第2003話
「わははははははははっ!」
「いやぁ、美味い。本当に美味い。今回の仕事に参加して、本当によかったよ!」
「まぁ、こんなに美味い酒や料理を食えるんだからな」
樵達は、全員が酒を飲み、料理を食べている。
樵の数は、全部で十人。
最初の村から幾つか村や街を回り、集めてきた人数だ。
……これだけの数がいれば、当然のようにセト籠の中ではかなり狭く、殆ど身動きが取れない状況になるので、一時間くらい飛んだら地上に降りて少し休憩をする……といったことを繰り返しているうちに、結局夜になった。
本来ならセト籠は五人前後が乗るように出来ているのだから、それも当然だろうが。
もっとも、最初から今日は野営をすることになると思っていたので、酒や料理はしっかりと用意してきている。
とはいえ、料理はレイが元々ミスティリングに収納しているものだし、酒は今回の……狭い場所に閉じ込めるということで、樵達が不機嫌にならないように、美味いと評判の酒をかなりの量、購入してきている。
当然のように、その酒の購入代金はギルドやギルムの上層部から出ているのだが。
そんな訳で、現在樵達は日中セト籠に詰め込まれていた鬱憤を晴らすかのように宴会を行っていた。
(セト籠、もう少し大きければもっと大勢連れていくことが出来るんだけどな)
酒は好まないレイは、セトと共にミスティリングの中から取りだした料理を食べながらそう思う。
もっとも、セト籠の定員が五人から六人というのは、あくまでも全員がストレスなくゆっくりとすごすことが出来るという意味でのものだ。
それを考えれば、多少窮屈でも十人の樵を入れるというのは、そこまで無理な話ではない筈だった。
少なくても、レイが日本にいる時に見た都会のすし詰め状態の電車よりは大分楽なように思える。
……とはいえ、レイはセトの背中に乗って移動しているので、そのような狭い思いは必要なかったが。
「よーし、じゃあまずは俺からだ!」
酒を飲んで騒いでいた樵の中で、一人が急に立ち上がり、歌い始める。
レイにとって意外だったのは、その樵の歌が決して下手ではない……いや、寧ろ上手かったということだろう。
それは、幼なじみが山の中で行方不明になり、樵がそれを探しに夜の山に向かうという歌。
モンスターを倒し、盗賊を倒し、山の中で迷っている女を見つける。
女の手には花があり、それは数年に一度だけ、満月の夜に咲くという花。
女は愛の告白に使われるその花を、自分を探しに来た樵に向かって差し出し……そして、樵は女を抱きしめ、愛の告白をするのだった。
そんな歌を見かけとは違う繊細さで歌い上げた樵は、それを聞いていた他の樵達から大喝采を浴びる。
レイもまた、素直に拍手を送る。
樵の歌の上手さは、それこそ下手な吟遊詩人よりも上だろうと。そう思わせるものがあった。
(樵をやるより、吟遊詩人をやった方が儲かるんじゃないのか? いや、腕の良い樵を集めたこのメンバーの中に入ってるってことは、樵としても腕がいいってことになるのか)
意外と多芸な樵に、少しだけ感心するレイ。
もっとも、樵にしてもレイのような存在から多芸だと言われても、微妙な気分だろう。
傍から見れば、レイは異名持ちの高ランク冒険者で、知られている限り唯一グリフォンを従魔にしており、非常に稀少なアイテムボックスを持ち、炎以外にも様々な魔法――実際にはデスサイズのスキルだが――を使いこなし、更には戦士としても一流の技量を持っているのだ。
それこそ、レイから多芸だと褒められても微妙な気分になってもおかしくはないだろう。
「よし、なら次は俺だ!」
最初の樵に続いて別の樵が歌い出すが、それは最初に歌った樵と比べると明らかに技量では拙かった。
とはいえ、それでも気持ちよく歌っているのを見れば、皆が思わず嬉しそうな笑みを浮かべることになるのだが。
そうして二時間程宴会が続き、やがてレイが口を開く。
「明日も早いし、そろそろ寝るぞ。一応何枚かマントを持ってきてるから、これを掛けて寝てくれ。ただ、マジックテントの中でもこれだけの人数が揃うと結構狭いから、そういうのが嫌だって奴はマジックテントの外、焚き火の近くで寝てもいい」
レイの持つマジックテントは、それなりの広さを持つ。
だが、人にとっては誰かが近くにいると眠れないとか、人が多すぎると眠れないといった者もいるので、一応そう言っておく。
そして、事実四人が自分達はマジックテントの外で寝ると言ってきたのだから、レイの気遣いは間違っていなかったのだろう。
もっとも、その四人はまだ眠たくないのでもう少し外で騒いでいたいというのが、マジックテントの中で眠らないという理由だったが。
「じゃあ、セト。見張りは頼んだぞ。……ついでに、あの四人のこともな」
「グルゥ!」
セトはレイの言葉に分かった、と鳴き声を上げる。
樵達も、最初はセトを怖がっていたのだが、ある程度の時間を一緒にすごすと、決してセトが怖い相手ではない……少なくても、危害を加えない限りは人懐っこい性格をしているというのは分かったのか、まだ初日ということで完全に気を許してはいないながらも、ある程度は信じられるようになったらしい。
セトもそれが分かっているので、焚き火の周りで話している樵達から少し離れた位置で寝転がって周囲の警戒をする。
とはいえ、ここは別にギルムの周辺……辺境の類でもないので、基本的にはそこまで強いモンスターは存在しない。
基本的にはであって、時々妙に強いモンスターが出たりもするのだが。
辺境以外の場合、重要なのは……
「おお、明かりが見えたら、やっぱりここで野営をしてたのか。なぁ、あんたら。こういう場所で野営ってのは危険だぜ? 用心棒とかいらないか?」
周囲の茂みの中から現れてそう言ったのは、二十代程の男。
傍から見れば、善意で言ってるようにも思えるのだが……
「グルルルルルゥ」
その男が最後まで喋ったところで、セトが喉を鳴らしながら起き上がる。
男はセトの存在に気が付いていなかったのか、いきなり起き上がったセトを見て動きを止め……
「グルルルルゥッ!」
セトが鳴くと、周囲に風の矢が二十本姿を現す。
セトのスキル、ウィンドアローだ。
その風の矢は、真っ直ぐ現れた男……ではなく、周囲の茂みに向かって飛んでいく。
「うわぁっ!」
「ちょっ、傷、傷!」
「くそっ、一体何があった!?」
「知るか! それより、今の鳴き声は何かやばい! 逃げるぞ!」
そんな声が聞こえ、茂みを掻き分けながら何人もがこの場から逃げる音が聞こえてきた。
最初に樵達に話し掛けていた男も、仲間が逃げる音が聞こえたのだろう。
その場から全速力で逃げ出していった。
「……盗賊か、もしかして?」
「グルゥ」
樵の言葉に、セトはそうだよと喉を鳴らして再びその場に寝そべる。
もしこの場にいるのがセトだけであれば、それこそ逃げていった盗賊を追ったりもしただろう。
だが、今のセトはこの場にいる四人の樵を守ることもレイに頼まれているのだ。
周囲に他の動物の気配しかないとはいえ、このまま盗賊と思しき存在を追撃するのはやめておいた方がいいのは確実だった。
「お……おう? 何だったんだ、今の」
「もしかして、盗賊だったんじゃねえか?」
「え? 本当かよ」
セトが盗賊を追い払った一連の流れを、ただ見ていることしか出来なかった樵達が呆然とした様子でそれぞれ呟く。
何が起きたのかは分かっているのだが、それを完全には理解してないのだろう。
勿論、樵たちの住んでいる村や街でも、盗賊の被害はない訳でもない。
いや、寧ろ辺境ではない場所で、モンスターの被害が殆どない分、盗賊の被害の方が多いのは事実だった。
だが、それでも盗賊が村を襲うといったことをすることは少なく、襲われるのは一人、もしくは少数で村に向かっている者達というのが圧倒的に多い。
そういう意味では、樵達が盗賊に襲われるといったことは滅多にない。
考えてみれば当然なのだが、樵というのはその仕事から殆どの者が見て分かる程に筋肉がついている者が多い。
そんな樵を襲っても、その辺の盗賊では撃退されてしまう可能性が高いのは確実だった。
それでいながら、樵を襲っても手に入る物は非常に少ない。
商人の類であれば、金や商品の類を持っているが、樵を襲っても得られるのは……斧を始めとして、樵の道具といったところか。
力があるということで、違法奴隷として売ろうと思えば売れるだろうが、それでも獲物としての旨みはかなり少ないのは事実だ。
そうである以上、樵の類が狙われることが少なくなるのは当然だった。
少なくても、樵達が住んでいた場所ではそのような感じだったのだが……
「俺達を襲って、どうする気だったんだと思う? しかも……セトの攻撃で逃げていった数は結構な数だったように思えるけど」
樵の一人が恐る恐るといった様子でセトの方を見ながらもそう呟くと、他の樵達もそれぞれ口を開く。
「俺達はともかく、レイはマジックアイテムを持ってるんだから、襲われてもおかしくはないんじゃないか? ……もっとも、盗賊程度がレイをどうこう出来るとは思えないけど」
「あー……まぁ、あの実力を見せつけられればな」
樵は、食事の途中でレイと腕相撲をやった時のことを思い出しながら、そう告げる。
レイが異名持ちの冒険者だというのは知っていたが、それでも外見が外見だ。
ここにいる面子の中で、外見だけということならレイが一番頼りない。
そんな訳で腕相撲をしてみたのだが……全員があっさりと負けたのは当然として、二人、三人掛かりでレイに腕相撲を挑んでも、勝つことが出来なかった。
とはいえ、それはあくまでもレイの実力の一端をその身で味わったからこそ理解出来ることであり、盗賊達にしてみればそれは理解出来ない。
「まぁ、この時間になってから襲ってきたことを考えると、レイの外見云々とかは関係なく、焚き火の明かりを見て襲ってきたってことなんだろうけど」
「だろうな。でなきゃ、盗賊喰いなんて言われているレイを襲ったりはしないだろ」
「……盗賊喰い? 何だ、それ?」
「ん? 知らないのか? 深紅って異名とは違って、盗賊達を襲撃する趣味を持ったレイを、盗賊達はそう呼んで恐れているらしい」
「盗賊を……いやまぁ、冒険者ならおかしくはないんだろうけど……」
樵達にしてみれば、盗賊と遭遇して倒すというのであれば理解出来るが、自分から探して盗賊を倒す……といった真似は、全く理解出来なかった。
とはいえ、実際にレイがそれをやっている以上、それを不満に思ったりはしないのだが。
盗賊というのは、普通に暮らしている者にしてみれば害悪でしかない。
そうである以上、自分から進んで盗賊を倒してくれるレイという存在は、普通に暮らしている者にしてみれば、喜ぶべきことではあっても不満に思うことではない。
……自分達の住んでいる村の周辺にいる盗賊を優先して倒して欲しい、と。そう思うことはあるのだが。
「ともあれ……セト、ありがとう。助かったよ」
「グルゥ?」
樵の一人が、少し離れた場所で横になっているセトにそう声を掛ける。
こうして、少し離れた場所にいたからこそ、盗賊もセトの存在に気が付くことはなかったのだろう。
「盗賊が近づいていることに気が付かなかったし、それに盗賊達に包囲され掛かっていたというのにも気が付かなかった。もしセトがいなかったら、俺達は間違いなく盗賊に襲われて……運が良くても、生きて奴隷。最悪の場合は殺されていた筈だ。そうならなかったのは、セトのおかげだろ?」
「グルゥ」
うん、と。セトは樵の言葉に頷くように喉を鳴らす。
樵達が幾ら普段から身体を使う仕事をしており、その力が普通より強くても、結局のところそれはあくまでも一般人でしかない。
喧嘩をするのなら強いのかもしれないが、戦い慣れ、そして襲い慣れている盗賊と本気で戦って勝つというのは、不可能とまでは言わないが、かなり難しいのは間違いない。
であれば、セトという存在に恐怖を覚えていたとしても、自分達を助けてくれたのだから、それに感謝するのは当然だった。
そんな樵の様子に、他の樵達も続くようにセトに感謝の言葉を述べていく。
セトも、別に感謝されるつもりで助けた訳ではなく、あくまでもレイに頼まれたから助けただけだ。
だが、それでもやはり感謝されれば、それは当然のように嬉しかった。
こうして、完全にではないにしろ、セトは樵の一部と打ち解けることに成功し……それは翌朝、マジックテントから出て来た他の樵達や、レイですらも驚くことになるのだった。
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