第2020話

 ロロルノーラ達を馬車に乗せるのは、レイ達にとってもかなり大変だった。

 ロロルノーラ達が住んでいる場所には、馬車の類が存在しないのか、緑の亜人達が馬車に乗るのを嫌がったのだ。

 外から馬車を見る分には問題なかっただけに、何故そこまで嫌がるのかは、レイにも理解出来なかった。

 レイがロロルノーラに身振り手振りで何とか説得した結果、何とか馬車に乗せることには成功したが、そこでもかなりの時間が掛かったのは事実だ。

 そんなロロルノーラ達に比べれば、リザードマン達は話が早かった。

 馬車に乗るようにレイが促すと、ゾゾは特に抵抗なく馬車に乗ったのだから。

 それ以外のリザードマン達も、最初は馬車に乗るのに抵抗があったようだったが、ゾゾが鳴き声を上げると、すぐそれに従って馬車に乗った。

 ……尚、リザードマン達が持っていた武器は、馬車に乗せるのには手間が掛かるし、同時に場所もとるということで、レイがミスティリングの中に収納している。

 ギルムの人間にとっては既に見慣れた行動ではあったが、緑の亜人やリザードマン達にしてみれば、初めて見た者も多いし、一度や二度見てもそれで驚きが消えるようなものでもない。

 長剣や盾、槍、それ以外にも色々な武器が次から次に消えていくという光景は、それらの者たちを驚かすのには十分なものだった。

 とはいえ、その驚きも馬車に乗ったことによってある程度は自然と――強制的に――収まったのだが。


「●●●●、●●●?」


 馬車の中で、ロロルノーラがレイに向かってそう声を掛けてくる。

 何を言ってるのかは分からなかったが、それでも何かを聞いているというのは、レイにもしっかりと理解出来た。

 そして見ているのが、馬車の窓となると、恐らく外に関する何かなのは間違いない。


「あー、馬車が動いているから、外の景色も動く。馬車が動くのは、馬が牽いてるから。分かるか? ……分からないか」


 取りあえず、馬車の前の方を指さすレイだったが、言葉が通じないのはかなり不便だというのを実感しただけだ。

 簡単な意思疎通であれば、問題なく出来る。

 だが、今レイが言ったように、もっと詳しいことを伝えようと思えば、とてもではないが身振り手振りで意思疎通するのは難しい。


(やっぱり、早急にこっちの言葉を理解して貰う必要があるな。……マジックアイテムか何かで、翻訳出来るようなものがあればいいんだけど。そんなに都合のいいマジックアイテムがある筈もないか。そうなると、習うより慣れろ的な感じか?)


 マジックアイテムに関しては、ベスティア帝国に比べると幾らかレベルが劣るが、それでもミレアーナ王国の中でも最高峰の錬金術師達が辺境で採れる稀少な素材を求めてギルムに集まってきている。

 そのような者達であれば翻訳出来るマジックアイテムも作れそうな気がしないでもないレイだったが、今は増築工事の件で忙しく、そんな余裕がある者は少ない。

 また、レイが持っている冬に倒した巨大な目玉の尻尾を求めてそれを譲渡して欲しいといった者達が多く、出来れば関わり合いたくないというのが、レイの正直な気持ちだった。

 ともあれ、当然のようにレイの言葉をロロルノーラは理解出来ず、首を傾げる。

 そんなロロルノーラに対し、レイと一緒に馬車に乗っているゾゾは不機嫌そうに一瞥する。

 レイに従っているゾゾにしてみれば、ロロルノーラが気軽にレイに話し掛けているという今の状況は、面白くないのだろう。

 それでも何も言わないのは、レイ本人が不愉快そうにしていない為か。


(あのリザードマン達、大丈夫だろうな?)


 現在ギルムに向かっている馬車は、全部で三台。

 一台はリザードマン達が纏められて乗っており、もう一台は緑の亜人達が纏めて乗っている。

 そして最後の一台に、レイとロロルノーラ、ゾゾ、ギュラメル、それ以外にも交渉の為に一緒に来た何人かがいた。

 馬車の周囲には騎士達が護衛としてついている。

 そんな中で、一番割を食ったのは冒険者達だろう。

 本来なら、ギュラメル達が乗ってきた馬車は一台だけで、残り二台は冒険者達が乗って帰る筈だった馬車なのだから。

 自分達が乗る馬車を緑の亜人やリザードマン達に奪われてしまった冒険者達は、当然のように現在歩いてギルムに向かっていた。

 せめてもの救いだったのは、仕事が途中で終わったが報酬はきちんと一日分支払われることだろう。

 また、レイがいない時は荷馬車を何台か連結したものに伐採した木を積み込んで運ぶのだから、その時に比べれば楽な移動なのは間違いない。


「お、ギルムが見えてきたな」


 ロロルノーラの視線を追うようにして外の景色を見ていたレイは、見覚えのある景色にそう呟く。

 そして馬車は、殆ど素通りのままでギルムの中に入っていく。

 本来なら、多少ではあっても警備兵が馬車の中を確認するといった真似をするのだが、それをしなくてもよかったのは、ギュラメルがいたからだろう。

 また、警備兵もこの馬車に警備兵が一緒にいたことにより、トレントの森の一件に関係していると知り、そこまで怪しむようなこともなかった。

 ギルムの中に入った馬車が向かう先は、領主の館。

 本来であれば、色々と危険なことになるかもしれないということで、領主の館ではなく別の場所に向かう方がよかったのだが、ロロルノーラ達は全員が温厚な性格をしており、リザードマン達もゾゾがレイに従い、それ以外のリザードマンがゾゾに従っている。

 それらのことから危険はないと判断し、領主の館に直接向かうことになった。

 尚、ダスカーを含めたギルムの上層部がゾゾ達のことを知っているのは、レイがヴィヘラを探しにギルムに向かっている間に、騎士の一人がギルムに戻って事情を説明した為だ。

 もっとも、ゾゾ達のことがなくても、ロロルノーラ達の持つ能力――植物を生長させることで食事代わりとする――を知れば、このような対応になっただろうが。

 ギルムの増築工事の資材として、現在トレントの森の木々は次々に伐採されている。

 勿論、増築工事を行うのに十分なだけの木の量があるというのは既に調べられてしっかりと確認されているが、トレントの森の木というのは、建築資材以外にも色々と使い道がある。

 それこそ、地上船の材料としてや、場合によっては木材としてどこかに売り込むことも出来るだろう。

 とはいえ、森というのは有限だ。

 ましてや、トレントの森は普通の森ではなく、その成り立ちからして色々と特殊だ。

 そうである以上、トレントの森の木を他の森の木と同じには出来ない。

 そんな中で、いきなり……それもトレントの森の中に転移してきた、植物を生長させる能力を持つ亜人達。

 その上、融和的な性格をしているとなれば、それに期待するなという方が無理だった。

 やがて馬車が停まり、レイ達はそのまま馬車から降り……


「っ!?」


 目の前に広がっている光景に、レイは息を呑む。

 下りたのは、騎士達が戦闘訓練を行う広場。

 そこにダスカーがいるのは、予想していた。

 だが、それ以外に騎士が何十人も揃っているとなれば、それは明らかにレイ達を……いや、ロロルノーラやゾゾ達を威圧する為に用意したとしか思えない。


(まぁ、その気持ちは分からない訳じゃないけど……これはちょっとやりすぎなんじゃ?)


 言葉が通じず、それでいて敵対しているロロルノーラとゾゾ達。……レイが見た感じでは、ロロルノーラ達が一方的に攻撃されているといった方が正確な表現だったが。

 実際、リザードマン側に怪我をしている者は誰もいなかったのが、その証拠だろう。

 ともあれ、双方に暴れさせないようにするには武力を見せつけるのが一番手っ取り早いのは間違いない。


(俺の頭でもその辺は理解出来るんだし、もっと別の意味があるのかもしれないけど。……その辺は分からないな)


 ギルムをここまで見事に治めているダスカーである以上、相手を威圧する為だけにこんな真似をするというのは、レイにはちょっと思えない。

 そうである以上、こうなったのは何らかの理由がある筈であり……だが、レイが何かを言うよりも前に、騎士に守られながら前に出て来たダスカーが口を開く。


「ようこそ、私の街へ……と言いたいところなのだが、言葉が通じないのは残念だ」


 ダスカーの言葉に、ロロルノーラを始めとする緑の亜人達は、少しだけ不安そうな様子を見せる。

 リザードマン達の方は、周囲の武装している騎士に対しては思うところがあるのかもしれないが、ゾゾが平然としている為に動揺を見せることはない。

 そんな二つの集団の様子に、ダスカーは少しだけ不思議そうな表情を浮かべる。

 それもすぐに笑みにとって変わられたが。


(恐らく、ダスカー様にしてみればゾゾ達にロロルノーラ達のような反応を期待したんだろうな。……そういう意味では、ダスカー様の企みは失敗した感じか)


 ダスカーの様子を見ながら、取りあえずそう判断するレイ。

 まだ他にもこの状況でレイ達を迎えた理由があるのかもしれないが、それはレイには分からないので、取り合えず今は置いておくことにする。


「今回は人数が多いので、このような場所での面会となってしまったが、それは許して貰いたい」

「●●●?」


 ダスカーのその言葉に、ロロルノーラが不思議そうに首を傾げる。

 何を言っているのか、分からない。

 そんな様子。


「やはり言葉が通じないか。……ギュラメル、お前はどうやってこの者達と意思疎通をしたのだ?」


 言葉が通じないというのは、ダスカーも前もって知ってはいたのだろう。

 だが、もしかしたら……そんな思いで話し掛けたのだが、それは予想通りに話が通じない。

 だからこそ、ロロルノーラ達を連れてきたギュラメルに話し掛けたのだ。

 その問いに、ギュラメルは一歩前に出て、一礼してから口を開く。


「意思疎通の方法は、言葉が通じない以上は身振り手振りでやり取りをするということになってしまいます。とはいえ、彼らもこちらの言葉を覚えるのには、そこまで時間は掛からないかと。少なくても、レイや私の名前はすぐに覚えましたし」


 そう言い、ギュラメルは緑の亜人達の先頭にいる人物に視線を向け、口を開く。


「彼はロロルノーラさんといいまして、正確には分かりませんが、こうして見る限りではこの緑の亜人の方達を率いています。そして……」


 次にギュラメルの視線が向けられたのが、リザードマンのゾゾ。


「彼は、ゾゾさん。見ての通り、他のリザードマンよりも上の存在で、事実他のリザードマンをゾゾさんが率いています」


 ダスカーの視線がゾゾに向けられる。

 とはいえ、ダスカーにしてみれば歓迎すべき存在はあくまでも植物を生長させる能力を持つロロルノーラだけで、ゾゾ達リザードマンは完全に予想外の存在だった。

 いや、ロロルノーラ達に対して攻撃を仕掛けていたというのを聞くと、邪魔者だとすら思っている。

 それでもこうしてロロルノーラ達と同様に迎えたのは、情報を持ってきた騎士から、ゾゾは完全にレイに従っていると、そう聞いていたからだ。

 そして実際、こうしてゾゾを見れば、その言葉が事実であるということは十分に理解出来た。

 今も、ゾゾはレイの側で待機しているのだから。

 そのことは、ダスカーにとっても喜ぶべきことであるのは間違いない。


「ギュラメル、怪我をしている者が何人かいると聞いたが、そちらは?」

「はい。可能な限りポーションを使って傷を回復してあります。……ただ、傷の重い順番に治療していったので、何人かはポーションが足りず……」


 そう言い、ギュラメルの視線が向けられた緑の亜人の何人かには、リザードマンに殴られたり斬られたりしたといった者達もいる。

 その全ては軽傷ではあったが、それでも見ている方としてはあまり気持ちのいいものではない。


「治せ」


 ダスカーの命令に従い、騎士が前に出ると、傷を負っている緑の亜人達に対して、次々にそれを使っていく。

 トレントの森でポーションを使われていた為だろう。緑の亜人達も、ポーションを使おうとする騎士達に対して嫌がる様子は見せない。

 そんな様子を見ていたダスカーだったが、ふとレイに視線を向け、自分の近くに来るように言う。

 馬車と一緒に移動していたセトを撫でながら、ポーションが使われる様子を見ていたレイは、ダスカーの側まで移動する。

 ゾゾが一緒に移動しようとしたが、その場にいるようにと軽く手を出して態度で示しておく。


「何です?」

「……本当にあのリザードマンをテイムしたんだな。いや、それよりもだ。俺が聞いた話によると、あの緑の亜人達はリザードマン達に攻撃されて傷を負ったという話だったが?」

「そうですね」

「では、何故リザードマンに対して負の感情を抱かない?」


 そう言われても、レイとしては首を傾げるしかなかった。

 それこそ、その辺りの事情を一番知りたかったのは、レイなのだから。

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