第2094話

 巨大な炎が上空から落下し、その炎よりも巨大なスライムのいる場所だけを燃やしつくす。

 最初に使った魔法のように赤いドームの類は存在していないのだが、それでも上から隕石の如く降ってきた巨大な炎はスライムのいる場所から少し離れれば、大した熱さは感じなかった。


「レイ、●●●……」


 まさか、あれだけの炎だったにも関わらず、全く熱さを感じないというのは信じられないのか、ガガはレイに向かって唖然とした様子で尋ねる。

 本人もファイアブレスを使うだけに、ガガも火とは馴染み深い。

 それだけに、何故あれだけの炎がと、納得出来ない様子でいるのも当然だろう。

 とはいえ、レイはそんなガガに返す言葉としては……


「魔法だから」


 しかないのだが。


(あれ? ゾゾに聞いた話によると、リザードマンにも魔法使いはいるって話だったし、それを考えればその辺を察してもおかしくないんじゃないか? まさか、ガガが魔法を知らないなんてことはないだろうし)


 そう思うレイだったが、もしそんなレイの考えをガガが知れば、『ふざけるな!』と怒鳴りたくなってもおかしくはない。

 リザードマンにも魔法使いは存在するが、少なくてもガガが知る限りではたった一人でこのような魔法を……それもあっさりと使うような真似は出来ない。

 これは別に、リザードマンが魔法使いとして劣っている訳ではない。

 単純に、レイの使う魔法が異様なのだ。


「グルルルゥ?」


 レイとガガの会話を聞いていたセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそれに何でもないと首を横に振りながら、未だに燃えているスライムに視線を向ける。


(このスライムは間違いなく普通のスライムじゃない。そうなると、魔石を持ってるのは間違いないんだが……いや、そもそも異世界のモンスターにも、魔石はあるのか? ゾゾやガガとかはリザードマンだし……後でその辺を聞いておいた方がいいな)


 未だに燃えている巨大なスライムを眺めつつ、レイは考える。


「●●、●●●●?」


 ガガが何かをレイに尋ねているが、その意味は分からない。

 スライムとの戦闘中には、ガガの言いたいことが分かったのだが……


(あの時は、戦いの中だったから分かったとか、そういうことだったりするのか?)


 心の底から不思議に思いながら首を傾げていると、遠くからゾゾと騎士、冒険者が何人か自分の方に向かって歩いてきているのが見えた。

 スライムとの戦いの時は危険だから下がっていたのだが、先程レイが放ったとんでもない炎によって、もう勝負はついたと思ったのだろう。

 実際、レイもまだ完全に気を抜いた訳ではないが、それでもスライムが死ぬのは時間の問題だと思っている。

 そういう意味では、ガガとの話を通訳してくれるゾゾがやって来たのは、レイにとって助かることなのは間違いなかった。


「レイ、お前、何だよあの……その……あの、炎!」


 未だに完全に衝撃が抜けきっていないのか、冒険者の一人がレイにそう尋ねる。

 火災旋風の件があり、レイが炎の魔法を得意としているのは、冒険者達も理解していた。

 だが……それを知った上でも、今回レイの使った魔法は、とんでもないという言葉すら生温いような、そんな魔法だったのだ。

 見上げる程に巨大な……それこそ、初めて見るだろう大きさの炎が空中に生まれ、それが隕石の如く降ってくるという光景は、様々な依頼を受けて多くの場所に行き、ダスカーを含むギルムの上層部に有能で秘密を守れる冒険者であると、そう判断されている冒険者であっても、初めて見る光景だった。


「少し頑張った」

「少しって……」


 言葉通り、本当に少しだけ自慢げな様子のレイに、冒険者の男は何と言葉を続ければいいのか迷い、未だに燃え続けているスライムに視線を向ける。

 レイは少しと言ってるが、魔法に詳しくない者であっても、先程の魔法は少しなどという言葉で片付けられないというのは、理解出来る。

 だというのに、レイ本人は本当に少しだけ頑張ったといった様子しか見せていないのだから、呆れるというか、何と言えばいいのか分からなくなるのは当然だろう。

 そんな冒険者を見かねたのか、騎士が会話に割って入る。


「あの巨大なスライムを倒してくれたのは、助かった。ただ、あのスライムを燃やしている炎はいつまで燃えてるんだ?」

「さぁ? 取りあえず、スライムが燃えつきるまでは燃えてると思うけど」

「……あれだけの魔法を使ったというのに、全く偉ぶることがないんだな」

「あー……うん。まぁ、そうだな」


 騎士の言葉に、どこか居心地が悪そうに、フードの上から頭を掻く。

 実際、レイが使った魔法は構成自体はそこまで特別なものではない。

 それこそ、魔法の構造そのものは酷く単純だ。

 普通に使う魔法と若干違うのは、効果範囲が限定しているところと、レイの魔力を使いすぎても魔法の構造が破壊されてないというくらいだろう。

 それ以外は、本当に単純な魔法であり、それこそレイの魔力があってこその、力こそパワーと言わんばかりの単純な魔法だ。

 もっとも、単純であるが故に強力なのだが。


(取りあえず、普通の魔法使いに使えないのは間違いないしな)


 そう自分を無理矢理納得させておく。

 普通の魔法使いがレイと同じ魔法を使うとなると、それこそ技術云々ではなく純粋に魔力が足りず、使うことは出来ない。

 無理に発動させても、この炎の威力はあくまでもレイの規格外の魔力に依存するものである以上、その威力は大したものではないだろう。


「それにしても、この湖……ギルムで新鮮な魚を食べるには丁度いいと思ってたんだけど、ああいうスライムがいるとなると、迂闊に漁は出来ないな。湖の底に、同じようなスライムとかがいる可能性もあるし」


 魔法についての話を誤魔化すためにそう告げたレイだったが、それを聞いた他の面々は心の底から嫌そうな表情を浮かべる。

 特にゾゾや、石版で通訳をして貰ったガガは、湖のすぐ隣に生誕の塔があることもあって、嫌そうな表情というよりも強い危機感を表情に表していた。


「新鮮な食料の確保先を見つけたと思ったら、そこは実はとんでもないモンスターの住処だった、か。洒落にならないな」


 冒険者の男が、未だに燃え続けているスライムを眺めながら呟く。

 延々と燃え続けているその炎は、焼かれ続けているスライムがまだ生きているということの証でもある。


「考えてみれば、リザードマンの子供達はあの湖の中に入って遊んでたんだよな。浅い場所だったからよかったけど、もし深い場所で遊んでいたらと思うと……」


 今は子供達が隠れている生誕の塔を見ながら、レイは小さく息を吐き……少し離れた場所で何かを話しているゾゾとガガに声を掛ける。


「ゾゾ、ちょっといいか?」

『はい、何でしょう?』


 レイの声に、ガガとの話を半ば強引に切り上げてやって来たゾゾがレイにそう告げた。


「お前達の世……いや、お前達の国に、ああいう巨大なスライムは存在するか?」


 世界と言いそうになり、ゾゾ達が異世界からやって来たということは秘密だと思い出し、慌てて言い換える。

 ゾゾもそんなレイの様子には気が付いたが、特にそれを指摘するようなこともなく、首を横に振って否定した。


『いえ、あのような巨大なスライムは見たことも、聞いたこともありません。それこそ、もし見たことがある者がいれば、間違いなく噂になっていた筈ですし。……もっとも、見た者が生きていればの話ですが』

「だろうな」


 しみじみと納得するレイ。

 レイの場合は、セトに乗っているところを襲われたので、ある程度逃げることが出来た。

 それも、最初は触手だけが伸びてきたので、相手がスライムだとは思わなかったというのもある。

 触手で捕らえることが出来ないと察したスライムが、湖の底から姿を現して、そこでようやく相手がスライムだと理解したのだ。

 もしこれが何も知らないで湖を泳いでいる中、突然湖の底から伸びてきた触手が足に絡みつくなりなんなりしたら、どうなるか。

 レイとセトは幸いその効果を知ることはなかったが、あの脆さから考えて、明らかに触手には何らかの特殊な効果があったのは間違いない。


「ただ、そうなると……」


 一向に火の勢いが衰えずに燃え続けているスライムを見ながら、レイは考える。

 ゾゾやガガが知らないとなると、やはりこの湖はゾゾ達の世界とも違う世界から転移してきたのではないか、と。

 勿論、実際にはグラン・ドラゴニア帝国以外の国から転移してきたといったことや、グラン・ドラゴニア帝国の領土内にあっても全く誰も知らない秘境のような場所にあったかもしれないという可能性はある。


『あの巨大なスライムが強大な敵なのは間違いありませんが、レイ様の魔法で燃やされている以上、もう危険はなさそうですね。……少なくてもあのスライムは、ですが』


 その言葉から、やはりゾゾも湖の底にまだスライムがいるかもしれないと、そう考えてるのだろう。

 先程レイや騎士、冒険者たちと話していたときから、心配していたのは間違いない。


「そうだな。この湖を使う以上、どうにかして危険がないかどうかを確認する必要があるんだが……あ」


 湖の底にモンスターがいないかどうかを調べる方法を考えていたレイは、ふと馬車がこちらに向かってくるのを見て……いや、正確にはその馬車の御者台に座っている、パーティドレスという場違いな服装の女を見て、声を上げる。

 レイが知ってる限り――元々そんなに知ってる者は多くはないが――最高の精霊使いのマリーナ。

 そしてマリーナはダークエルフだからか、火以外の精霊と非常に相性がよく、協力して貰うことが出来る。

 火の精霊との相性が悪いとはいえ、精霊魔法として使えない訳ではないのだが。

 ともあれ、水、風、土の精霊との相性がいいマリーナがここに来たのなら、湖を調べて貰うのにこれ以上ない人材なのは間違いなかった。


「ちょうどいい人材も来たことだし、マリーナに調べて貰うとしようか。……あ」


 再びレイの口から先程と同じ声が出る。

 当然だろう。何故なら、マリーナが乗っている馬車の後ろから見覚えのある馬車が見えて来たのだから。

 その馬車は、レイも何度か乗ったことがあるので間違いなく……そう、間違いなくエレーナの所有している馬車だった。

 何より、御者台にアーラがいるというのは見間違えようがない。


(マリーナに続いて、エレーナとアーラまで来たのか。……こうなると、ヴィヘラとビューネが来てもおかしくないな)


 そんなレイの予想は、エレーナの馬車が停まった時に中からエレーナと一緒にヴィヘラとビューネが姿を現したことであっさりと的中する。


「何でマリーナだけ別の馬車で来たんだ?」


 こちらもまた、別の馬車から降りてきたマリーナに尋ねるレイ。

 そんなレイに、マリーナは湖の方を見て驚きを露わにしつつ、それでもすぐに我に返って笑みを浮かべつつ口を開く。


「別に全員で一緒に来た訳じゃないもの。私は診療所から直接ここに来たんだし、エレーナやヴィヘラ達もそうなんじゃない?」


 馬車から降りたイエロが、真っ直ぐにセトの方に飛んでいくのを見ながら、そう告げるマリーナ。


「そうね。ギルムから出ようとしたところで、偶然エレーナの馬車と遭遇したのは間違いないわ。そのおかげで馬車を探さなくても済んだんだから、楽だったけど。……それにしても、あの湖もそうだけど、あっちの炎は? やっぱりレイの魔法? ギルムからでも、あの巨大な炎は見えたわよ?」

「あの炎を見たから、私達も来たのだしな。……今頃、ギルムでは大きな騒ぎになっているのは間違いないだろう」


 ヴィヘラに続いて降りてきたエレーナが、そう言葉を続け、その言葉には皆が同意するように頷いていた。

 炎がギルムからも見えていたという話が聞こえた騎士は、思わず空を見上げる。

 先程まではそこに浮かんでいた炎は、ギルムから見えてもおかしくはないと思っていた。思っていたのだが……それでも、出来れば見えなければいいなと、希望的観測を抱いていたのも事実だからだ。

 だが、その希望はあえなく砕けてしまった。

 そしてあれだけの炎が街中から見えた以上、少なくない者達がこの湖にやって来るのは確実だった。

 そうなれば、当然のように湖の近くに存在している生誕の塔についても目に入る訳で……これから先のことを思えば、騎士としてはどうなるのかを予想するだけでもうんざりとするのだった。

 ただでさえトレントの森の一件では色々なことが起きて忙しかったのに、今度はそれ以上に忙しくなることは間違いなかったのだから。

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