば話は別だが、何もない場所となれば、どうしてもそれを疑問に思い、何を守っているのかと気になる者が出て来てもおかしくはない。
そうならない為にも、ウィスプのいる空間に続く地下通路がある道の周辺に誰かを置くというのは難しかった。
「でも、そうなるとすぐに見つかってしまうんじゃないの?」
「ヴィヘラの心配も分かるけど、一応私の精霊魔法で隠してきたから、そう簡単に見つかったりはしないわね。……勿論、絶対とは言えないけど」
精霊の気配に鋭敏な者であれば、もしかしたら気が付く可能性は十分にある。
とはいえ、今の状況ではマリーナの精霊魔法で地下通路が見つからないように隠蔽するのが最善なのも、また事実なのだ。
「なるほどね。……なら、私も明日行ってみてもいいかしら?」
ヴィヘラの口から、そんな希望が出る。
見つからないとマリーナが言っている場所を自分で見てみたいというのもあったのだろうが、やはりその最大の目的はウィスプだろう。
異世界からの転移というのは、それだけヴィヘラにとって魅力的なのだ。
「ダスカーに聞いてみてから、かしらね。多分大丈夫だとは思うけど」
マリーナは、ヴィヘラにそう告げる。
実際のところ、マリーナがダスカーに聞けば嫌とは言えないだろう。
ダスカーとしては、ベスティア帝国の皇女――本人は元皇女と主張しているが――のヴィヘラに、異世界との転移が出来るウィスプの件は出来れば知らせたくないというのが本音だった。
ヴィヘラは既にベスティア帝国とは関係ない人物であるという思いがあったが、それを言っても他の者がそれを信じるかどうかはまた別の話だ。
特にダスカーにとっては、心配するべきことは出来るだけ知っている者が少ない方がいいのも事実。
そうである以上、出来るだけ知らせるような真似はしてほしくないというのが、正直なところだろう。
それでもレイと同じパーティにいる以上、ウィスプの件を知らせないという選択肢は有り得なかった。
「本当? じゃあ、明日はギルムの見回りじゃなくて、トレントの森に向かいたいけど、いいのね?」
「ええ。確実にという訳じゃないけど、多分大丈夫だと思うわ」
うわぁ……と、レイはマリーナの様子を見て、ダスカーに哀れみを覚える。
ギルムに確実に損失を与えるのであれば、ダスカーも自分がどのような目に遭ってもヴィヘラがウィスプを見に行くのを止めるだろう。
だが、ダスカーがヴィヘラにウィスプと関わって欲しくないのは、あくまでも念の為なのだ。
そんな状況でマリーナがやって来るとなれば、それは拒否出来ない。
いや、拒否しようと思えば拒否出来るだろうが、その時に自分が受けるダメージを思えば、拒否しない方が最終的にはメリットが大きいと言うべきか。
マリーナが持っているダスカーの黒歴史には、それだけの破壊力があった。
「いいわよね?」
マリーナからの許可を貰ったヴィヘラは、次にレイに向けて尋ねてくる。
何だかんだと、紅蓮の翼のリーダーはレイであり、レイを中心に行動しているのは間違いのない事実だった。
……正確には、ここにいる者の中でエレーナとアーラの二人は紅蓮の翼のメンバーではないのだが。
アーラはともかく、エレーナは内心では紅蓮の翼に所属したいという思いはあるのだが、貴族派の象徴という立場になってしまっている今の自分では、そのような真似が出来ないというのは分かっていた。
「俺は構わないけど。ギルムの見回りの方は構わないのか? 今は色々と忙しいだろ?」
春というだけあって、現在は多くの者がギルムにやって来ている。
そうなれば、当然のようにトラブルも多くなり、ヴィヘラのような高い戦闘力を持つ者は、そんなトラブルを制圧するのに最適の人物なのだ。
これが夏くらいになれば、今よりはギルムにやって来る者は少なくなるのだが。
そして秋になると、今度は冬をギルム以外……主に自分の実家ですごそうと思い、ギルムから出て行く者も多くなるのだが。
ともあれ、今は春になったばかりに比べれば大分落ち着き始めてはいるのだが、それでもまだギルムにやって来る者は多い。
だというのに、ヴィヘラが抜けてもいいのかという疑問を抱いたレイだったが、ヴィヘラは問題ないと満面の笑みを浮かべて口を開く。
「取りあえずその辺に関しては問題ないわ。そもそも、見回りをやっているのは増築工事が始まる前からギルムで冒険者をやっていた人が大半だもの。増築工事が始まるようになってから、ようやくギルムに来た人達とは強さが違うわよ」
元々、ギルムというのは冒険者にとって憧れの場所ではあった。
だが、辺境にあるが故に到着するのが難しかったし、到着してもギルムでやっていけるだけの実力がなければ、冒険者としてやっていくのは難しい。
そんな中で増築工事が行われるようになり、多くの者がギルムに行くことになったので、大勢で向かう冒険者も増えた。
それ以外にも、ギルムの冒険者が街道の周辺にいるモンスターを倒しているということも多い。
今までいたモンスターがいなくなれば、新たなモンスターがやって来る。
そうである以上、一定の頻度でそのような真似をしなければならなかったのだが、増築工事を行うギルムにしてみれば、資材の類は幾らあってもいい。
その為に、現在も街道沿いのモンスターを倒すという行為がギルドから依頼として出ていた。
……尚、この増築工事で初めてギルムにやって来た商人の中には、増築工事が終わるまで延々と街道沿いのモンスターが倒され続ければ、将来的にはモンスターも街道に近づくのが危険だと判断して比較的安心してギルムまで移動出来るのではないかと、そう考えている者もいる。
それに対して、ギルムの住人達はそんなに上手く行くのなら、辺境とは呼ばれていないと呆れの視線を向けることが多かった。
「そうね。ヴィヘラの言ってることは間違ってないわ」
元ギルドマスターだけに、マリーナはヴィヘラの言葉に間違いはないと断言する。
「もし可能なら、私も行ってみたいのだが……どうだろう?」
ヴィヘラが行くのなら自分も行きたい。
そう告げるエレーナだったが、そんなエレーナの言葉に慌てたのは、当然のようにアーラだ。
「ちょっ、エレーナ様!? 異世界からの召喚なんて真似が出来るモンスターですよ!? エレーナ様に何かあったら……」
「安心しろ、アーラ。レイの様子を見る限りでは、そこまで心配する必要はないらしい。……だろう?」
「うーん。多分大丈夫だとは思うけど、絶対確実かと言われれば、そうでもないんだよな」
レイとしては大丈夫だと思ってはいても、絶対に安全かと言われれば、素直に頷くことは出来ない。
そもそも、ウィスプについてはまだ何もはっきりとしたことは分かっていないのだ。
一応、今日の調査でマリーナやレイが近づいても、敵意を持っていなかったからか、それとも一定以上の実力があってウィスプに勝ち目がないと理解していたからかは分からなかったが、攻撃をしてくる様子はなかった。
それを思えば、多分大丈夫だろうとは思う。
何より強さという点ではエレーナはそれこそレイやヴィヘラと互角に戦えるだけの実力を持っているのだから。
だが、それだけで絶対に安全だという風にはとてもではないが言えない。
「異世界から転移させることが出来る能力ということを考えると、それこそウィスプがどこか別の世界から何かを転移させるということも考えられる。だとすれば……やっぱり絶対に安全とは言えない。けど、それでいいのなら、俺としてはエレーナが明日一緒に来るのは歓迎するぞ」
どうする? とレイはエレーナに視線で尋ねるが、エレーナにしてみればそんなレイの言葉にどう返事をするのかは決まっていたのだった。
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