第2022話
「それで、このリザードマンがここにいる訳ね」
レイから事情を聞いたマリーナは、呆れた表情で自分の家の庭に立っているゾゾに視線を向ける。
本来なら、レイもゾゾをここに連れてくるといった真似はしたくなかった。
ゾゾは明らかに転移してきたリザードマン達を率いている存在である以上、他のリザードマン達の取り纏めをして欲しかったのだ。
だが、レイが幾ら身振り手振りで領主の館に残って他のリザードマン達を率いるように言っても、ゾゾは頷かなかった。
今まではレイの命令に従っていただけに、どれだけゾゾがレイの側にいることが重要なのかというのを態度で示したのだ。
結局先に折れたのは、レイ……ではなく、ダスカー。
レイを通して、ゾゾに領主の館に残るリザードマン達が絶対に暴れないように指示……いや、命令することを条件に、ゾゾがレイと一緒に行動することを認めた。
今では、ゾゾは首にセトと同じような従魔の首飾りをしており、名実共にレイの従魔という扱いになっている。
そしてレイの従魔になったということは、当然のようにゾゾが何らかの問題を起こした場合、その責任を取るのはレイだ。
可能な限り、ゾゾには問題を起こして欲しくないレイだった。
とはいえ、初対面の時に比べると、ゾゾの態度は一変している。
それこそ、最初にレイを侮っていた様子は、今ではどこにもない。
「あー……ええっと、エレーナとアーラはどうした?」
このままでは、マリーナに追加で何か言われると判断したレイは、そう話を誤魔化す。
現在このマリーナの家の庭にいるのは、レイ、マリーナ、ビューネ、セト、ゾゾのみ。
ヴィヘラは今頃トレントの森に追加で向かった面子と入れ替わるようにギルムに向かっているだろうから、どこにいったのか分からないのは、エレーナ、アーラ、イエロの二人と一匹だけだ。
当然のように、マリーナはレイが何を考えてそのようなことを口にしたのかは分かっていたのだが、それ以上は責めるつもりもなかったので、その話に乗る。
「エレーナとアーラの二人は、貴族派の貴族との面談が急に入ったらしいわよ」
「急に? ってことは……」
「でしょうね」
レイがゾゾを見ながらそう告げると、マリーナもその言葉に頷きを返す。
二人から視線を向けられたゾゾは、じっとしたままで何か行動を起こす様子はない。
「どこから情報が漏れた?」
「どこからでも情報は漏れるでしょ。でも、一番可能性が高いのは、樵や冒険者達かしら」
トレントの森に転移してきたロロルノーラやゾゾ達を、樵や冒険者達はその目で見ている。
そして樵は仕事を早く終えて、ギルムに戻った。
そんな樵達が酒場を始めとした場所で酒を飲めば、当然のように転移してきた存在について話すだろう。
貴族派の貴族……いや、国王派の貴族や、ダスカー以外の中立派の貴族であっても、多くの者がギルムでの情報を集めている。
そんな情報収集をしている者にしてみれば、そのような樵や冒険者達から情報を聞くのは当然のことだろう。
そして情報を得られたことにより、何が起きたのかを理解し、エレーナにその情報を持ってきた……ということだろうと、レイは理解した。
「まぁ、ダスカー様もこの件は自分達だけでどうにかするといったことはしないと思うから、それは別にいいんだけどな」
今のままならともかく、これからも何者かが転移してくるといったことになった場合、この一件をギルムだけで片付けるのは難しい。
そうなった場合、当然のようにダスカーは他の派閥にも話を通すだろう。
そして最初に話を持ちかけるのは、当然のように協力関係にある貴族派となるのだから、ここで貴族派に多少情報を知られても構わないと、そう思ってもおかしくはない。
「そうね。それにしても……リザードマンはともかく、緑の亜人、ね」
呟くマリーナの様子に、レイはもしかしたら何か知っているのか? といった視線を向ける。
ビューネもまた、ヴィヘラがいる場所のことが気になるのか、一口サイズの小さなサンドイッチ――夕食前のおやつなので――を食べながら、マリーナに視線を向けた。
いつも通りレイにはビューネの表情が変わっているのが分からないが、それでも視線を向けているということは、恐らくヴィヘラを心配しているのだろうというくらいは予想出来る。
「そうなるな。冒険者として活動していた経験から、何かその辺の知識はないか?」
マリーナは、ギルドマスターになる前は冒険者をやっていた。
それもダークエルフとしての寿命から、相当に長く。
だからこそ、もしかして緑の亜人についての知識が何かあるかもしれないという思いから尋ねてみたが、マリーナは首を横に振る。
「いえ、残念ながらそういうのはないわね」
「そうか。リザードマンの件もあるし、もしかしたらと思ったんだが。……ん? どうした、ゾゾ」
恐らく異世界の存在なのだろうと思ってはいるが、リザードマンがいた以上、緑の亜人もこの世界にいるのかもしれない。
そう思ったレイの予想は外れ、ふとゾゾが身動きをしたのに気が付き、そちらに視線を向けると、そこにあったのは驚愕で固まっているゾゾの姿。
それこそ時間が停められたり、一時停止のスイッチを押されたのではないかと思えるような、そんなゾゾの姿に疑問を感じ、視線を追う。
そんなゾゾの視線の先にいたのは、空を飛んで自分の友達たるセトに真っ直ぐ飛んでいるイエロの姿。
ゾゾは、そんなイエロの姿を見た瞬間、完全に動きを止めたのだ。
「えっと、ゾゾ?」
戸惑ったように尋ねるレイに気が付いたのか、ゾゾはレイに視線を向け、次にイエロに視線を向け、そしてまたレイに、イエロにといった具合に何度となく顔を動かす。
レイにしてみれば、自分に跪いた時からずっと自分の側にいたという行為をしていたゾゾが、ここまでの動揺を見せるというのは疑問だった。
「イエロに何かあるのか?」
「キュウ?」
セトに向かって飛んでいたイエロだったが、レイの口から出た自分の名前に気が付いたのか、進行方向を変えてレイに向かう。
小さな身体で一生懸命飛んでいるその様子は、それこそ見ている者にしてみればセトとはまた違う愛らしさを覚える。
そんなイエロが近づいてきたことにより、ゾゾは直立不動してしまう。
(まぁ、リザードマンというのはトカゲ人間なんだし、そしてイエロは黒竜。だとすれば、似たような感じの存在である以上、何かあるのかもしれないな。……イエロの方が明らかに上位者といった扱いだけど)
差し出したレイの掌に無事着地したイエロは、『キュウ?』と、ゾゾに視線を向けて鳴き声を上げる。
見知らぬ誰かがいたから、疑問に思ったのだろう。
イエロにそんな視線を向けられたゾゾは、トレントの森の時のように再び跪く。
そうして跪いた先にいるのは、レイ……ではなく、レイの掌の上にいるイエロなのは間違いない。
「……これは一体、何事だ?」
丁度そのタイミングで、エレーナとアーラの二人が中庭に入ってきた。
二人にしてみれば、レイとイエロに跪いているリザードマンといった光景が広がっていたのだから、それを不思議に思ってもおかしくはない。
リザードマンがギルムの中にいるのは、明らかにおかしい。おかしいのだが……従魔の首飾りをしているのを見れば、それがテイムされたモンスターだというのは間違いなかった。
そしてレイがこの場にいる以上、リザードマンがテイムされた程度は驚くことはない。
もっとも、エレーナはレイが実はテイマーではないというのを知っているのだが、それでもこの光景をレイだからで済ませる辺り、レイがどう思われているのかということを示していた。
「エレーナが聞いてきた一件に関わることだな。……ゾゾのことは聞いてないのか?」
「うむ」
「簡単に言えば、このリザードマンも転移してきた奴で、俺が倒したら従うようになった。で、俺についてくるって言って聞かなくて、結局ここまで来た。そうしたら、イエロの姿を見た瞬間に、何故か急にこうなった」
端的な説明ではあったが、レイのやることに慣れているエレーナとアーラにしてみれば、納得するにはそれで十分だった。
「なるほど。……ゾゾだったか。そのリザードマンは、見たところ普通のリザードマンとは……うん?」
イエロに跪いていたゾゾだったが、レイとエレーナの会話で顔を上げ、エレーナを見た瞬間には再度……いや、イエロに対するよりも深く跪く。
それこそ、地面に顔をついてしまうのではないかと思ってしまうかのように。
「……レイ?」
「まぁ、予想は出来た」
疑問を口にするエレーナに対し、レイはそんな風に短く告げる。
レイの予想が正しければ、リザードマンは……いや、ゾゾ達の種族だけかもしれないが、ドラゴンという存在に対して強い畏敬の念を抱いているのだろう。
だからこそ、黒竜の子供であるイエロに対して敬意を示し、そしてエンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナに対して、ここまで強く跪いているのだ。
「多分、ゾゾ達はドラゴンに対して神にも等しい思いを抱いてるんだろうな」
その一言で、エレーナはレイの言いたいことを理解する。
「なるほど。だが……正直なところ、これはどうかと思うぞ」
「否定はしない」
エレーナも、自分が姫将軍という異名によって多くの者から尊敬の視線を向けられているのは理解している。
だが、それでもここまで……それこそ命懸けと言ってもいいような真剣な祈りの類を受けたことは数える程度だ。
もっとも、数える程度であってもゾゾと同じように自分を信仰するかのような態度を取る者を知っているのが、特殊な例なのだろうが。
ともあれ、ドラゴンという存在に対して強い崇敬の念を抱くゾゾにしてみれば、エンシェントドラゴンという、ドラゴンの中でも最高峰の存在の魔石を受け継いだエレーナは、それこそ神そのものとすら思えるのだろう。
(実は、ゾゾってリザードマンの上位種とか希少種じゃなくて、ドラゴニュートとかだったりするのか? いや、単純にリザードマンの上位種がドラゴニュートなのかもしれないけど)
レイのイメージとしては、リザードマンより更にドラゴンに近い存在が、ドラゴニュートだ。……勿論、日本にいる時に見たアニメや漫画といったものの知識だが。
もしゾゾがそのドラゴニュートだとすれば、それこそイエロやエレーナに対する今の態度は理解出来た。
「否定はしないのか。……取りあえず、立つように言ってくれないか? このままだと、話も出来ないし」
「とは言ってもな。今のゾゾの状況で、俺が何かを言って、それを聞くとは思えないんだけどな」
神を見たかのような、そんな態度を見せるゾゾに、レイが何かを言っても聞くとは思えない。
そう告げるレイに、エレーナはどうするべきかと迷う。
とはいえ、このままにしておく訳にもいかない以上、やがてゾゾに向かって口を開く。
「立ちなさい」
その言葉が聞こえたのだろう。
ゾゾは顔を上げ……だが、エレーナが何を言っているのか分からない以上、どうすればいいのか分からず、再び頭を下げる。
「レイ」
困ったようにレイに視線を向けてくるエレーナ。
そんなエレーナの態度に新鮮なものを感じながら、レイはゾゾの近くまで移動すると、跪いているその肩を叩く。
ゾゾはいきなり肩を叩かれたことに驚く。
それこそ、エレーナの存在に緊張していたのか近づいてくるレイに気が付く様子も一切なかったらしい。
そんなゾゾに立つようにと身振り手振りで示す。
やがて、レイが何を求めているのかが分かったのだろう。
ゾゾはレイに視線を向け、次にエレーナに視線を向け、やがてそっと立ち上がる。
ようやく自分の前で跪くという行為を止めたゾゾに、エレーナは満足そうに頷く。
「うむ。私の中にあるエンシェントドラゴンの魔石に敬意を払うのは構わないが、それを私にどうこうする必要はない。そもそも、お前はレイの従魔なのだろう? ……いや、言葉が通じなかったのだったか」
ゾゾにそう言い、困ったようにエレーナはレイに視線を向けるが、レイはその視線に対して首を横に振る。
今のエレーナの言葉を訳して欲しい。
恐らくエレーナが期待しているのはそういうことなのだろうが、簡単なことならともかく、身振り手振りで今の言葉を訳せというのは、レイにとっては出来そうもなかったからだ。
「取りあえずゾゾが跪くのを止めたんだから、今はそれでよしとしておいてくれ。もっと正確なやり取りをするには、ゾゾが言葉を覚えてから……だな」
最後にレイの言葉が鈍ったのは、いつゾゾがこちらの言葉を覚えるのかといったことを心配した為だ。
ゾゾはレイの従者や臣下のような立場であると自分の立場を定めている以上、緑の亜人や他のリザードマン達のように、こちらの言葉を勉強するような暇がないのではないかと、そう思ったからだ。
そうなれば、いつまでも身振り手振りで意思疎通をすることになってしまう。
それは出来れば勘弁して欲しいというのが、レイの正直な思いだった。
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