第1914話

 昨日の解体の残り香、もしくは解体の時に出てきた肉の破片といったものを目当てにやって来たモンスターは、それこそ数分もせずに一掃された。

 集まっていたモンスターの中に高ランクモンスターがいなかったのは、解体作業をしようとしていた者達にとっては幸運だったのだろうが……レイとセトにとっては、残念だったと言ってもいい。

 もし高ランクモンスターが出てきたのであれば、未知の魔石を確保出来ていたのかもしれないのだから。

 ともあれ、倒したモンスターについては倒した者がその所有権を得るということで素早く話は決まる。

 ……もっとも、ここにいる冒険者はギルムの冒険者である以上、オークのような文字通りの意味で美味しいモンスターを抜きにしては、特に欲しいとも思わず……最終的にスーチー達スラム街の住人に譲渡するということになったのだが。

 これは、処分をするのが面倒だったというのもあるが、解体の技量を少しでも上げてもらい、ギガント・タートルの解体を出来るだけスムーズに進めたいという思いもある。

 スラム街の住人が、具体的にどれだけの解体技術を持っているのかは、他の者には分からない。

 だからこその、行為。

 もっとも、スラム街の住人の解体技術が上がるということは、それだけ早くギガント・タートルの解体が終わるということで、最終的に貰える肉の量は少なくなるということを意味してるのだが。


「それで、どうしましょう。まさか、一晩経ってもまだ前日の解体の影響が残ってるとは思いませんでしたし」


 早速ギガント・タートルの解体を始めている者達の様子を眺めつつ、ギルド職員がレイに尋ねてくる。

 このギルド職員は、解体の現場を任されていたギルド職員であり、モンスターの襲撃があった時には戦えない者は纏まるようにと指示を出した人物だ。

 咄嗟の判断力は、この仕事を任されるだけはあって的確なものだった。


「うーん、そう言われてもな。それはどうしようもないだろ。まさか、ギガント・タートルの解体をギルムの中でやる訳にもいかないし」


 そのように出来れば最善なのは間違いなかったが、もっと解体が進んで身体が小さくなったギガント・タートルであればまだしも、今のギガント・タートルを街中で出すようなことは絶対に出来ない。


「そうなんですよね。……それともいっそ、レイさんにギガント・タートルの身体を何分割かして貰って、それをギルムの中で解体する……という方法も……難しいですか」

「だろうな。そもそも、ギガント・タートルのどの部位が素材として使えるのか分からない以上、迂闊な真似はしたくないしな」


 もしギガント・タートルの足や身体、尻尾といった部分を不用意に切断した結果、素材として台無しになるという可能性もある以上、出来ればそのような真似はしたくないというのが、レイの正直な思いだった。

 ギガント・タートルについての詳しい資料の類があり、具体的にどこがどのような素材になるのかというのが分かっているのであれば、レイもギルド職員の言葉に頷いただろう。

 だが、素材を駄目にする可能性を考えると、出来ればその選択肢はとりたくなかった。


(そういう意味では、頭部を切断したってのも色々と問題なんだろうな。……もっとも、これだけの巨体を倒すには、方法がそう多くなかったのも事実だけど)


 下手に時間を掛けて倒すような真似をしていれば、それこそ余計に傷を付けることになり、結果として素材としての価値を大きく引き下げていたのは間違いない。


「うーん、難しいところですね。今日はそこまで強力なモンスターがいなかったので、問題はありませんでしたが……明日からも今日と同じようになるとは限りませんし」


 どうします? と、そう視線を向けてくるギルド職員。

 一応解体をしている者達の護衛ということで冒険者を雇ってはいるが、守るべき存在を後ろに抱えたまま、一定以上の数が揃っているモンスターを倒すのは、無理……とは言わないが、難しいだろう。

 ましてや、ギルド職員が言ったように、今日は弱いモンスターだけだったが、明日からは高ランクモンスターがいないとも限らないのだから。

 ギルド職員の言葉に、少し考えた後で、レイは口を開く。


「そうだな。その件は俺が引き受ける。幸い……って言い方もどうかと思うけど、オークみたいに俺にとっては美味いモンスターもいるしな。俺が一定のモンスターを引き受ければ、ゴブリンやコボルトみたいな……って、言ってる側から来たな」


 ギガント・タートルの血の臭いに惹かれたのか、コボルトが姿を現す。

 早速護衛の冒険者達がコボルトに向かっていくのを見ながら、噂をすればなんとやらと、そうレイは呟く。

 とはいえ、ギルムにいる冒険者である以上、コボルト程度の相手にどうにかされる筈もなく、レイはそちらを一瞥しただけでギルド職員との話を続ける。


「とにかく、そんな感じで高ランクモンスターを俺が引き受ける。……高ランクモンスターがいない場合でも、ある程度は引き受けてもいい。それでいいか?」


 そう言いつつも、若干レイは気が進まない様子を見せていた。

 基本的に朝に弱いレイだけに、依頼の途中ならまだしも、今の状況で毎日のように朝早く起きるというのは、何気に結構辛い為だ。

 それでもギガント・タートルを収納出来るのがレイしかいないのだから、早朝にレイがやってこなければギガント・タートルの解体が始められないのは事実だ。


「ええ、それでお願いします。……アイテムボックス持ちというのは、凄く羨ましい反面、色々と面倒ですね」

「そうだな。使用者しか使えないのは防犯という意味では便利だが、こういう時には色々と困る。ある程度広まっている簡易版の方が、もっと容量大きければいいんだけどな」

「無理を言わないで下さいよ、無理を。少しくらい大きいのなら何とかなるでしょうけど、ギガント・タートルくらい大きなのを一匹丸々どうにかしようというのは……」


 そこで一度言葉を切り、首を横に振るギルド職員。

 レイもまた、その辺は半ば承知の上での言葉だったので、特に怒る様子もない。


「分からないぞ? 今は無理でも、いずれはアイテムボックスが作れるという可能性は否定出来ないだろ。実際にこうして現存している以上、将来的に同じような物……場合によっては、更に高性能なマジックアイテムが出来ても、おかしくはないんだし」

「それは……まぁ」


 レイの言葉に頷くギルド職員だが、それでもすぐに……それこそ数年くらいでアイテムボックスの類が出来るとは思っていないのは、その様子を見れば明らかだ。

 とはいえ、マジックアイテムは錬金術師の技量もそうだが、素材によってもその価値は大きく変わる。

 そうである以上、今回のギガント・タートルのように希少なモンスターの素材を入手出来れば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、アイテムボックスが作れるという可能性も皆無ではない。

 その可能性がかなり低いというのは、レイも分かっていたのだが。


「ともあれ、これからの段取りはそういうことで」


 朝に眠いのは、それこそ昼寝でもして睡眠不足を解決すればいいだろうと判断し、レイは半ば強引にではあるが、そう言い切る。

 ギルド職員としても、レイがそのようにしてくれるのであれば、それこそ文句はない。

 いや、それどころかギルドに対して配慮してくれているのだから、これで断るという選択肢は存在しなかった。


「ええ、ありがごうざいます。ギルドとしても、レイさんの期待に応えられるよう、頑張らせて貰います。……もっとも、あの様子を見ると解体が終わるのは意外に早いかもしれませんが」


 そう言いながらギルド職員の視線が、解体を行っている者達の方に向けられる。

 そこでは、昨日解体に参加していた者達が張り切っているのと同様、それ以上にスラム街の住人達も解体を頑張っている光景が広がっていた。

 スラム街の住人は、最初の方こそコボルトとギガント・タートルの違いによって解体をしにくそうにしていたが、それでも次第に慣れてくる。

 この場合、今回やって来た者の多くがスーチーの信頼出来るという子供だったのが影響している。

 子供であるが故に、状況に慣れるのが早い。

 また、大人でやって来た者達も、解体の技能を持っている者が多く、子供達程ではないにしろ、それなりに慣れる速度は早い。

 即戦力とも言える者達が五十人。

 それは、ギガント・タートルの解体の速度が上がるのに当然の戦力だ。

 何よりレイが期待出来るのは、今日は五十人程だったが、明日からはもっと人数が増えるかもしれないとスーチーが言っていたことだ。

 本来なら今日来る筈だったが、色々と用事があったり、割の良い仕事――あくまでもスラム街の住人の感覚でだが――が信頼出来ないで様子見をしているといった者も多かったが、そのような人物も明日以降になれば解体に参加するかもしれないと、レイはそう聞いていた。

 当然、その者達が妙な真似をしてもスーチー達にペナルティが与えられるということは言ってある以上、スーチーも信用出来る相手だけしか連れてこないだろうという思いがレイにはある。


(とはいえ……スラム街の住人が妙に儲けるようなことになれば、当然のように他のスラム街の住人からどこで稼いだのかといったことが聞かれる筈だ。それこそ、場合によってはスーチー達の稼いだ金を奪おうとする奴もいるかもしれないな。……ある程度の組織に所属しているなら、そんな真似はしないと思うけど)


 ギルムのスラム街に存在する裏の組織にとって、レイというのは疫病神に等しい存在だ。

 今まで、幾つかの組織がレイに関わった結果、滅んだり……そこまでいかなくても大きなダメージを受けていたりする。

 そして、ギガント・タートルの解体などという真似をしているのが誰なのかというのは、それこそ少しでも情報を集めようと思えば知ることが出来るだろう。

 そもそもの話、レイは特に自分の名前を隠して解体の依頼を募集している訳でもないのだから。

 そのような状況で、ギガント・タートルの解体に関わっているスーチーやその仲間を襲うということは、即ちレイと敵対するという宣言に取られてもおかしくはない。

 レイと正面から戦って勝てるとは到底思えないし、それどころかレイがセトと共にゲリラ戦のような真似をすれば、更に手に負えなくなってしまう。

 リスクとリターンを考えると、圧倒的にリスクの方が大きいのだ。

 ハイリスク・ローリターンのような真似は、裏の組織にとって絶対に避けたいことだろう。

 いや、レイと敵対することを考えると、ローリターンどころかノーリターンかもしれないが。

 ともあれ、そのような理由で裏の組織に所属している者であれば、レイと敵対するような真似はまずしない。

 ……組織に所属していても、下っ端の場合はそのような事情を考えず迂闊な行動を取る可能性はあるのだが。


(そう考えると、寧ろスーチー達を襲ったりしそうなのは、そういう組織に所属してなくて、情報収集もろくにしていない連中か。……その辺は気をつけるように言っておいた方がよさそうだな。何人かはそれなりの強さを持っているようだが)


 スーチーが連れてきた者の中には、元冒険者といった経歴を持っているのだろう者もいる。

 その辺りは、身体の動かし方でレイにも大体理解出来た。

 だが、その人数はそこまで多くはない以上、スーチーの仲間全員を守るような真似は出来ない。


(出来れば、全員を守れるようにどこか一ヶ所に纏めて泊まって欲しいけど、五十人近い人数を……いや、もっと増えるんだから、それだけの人数を泊められるような場所なんてないしな)


 あるいは、増築工事前であれば何とかなった可能性もある。

 しかし、今は増築工事の為にやって来た者が泊まっている場所も多く、そのような余裕はない。

 一応、冬ということでギルムから出て行った者もいるので、少人数程度であればどうにかなるのだが。


「どうにかなる、か?」

「はい? どうかしましたか?」


 レイの呟きが聞こえたのか、ギルド職員がレイに尋ねてくる。

 そんなギルド職員に対し、レイは自分が感じている不安を説明する。


「ああ……なるほど。そう言われてみると、ちょっと大変そうですね。うーん……こちらの方で少し動いてみましょうか? このくらいの人数なら……いえ、もっと多くの人数が泊まれる場所に心当たりもありますし。もっとも、ギルドマスターの許可がないと使えませんが」


 そんなギルド職員の言葉に、レイはすぐにどこのことを言っているのかを理解する。

 恐らく、ギルドが持つ巨大な倉庫のことだろう、と。

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