第2032話
レイの前にいるリザードマンは、揃いの鎧を身に着けていることからゾゾの仲間であると考えて間違いなかった。
そのリザードマン達は、現在樵を守っている冒険者達と向かい合っている。
それを見て、レイは安堵の息を吐く。
敵対はしているようだったが、まだ睨み合いの状況であったのは、幸いだったと言えるだろう。
もしどちらかが怪我をしたり、ましてや死んでいたりした場合は、お互いにが引くに引けなくなってしまい、後々拗れることになる可能性が高かった。
(樵が腰を抜かしてるけど、これは……まぁ、怪我に入らないだろうし)
恐らくいきなりリザードマンが出て来たことに驚いたのだろうというのは、レイにも容易に予想出来た。
「レイ!」
護衛の冒険者の一人が、やって来たレイの姿を見て喜色満面といった声を上げる。
当然だろう。レイがいれば、それこそ現在目の前にいるリザードマン達を倒すのは難しくないと、そう理解出来たのだから。
そして冒険者達がレイの存在に気が付けば、当然のようにその冒険者達と相対していたリザードマン達もレイの存在に気が付く。
だが、リザードマン達の表情に浮かぶのは困惑だ。
とてもではないが、レイを強い存在とは思えなかったのだろう。
外見だけで見れば小さく、更にはセトやゾゾといった面々を連れていないというのも、この場合は影響している。
それらを連れていれば、あるいはレイを警戒したかもしれないが。
特にゾゾは、レイから見ても目の前のリザードマン達より格上の存在だというのがはっきりと分かる。
「さて、取りあえず……俺が相手をしようか?」
そう言いながら、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出すレイ。
とはいえ、このまま戦ってもいいのか? という思いがない訳でもなかった。
それは、リザードマン達を殺すのを躊躇っているというのもあるし、あるいは殺さずに倒すような真似をしても、ゾゾのように自分に従う……テイムされるといったことにならないのかという心配もある。
セトとゾゾだけでもそれなりに大変なのに、これ以上自分に従うモンスターが増えるのは明らかに面倒が増えるのが確実であり、それは避けたいと思うのがレイの正直な気持ちだった。
とはいえ、リザードマンたちは見るからにやる気であり、それこそレイが後退れば、それを切っ掛けにして攻撃が行われそうなのは間違いなかった。
「しょうがない。いつまでもこのままって訳にもいかないだろうし……来いよ」
リザードマン達は、当然のようにレイの言葉は理解出来ない。
だが、それでも言葉のニュアンスと、そして何より武器を構えたということからレイが自分達と戦う気であるというのを理解したのだろう。
先頭のリザードマン数匹が、それぞれ手にした武器を持ち……
「●●●●●●●●●!」
瞬間、雄叫びが周囲に響き渡る。
誰がその雄叫びを発したのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかであった。
「来たのか、ゾゾ」
レイとは少し離れた場所から姿を現したゾゾに対し、レイはそう声を掛ける。
そんなレイの声に、ゾゾは一礼し……それを見た他のリザードマン達は、信じられないといった様子の視線をレイに向けた。
(この連中のゾゾへの態度は……どうなってるんだ? やっぱり、ゾゾはただのリザードマンじゃなかったということなのか?)
ゾゾと一緒に来たリザードマン達が、ゾゾに従うのはレイにも理解出来る。
だが、それはあくまでもゾゾが自分達の上司だからだ。
なのに、ゾゾと同じリザードマンではあっても、新しく転移してきたリザードマン達が別部隊のゾゾに従うというのは、明らかに疑問だった。
(あるいは、ゾゾがこの部隊を率いてる奴よりも上の存在だから……とか? この部隊を率いているのが少尉とか中尉なら、ゾゾは少佐とか中佐的な)
ゾゾを見て驚いているリザードマン達を見ながら、そんな風に考えるレイだったが、その考えが纏まるよりも前にゾゾが動き出す。
一礼した状態から元に戻ると、そのまま新たに現れたリザードマン達の方に向かって進んで行ったのだ。
その表情にあるのは、怒り。
レイに逆らったリザードマン達が許せないと、そんな態度を示すゾゾ。
とはいえ、ゾゾも最初にレイに会った時はその外見から侮り、手痛い洗礼を受けることになってしまったのだが。
「●●●●●、レイ●●!」
何らかの言葉を叫ぶゾゾ。
何を言ってるのかは相変わらずレイにも分からなかったが、それでもレイの名前がその言葉の中に出て来たことから、レイに失礼な態度を取るなといった風に言ってるのは理解出来た。
「レイ! ……なるほどね」
続いてこの場に駆けつけのは、マリーナ。
少し遅れてエレーナやヴィヘラ、そこから大きく遅れて他の冒険者達や兵士、騎士といった面々が到着する。
マリーナが最初にこの場に駆けつけることが出来たのは、やはりダークエルフで森に慣れているからだろう。
……ゾゾが一番にこの場に駆けつけたのは、レイにも色々と疑問だったが。
恐らくはテイムされたことによる忠誠心とかそのようなものなのだろうと、無理矢理自分を納得させる。
「事情は見ての通りだ。……考えてみれば当然なんだが、転移してくるにしても必ずしも人前に出ないといけないって訳じゃないんだよな。このトレントの森はかなりの広さなんだし、どこに転移してもおかしくはない」
「そうね。……もっとも、今のところはトレントの森に転移してきているけど、絶対にトレントの森に転移するとも限らないんだけど」
「セトがいれば、転移の兆候は分かるのだろうがな」
マリーナの言葉に、エレーナが続けてそう告げる。
実際にセトはロロルノーラやゾゾ達が転移してくるのを察知していたのだから、強い説得力があった。
(つまり、このリザードマン達は俺がギルムに行ってる間に転移してきた訳か。問題なのは、ロロルノーラが馬車で連れて行った緑の亜人達と同時に転移したのか、もしくは違うタイミングで転移してきたのか、だな)
タイミング的に考えて、恐らく同時なのではないか、とレイは予想する。
特に何か確証があってのものではなく、勘での判断だったが。
そうして話しているうちに、他のリザードマン達を従えたゾゾがレイの前にくる。
先程まで冒険者達と一触即発の状況になっていたリザードマン達だったが、今はゾゾに従い、そのゾゾが従っているレイに従うという形になっていた。
「レイ●●、●●●●●●、●●●」
「あー、うん。分かった。いや、分からないけど、お前がそのリザードマン達を従えたってのは分かった」
ゾゾの様子とリザードマン達の態度からそう判断し、ゾゾに向かって馬車が置いてある方に向かうように指示する。
「緑の亜人達を運んだばかりだけど、また来て貰う必要があるな」
「そうね。ギルムで馬車を使ってる人は大忙しになりそう」
「とはいえ、馬車で来るのはあの執事と数人だろ? ……あ、でも今回はリザードマンだから、その辺もしっかりとしないといけないのか」
ロロルノーラを始めとした緑の亜人達は、基本的に大人しい性格をしている。
だからこそ、ダスカーもそこまで警戒することなく迎えの馬車を派遣することが出来た。
だが、リザードマンが相手となれば、話が違ってくる。
今はゾゾがいるので大人しいが、実際に先程は樵やそれを守っていた冒険者達といつ戦いになってもおかしくはなかったのだ。
そうなると、ダスカーとしても安心して迎えの馬車を出すという訳にはいかないだろう。
「ゾゾが一緒に行ってくれればいいんだけど……」
マリーナがゾゾを見ながらそう呟くが、恐らく頼んでも駄目だろうというのは、少しでもゾゾのレイに対する態度を知っている者なら理解出来ただろう。
「そうなると、レイが一緒に行くしかないのではないか?」
「……そうなるのか」
レイとしては、出来れば馬車でちんたら移動するのは遠慮したいところだ。
いっそセト籠を使って全員纏めて運ぶか? という考えがない訳でもなかったが、まともに言葉が通じない相手をどうやってセト籠に乗せるのかという問題があるし、それ以外にもセト籠で移動する数分の間にセト籠が壊されるのではないかという心配もあった。
であれば、多少面倒でもそれ以上に大きな面倒が起きないように自分がゾゾと一緒に馬車で移動すれば……そう思ったところで、リザードマン達がエレーナとイエロに向かって全員跪いているのに気が付く。
「あー……うん。そう言えば、こういうのがあったな。いや、ゾゾだけじゃなくて他のリザードマンもだったのか。……あれ? でも領主の館では……」
跪いているリザードマン達を見て、レイは領主の館での件を思い出す。
イエロはセトと一緒に遊んでいたのでいなかったが、エレーナはいた筈だった。
であれば、あの時も今と同じようにリザードマン達が跪いてもおかしくなかったのではないか。
(そうなると、もしかしてリザードマンの種類によってその辺も違うとか? いや、けどなら何でゾゾの部隊のリザードマンが……)
取りあえずその辺は今の時点で考えても意味はないだろうと判断し、ゾゾが言葉を覚えたら聞けばいいと思い直す。
「これを見る限りだと、エレーナとイエロでもいいような気がするけど……」
「それはそうだけど、止めておいた方がいいでしょうね」
レイの言葉を、マリーナが即座に否定する。
何故? と一瞬だけ疑問に思ったレイだったが、すぐにその意味を理解する。
何故なら、エレーナはあくまでも貴族派の貴族としてギルムに来ているのだ。
そんなエレーナに仕事を頼むということは、後で色々と面倒なことになる可能性が高い。
……実際にはレイは色々とエレーナに頼んだりもしてるのだが、それはあくまでも個人的なことだ。
それに対して、今回の一件は公の仕事と思われてもおかしくはない。
つまり、ダスカーがエレーナに対して……もっと言えば、中立派が貴族派に対して借りを作るということになってしまう。
そこまで大袈裟な話ではないのだが、それでもそのように見る者がいるし、思う者がいるというのは間違いのない事実だ。
だからこそ、マリーナはそれを止めたのだ。
ダスカーやエレーナ、そしてケレベル公爵といった者達が気にしなくても、貴族派だからという理由でそれを気にする者が出てくるのは間違いない。
それこそ、貴族派であるだけで中立派の貴族――それもダスカー以外――に対し、今回の一件で借りがある以上は何らかの融通を利かせろと、そう迫ってくる者がいてもおかしくはないのだ。
いや、ケレベル公爵にしても、ロロルノーラ達の持つ植物を生長させるという特殊な能力や、国すら形成しているリザードマンとの接触など、繋ぎを作るという意味では派閥的に非常に大きい以上、ケレベル公爵であっても何らかの手を出してくる、といった可能性は否定出来ない。
普段ならそのような真似をする可能性は極めて低いが、今回の一件はそのような事態が起こってもおかしくはないような出来事なのだ。
だからこそ、ダスカーも慎重に物事を運ぶ必要があり、そのような意味ではレイが言うようにエレーナとイエロにリザードマンを運ぶのを任せるというのは、出来るだけ避けた方がいいというのがマリーナの主張だった。
残念ながらその意味を分かってしまったレイとしては、マリーナの意見を尊重する必要がある。
「レイとマリーナが話している内容は分かるが、それをわざわざ私の前でする必要はないのではないか?」
若干の呆れと共に、今の会話を聞いていたエレーナがそう尋ねる。
だが、マリーナはそんなエレーナの言葉に、そう? と笑みすら浮かべて首を傾げていた。
「エレーナにとっても、今回の一件は大きな出来事でしょう? であれば、私が言ってることもそうおかしな話ではないと思うんだけど」
「それは否定しないが」
マリーナの言葉に、エレーナはそう短く返す。
そんなやり取りをしていた二人を見ていたレイだったが、やがて仕方がないといった様子で口を開く。
「分かった。なら、俺がゾゾと一緒にリザードマンを送ってくるよ。結局それしか方法がないのは間違いないし。……壊れてもいいような、使い捨てのセト籠とかがあればいいんだけどな」
面倒そうに呟くレイだったが、セト籠は何だかんだとかなり高価な代物なのは間違いない。
同じような物を……それも使い捨てにしてもいいような物を作れというのは、幾ら何でも無理があるだろう。
「それは無理があるわね。ただ、使い捨てでもいいのなら、それこそ木で箱のようなものを作って、それに誰かや何かを入れて運ぶという方法はあるんじゃない? もっとも、適当に作ると空中分解する可能性もあるけど」
マリーナにそう言われたレイは、その光景を想像し……取りあえず、大人しく馬車で移動することを選択するのだった。
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