第1913話

「ふーん。じゃあ、明日からはスラム街の人達も解体に来るのね」


 感心した様子で……それでいながら、そこまで興味を惹かれていない様子で、ヴィヘラはオーク肉をしっとりと焼き上げ、酸味のある果実を使ったソースを掛けた料理……レイから見れば、ローストポークならぬローストオークとでも呼ぶべき料理を口に運ぶ。

 なお、このローストオークはマリーナがレイの持つマジックアイテムの窯を使って作った代物で、本人にとっても自信料理の一つだった。

 マリーナの故郷たるダークエルフの集落の周辺に、オークはそれなりに住んでいる。

 だからこそ、その集落に住んでいるダークエルフ達はオーク肉を使った料理のレシピを多く知っているのだ。

 このローストオークは、見た目だけなら非常に簡単な料理に見えるのだが、焼く前に肉につける下味や香草の種類、何より肉の焼き加減が非常に難しい。

 そういう意味では、何気に果実を使ったソースの方が簡単だと言える。

 レイもまた、そのローストオークを食べながら、ヴィヘラの言葉に頷きを返す。


「ああ。今のままだと解体はあまり進まないしな。いや、スラム街の住人達が協力しても、この冬中に終わるとは思えないけど」


 ギガント・タートルの大きさを考えれば、それこそ十人や二十人増えた程度で解体速度がそこまで上がる筈もない。

 それでも、少しでも解体速度が上がるのであれば……と、そう思っての行動だった。

 今の冬では無理でも、次の冬には出来れば解体を終わらせたい。

 そう思いつつ、何だかんだでまだ暫くは掛かりそうだなというのが、レイの予想だったが。


「スラム街、ね。……けど、大丈夫なの? その人達ってコボルトの解体は慣れてるかもしれないけど、コボルトとギガント・タートルは違うでしょ?」


 スープを飲んでいたマリーナがそう告げるが、その言葉は間違いのない事実だった。

 スラム街にいる者達は毎日のようにコボルトの死体を解体しているので、解体には慣れている。

 だが、それはあくまでもコボルトの解体には慣れているということでしかない。

 そして、当然のことだがコボルトとギガント・タートルはその形も大きさも大きく違う。


「だろうな。けど、ギガント・タートルの大きさを考えれば長丁場になるのは確実だし、解体の基礎は覚えてるだろうから、解体していれば自然と覚えるだろ」


 モンスターの解体というのは、当然ながら相応の知識が必要となる。

 幾らスラム街に大量のコボルトの死体が持ち込まれようと、それを練習として駄目にするような真似をしては意味がない。

 特に毛皮の類は、傷があればそれだけ安く買い叩かれるのだから。……もっとも、そのコボルトを倒す冒険者達にしてみれば、コボルトの素材を剥ぎ取るつもりはないので、倒す時はその辺を全く考えていなかったりもするのだが。

 ともあれ、折角のコボルトの死体を出来るだけ傷つけないように解体するにはどうすればいいのか。

 それは、当然のことながら経験者に教えて貰うというのが最善だろう。

 そしてスラム街には、元冒険者がかなりの数いる。

 そのような者達に何らかの対価を支払い、解体の仕方を教えて貰うのだ。

 ……当然の話だが、その教師によっても解体の上手い下手、教え方の上手い下手といった違いがあるので、外れの冒険者に当たれば意味がないのだが。

 ともあれ、現在コボルトの解体をしているスラム街の住人達は、その多くがある程度の解体技能を持っていると思って間違いない。

 であれば、ギガント・タートルの解体をしているうちに自然と覚えるというレイの言葉も、決して的外れなものではなかった。


「レイがそう言うのならいいけど……エレーナはどう思った? 今日ギガント・タートルの解体現場を見てきたんでしょ?」

「うん? そうだな。私が見た限りでは、ちょっとやそっとの人数が増えた程度では、意味がないと思う程度だな。……とはいえ、多少なりとも解体速度が上がるのは間違いないのだから、問題はないと思うが」


 そうエレーナが告げると、マリーナはエレーナがそう言うのであればと、それ以上はレイに尋ねるような真似は止めるのだった。






 翌朝、正門の前。……レイにしては珍しいことに、目の前の光景に驚いていた。

 何故なら、そこには百人には及ばずとも、間違いなく五十人以上の者達が集まっていたからだ。


「これは……素直に予想外だったな」

「ふふん、どう。これだけの人数を集められるとは思ってなかったでしょ」


 驚きの声を上げるレイに、スーチーは自慢げに言う。

 レイはその言葉に頷くも、すぐに改めて口を開く。


「驚いたのは間違いない。間違いないが……昨日俺が言った条件はしっかりと覚えてるのか? これだけの人数を集めたのは素直に凄いと思うけど、お前が集めた連中の中で一人でも妙な真似をした場合、それはこの場にいる全員……どころか、他のスラム街の住人にも迷惑を掛けることになるんだぞ」


 本当ならその件はギルドの方で出来ないと言われたのだが、ハッタリや脅しとして使うのであれば構わないと、ギルドの方から許可は貰っている。

 だからこそ、レイはそう口にしたのだが……


「大丈夫よ。この人達は全員私が信じてる人達だもん」


 スーチーは、そんなレイの言葉に一切怯えるような様子も見せず、そう告げる。

 それは強がりの類で言っている訳ではなく、本気でそのように言っているのがレイにも分かった。


(もしかして、スーチーってスラム街では相応に顔が広かったり、影響力が強かったりするのか? ……もっとも、子供もかなり多いけど)


 最初は人数の多さに驚いたレイだったが、改めてスーチーの側にいる者達を確認すると、そこにいるのは明らかにスーチーよりも年下……十歳前後の子供も多い。

 もっとも、この世界ではそのくらいの年齢から家の手伝いとして働くことは、そこまで珍しい話でもないのだが。

 だが……今回の仕事は、その辺の子供でも簡単に出来るような代物ではなく、相応に専門知識も必要となる。


「これだけの人数を集めてきてくれたのは助かったけど、子供達も多いようだが? きちんと解体とか出来るのか?」


 疑問の込められたレイの言葉に、スーチーは当然でしょうといった様子で、自分の近くにいる子供の頭を撫でる。

 ……尚、その子供達は目の前に大勢の冒険者がいるということもあり、若干怯えている様子だった。

 スラム街の大人の方は子供達と違って怯えている様子はないが、珍しいことに冒険者達に喧嘩を売るような真似をしている者もいない。

 スラム街に住んでいる大人の全員が、スラム街以外の住人に恨みや嫉妬の類を抱いている訳ではないのだが……そういう意味でも、目の前にいるスラム街の大人達は理性的だと言ってもいい。


「その辺は安心してちょうだい。この子達も毎日のようにコボルトの解体をしていたから、解体作業そのものには慣れてるわ」

「そうなのか? ……まぁ、コボルトはそこまで大きなモンスターじゃないから、子供でも慣れれば解体は出来るだろうけど」


 子供が刃物を持つのが危ないというのは、一般常識だろう。

 だが、十歳前後の子供であれば、家族の手伝いとして料理をすることもある。

 レイも、小学生の時に調理実習で料理を作ったという経験があった為に、そこまでおかしなことではないのだろうと……そう、半ば思い込もうとする。


「ええ、大丈夫。実際、この子達の解体技術はかなり上手よ。……最初は少し怪我をしたりもしたけど」

「……分かった。この連中についての責任をお前が持つのなら、これ以上は何も言わない。……後は頼んでいいか?」

「はい」


 レイの視線を向けられたギルド職員は、笑みを浮かべて頷く。

 ギルド職員も、まさかこれだけスラム街の住人が集められるとは思っていなかったのか、内心では驚いていたのだが……それを表情に出すようなことはしない。


「では、スラム街の住人についての処遇については、私から説明させて貰います」


 そう言い、スーチーと話を始めているギルド職員を眺めている間にも、警備兵はギルムの外に出る手続きを行っていた。

 幸いにもレイが前もってスーチーに話していた通り……いや、それよりは待遇が良いということで、報酬についての話は特に問題なく纏まり、ギルドの方からの仲介でスラム街の住人が街を出入りするのも、ギガント・タートルの解体をしている間は無料になる。

 本来なら、冒険者はギルドカードを見せれば街に入る料金は無料なのだが、スラム街の住人は当然のように冒険者カードを持っていない。

 なので、この仕事をしている間は特例的に認められたのだが、これは冒険者以外の者が解体の人手として集められていることもあり、そちらにも適用されているので難しい話ではなかった。


(それにしても、随分と人数も増えたな)


 レイがそのような感想を抱いたのは、スラム街の住人だけではなく冒険者や一般の協力者達を見ての感想だ。

 報酬そのものは安いが、ギガント・タートルの肉を土産として持たせてくれるというのは、人手を大勢集めるには十分なものだったのだろう。

 娯楽というものがあまりない今の季節は、当然のように食事が大きな楽しみとなっている。

 そんな中で、それこそ王侯貴族ですら滅多に食べられないような美味い肉を、少しではあっても食べられるのだ。

 そのような肉を貰った上で、多少ではあっても報酬も貰えるのだ。

 ……現在は冒険者ではなくても、解体技能を持っている者であれば是非参加したいと思うのは当然だった。

 レイがそんな風に思っている間に、ギルド職員とスーチーの間での条件についての話し合いも終わり、警備兵が行う手続きが終了して外に出る。

 まだ周囲は薄暗いこともあって、日中のような見物客の数は多くない。……多くないというだけで、若干存在する辺り娯楽を求める者がそれだけ多いのだろう。

 ギルムの外に出ると……暗い中ではあったが、モンスターが何匹が向かってくるのをセトが感じ取り、それから数秒してレイも感じ取る。


「モンスターだ! こっちに来るぞ! 戦闘の用意をしろ!」


 叫ぶレイに、集団の中でも護衛として雇われていた冒険者や、解体で依頼を受けても本職は冒険者である者達は即座に反応する。

 だが、そんな面々とは裏腹に、解体技能を持っているからということでこの依頼に参加していた者達や、今日からこの依頼に参加したスラム街の住人達の中には、戦闘というのを今まで経験したことがない者も多い。

 そんな者達が動揺し、中には急いでギルムの中に戻ろうとした者もいたのだが……


「グルルルルルルルルルルルルルルルゥ!」


 周囲一帯にセトの雄叫びが響き渡る。

 それは、王の威圧。

 もっとも今回セトはその威力を弱めて使ったおかげで、それを聞いた者が気絶するといったことはなかったが。

 ある程度以上の強さを持つ者は、少しの影響を受けるだけで済んだ。……レイ達のいる方に向かってきたモンスターの中でも何割かがその動きを止めていたのは、レイやセトにとっても予想外だったが。


(案の定、動きを止めたのはゴブリンか)


 まだ薄暗い中だったが、夜目の利くレイであれば離れた場所でゴブリンが動きを止めたのも分かる。

 それ以外のオークや狼型のモンスターといった者達は、若干速度を落としたものの、それでも動きを止める様子はない。


(セトがいるのに? ……もしかして、昨日の解体の影響か?)


 ギガント・タートルの血の臭いが一晩経っても完全に消えていないという可能性がある以上、その予想は決して考えすぎという訳ではなかった。

 そんな風に考えながらも、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 迫ってくるモンスターは決して強力なモンスターという訳ではない。

 それでも背後に戦闘を経験したことがない者達が多い以上、速やかに迫ってくるモンスターを倒す必要があった。


「戦闘に自信のない者は、後ろで纏まって邪魔にならないようにして下さい! 戦闘は専門家に任せれば大丈夫です! 深紅の異名を持つレイさんがいる以上、あの程度のモンスターとの戦いは全く問題ありません!」


 背後で叫ぶギルド職員の声を聞きつつ、レイは前に出る。

 振るわれるデスサイズにより、オークの胴体を真っ二つにする。

 また、セトは敵を逃がさないようにと敵の背後に回り込み、王の威圧で動きを止めていたゴブリンを仕留めていく。

 セトにとって、ゴブリンのような低ランクモンスターは戦うのではなく蹂躙すべき相手だ。

 ……これで、もし希少種や上位種の類がいるのであれば、多少は抵抗出来たのかもしれないが……ここにいるゴブリンの中にそのような存在はおらず、セトによってあっさりと蹂躙され、残っていたモンスターも全てが倒されるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る