第2033話
「これは、また……」
新たに転移してきたリザードマンを連れてギルムに戻ってきたレイ達は、当然のように真っ直ぐ領主の館に向かった。
本来なら、まずは新たなリザードマンが来たと知らせて、それから迎えの馬車を待つというのが最善だったのは間違いない。
だが、樵や冒険者達が乗ってトレントの森まで移動した馬車に乗せてみたところ、若干狭苦しくはあったが、それでも二台の馬車に全員を乗せることに成功した。
その為、現在トレントの森にある馬車の数は少ないので、すぐにでも追加の馬車を向こうに送る必要があったが。
「取りあえず、ゾゾのお陰でこの連中が暴れるといったことはないと思いますけど、ここに置いていっても構いませんか?」
「あ、ああ。そうしてくれ」
構うか構わないかで言えば、本来なら勿論構う。
出来ればリザードマン達の人数はこれ以上増やして欲しくないというのが、ダスカーの正直な気持ちだった。
だが、既にゾゾと共に転移してきた他のリザードマンを受け入れている以上、他のリザードマンを引き受けないという選択肢は存在しない。
いや、無理をすればそのような真似も出来ない訳ではなかったが、そうなった場合はどこか他の場所にリザードマン達を預ける必要がある。
そうなった場合、リザードマン達についての情報が漏れる可能性が高かった。
ロロルノーラ達だけではなく、ゾゾ達についても出来る限り情報は秘匿しておきたいダスカーとしては、リザードマンを他の場所に預けるという選択肢は存在しない。
幸いにして、領主の館はかなりの広さを持っているので、一応まだリザードマン達を住まわせる場所に困るといったことはない。
「ゾゾに案内させますけど、どこに行けば?」
「ちょっと待ってくれ。……一応聞いておきたいのだが、新たに転移してきたリザードマン達は、昨日転移してきたリザードマン達と仲が良いと考えてもいいのか?」
「それは……どうなんでしょう。ただ、ゾゾに従っていたので、恐らく大丈夫だとは思いますけど」
トレントの森でのゾゾとリザードマン達の様子を見る限り、リザードマン達がゾゾの命令に従わないということはないように、レイには思えた。
レイの言葉に、ダスカーは少しだけ安堵の様子を見せる。
「そうか。レイがそう言うのであれば、信用してもいいな」
「あー……その、完全に信頼されるのはちょっと危ないと思うので、何かあった時にはすぐに対処出来るように準備はしておいた方がいいかと」
「それは当然だ。こちらとしても、この建物の中でリザードマン達に暴れるような真似はして欲しくないしな。もし本当に何かあった場合は、すぐにでも対処出来るように準備は整えている」
領主の館には騎士や兵士の類も多くいる。
もしリザードマンが何らかの理由で暴れ出しても、対処出来るのは間違いなかった。
とはいえ、出来ればそのようなことはない方がいいのは確実であり、ダスカーとしても自分の屋敷の中で大規模な戦いが行われるというのは、勘弁して欲しいというのが正直なところだろう。
「取りあえず、ゾゾにはリザードマン達が騒動を起こさないようにしっかりと言い聞かせておきますね」
「そうしてくれ。……こうなると、早くリザードマン達にも言葉を覚えて欲しいものなのだがな」
リザードマン達から何らかの情報を聞くにしても、そして何らかの指示を出すにしても、お互いに言葉が分からないというのは非常に痛い。
ダスカーの立場としては、それこそ心の底からリザードマン達には可能な限り早く言葉を覚えて欲しいと思うのは、当然のことだった。
「うーん……何かマジックアイテムはないんですか? 言葉を通じるようにするとまではいかなくても、お互いの意志を確認出来たり、心を読んだり、自分の思っていることを相手の頭の中に直接伝えたりといったような、そんなマジックアイテムが」
「あったら、もう使っているよ」
レイの言葉に、ダスカーは溜息と共に言葉を吐き出す。
実際、そのようなマジックアイテムがあれば、今は光金貨を支払ってでも買いたいというのが、ダスカーの思いだった。
どのようなことをするにしても、とにかくしっかりとした意思疎通が出来なければ意味はないのだから。
「そうですよね。……あ、でも一応念の為に錬金術師達に尋ねてみたらどうですか? もしかしたら、似たようなマジックアイテムを作ったのはいいものの、すっかりと忘れてしまっていたということもあるかもしれませんし」
「そうだな。可能性は少ないと思うが、何もしないよりはいいか」
そうダスカーが言った時、少し離れた場所で待機していたゾゾがレイに近づいてくる。
ちなみに現在二人がいるのは、いつもダスカーが仕事をしている執務室……ではなく、それこそ扉を開けたままの部屋だ。
レイとダスカーにとっては、話をするのに丁度いいからということで、取りあえず使ってみた部屋。
「レイ●●、●●●●●●●●」
「ああ、頼む」
「……レイ、今そのゾゾが、お前の名前を口にしなかったか?」
ゾゾの口からレイの名前が出たのを鋭く聞き取ったダスカーが、レイに驚きの視線を向ける。
だが、レイの名前という点では既に昨日の時点でゾゾは口にすることが出来ていたのだから、そこで今更驚かれても……とレイは思ってしまう。
寧ろそこよりも、トレントの森で色々と教えた単語に驚いて欲しいと考える。
もっとも、ゾゾはまだその単語を人前で口にしていないのだから、それに驚けという方が無理なのだろうが。
「そうですね。ゾゾは何故か俺にテイムされてるので、他のリザードマンと一緒に勉強出来ません。なので、一緒にいる俺達がゾゾに色々と教えている感じですから、その結果ですかね。元々ゾゾが他のリザードマンよりも頭が良いというのもあるのかもしれませんが」
ゾゾは、普通のリザードマンとは外見からして違う。
であれば、知能も他のリザードマンより高くても不思議はない。
エレーナやイエロに対する行動と、リザードマン以上の存在から、日本にいる時にゲームや漫画、アニメで見たドラゴニュートといった種族のことをレイが思い出しても不思議はなかった。
レイとダスカーの会話で、自分の名前が出たのに気が付いたのだろう。
ゾゾはレイにどうかしたのかといった視線を向ける。
レイはそれに何でもないと首を振り、ゾゾに連れて来たリザードマンを移動させるように頼む。
……もっとも、言葉は殆ど通じないので、身振り手振り混じりだったが。
とはいえ、それでもゾゾがある程度言葉を覚えてきているということもあり、身振り手振りは以前よりも大分減っているが。
正確には、言葉を覚えてきたというのもあるだろうが、レイと話しているうちに大体何を言っているのか分かるようになってきた……というのもあるのだろうが。
何だかんだと、レイとゾゾは出会ってから多くの時間を一緒にいる。
また、レイに従うようになってから、ゾゾは常にレイの言動に注意してきた。
言葉が分からなくても、ある程度の意思疎通は出来るようになってきたのだろう。
あくまでも、ゾゾがレイの意志をある程度理解出来るのであって、レイがゾゾの意志を理解出来る訳ではないのだが。
ともあれ、レイに一礼したゾゾが去って行ったのだが、ふとレイはゾゾが自分にしか一礼していなかったことに気が付く。
本来なら、レイだけではなくダスカーにも一礼していくべきだったのだ。
「その、すいません」
「うん? 何がだ?」
「ゾゾがその、俺だけに頭を下げていったことです」
「ああ、その件か。それは気にしなくてもいい。あくまでも、ゾゾはレイがテイムしたモンスターだからな」
テイムしたという意味では、ゾゾはセトと同じ扱いになる。
そのセトは、別にダスカーを見たからといって頭を下げたりといった真似をしたりはしない。
ならば同じテイムされたという扱いのゾゾもまた、ダスカーに頭を下げたりといったことをしなくても問題はない。
そう告げるダスカーの言葉に、レイは感謝する。
「ありがとうございます」
「気にする必要はない。今回の一件もレイがいないとかなり面倒なことになっていただろうからな」
「……それは否定出来ませんね」
そう答えるものの、実際には自分がいなくてもゾゾに勝てる程度の強さを持つ冒険者となれば、ギルムには大量にいる。
もしレイがいなくても、最終的には誰かがゾゾを倒していただろう。
もっとも、ゾゾが転移してきた時にいた冒険者はそこまで強くない者達ばかりであった以上、レイがいなければ大きな被害が出ていたのは間違いないだろうが。
「ともあれ、だ。ゾゾ達のことをよろしく頼む。エレーナ殿やイエロだったか? そちらにも懐いてるんだろう?」
「懐いているっていうか……敬っている? そんな感じですね」
見たところ、ドラゴンを強く敬っている様子だった。
その割には、レイがドラゴンローブを装備しているのに、その辺を気にする様子がないのは疑問だったが。
(生きているって意味でドラゴンじゃないと駄目なのか? エレーナはエンシェントドラゴンの魔石を継承して生きているし、イエロは言うまでもない。それに比べると、俺のドラゴンローブは完全に死んで素材と化しているし)
そう思えば、納得も出来る。
そもそも、レイが使っているドラゴンローブは、素材となったドラゴンの革に様々な加工が施されている。
そうである以上、寧ろゾゾが信仰、もしくは敬愛しているドラゴンの素材を使った装備品を身に着けているとして、怒りを向けられないままでも運が良かったのだろう。
「敬ってるね。……まぁ、いい。ともかく昨日に続いて今日も来たのは間違いない。それも、ロロルノーラの仲間達だけではなく、ゾゾの仲間もだ。そうなると、これからもやってくる可能性がある」
「それは……その可能性は高いかと」
昨日、今日と連続して転移してきた以上、明日も転移してくるという可能性は決して皆無ではない。
いや、寧ろその可能性の方が高いだろう。
であれば、それに合わせるようにして準備しておくのは当然のことだった。
「せめて、ロロルノーラの仲間達だけが転移してきてくれるのなら楽なんですけどね」
ロロルノーラの仲間達は、基本的に穏やかな性格をしている者が多い。
少なくても、レイが接してきたロロルノーラやその仲間達はそのような感じだった。
穏やかな性格をしていると言っても当然個人差は存在し、中にはレイ達を警戒するような視線で見てくる者もいるのだが。
それでも、リザードマン達のように好戦的でないのは、接する方としてやりやすいのは間違いなかった。
「そうだな。とはいえ、あのリザードマン達も国に所属する者として考えれば、価値のある者達なのは間違いないが」
植物を生長させる能力を持つ緑の亜人と、本来なら国を建国出来るような知能を持たないリザードマンが建国したということ。
そのどちらもが、ダスカーにとっては重要なことだった。
とはいえ、短期的に大きな利益があるのはロロルノーラ達なのだが。
「さて、取りあえず今回の一件はこれでいいとして……次からは、何かあった時に部下に相手をさせることになるが、問題ないな?」
「分かりました」
レイは、ダスカーの言葉に素直に頷く。
実際、ダスカーが酷く忙しいというのは容易に予想出来る為だ。
普段からやっている仕事以外に、ギルムで行われている増築工事に関係する仕事が山積みしており、そこに更にトレントの森に転移してきたロロルノーラやゾゾ達の問題がある。
その仕事量は、レイでは具体的に想像も出来ない程の量であるのは明らかだった。
それこそ、その仕事をこなしてダスカーがゆっくりと休む暇があるのかと、そう疑問に思ってしまう程に。
(忙しいのは今だけって訳じゃないしな。ロロルノーラやゾゾ達の件はともかく、増築工事の件は年単位でやる公共事業だし)
ダスカーの健康を若干心配に思いながらも、レイはこの場を立ち去るダスカーを見送る。
結局のところ、現在のレイに出来るのはダスカーの仕事をこれ以上増やさないようにするだけだ。
とはいえ、レイは自分がトラブルを引き寄せる体質であるのは理解している。
そんな自分が出来ることといえば、それこそ何らかの問題が起きた時に可能な限り素早く解決することだろう。
ともあれ、そんな問題の一つであるリザードマン達の様子を見に行くかと、レイもその場から立ち去る。
レイにしてみれば、今の自分が出来ることでダスカーの負担を少しでも軽くする方法となると、それしか思いつかなかったからだ。
実際にそれがどれだけダスカーの役に立っているのかは、レイにも確信はなかったが。
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