第1931話

 レイに首を押さえつけられ、身動き出来なかったグランジェだったが、本当に諦めたのかレイに向かって手を放すように告げてくる。

 だが、レイはそんなグランジェの首の後ろを押さえたまま、放す様子はない。


「放して欲しければ、まず俺の質問に答えて貰おうか。それくらいの余裕はあるだろ?」

「そう言われても……冬で地面に雪も積もっているような状況で、地面に押さえつけられたままだと、私の身体が冷えてしまいますが」

「だろうな。ただ、お前がしっかりと情報を言えば、こちらとしてもいつまでもこのような姿勢にしなくてもいい。……さて、それでだ。何を考えて赤布の連中に土壁を壊させようとしたんだ?」


 それが、レイにとって一番知りたい……という訳ではないのだが、グランジェが本当に自分の欲している情報を持っているのか……そして、情報を持っていてもそれを自分に言う気はあるのかといったことを探る為には、この質問が無難なものだった。


「何を考えてと言われても……普通に考えれば、やはりコボルトをギルムの中に入れたかったのでは?」

「何故そんな真似をする?」

「さて……残念ながら私もそこまで向こうに信頼されている訳ではない以上、全てを知ってる訳ではありません」


 その一言に、レイはグランジェの首を捕まえている手に力を込める。

 当然グランジェもそれを感じ、このままでは首の骨が折られると思ったのか、慌てて口を開く。


「他に情報がない訳じゃないですよ。例えば……そう、土壁を破壊したら、恐らくコボルトがそこから溢れてくるのは当然でしょう。それを利用して、赤布の者達を始末するようにと言われてました」

「……何?」


 グランジェの口から出てきたのが予想外の言葉だったのか、レイは首を掴んでいた手を止める。


「何で赤布の連中を始末するんだ? あの連中は、手足として使ってるんじゃないのか? ……まぁ、悪い意味で有名になりすぎたってのはあるけど」


 レイが知ってる限りでも、赤布の者達は色々と騒動を起こしていた。

 実際、先程も睨み合っていた集団の一人が赤布の男だと見抜いていたのを見れば、それは明らかだろう。

 つまり、何か行動を起こすにしても、すぐに赤布だと見破られてしまう可能性があり、手駒としては使いにくい存在となっているのは明らかだった。

 だが……それでも、何であっても使い道はある。

 表に出せないような存在なら、それこそ裏で……あまり表沙汰にならないようなところで使うという方法もある筈だった。

 にも関わらず、グランジェが言ってることが真実であるのなら、手駒となる筈の赤布達を纏めて処分しようとしていたことになる。


「さて、詳しい話は私も分かりませんが……ただ、用済みになったので、という風には小さく漏らしてましたね」

「……用済み? となると、他に手駒となる者達を手に入れたのか?」

「その辺は私も分かりません。ですが、向こうが彼らを処分しようとしていたのは事実です」


 処分と口にしているが、それはつまり男達を殺すということを意味している。

 それでもグランジェは特に後ろめたい様子も見せず、そう告げた。


(何でだ? 例え新しい手駒が手に入ったからといって、あっさりと切り捨てるような真似をする必要があるか? それこそ使い道は幾らでも……いや、待て。警備兵から聞いた話だと、赤布ってのはさっきのような三十人程度じゃなかった筈だ。となると、赤布の中でも役立たずを切り捨てる為に? ……それなら納得出来るか)


 何となく納得出来たような気がして、取りあえずその点は置いておく。

 実際、レイを見た時の赤布達の反応を見れば、役立たずだと分類されてもおかしくはなかったというのも、この場合は大きいだろう。


「まぁ、取りあえずその点については納得してやってもいい。……なら、次だ。お前が依頼を受けた相手と連絡を取る手段は? もしくは、連絡をする場所でもいい」


 赤布を始末するつもりだったと言われて驚いたレイだったが、実際にはこちらの方が正確に知りたい情報だった。

 連絡先が分かれば、それはつまりそこには赤布の背後にいた者がいるということになり、何らかの方法――まだ、レイとしてはマジックアイテム説を捨てていなかった――でコボルトを呼び寄せている仕組みが判明する可能性が高い。

 それを知る為に絶対に必要な情報が、それだった。

 ……もっとも、レイが土壁を作った為に既に大半のコボルトがギルムに入ってくるようなことは出来なくなっているので、そこまで致命的なものではないのだが。

 ギガント・タートルの解体現場の方に流れているのは、護衛をしている者達が倒しているので、特に大きな問題はない。

 実際、街中にコボルトが入る心配がかなり少なくなったというのは、ダスカーにとってもギルドにとっても、そしてギルムの住人にとっても非常に大きいことだった。


「えーっと、それは……一応私の信用問題にも関わってくるので、出来れば言いたくないのですが……駄目ですか?」


 そうレイに尋ねたグランジェだったが、レイは返事の代わりに首を掴んだ手の力を強くする。


「ぎゃっ! わ、分かりました! 言います、言いますので、少し力を緩めて下さい!」


 握力だけで首の骨を折られそうになり、グランジェは慌てたようにそう告げる。

 もっとも、もしグランジェの口がもう少し固くても、レイが本当に首の骨を折るといった真似はしなかっただろうが。

 何しろ、グランジェはようやく……本当にようやく見つけた、コボルトの一件の手掛かりなのだ。

 そうである以上、その折角の手掛かりを、呆気なく殺すような真似をする筈がなかった。

 ……答えなければ殺されると、そう思わせることが必須ではあったのだが。

 だが、幸いグランジェはレイがどれだけ常識外れな存在なのかというのは、当然のように知っている。

 だからこそ、そこまで本格的に脅すような真似をしなくても、こうして喋る気になったのだろう。


「そうか。大人しくこっちの言うことを聞いてくれたようで何よりだよ。……で、繰り返すぞ? お前が依頼を受けた相手と連絡を取る手段、もしくは連絡に向かう場所はどこだ?」

「……連絡をする手段は、直接隠れ家に行くことになっています。ただ、そこはあくまでも私が連絡をしに行く場所であって、そこが本当の意味で相手の拠点という訳ではないかと。少なくても、私がその家にいる時は人の気配が殆どありませんでしたし」

「用心深いな。いや、人を雇うということを考えれば、当然かもしれないが」


 本当に信用出来る、自分の子飼いの部下を使うというのであればまだしも、依頼の請負だけをするような相手と接触する場所は、別に用意しておくというのは多少の用心深さを持っていればおかしくないことだった。

 そもそもの話、コボルトとはいえモンスターをギルムの中に誘引するような真似をしているのだ。

 見つかれば間違いなく捕まるし、処刑されることになるだろう。

 それを考えれば、ここで用心しない……という選択肢は存在しなくて当然だった。


「どうします? 私が知ってる場所は、あくまでも仮の拠点にすぎません。それでも聞きますか?」

「当然だ。そこが仮の拠点であっても、拠点であるのは変わらない。そこを出入りしている奴を調べれば、向こうの手掛かりくらいにはなる筈だし」

「……分かりました」


 もう誤魔化すことは出来ないと判断したのか、グランジェは首を押さえられたままではあったが大人しく頷く。


「話しますので、首から手を放して貰っても構わないでしょうか? このままだと、寒くて喋るのにも影響が出てきますので」


 冷たい地面の上に横になるのは、本人の予想以上に体力を奪う。

 グランジェもそれを理解……いや、実感しているからこそ、そう言ってきたのだろう。


(さて、どうするべきか。……いや、それこそ今こいつにどうにかなられると困る以上、起こした方がいいか)


 そう判断し、掴んでいた首の後ろを離す。

 離しながらも、グランジェが動いたらすぐにでも反応出来るように準備していたのは、やはり逃げ出した時、即座に捕らえるようにという判断からなのだろう。

 とはいえ、グランジェも今の状況でレイから逃げられるとは思っていない。

 自分が万全の状況で気配を消して隠れていても見つけられたのだ。

 それが、目の前にレイがいる状況……それもつい先程まで冬の地面に横になっていた状況で、身体の芯まで冷えている。

 そのようなコンディションで、レイから逃げ切れる筈もない。

 ……もっとも、それは逃げ切れる確信があれば逃げていたということを意味しているのだが。


「これで文句はないな。……それで、お前が連絡するっていう拠点はどこにある?」

「スラム街からそう遠くない場所ですよ。ミシュンの店という名前の雑貨屋をご存じですか? そこから……」


 そう言い、グランジェは素直に拠点の場所を説明していく。

 もっとも、それはあくまでもグランジェが言ってるだけであって、実際には説明された場所に本当に拠点があるのかどうか……もしくは、拠点があってもそれが本当に使われている拠点なのかどうかというのは、まだ分からないのだが。


「なるほど。……なら、早速行くからお前にも一緒に来て貰うぞ」

「それは勘弁してくれませんか? 現在の私は雇われの身です。それが、雇い主の情報を喋ったとなると、色々と体裁が悪いので」

「そう言われてもな。お前に説明された場所はなんとなく分かるが、実際にそこに行ってみた時、そこが本当に使われているのかどうか……もしくは、罠じゃないのかどうかというのを確認する必要があると思うが? ……何より、お前がこれからのことを心配するのは、気が早いと思うぞ」


 そう告げるレイだったが、その言葉は大袈裟でも何でもない。

 コボルトを街中に引き入れるような真似をしていた相手からの……しかも、それを理解した上で雇われていたのだ。

 当然のように、警備兵に引き渡した場合は大きな罪となるのは確実だった。


「その辺は、異名持ちの影響力で何とか出来ませんか? 私は、こう見えても結構役に立つと思いますよ?」


 気取った様子で告げるグランジェだったが、笑みを浮かべつつもその視線には真剣な色がある。

 当然だろう。ここで何とかしなければ、それこそレイが言ってるようにこの先の自分に未来はないのだから。

 そうである以上、何とかレイに口添えをして貰う必要があった。


「ふむ、そうだな。……なら、その辺は少し考えてもいい。もっとも、俺が紹介出来るような場所なんて殆どないけどな」


 レイが思い浮かべたのは、ダスカーの部下としてギルムの……そして中立派の裏の存在として活動しているエッグ達のこと。

 元々エッグの部下には色々と後ろめたい過去を持っている者が多い。

 裏の存在、いわゆる諜報組織として必要なのは、あくまでも能力だ。

 それこそ、危険が多くて死の危険も多い以上、損耗率はどうしても高くなる。

 だからこそ、多少性格に問題があっても……そして後ろ暗い過去があっても、そのような仕事に採用されることは珍しくはない。

 とはいえ、それは腕があれば問題がないということでもある以上、自分の実力に自信があるというグランジェにとっては寧ろ向いているのではないかと、レイには思えた。

 ……もっとも、本人がそのような仕事を許容するのかどうかというのは、全く考えていなかったが。


(そっちを望まないのなら……取りあえず警備兵に任せればいいだろ。俺が提供出来るのは、そのくらいだし)


 そう考えているレイの様子を見ていたグランジェは、一瞬寒さ以外の何かで背筋が冷たくなる。

 だが、それでも今の自分の状況ではどうしようもないというのは分かっているのだろう。

 不安といった様子を一切表情に出さず、今までと同じような笑みを浮かべて口を開く。


「では、取りあえずはそういうことでお願いします」

「分かった。……で、当然一緒に来るということでいいんだな?」

「はい。……こうなった以上、それが最善の選択だと思いますし」


 もしグランジェが、ただ雇われた者だけではなく、強い忠誠心の類がある者であれば、こうも簡単に裏切るといった真似はしなかっただろうが……生憎と、グランジェは本当にただ雇われただけの者でしかない。

 雇い主よりも自分の身の安全を優先するのは、グランジェの性格としては当然だった。

 ましてや、自分の前にいるのは深紅の異名を持つレイと、この場にはいないが近くにはグリフォンのセトもいる。

 少し前までは、レイやセトが相手でも、戦って勝つことは出来ずとも、隠れて見つからないようには出来ると思っていたのだが……その自信は、粉々に砕かれてしまった。


「そうか。なら、早速行くとしよう。ここで下手に時間を掛けると、向こうに怪しまれてしまいかねないからな」


 そう、レイは告げるのだった。

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