第1943話
パミドールとの会話を終えたレイは、セトと共に再び街中を歩き回っていた。
なお、パミドールの方は目的の場所があるという話で、既に別れている。
「うーん……なぁ、セト。一体どうやって今回の一件の裏で糸を引いてる奴を誘き出せばいいと思う?」
「グルゥ……」
尋ねるレイだったが、セトは喉を鳴らしながら首を横に振る。
レイに聞かれても、セトには特にこれといったアイディアがなかったのだろう。
もっとも、そうであってもレイはセトを責めるような真似はしない。
レイも何も思いつかなかったから、もしかしてという思いと共にセトに尋ねてみたのだから。
「あー、うん。気にするな。別に責めてる訳じゃないから。ただ、いつまでもこのままって訳にもいかないんだよな」
セトを撫でながら呟くレイ。
撫でられているセトは、レイが怒っていないと理解出来たのだろう。嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを撫でつつ、レイはこの騒動にどうするべきなのかを考える。
(向こうが簡単に尻尾を出してくれればいいんだけど、その気配が全くないんだよな。何かやろうとする時には、赤布を使ってくるし。……そもそも、赤布が残りどれくらいいるのかも分からないというのは痛い。グランジェもその辺は分からなかったみたいだし)
そもそも、グランジェはあくまでも土壁を壊す指揮を執ることと、同時にその後で赤布たちをコボルトに処分させる為に雇われたのだ。
そうである以上、グランジェ本人が赤布について……ましてや、その背後にいる相手について分かっている筈もない。
一応分かっている場所として拠点を見張っていたが、その見張っていた警備兵達は赤布に襲われるといった結末になってしまった。
こうなってしまうと、もう手掛かりが殆どないというのが、レイの現在の感想だった。
(奇襲してきた赤布の連中は殆ど捕らえたらしいけど、これまでの流れから考えると手掛かりを持っている可能性はまずない。となると……やっぱり一番無難なのは、こうやって街中を歩いて俺がここにいるというのを示してみせることか? そうなると、こうやって街中を歩くのも一応意味があるってことなんだろうな)
そんな風に考えつつ、地面を歩きながら周囲を見回し……
「あ」
ふと、見覚えのある顔を見つけ、その動きを止める。
先程パミドールに声を掛けられた時と似たような流れだったが、今回それが違うのはレイが向こうを見つけたということ。
そして、丁度会ったばかりということもあり、レイが相手の顔を忘れていなかったことだ。
「っ!?」
レイの呟きが聞こえたのか、その相手は不意にレイの方を見て息を呑む。
それでも逃げようとしなかったのは、レイが無意味に自分を攻撃するようなことはないと判断していたからだろう。
……実際には、その男よりもグランジェという重要な人物が逃げ出したから追っただけであって、その男……赤布の一人で、レイが遭遇した時には土壁を作ったことに不満を言っていた男と言い争いをしていた人物は、どうでもいいから見逃したというのが正しいのだが。
ともあれ、レイはセトと共にその男に近づいていく。
向こうはレイが近づいて来るのを見ても、逃げ出す様子がなく、待ち受ける。
もっとも、逃げても捕まるだけだと考えているだけなのかもしれないが。
「お前、まだギルムにいたのか」
「……いや、当然だろ。今の状況でギルムから出て行くってのは自殺行為だろ。しかも一人で」
「だろうな。けど、それでもこうして表通りにいるってのは、それこそ自殺行為じゃないのか? お前も見つかれば危険だろうし」
この場合の危険というのは、警備兵に見つかる……という意味ではない。
グランジェを雇った連中に見つかれば危険だということだ。
この男はグランジェと一緒に行動しており、グランジェがコボルトにこの男達を殺させることを知っている……と、今回の黒幕がそう考えただけで、この男を殺そうと思ってもおかしくはないし、それをやるだけの力もある筈だった。
にも関わらず、こうして暢気に表通りを歩いているのだから、レイとしては呆れるのは当然だった。
「そう言ってもな。スラム街に行く訳にもいかないし」
この男が赤布としてスラム街にちょっかいを出した訳ではないが、別の赤布がそのような事態を起こしたのは事実だ。
そうである以上、もし男がスラム街に行って赤布だと知られたら、それこそ命に関わるような怪我をすることにもなりかねない。
男もそれが分かっているからこそ、スラム街に行くといった真似はしていないのだろう。
「自業自得だろ。……にしても、どうするか。いっそお前もグランジェと一緒の場所に行くか?」
「……あいつと? あいつ、一体どうしたんだよ?」
あの場で別れた以上、当然のように男はグランジェが現在どこにいるのかは分からない。
だからこそそうして尋ねたのだが、その表情に若干の恐れがあるのは……グランジェのいる場所があの世だとでも言われるかと思ったからか。
実際、レイが昨日グランジェを追った時の勢いを考えれば、男がそのように思っても不思議ではないのだが。
それでも今のレイの言葉から、別に死んだ訳ではないと、そして警備兵に捕まった訳でもないというのを、理解して尋ねる。
「ギルムの諜報部隊に渡した。恐らく、今頃は色々と訓練している筈だ。……いや、寧ろ勉強と言ってもいいのかもしれないけどな」
ギルムの裏で活動する諜報部隊だからといって、座学の類はやらなくてもいい訳ではない。
いや、寧ろそのような存在だからこそ、色々と覚えることもある。
裏の存在でも……いや、裏の存在だからこそ、その辺りはしっかりとしなければならないのだ。
(考えてみれば、エッグの部下の見るからにチンピラとかにしか見えないような連中も、そういう座学をやってるんだよな)
そんな風に思っていると、レイと話していた男は心の底から嫌そうな表情を浮かべ……それに、レイは疑問を抱く。
勉強と言われてここまで嫌がっているということは、それは即ち目の前の男が勉強というのを具体的に知っているように思えたからだ。
もし今まで勉強を一切したことがないのであれば、それこそ勉強と言われてもここまで拒否反応を起こすことはないように思えた。
あるいは、誰かから勉強というのがどんなに大変で面倒臭い苦行なのかというのを、聞いていたという可能性もあるが。
「何だ、そんなに勉強は嫌か?」
「……ああ」
「けど、今のお前に他に頼るべき相手はいるのか? もしいるのなら、そっちに頼ってもいいけど……そういう奴がこんな状況でのこのこと表通りを歩いていたりはしないだろ。まぁ、何も考えてないからそんな真似をしたのかもしれないけど」
「ぐっ、そ、それは……」
言葉に詰まる男。
実際、レイに言われるまでは、自分がそんなに危ない真似をしているという実感がなかったのだろう。
それでも勉強は嫌だったのか、男は少し考え……やがて、口に出す。
「なら、俺はこのままここにいないで、ちょっと前に聞いた場所に身を隠す。それなら、お前に頼らなくてもいいし、勉強とかもしなくてもいいだろ」
「まぁ、それで向こうに見つからないと……」
いいけどな。
そう言おうとしたレイは、ふとその動きを止める。
何か気になったことがあった為で、今の会話を思い出し……ふと気が付く。
「ちょっと前に聞いた場所って言ったか? それは、一体誰からだ?」
「は? いや、誰からって……あー……誰だったか」
レイの言葉が意外だった為だろう。男は誰から聞いたのかを思い出そうとし、やがて口を開く。
「俺達に食料とかを持ってきてくれてた奴だな。外に出られなくて俺達も暇だったから、食料を持ってくる連中と何だかんだで結構話したりするようになってたんだよ。そんな会話の中で、何かの拍子に聞いた……んだったと思う」
「そこに行くって言ってた割には、随分と曖昧な表現だな」
「そう言われたって、こっちはレイの言葉でそのことを思い出したんだから、しょうがねえだろ」
不満そうに言う男だったが、レイにとってはそれどころではない。
この男に食料を運んでいた男が言っていた場所……それはつまり、今回のコボルトの一件の黒幕の拠点の一つという可能性が高かったからだ。
それこそ、もしかしたらグランジェが知っていた使い捨ての拠点ではなく、本当の意味での拠点の可能性も高い。
(食料を持ってきてたって奴が、意図的に流した情報……という可能性もあるか? いや、けどこの男がこうして俺に見つかって話をするなんてことをするとは、向こうだって思わなかった筈だ。となると、可能性としては十分にある。なら……)
素早く考えを纏める。
それこそ、もしかしたらこの男は今回の一件で行き詰まっていた現状を打破する為の、重要な鍵である可能性が高いのだから。
「それはどこだ?」
「え? ちょっ、おい。いきなりなんだよ」
「いいから、教えろ。もしそれを教えたら……そうだな、お前を警備兵に匿うように言ってやるよ」
「……本当か?」
いきなり態度が変わったレイの言葉に、男が疑わしそうに尋ねる。
まさか、今までは完全に見捨てる……とまではいかないが、それでもそこまで便宜を図るつもりがなかったレイが、いきなり自分を匿うと言い出したのだから、それを怪しむなという方が無理だろう。
もっとも、レイが言ったのはあくまでも警備兵に匿うように言うだけで、レイ本人が男を匿うつもりはなかったのだが。
「本当だ。お前が持っている情報はそれだけ重要な代物だってことだよ。……自覚はないみたいだけどな」
今回の一件の裏にいる人物に繋がる手掛かりの類は全くなく、レイと警備兵は捜査に完全に行き詰まっていた。
そんなところで、いきなり出てきた手掛かりなのだから、それを逃すという選択肢は存在しない。
ましてや、男の言葉を聞く限り、もしかしたら他にも自分では重要と思っていなくても、実際には重要な情報がある可能性がある。
であれば、そのような重要な情報源を見逃すという選択肢はレイにはない。
「取りあえず、警備兵の詰め所に行くぞ。そこでお前が知ってることを洗いざらい吐いて貰う」
「お、おい? ちょっ、ちょっと待って。それって、もしかして俺を取り調べるとか、そういうことだったりしないよな!?」
洗いざらい吐くと言われた男は、当然のようにもしかして自分が警備兵に匿われるというのは、実際には捕まるということではないかと、疑問に思う。
……実際、レイが考えているのは牢屋かどこかに入れて守るということなので、それは間違っていないのかもしれないが。
「そんなつもりはないが、お前を守る為にはどこか頑丈な場所にいてもらうのが最善だ。そういう意味で、牢屋ってのはかなり好条件だ。……少なくても、警備兵がいるんだから、そう簡単に牢屋まで向こうの手の者がやってくるということは考えなくてもいい」
「それはそうだが……自由に外を歩けないのか?」
「当然だ」
男の言葉に、レイは何を言ってるんだ? といった様子で告げる。
「今のように、外を自由に出歩いたりしていれば、お前を狙ってる追っ手がいた場合、好機なのは間違いない。それともお前は、人混みに紛れて攻撃してくるような相手をどうにか出来るのか? 殺気を感じる能力とかがあれば、何とか出来るかもしれないが……」
無理だろ、と。言外に告げるレイ。
そんなレイの態度に男も思うところはあったのだが、実際殺気や気配といったものを感じることは出来ないので、何も言えない。
その手の能力があれば、人混みの中にいてもある程度は安全なのだが……そんなことが出来ない以上、今の男には街中に出るという選択肢はない。
一時の強がりでレイに庇護を求めないということも一瞬考えたが、レイの言動から考えると、そのようなことをした場合は間違いなく自分が死ぬと理解出来てしまう。
「ああ」
「なら、警備兵の詰め所に行くということで問題はないな?」
「そうしてくれ。ただ、言っておくけど、さっき俺が聞いたって場所に何もなくても、怒るなよ? あくまでも、それは世間話の中で出てきたことなんだから」
折角警備兵に守って貰えると思ったら、実はその情報は役立たずでしたと言われ、呆気なく放り出されるようなことになったら堪らない。
そう思いつつ告げる男に、レイは問題はないと頷きを返す。
「その辺は大丈夫だろ。警備兵達は何だかんだと責任感が強いし。もしお前が何も知らなくても、取り合えず守るといったことは大丈夫だと思うぞ」
そんなレイの言葉に、男はようやく警備兵の詰め所に行くことを承知するのだった。
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