第1944話

「レイ? どうしたんだ、いきなり戻ってきて」


 詰め所の前でレイにそう尋ねたのは、警備兵。

 ただし、先程レイが見た厳しい表情を浮かべた警備兵ではなく、もっと柔和な表情を浮かべている別の警備兵だ。

 先程の警備兵との落差が大きいだけに、思わず笑ってしまいそうになるレイだったが何とか我慢して口を開く。


「ああ。手掛かりを持ってる奴を見つけたんでな。連れてきた。……土壁を壊そうとした赤布の生き残りだ」


 赤布という言葉に、警備兵は柔和な表情から一転、鋭い視線を赤布に向ける。

 そんな視線を向けられた男は、半ば反射的に後退る。


(警備兵は、赤布に随分と手を焼かされたからな。こうなるのもしょうがないか)


 警備兵の変化を見ながら納得するレイだったが、だからといって警備兵をこのままにして、手掛かりとなる男を怯えさせる訳にもいかない。


「落ち着け。結局昨日は何も出来なかったんだ。それに、今はどんなのでもいいから、少しでも手掛かりが欲しいところだろ」

「……分かった」


 レイの言葉に反論出来ず、警備兵はそう答える。

 とはいえ、反論出来なかったからといって、赤布に対して思うものが消えた訳ではない。

 その証拠に、現在も男を見る視線には厳しいものがあるのだから。

 言葉を交わしている間に、セトは先程も寝転がっていた場所に移動して、同じように寝転がった。


「取りあえず中に入るぞ。こいつから色々と事情を聞く必要があるし、今回の黒幕がこいつに追っ手を掛ける……って可能性も皆無って訳じゃないしな」


 その言葉に、警備兵は渋々とではあるが中に入るのを許可する。

 ……どちらかといえば、黙認といった様子にも見えたが。

 そうして詰め所の中にレイが入れば、当然のように中にいた警備兵達は驚く。

 少し前に出て行ったばかりのレイが戻ってきたのだから、当然だろう。

 それも一人ではなく、一人の男を連れて。


「そっちは誰だ? レイが連れてきたってことは、今回の一件に関係してるのか?」


 警備兵の一人が、男を見ながらそう尋ねる。

 レイは詰め所の前に立っていた警備兵に対してしたのと同じ説明をするが……やはり赤布と聞けば、面白くないと思う者は多いのか、男を見る目が鋭くなる。

 ……そんな視線を向けられた男の方は、レイの口車に乗ってここまでやってきたことを、本格的に後悔していた。


(えー、本当に大丈夫か、これ。もしかして……ここに来ない方が良かったんじゃないか? けど、追っ手が来るってレイが言うしな)


 男も赤布をやっていただけあって、多少は腕に自信がある。

 だが、それはあくまでも一般人と比べてという話であって、冒険者を相手にした場合はまず勝てるとは思わなかったし、それは対人訓練を積んでいる警備兵が相手でも同様だ。

 そんな自分が、こうして厳しい視線を向けてくる警備兵のいる場所で守られるというのは、どう考えても精神的に厳しいものがあった。

 とはいえ、レイがここ以外を紹介するかと言われれば、恐らく答えは否だ。


「つまり、そいつが持っている情報を引き出せばいい訳だ」

「そうだ。……ただし、手荒じゃない手段でな。取りあえず向こうの拠点、それもグランジェが知っていたような使い捨てじゃない、本当の拠点は判明してるんだが……どうする?」


 どうする? という、その言葉が意味してるのは、これからすぐにその拠点に攻め込むのか、もう少し情報を集めてから攻め込むのか、もしくはグランジェの時のように見張りを置いて向こうの出方を見るのか、もしくはそれ以外の選択肢かという問いだ。

 とはいえ、警備兵の中に裏切り者がいる可能性がある以上、むやみに時間を掛ければまた後手に回る可能性が高い。


(あ、そう言えば警備兵の中に裏切り者がいるのなら、こいつを詰め所に預けておくのも危険じゃないのか? ……まぁ、見た感じでは警備兵達でお互いにお互いを見張ってるようにしてるから、多分大丈夫だろうけど)


 少しだけ失敗したと思ったレイだったが、もうこうしてここまで来てしまった以上はどうしようもない。

 そもそも、警備兵の中にいる裏切り者というのはこの詰め所にいる警備兵ではなく、もっと上の立場の人間という可能性が高かった。……あくまでも、裏切り者がいる場合なら、の話だが。

 取りあえず大丈夫だろうと考え、レイは警備兵に視線を向ける。

 少なくても、こうしてレイが見ている者の中には裏切り者がいるようには思えなかった。

 ……別にレイに人を見る目がある訳でもない以上、ここにいる警備兵が本当に安全かどうかは保証出来ないのだが。


「どうするって言われてもな。……生憎と、拠点を見張っていた連中が奇襲されたせいで、すぐに動ける奴はそんなにいないんだよ。それこそ、動けて数人ってところか」

「数人か。もし今から行くのなら、俺とセトも行く予定だ。だとすれば、数人いれば十分じゃないか?」


 レイの言葉は、間違いなく事実でもあった。

 寧ろレイとセトがいれば、それだけで戦力としては十分だろう。

 そこで警備兵を連れて行くというのは、いざという時……誰かに何らかの説明をする必要があるような時に、その役目を押しつける為だろう。

 警備兵もそれは分かっていたのだろうが、すぐに頷きを返す。

 押しつけられた……という思いがない訳でもないが、元々その手の仕事は警備兵がやるものだと、そのように思っていた為だ。

 また、今すぐに行くのであれば、レイとセトという強大な戦力が自分達に味方するというのも大きい。

 向こうが具体的にどのような力を用意してるのか分からない以上、戦力を可能な限り揃えるというのは当然のことだった。

 その場にいた警備兵達がそれぞれ視線を交わし、やがて一人の警備兵が頷く。


「分かった。なら、こちらもすぐに準備を整える。今からすぐに行くにしても、この人数では足りないだろうしな」


 この部屋にいる警備兵の数は、五人だ。

 そうである以上、敵の拠点を襲うのに戦力として心許ないのは間違いない。

 ……正確には、純粋な戦力という点ではレイとセトがいるので問題はないのだろうが、拠点にいるだろう者達を逃がさないように周囲を固めるという意味での戦力だ。

 幾らレイとセトが強いとはいえ、あくまでもレイとセトは一人と一匹だ。

 もし四方八方に敵が逃げ出すようなことにでもなった場合、その全てを捕まえるといった真似はまず出来ない。

 これが、全員を殺すという意味でならレイとセトで問題なく出来るのだろうが、今回の目的はあくまでも情報収集だ。

 コボルトの黒幕に繋がる手掛かりを見つけることが、最優先だった。

 本当の意味で拠点の一つなら、そこには書類といった手掛かりになりそうなものがある可能性もあるが、捕らえた者達を尋問して得られる情報は間違いなく貴重だった。

 だからこそ、警備兵側でも出来るだけ人数を多く揃えたいと思うのは、当然のことだろう。


(警備兵の中に情報を流している者がいるのなら、それこそ妙な動きをして炙り出されるって可能性もあるだろうし)


 もし今回の一件で情報を流した者がいた場合、その人物を見つけられるかもしれないという点でも、拠点の襲撃は大きい。


「さて、そんな訳で話が決まったけど……」


 部屋の中にいた警備兵が、早速人手を集めに行ったのを見ながら、レイは赤布の男に声を掛ける。


「お前が知っている向こうの拠点ってのは、一体どこなんだ?」


 ここで嘘や誤魔化しを口にしたら承知しないといった視線で赤布の男を見るレイだったが、赤布の男だって自分の命に危機が迫っていると言われれば、ここで嘘を言うような馬鹿な真似はしない。

 ……実際には、男が狙われる可能性が高いというのは、あくまでもレイの予想でしかないのだが、レイのような異名持ちの冒険者がそう言うのであれば、と。完全に信じ込んでしまっていた。

 もっとも、レイにしてみればそれは大袈裟でも何でもなく、本当に刺客が送られてもおかしくはないと思っているのだが。


「貴族街からそう遠くない場所にある家だ」

「貴族街の近くだって? ……貴族街そのものではなくても、よくもまぁ、そんな場所に拠点を持っていたものだ」


 貴族街というのは、当然のように警備が厳しい。

 貴族達がそれぞれ雇っている兵士や騎士、冒険者といった面々がそれぞれ貴族街を見回っているからだ。

 貴族街の中でなくても、貴族街の近くであるというだけで、ある程度安全度は高まる。

 だが、当然のようにそのような場所にある建物を借りる、もしくは買い取るといった真似をすれば高く付く。


「まぁ、それだけに俺達に見つかりにくいというのはあったんだろうけどな」


 警備兵の一人が呟いたその言葉に、何人かが頷くが……その中の一人が疑問を口にする。


「貴族街の中の建物じゃなくても、そういう場所を借りるとなると、金だけじゃなくて信用とかも必要になってくる。そう考えれば、今回の件の裏にいるのは思ったよりも大物の可能性があるな」

「赤布を操ったり、コボルトを集めるなんて真似をしてるんだ。普通の奴でないことだけは、確実だろうな」

「あー、まぁ、そりゃあな。そもそも状況証拠だけしかないから、本当に赤布を匿っていた連中がコボルトの件の黒幕だとも限らないんだよな」


 状況証拠だけでなら、ほぼ確実に黒幕であるというのは決まっている。

 それこそ、コボルトを防ぐ為にレイが作った土壁を破壊しようとした時点で……それも破壊が終わったら赤布の男達をコボルト達に殺させるようにグランジェに依頼をしたという時点で、明らかに真っ黒と言ってもいいだろう。

 だが、明確な証拠はない。

 それこそレイが主張しているような、コボルトを集めたり操ったりといったことが出来るマジックアイテムの現物でも出てくれば、話は別だったが。


(見せ掛けじゃない拠点ってことは、マジックアイテムが置かれている可能性はあるのか? そもそも、ギルムは準都市と呼ぶくらいに広いとはいえ、好き勝手に拠点を幾つも用意することは出来ない……訳じゃないけど、かなり難しい筈だ)


 そうなると、可能性としては赤布の男から聞き出した場所にある拠点にマジックアイテムがあるということもある。

 もっとも、レイとしては恐らくないだろうという思いの方が強かったのだが。


「ともあれ、だ。警備兵の準備が終わったら、すぐにでも出た方がいいな。向こうに情報が流れる可能性は、少なければ少ない程いいし」


 レイの言葉に、警備兵の何人かが微妙に嫌そうな表情を浮かべる。

 だが、実際に情報が流れた可能性が高い以上、即座にそれを否定出来ないのも、間違いのない事実だった。


「もう準備はさせているから、そこまでレイを待たせるようなことない。……それより、そっちの男はレイが言ってた通り、牢屋に入れておけばいいんだな?」


 赤布の男を見ながら尋ねる警備兵に、レイは頷きを返す。


「ああ、そうしてくれ。ただ、別に犯罪者って訳じゃない……いや、一応犯罪者なのか」


 赤布として色々と悪さをした以上、男は犯罪者と言っても間違いではない。

 とはいえ、赤布が犯した罪というのは、喧嘩や恐喝、暴行……中には軽犯罪と呼ぶには少し難しいものがあるが、それでも殺人といったことはしていない。

 そのような軽犯罪でも、数を繰り返せば罪は重くなるのは間違いないのだが。


「ともあれ、こっちに情報をもたらしてくれたのは、間違いのない事実だ。それを考えると、寒くないようにとか、食事もそれなりのを与えるとか、そんな感じでしておいてくれ」

「……分かった」


 若干不満そうではあったが、それでも警備兵はレイの言葉に頷きを返す。

 男の情報が、コボルトの一件で大きく動くという可能性が高いのは、間違いのない事実なのだ。

 であれば、警備兵としても男の貢献を無視する訳にはいかない。


「そんな訳で、お前は今日から目出度く牢屋入りだ」

「……とてもじゃねえが、目出度くねえよ」

 

 赤布の男は面白くなさそうにレイに返すが、自分の命を守る為には警備兵に頼るのが最善の選択肢なのは間違いないと分かっているのか、不満を口にしつつもそれを断るといったことはしない。

 牢屋にいるのと、自分が死ぬこと。そのどちらを選ぶかと言われれば、やはり男として選ぶことが出来るのは前者だ。


「ほら、行くぞ。安心しろ、レイが言うように、他の犯罪者よりは優遇してやる」


 警備兵に促され、男はそのまま部屋を出ていく。


「ふん」


 男の姿が消えると、警備兵の一人が不満そうに鼻を鳴らす。

 警備兵としては、やはり今回の一件で男を匿うようなことをするのは、面白くないのだろう。

 それでも、他にもまだ情報を持っている可能性がある以上、不満を直接口にすることは出来なかったのだが。

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