第1983話

『うむ? ……ほう、レイか。久しぶりじゃな』


 対のオーブに表示されたのは、レイにとって見覚えのある顔。

 そう、リッチ……いや、リッチロードと呼ぶのに相応しいグリムだ。

 レイの隣で対のオーブに表示されたグリムを見た三人……エレーナ、マリーナ、ヴィヘラは、その姿を見て息を呑む。

 グリムを知っていても、やはりこうして改めてその姿を見れば驚いてしまうのだろう。


『久しぶりなのはよいが、レイ以外にも人がいるのは、どういうことじゃ?』


 言葉ではレイを責めるような様子のグリムだったが、その声音は寧ろ面白いことがあるといった様子を見せている。

 意外と茶目っ気のあるところを見た三人は、少しだけ緊張が解れる。

 もしかして、グリムが自分達の頼みを聞いてくれるのではないか、と。

 勿論、今のやり取りだけで、本当に心の底からグリムを信じた訳ではない。

 あくまでも、もしかしたら……本当にもしかしたらそのようなことになるのではないかと、そのように思ったのだ。

 そんな三人は、無言でこの場はレイに任せると決めていた。

 元々グリムと関係があるのはレイだけなのだから、その選択は当然ではあったのだが。

 三人に視線を向けられたレイは、グリムの様子にどう答えるべきかを迷いながらも、口を開く。


「あー……実はだな。ちょっと手伝って欲しいことがあって連絡を取ったんだ。エモシオンでのこと、覚えているか?」

『エモシオン? はて……』


 レイの口から出たエモシオンという言葉に、少し考え込む様子をするグリム。

 もっとも、肉や皮はなく、骨……頭蓋骨だけに、恐らくそうなのだろうという風にしか見えないが。


「ほら、海の……」

『おお、あの時のことか。覚えているとも。そう言えば、あの場所はエモシオンと言っておったな。それで? その話題を出すということは、またあの時のように何らかの巨大な存在を転移させて欲しいということかね?』


 話の流れから、こうしてレイが連絡してきた理由を察したのか、グリムはレイに尋ねる。

 実際にそれが間違っていた訳ではない以上、レイは頷きを返し、事情を説明していく。

 ギルムの地下に存在する空間と、そこの空間が裂けて出て来る触手や、生贄、コボルトといった内容を。


『ふむ、なるほど。……色々と興味深いな』


 レイの口からの説明に、グリムがそう告げる。

 グリムが興味を持つとは思っていなかった為か、少しだけ驚くレイ。

 だが、グリムの手を借りるという意味では、向こうが興味を持ってくれたというのは大きい。


「興味を持って貰えたようで何よりだ。……それで、どうだ? レムレースの時と違って、今回の敵はこの世界にいる訳じゃなくて、空間の裂け目……言ってみれば、この世界の外側にいる。それでもどうにか出来そうか?」

『無論だ』


 レイの言葉に、グリムは一切躊躇することなくそう答える。

 それは見栄を張っているといったものではなく、本当に自分の実力に自信があるからこその言葉だろう。


「なら……頼めるか?」

『他ならぬ、レイの頼みじゃしな』


 グリムにとって、レイという存在は特別だった。

 正確には、レイに魔獣術を託したゼパイルこそが、生前のグリムにとっては憧れの存在だったのだ。

 だからこそ、ゼパイルの後継者とも呼ぶべきレイの頼みは、グリムにとって余程のことがない限り聞く。

 ……とはいえ、無償奉仕という形にすれば、レイが何かあったら自分で解決しようとせず、すぐグリムに頼るという形になるかもしれない。


『じゃが、報酬は貰うぞ』

「報酬? まぁ、俺に払えるような報酬ならいいけど、別にグリムは金に困ったりとかはしてないだろ? ……そもそも、金を使うことも出来ないだろうし」

 

 勿論、本当に金を使おうと思えば、グリムなら幾らでもその手段はある。

 単純に誰かを操って何かを買ってこさせたり、商人の中には相手がアンデッドであってもきちんと金を支払ってくれるのであれば問題ないという者も少なくない。

 だが、レイにしてみれば、人が手に入るような物を、グリムが欲しがるとは思えなかったのだ。

 そして、レイの予想は当たる。


『うむ。レイの言葉は間違ってはおらん。儂が欲しいのは……その、今回転移させるという相手じゃ』

「それは……また、何ていうか……」


 あまりに予想外のことだったのか、レイはそれ以上言葉を続けられなくなる。

 いや、驚いているのはレイだけではない。

 グリムとレイのやり取りを黙ってみていたエレーナ達三人も、まさかそのような要求をされるとは思っていなかったのか、声には出さずとも驚いていた。

 そんな中で最初に我に返ったのはレイだった。


「何だってまた、あの触手を?」

『空間の裂け目から姿を現すということは、その存在は空間に干渉する能力を持っているのは確実じゃろう。そうである以上、儂が興味を持つのは当然じゃと思うが?』

「それは……そうだけど……」


 グリムの言うことも分かる。

 また、あくまでも手を貸して貰う立場である以上、グリムが言うのであれば、それを引き受けなければならないのは間違いない。

 あるいは交渉すれば、もしかしたら引いてくれるかもしれないかとレイは一瞬考えたが、グリムの態度を見る限り、一歩も退く様子がないのは確実だった。


『それに、話を聞いた限りでは、その触手はこの世界のモンスターとも限らない。であれば、レイが欲しがる魔石を持っているのかどうかも……怪しいものではないのか?』

「う……」


 実際にあの存在がモンスターなのかどうかというのも、はっきりとしていない。

 いや、それどころかこの世界の存在なのかもはっきりしていないのだ。

 そうである以上、レイが欲する魔石を持っているのかどうかも怪しいだろう。

 だが、怪しいということは持っているかもしれないというのも事実なのだ。


(どうする? グリムに頼めば確実に何とかしてくれるという確信はある。けど、魔石……はないかもしれないけど、素材の類も手に入らないのは困る)


 マジックアイテムの素材として欲しいという思いもあるが、それよりもやはり触手を討伐したという証拠的な意味で、素材が欲しいというのが正直なところだ。

 だが、ここで頷かない場合は恐らくグリムが手を貸さない以上、レイとしてはグリムからの報酬について断るということは出来ない。


「グリム、その辺を何とか出来ないか?」

『ふむ、そうじゃな。……では、こうしよう。レイが素材やら何やらを欲しているのは、その触手とやらを倒したという証明をしたいからだろう?』


 直接そう言った訳ではなかったが、レイの様子からグリムは事情を察していたのか、そう言ってくる。


「あ、ああ。でないと、地下空間にいた触手がどこに行ったのか、本当に倒されたのかどうかってのが客観的に証明出来ないからな」

「触手も、切断されると消えるしね」


 レイに続くように小さく呟いたのは、ヴィヘラだ。

 自分で直接触手と戦っていたからこそ、その辺は実感出来るのだろう。

 レイもその光景を自分の目で見ているだけに、触手そのものを渡されても、そのままの形で維持出来るとは思えなかった。


(いや、もしかしたら触手の根元、空間の裂け目の向こう側にいる奴を倒せば、触手も消えたりしないかもしれないけど)


 一瞬そう考えるものの、恐らくそれは難しいのではないかというのが、レイの予想だった。


『ふむ、その辺は考慮しよう。それとついでにもう一つ譲歩しようか。もし……その触手の主が魔石を持っていた場合、レイに譲ってもいい』


 譲歩と言っているが、グリムにとってそれはどちらかと言えば、当然の行動に近い。

 生前ゼパイルを尊敬していたグリムにしてみれば、ゼパイルが……そしてゼパイル一門が残した魔獣術に協力出来るのであれば、それをしないという選択肢はないのだから。

 とはいえ、当然のようにただでそこまでする訳ではなく……


『もっとも、触手とその主を他の場所に転移させるというのは儂がやるが、その触手を倒すのはレイ達にやって貰うがな。どうじゃ?』

「俺は構わない。いや、それどころか、寧ろ望むところだが……」


 魔獣術に使える魔石を入手出来るかもしれず、触手やその主を倒した証拠も貰える。

 レイにとっては非常にありがたい話だったが、パーティとして……いや、これまでの話の流れから考えると、エレーナも参加し、そしてエレーナが参加するとなれば当然のようにアーラも参加することになるだろう。

 であれば、自分一人だけの意見で決めるという訳にいかないのは当然のことだった。

 とはいえ、視線を向けられた三人もそんなレイの言葉にすぐに頷きを返す。


「問題ないわ。元々私はあの触手と再戦したいと思っていたし。なら、寧ろこの提案は望むところといってもいいわ」

「そんな存在のいる場所が私の家からそう離れていない場所にいるというのは、正直気分が良くないわね。さっさと倒してしまいましょう」

「私も無論のこと、賛成だ。そのような不気味な存在を野放しにしておく訳にはいかぬし、マリーナの家に住んでいる身としては、当然のように家主の意見に従うべきだろう」


 そんな三人に対し、レイは安堵しながら口を開く。


「まさか、そんなにあっさりと俺の頼みを聞いてくれるとは思わなかったよ」

「レイの頼みなんだから、当然でしょ。……実際問題、今回の一件は出来るだけ早く解決した方がいいのは事実だしね。生贄とか、あまり気が進まないし」


 マリーナのその言葉に、エレーナとヴィヘラの二人も頷く。

 処刑が確実になっている犯罪者であっても、やはり生贄は気持ちの良いものではない。

 勿論、本当に他に何の手段もなければ、マリーナ達も生贄を認めただろう。

 だが、その必要がない手段が目の前にある以上、わざわざ生贄を使うという選択肢を選ぶ必要はなかった。

 ……とはいえ、生贄の代わりに選んだ選択は、アンデッドのグリムの協力を仰ぐといったものだったのだが。


『ふむ。どうやら話は纏まったみたいじゃな。……では、最後の確認となる。儂がやるのは、その触手を転移させ、空間の裂け目から出すだけ。その相手との戦いは、レイ達が行う。そして報酬は、討伐したという証明が出来る部位の譲渡と、あれば魔石の譲渡。……それで良いのじゃな?』

「ああ、それでいい。……ダスカー様は説得出来ると考えてもいいな?」

「ええ、こっちで何とかするわ。……色々と誤魔化す必要が出てきて、大変だけど」


 あるいは、ダスカーにならグリムのことを正直に言ってもいいのかもしれない。

 一瞬だけそう思ったマリーナだったが、レイが自分達だけに話してくれた内容である以上、それを易々と他の相手に漏らす訳にはいかない。

 ダスカーなら大丈夫だとは思うが、それでも本来ならアンデッドというのは人に忌み嫌われる存在なのだ。

 そうである以上、どうにかしてグリムの存在を隠しながら触手を強制的に転移させる方法があるという偽りの話、いわゆるカバーストーリーをでっち上げる必要があった。


『では、話は決まったようじゃな。詳しい日時等は、決まったら教えてくれ』

「分かった。ただ、具体的に、どういう条件で触手が出て来るか分からない以上、結構大変かもしれないけど……」

『その辺はレイに任せるよ。……そちらの三人』


 レイと話をしていたグリムは、通話を止める直前になった最後に、エレーナ達に呼び掛ける。

 エレーナ達は、まさか自分達がグリムに話し掛けられるとは思っていなかったのか、驚いた様子で対のオーブに映されている骸骨に視線を向けた。

 三人が自分に視線を向けたのを確認したのか、グリムは対のオーブの向こう側で声を発する。


『レイは強い。才能もある。じゃが、まだ未熟で危なっかしいところも多い。お主達のような女が、レイの側にいてくれることを嬉しく思う』


 そう言い、グリムは頭を下げた。

 ……そう、リッチロードと呼ぶに相応しいグリムが、エレーナ達三人に向かって頭を下げたのだ。

 それは、明らかに驚愕すべき光景だった。

 グリムが頭を下げても、何故かその頭に乗っている王冠が落ちることがないということに意識を奪われていた三人だったが、やがてエレーナが口を開く。


「私は、正直何故グリム殿がレイにそこまで親身になるのか、分からない。分からないが……それでも、私がレイと共にいるのは、自分で選んだことだ。他の二人も同様に。だから、グリム殿がそこまでする必要はない。私達が自分でレイという男を選んだのだから」


 グリムに話し掛けるエレーナの言葉には、既に最初にあった恐怖や畏怖は感じられない。

 グリムと話し、本当にレイのことを思っていると、そう判断したのだろう。

 頭を上げたグリムは、そんなエレーナと同じような視線で自分を見ているマリーナ、ヴィヘラを一瞥すると、一つ頷いて対のオーブの通話を終えるのだった。

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