第2064話

 レイは、目の前に広がっている光景に一体どうしたらいいのかと迷う。

 トレントの森と隣接している場所に、突然現れた建物。……正確には、城と思われる建物の一部分。

 その建物の中をイエロと共に探索していたのだが、その途中で見つけた部屋の中に何者かの気配があり、その上でゾゾやガガという名前に反応したこともあって、建物の中に入った。

 だが、そんなレイの前に広がっていたのは、女のリザードマンが一匹いて、その後ろには子供のリザードマンを多数匿っている。

 レイは外見で何歳くらいなのかということを予想出来る程に、リザードマンに詳しい訳ではない。

 それでも、ガガの半分程しかない自分の身長の、更に半分程の大きさのリザードマンとなれば、子供であることは間違いないだろう。

 そんな子供を庇っているリザードマンの女は、怯えた様子を見せてはいるものの、それでも決して退かない様子でレイから目を逸らさない。

 リザードマンの女を見ながら、部屋の中を見る。

 部屋の中はレイが見たところでは十畳から十二畳程度と、それなりの広さがある。

 ただし、部屋の壁には幾つもの棚が備え付けられており、その棚の上には卵が大量に乗せられていた。

 そんな様子と子供のリザードマンが多数いるのを見れば、ここがどのような部屋なのかはレイにも理解出来た。


(養育室とか、そういう感じの部屋か。いや、卵があるのを思えば、孵卵室とかそういう部屋なのか?)


 目の前にいるリザードマンの女や、怯えている子供のリザードマンを相手にどうすればいいのかと、レイは迷う。

 これが言葉の通じる相手であれば、レイもここまで困ることはなかっただろう。

 そういう意味では、ゾゾを連れてこなかったことを後悔していた。


「あー……その、大丈夫だ。俺はお前達に危害を加えない」


 そう言いながら身振り手振りで自分の意志を伝えようとするが、簡単な意思表示はともかく、複雑なこととなると意思表示は非常に難しい。

 実際、女のリザードマンはレイが何を言いたいのかを全く理解出来ておらず、それどころかレイの身振り手振りは妙な踊りにすら見えた。

 そんな中……不意に、女のリザードマンが叫ぶ。


「●●●●!」


 一瞬、自分の言いたいことが伝わったのかと思ったレイだったが、リザードマンの女の視線が向けられているのは、レイ……ではなく、その背後を飛んでいたイエロ。

 そのイエロに向かい、見るからに敬うといった形で跪く。

 レイが驚いたのは、リザードマンの女だけではなく、子供のリザードマン達までもが揃って跪いたことだ。

 それこそ、畏敬の念と呼ぶべき言葉が相応しいような、そんな光景。


(うん、まぁ……分かってたけどな)


 他のリザードマン達とエレーナやイエロが出会った時のことを考えれば、この展開は予想して然るべきだった。

 自分の身振り手振りが通じなかったのに、イエロの存在だけで向こうが警戒を解いたことに若干の虚しさを感じながら、それでも取りあえず今は……と、そんな自分の気持ちを抑える。


「イエロ、お前のおかげで助かったよ」

「キュ? キュウ!」


 レイの言葉に、イエロは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 それこそ、イエロにしてみればレイの役に立った! と喜んでいるのだろう。

 レイが声を掛けたことで、イエロが喜んだ。

 それを見たリザードマンの女は、レイに疑問の視線を向ける。

 最初は、明らかに敵だと思っていた。

 だが、イエロのような存在と気安く接しているのを見れば、もしかしたら敵ではないのではないか。

 そう思ったのだ。

 ……とはいえ、もし敵ではないとしても言葉が通じない以上は、どうしようもないのだが。

 リザードマンの女の立場として、ここでレイに自由に行動してもらう訳にもいかない。


「あー……取りあえず、食うか?」


 身振り手振りで意思疎通出来ないレイとしては、イエロのおかげで自分が敵ではないと判断されたのはよかったが、取りあえず距離を縮めることにする。

 その手段として選んだのが、ミスティリングの中から取りだしたオークの串焼き。

 リザードマンの女はともかく、子供のリザードマンに焼いた肉を食べさせてもいいのかと思ったが、串焼きを取り出した瞬間に、リザードマンの子供達は跪いた姿勢を止めてレイにじっと視線を向け始める。

 そんな様子を見て、リザードマンの女は何かを言うも、リザードマンの子供達は全く聞いた様子がない。


(時差とかそういうのが分からないけど、ゾゾから聞いた話を考えると、そこまで違う訳じゃないらしい。つまり、向こうの世界も夜……いや、真夜中だった筈だ。つまり、このリザードマンの女はともかく、リザードマンの子供達は寝ている中で真夜中に起こされて、オークの串焼きを食いたいと思ってるのか?)


 レイも朝食では結構重い料理を食べたりもするが、ぐっすり眠っている真夜中に起こされてオークの串焼きを食べるかと言われれば……食べられないこともないだろうが、好んで食べたいとは思わない。


(あ、でも日本にいた時は夜がカレーなら次の日の朝食も普通にカレーだったから……いや、真夜中に起きては……)


 小さい頃にどうだったかというのを考えたレイだったが、それよりも前にリザードマンの子供達がひたすらにレイの持つオークの串焼きを食べたそうにしているので、同様の串焼きを数本取り出して、子供達に渡す。

 ……レイがミスティリングから串焼きを取り出す光景を見て、何もない場所からいきなり姿を現した……それも、明らかに焼きたての串焼きにかなり驚いていたが、リザードマンの子供達にとっては驚きよりも食欲なのだろう。

 リザードマンの女は、そんなレイの様子を唖然として見ていたが。


「ほら、一本ずつだぞ」


 リザードマンの子供達に近づき、レイは持っていた串焼きを渡していく。

 受け取ると、即座に串焼きは口の中に入り、リザードマンの子供達は嬉しそうにする。


「お前も食べてくれ」

「●●?」


 レイに差し出された串焼きに、リザードマンの女はどうするか迷う。

 だが、レイの周囲を飛び回っていたイエロが一鳴きすると、それが何らかの切っ掛けになったのか立ち上がって串焼きを受け取る。

 そして、そっと串焼きを口に運ぶ。

 ゾゾとの付き合いで、味覚そのものはリザードマンと自分達でそう違わないと知ってはいるし、何よりリザードマンの子供達は串焼きを食べて喜んでいるのだから、その辺は心配していない。

 それでも一応、と思ってリザードマンの女を見ていると、一口食べて何度か肉を噛んだ瞬間に、その動きが止まる。

 そして次の瞬間には、その串焼きを夢中で食べ始めた。


(毒とか、そういうのを警戒しないのは、正直どうなんだ? いやまぁ、実際に毒とかは入ってないけど。……イエロのおかげか?)


 イエロが懐いているからこそ、自分が毒を使うような真似はしない。

 そんな風に思われているのかもしれないと思ったが、正確なところは分からない。

 唯一、リザードマン達と自分の通訳を出来るゾゾの存在が、非常に待ち遠しかった。

 ゾゾは何故か自分に強い忠誠心を抱いている様子だったので、ここにいずれやって来る可能性は高い。

 そうなれば、石版の力を使って意思疎通は可能になる。

 ……いや、もしくはそれ以前にゾゾの顔を知っているという可能性も十分にあったのだが。


「取りあえず、ここにいるよりも外に出ないか?」


 身振り手振りで、外に出ないかと告げるレイだったが、リザードマンの女はそれを拒否する。

 外に出るという簡単なことだったので、意思疎通は十分に通じたのだが……

 何でだ? とそう思って周囲を見たレイは、すぐに納得する。

 棚の上には幾つもの卵が乗っているのだ。

 ここに子供がいることから考えても、その卵がリザードマンの卵であるというのは確実であり、だからこそこの場から出ようとはしないのだろう。


(というか、ここがリザードマンの達の卵の保管所とかそういう場所なら、この女一人だけでいるってのは、おかしくないか? 普通ならもっと大勢いてもおかしくはない。もしくは、このリザードマンの子供達は、地位的に低いとか? あるいは……)


 そこまで考えたレイは、ふとこの建物が途中で切断されているのを思い出す。

 もしかしたら、他のリザードマンの担当者達はそちらにいて、この部分だけがこうして自分達の世界に転移してきたのではないか、と。

 一瞬、本当に一瞬だったが、この建物と繋がっていた城が転移する際に失敗して、次元の狭間を漂っているのでは? という怖い考えも浮かんだが、レイはそれを意図的に無視しておく。


「あー、うん。じゃあ、取りあえずここで待つとして……子供達は眠らせた方がいいんじゃないか?」


 身振り手振りでそう尋ねるも、残念ながら少し複雑な内容だった為か、通じた様子はない。

 もっとも、串焼きをレイが与えたこともあって……そして何より、イエロがこの場にいることもあってか、リザードマンの子供達は興奮していて、とてもではないが眠いといった様子ではなかったが。


(出来れば、他に何人がここにいるのかといったことも聞きたいんだけどな。とはいえ、ゾゾの石版もなしに、どうやって聞いたらいいのやら。……いっそ、ここはこのままにして、他の場所を探してみるか? もしかしたら、他にもここと同じように子供や卵を守っているリザードマンがいる部屋もあるかもしれないし)


 そう思うレイだったが、可能性としてはどうだろう? と疑問に思わなくなもない。

 ここと同じく子供や卵を守っているのなら、転移という異変に気が付いて他の仲間と合流していてもおかしくはないのだから。

 だが、同時に自分の役割を理解してその場から動かないのではないか、という思いもあった。

 子供達だけであれば、守りながら移動することも出来るだろう。

 しかし、この部屋をみれば分かるように卵も守る必要があるのだ。

 ざっとみただけでも、卵の数は二十を超える。

 これがリザードマンの卵である可能性が高い以上、ここにいる者達だけでこの卵を持って移動するというのは、ほぼ不可能に近かった。


「さて、一体どうしたらいいんだろうな。イエロがリザードマン達と話が出来るのなら、全員に移動させるように言うのは難しくはないんだけどな」

「キュ?」


 レイの言葉に、レイのいる場所からそう離れていない場所にある棚に置かれている卵を珍しそうに見ていたイエロは、首を傾げる。

 そんなイエロの様子は、今がそれなりに緊迫した状況であるというのを理解した上でも、愛らしさを感じた。


(もしイエロがリザードマン達と意思疎通出来たら……そもそも、セトとイエロ、グリフォンと黒竜という種族の違いがあっても意思疎通出来るんだから、同じ爬虫類系ということでイエロがリザードマンと意思疎通出来てもおかしくはないんじゃないか?)


 自分でも半ば無茶なことを考えているというのは理解出来たレイだったが、セトとイエロが意思疎通しているのを考えると、可能性としては十分に有り得ることだと判断する。

 そのような真似が出来ればレイからセトに、セトからイエロに、イエロからリザードマンにといった風に、石版がなくても意思疎通出来るという点は大きい。


「キュウ?」


 自分をじっと見たままだからだろう。

 イエロは、どうしたの? と鳴き声を上げて小首を傾げる。

 人によってはあざといと思われるようなそんな仕草も、セトやイエロがやると非常に愛らしい。


「いや、何でもないよ。それより、その卵を割ったりするなよ」


 レイの言葉に、イエロは勿論! と鳴き声を上げる。

 そんなイエロを……いや、正確にはイエロの側にある卵を見ていたレイは、ふと疑問を抱く。

 卵の状態のままで異世界に転移してきたことが、何らかの悪影響を与えるのではないか、と。

 何しろ、元いた世界から異世界に転移してきたのだ。

 それは、とてもではないが普通のことではなく、それが卵に何らかの影響を与えるという可能性は十分にあった。


(大丈夫、だよな?)


 そんな疑問を抱くレイは、出来れば悪影響ではなく良い影響を卵に与えて欲しいと、心の底から願う。

 どのみち今の自分の状態で確認出来ることはない以上、放っておくしか出来ない。


『グルルルルルルルゥ!』


 不意にそんな鳴き声が周囲に響く。

 それを聞いたリザードマンの女も子供も、いきなりのことで驚き、不安そうに周囲を見回す。

 だが、レイとイエロはその鳴き声が聞き覚えのある……セトの鳴き声であると理解している以上、特に動揺する様子もない。

 とはいえ、何もない中でセトが鳴き声を上げる筈もなく、恐らくは何かがあったのだろう。

 それでも鳴き声の中に警戒や敵意といったものが含まれていない以上、敵襲の類ではないというのは理解した。


「ちょっと様子を見てくるから、大人しくここにいてくれ」


 そう身振り手振りで示すと、レイはイエロと共に部屋を出るのだった。

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