第1967話
取りあえずもう少しこの地下空間を調べてみるという結論にいたったレイ達。
とはいえ、ヴィヘラの実際の狙いはここを調べるということもそうだが、それ以上にこの地下空間にいれば、もしかしたらピンクの触手が現れるかもしれないという思いがあったからだろう。
レイもそれは理解しているのだが、ピンクの触手について少しでも多くの情報が欲しいというのは、間違いないのない事実だ。
そうである以上、ヴィヘラの行動に不満を言うつもりはなく、寧ろ積極的に引き受けるつもりだった。
もっとも、そのような真似が出来るのは、あくまでもレイであればピンク色の触手に対抗出来るという実績があり、浸魔掌というスキルを使うヴィヘラにも同じように対抗出来るという確信があったからだが。
もしここにいるのがヴィヘラではなく警備兵の類であれば、レイもここに留まるということを絶対に許容しなかっただろう。
「とはいえ、実際にはいつ空間が裂けてあのピンクの触手が出てくるかは分からないんだけどな」
「そうね。出来れば、早いところ出てきてくれればいいんだけど。いつまでもここにいるということは出来ないだろうし」
レイ達が強制捜査をした屋敷に、この地下空間に続く階段があるのは確認出来た。
そうなると、この強制捜査の最大の目的が達成されたことになる。
……勿論、これで他の捜査を止めることになる、という訳ではないのだが。
いや、寧ろこの地下空間と繋がっている階段が見つかったからこそ、他にも何か重要な証拠の類がないのかと、捜査が続けられることになるだろう。
(とはいえ、あの屋敷の主人は完全に何も知らない様子だったしな。だとすれば、何らかの証拠を見つけるにも、一体どこを探したらいいものやら。……そもそも、誰があそこに隠し階段を作ったのかも分からないし)
恐らくは屋敷が建った後で隠し階段を作ったのだろうというのが、レイの予想だった。
だが、同時にどうやって隠し階段を作るのかといったことを、疑問に思うのも当然だろう。
階段を……それも隠し階段を作るとなると、どうやっても目立つし、工事の音が周囲に漏れてしまうので、秘密裏にどうにかするといったことは難しいだろう。
(そうなると、一時的に屋敷に誰もいなくなるような時を狙ってか? それなら、十分に可能性はあるような気がしないでもないけど)
周囲の様子を見回しながら考えていると、不意に声が聞こえてくる。
「おーい、レイさんとヴィヘラさんだよな!? ここに何かあったかー?」
声の聞こえてきた方に視線を向けると、そこでは二人の警備兵がレイ達の方に向かって走ってきていた。
少し前に別の階段から現れた警備兵は、レイとヴィヘラの姿を確認するとすぐに屋敷に戻っていったのだが……今回現れた警備兵は、階段から戻るのではなく積極的にレイ達に向かって情報を集める為に走ってきたのだ。
先程の警備兵と、今の警備兵。
どちらが正しいのかというのは、レイにも分からない。
ただランガのような上に怒られることになるのは、恐らく現在自分に向かってきている警備兵だろうというのは間違いなかった。
とはいえ、それは警備兵がそれぞれ考えることである以上、レイやヴィヘラが何か口にするようなつもりはなかったが。
「レイさん、ヴィヘラさん、どんな感じだ?」
「どんな感じと言われてもな。見ての通り、特に何かがある訳でもない、普通の地下空間だよ」
「普通の地下空間って、一体何よ。……それに、これだけの大きさを持っている地下空間が普通って表現出来る?」
レイの言葉に、若干呆れ込めながらヴィヘラが告げる。
実際、このような空間を普通と表現するのは、とてもではないが似合わない。
明らかにここは普通と呼べないような場所なのは間違いなかった。
「そう言われるとそうか。ただ、取りあえずこうしてここにいても、何も起きていないというのは間違いのない事実だけどな」
「……なるほど。レイさんが昨日ここにいた時は、いつ触手に襲われたんだ?」
「いつって……赤布の連中を連れてきた奴がいて、そいつがこの地下空間の真ん中辺りにまで行ってからだったな。その辺は、俺と一緒に行動していた警備兵が報告書で上げたんじゃないのか?」
「ああ、それでも一応直接見たレイさんから聞きたかったんだ。……そうなると、考えられるのは時間か、場所か、もしくは何か特定の鍵か」
警備兵のその言葉に、レイは少し悩む。
現在の状況で手っ取り早く調べることが出来るのは、やはり場所だろう。
時間という意味では、ここで延々と待っていることしか出来ず、何らかの鍵となれば、昨日真っ先に触手に殺された男が何かを持っていたのかもしれないが、その死体を回収することは出来なかったし、こうして見る限りではここに死体も残っていない。
そうなると、何かあの触手を呼び出すための鍵となるアイテムの類があっても、それを使うという真似は出来ないだろう。
「となると、やっぱりこの空間の中央に行ってみるしかないわね」
レイと同じ結論にいたったヴィヘラが、そのままこの空間の中央に向かって歩き出す。
そんなヴィヘラをレイが追い、警備兵達はお互いに視線を交わすと、レイとヴィヘラの後ろ姿に向かって声を掛ける。
「レイさん、ヴィヘラさん、俺達が一緒にいると多分……いや、確実に足手纏いになるから、俺達は強制捜査をしていた屋敷に戻る。出来れば、触手を自分達の目で見てみたかったけど……」
そう声を掛けてくる警備兵に軽く手を振り、レイはそのまま歩き続け……やがてこの地下空間の中央付近に到着した。
「どう?」
レイに尋ねるヴィヘラだったが、それにレイは首を横に振る。
「いや、特に何かこれといった感覚はないな。昨日は何て言えばいいか……妙な感覚があって、それで空間に裂け目が出来て、触手が出てきたんだが」
「そうなると、やっぱり場所じゃなくて別の理由で昨日は触手が出てきたということなのかしら。けど、そうなると……今ここで触手と戦うのは難しそうね」
残念そうに、心の底から残念そうに呟くヴィヘラ。
レイもまた、少しでも触手の情報を入手出来ないことが非常に残念であるのは同様だったが、そんなレイよりも更に残念そうな様子を見せている。
「こうなると何らかの鍵となるアイテムか何かって可能性の方が高いか? 時間という可能性も十分にあるとは思うけど」
どっちがいい? と視線を向けるレイに、ヴィヘラは当然のように鍵の方と告げる。
時間であれば、それこそずっとここで待ってる必要があるのだが、鍵となるアイテムとなれば、待ち時間というのは必要ないというのが大きいのだろう。
(もっとも、時間の方は待っていれば確実に現れるといういうことになるし、そんなに悪い訳じゃないんだけど)
そう思いつつ、レイは改めて周囲を見回す。
すると、先程とは違った警備兵が階段から下りてきて、こちらの様子を見ているのが分かる。
「隠し階段を見つける奴は結構多そうだな」
「そうね。けど……そう言えばレイ、昨日赤布を連れてきた人達はどの階段からやって来たの? そっちを調べてみればいいんじゃない? もしかしたら、上の屋敷とは繋がっていない可能性があるし」
「……言われてみればそうだな」
地上に屋敷があるのであれば、それこそ今回のように強制捜査されたり、場合によっては襲撃されたりといったことが起きる可能性がある。
だが、もしも敵の本拠地とも呼ぶべき場所が、実は地上からは行けないような場所にあったとすれば、かなり安心なのは間違いないだろう。
ましてや、この地下空間には幾つもの階段が存在し、どの階段がどの屋敷に繋がっているのか。もしくは、一つの屋敷に繋がっている階段が複数存在する可能性もある。
そうなれば、色々と誤魔化しがしやすいというのも間違いのない事実ではあった。
「でしょ? なら、ちょっとそっちを調べてみない? 敵の本拠地だった場合、上手くいけば今回の一件の黒幕を捕まえることも出来るわよ?」
ヴィヘラのその言葉は、レイにとっても十分に魅力があった。
もっとも、ヴィヘラにしてみれば自分が強敵と戦いたいという思いが最初にあることは間違いないのだろうが。
とはいえ、ここで一気に黒幕を捕らえてしまえば、今回の一件では大きな前進……それどころか、一気に解決することになるのは間違いない。
「分かった。なら、ちょっと待ってくれ。……おーい、ちょっといいか!」
少し離れた場所にいる警備兵にレイが呼び掛けると、その声が聞こえて警備兵は若干恐る恐るといった様子でレイ達の方に走ってくる。
もしここで触手が現れたりしたら、自分達は死ぬ可能性が高い。
そう思っているからこそ、どこか怖がっているのだろう。
相手が犯罪者の類であれば、警備兵もここまで怖がることはない。
だが、この地下空間で出てくる相手は触手で、人間ですらない。
その上、レイですら若干苦戦するような強さを持っているということで、もし警備兵が遭遇した場合、余程の幸運がなければ生き残るのは難しいだろう。
それを知っているからこその、慎重な態度だった。
「何だ? 出来れば早くここから出て、屋敷の方に戻りたいんだが」
「悪いけど、あそこの階段」
そう言い、レイは自分とヴィヘラが下りてきた階段を指さす。
「あの階段を上れば、俺達が強制捜査をしていた屋敷に出るから、そこにいる警備兵達に伝言を頼みたい。俺達はこれから向こうの階段……昨日赤布を引き連れてきた相手が下りてきた階段だけど、その階段を上って調べてみると」
「……危険じゃないのか?」
「危険なのは間違いないだろうな」
少しだけ不安を込めて尋ねてくる警備兵に対し、レイはあっさりとそう告げる。
実際にレイとヴィヘラがこれから向かおうとしている階段の先には、敵の本拠地がある可能性が高い以上、危険ではないと言うことは出来なかった。
「けど、今回の一件は多少の危険を冒してでも解決する必要があるし……何より、ヴィヘラがやる気だからな」
「当然でしょ。折角ここまできたのに、触手と戦えないんだもの。こうなったら、敵の本拠地に乗り込んで強敵と戦えることを期待するしかないでしょ」
普通であればその言葉は否定したいところなのだが、それを言ったのがヴィヘラであるとなれば、思わず納得してしまってもおかしくはない。
「そういう訳だ。それに、敵の本拠地に殴り込みを掛けて無事に生き残れるような奴は……まぁ、何人かいたと思うけど、この場にいるのが俺とヴィヘラだけだから、俺達が適任だろ」
レイの言葉に、警備兵は少し考え、やがて頷く。
「分かった。では、俺はレイの伝言を伝えてくる。……レイやヴィヘラに言うべきことではないかもしれないが、くれぐれも気をつけてくれ」
レイやヴィヘラの実力を知っている以上、そう簡単にやられるといったことがないのは分かっている。
分かっているが、それでも二人の顔見知りとして、危険な目に遭わないように警備兵はそう告げた。
レイもそんな警備兵の言葉を理解したのか、頷きを返す。
「分かっている。こっちも色々とやるべきことがあるから、すぐに戻ってくるという訳にはいかないけど、その辺は気をつけて行動するさ。……それに、いざとなったらセトを呼ぶしな」
「聞こえるのか?」
レイがこれから行くのは、どのような場所なのかはまだ分からない。
そこで外にいるセトに呼び掛けても、声が届くのか。
そう告げる警備兵の言葉に、レイは多分大丈夫だろうと頷く。
「俺の言葉なら、多分セトに伝わるだろ」
何の根拠もなく言ってるのではない。
セトは魔獣術によって生み出された存在だ。
そういう意味で、レイとセトは魔力的に繋がっていると言ってもいい。
だからこそ、セトにレイの声が聞こえてもおかしくはなかったのだが、まさか警備兵にそのことを言う訳にもいかないので、ある程度誤魔化すような言葉遣いになってしまったが。
警備兵はそんなレイの言葉に若干の疑問を抱いたものの、グリフォンのセトならレイの声が聞こえてもおかしくはないのだろうと判断し、それ以上詳しく聞くような真似はしない。
「分かった。じゃあ、頼んだ」
短くそれだけを言うと、警備兵はレイの前から去っていく。
そんな後ろ姿を見送り、レイはヴィヘラに視線を向ける。
「さて、じゃあ行くとするか。……ヴィヘラには言うまでもないけど、気をつけて行動するぞ」
「ええ。私も、どうせなら万全の状況で強敵と戦いたいし」
ヴィヘラはレイの言葉に頷き、二人は昨日赤布の男を引き連れた男が出てきた階段に向かって進み始めるのだった。
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