第1888話
ラニグスとテレスにとって、アネシスを見て回るというのは、予想外に面白かったのだろう。
結局街中に出ている間中、レイとブルーイットを引きずり回し、色々な店に顔を出した。
そうして、冬だけに日が暮れるのも早く、薄暗くなるとそろそろ解散するという話になる。
一瞬レイは全員でケレベル公爵邸に戻ればいいのでは? と思ったが、そもそもケレベル公爵邸に泊まっているのはレイだけであって、他の面々はきちんと屋敷を持っている。
そうである以上、別に全員がケレベル公爵邸に戻る必要はなかった。
もっとも、エレーナやリベルテに会う用事があるというのであれば話は別だったが、そのような者は誰もいない。
「あ、ちょっと待った。その前にもう一軒だけ寄ってみたい店があるんだけど、いいか?」
さて、それじゃあ解散……という時、不意にラニグスがそのようなことを口にする。
ラニグスにしてみれば、今回を逃せばもうこのように街中に出てくるようなことは滅多にない為か、その口調には必死なところがあった。
とはいえ、別にもう二度と街中に出てこられないという訳ではないのだが。
それでも、こうして気の合う者達と一緒に、馬車で移動するのではなく歩いて移動するなどといった真似は、恐らく出来ないのは間違いない。
そんなラニグスの思いを感じたのか、レイは……そしてラニグスとは全く逆に、いつでも一人で街中に出ているブルーイットは仕方がないなといった様子で口を開く。
「それで? どこの店に行きたいんだ? 言っておくが、あまり時間はねえぞ」
「悪いな。……実は、ちょっと武器屋に寄ってみたいんだよ」
その言葉は、ブルーイットだけではなく、レイやテレス、そして周囲にいる者達にとっても予想外の言葉だった。
例外は、ラニグスの護衛や付き人達のみだろう。
その者達は、ラニグスの趣味を知っていたので特に驚いた様子を見せてはいなかった。
「意外だな、ラニグスが武器屋に興味を持つなんて」
「そうか? こう見えて、結構武器の目利きには自信があるんだぜ」
ラニグスが自信に満ちた笑みを浮かべ、そう告げる。
それは強がりでも何でもなく、本当に心の底からそう思っているということを周囲にいる者達に知らしめる。
「分かった。なら、とっとと行くか。このままここで相談していても、そう変わらないだろうし。それを考えれば、さっさと武器屋に行った方が手っ取り早いだろ」
そんなレイの言葉で、一行が最後に行くべき場所は決まったのだった。
「へぇ……どれもいい武器だな」
「ほう。単なる道楽貴族かと思ったが、分かるのか」
武器屋の中でラニグスが呟いた言葉に、店主のドワーフが感心したように言う。
普通であれば、貴族に対してそのような口を利くというのは、自殺行為に等しい。
だが、ドワーフはそれを承知の上で、ラニグスに対する口調を変えたりはしなかった。
それは、このドワーフがケレベル公爵家と深い付き合いがあるというのも、大きく関係しているのだろう。
武器屋ではあるが、同時に鍛冶工房でもあるこの店は、このドワーフの打った武器が売りに出されている。
当然ラニグスもそれを知った上でこの店にやって来たのだろう。
今までレイが見たこともないくらいに目を輝かせながら、長剣や短剣、槍、ハルバード……それ以外にも様々な武器を眺めつつ、ドワーフに話を聞き、それに何かを言ってはまたドワーフと話をしている。
その様子は、明らかにいつものラニグスとは違い、そんなラニグスを見るレイ、ブルーイット、テレスの三人は唖然としていた。
「ねえ、一応聞くけど。……あれって、ラニグスよね? もしかして、私の見間違いだったりしない? 別の誰かに入れ替わってるとか」
「間違いなくラニグスで、誰かと入れ替わったりといったことはしてねえよ。……正直、俺もこんなラニグスを見るのは初めてだから、驚いてるけど」
テレスの疑問にそう答えるブルーイットだったが、実際にブルーイットがラニグスと知り合ってから、まだ一ヶ月も経っていない。
ましてや、会った回数そのものも少ない以上、ラニグスがブルーイットの知らない一面を持っていても、おかしな話ではなかった。
「武器に興味があるってのは……それなりにいるらしいしな」
レイの言う通り、貴族で武器を集めることを趣味としている者は、そこまで珍しくはない。
とはいえ、武器というのは当然のように相応の値段がするので、貴族の中でもある程度裕福な者でなければそのような趣味を持つのは難しいのだが。
……もっとも、金が掛かる趣味と言えば、レイのマジックアイテムを集めるという趣味の方が、武器を集めるよりも余程に金が掛かる。
そういう意味では、レイの持つ趣味の方が、明らかに珍しいのだが。
「この長剣、光の反射するのを見れば、どれだけ鋭い斬れ味を持っているのか分かる。ターシェス系の技術を?」
「そこまで分かるか。だが、正確にはターシェスではなく、ターシェル系の技術だな」
「ターシェル系? けど、あれって基本的には槍の為の……」
「そうだ。だが、それを長剣に応用出来ないと決まった訳ではないだろう?」
何らかの専門用語が飛び交っているのだが、レイには……いや、他の者にも具体的に何を言っているのかというのは完全には分からない。
いや、何となくニュアンスで意味は分かるのだが、それが合っているかどうかも分からないといったところか。
「どうする?」
「そう言われても……あの様子だと、暫く放っておいた方がいいんじゃない? 私達が何を言っても無駄だと思うし」
レイの言葉に、テレスがそう告げる。
ブルーイットもそんなテレスの言葉に無言で頷いていた。
そんな二人の様子を眺めていたレイは、やがて放っておいた方が無難だろうと判断し、こちらもまた頷く。
「ねえ、ちょっと二人に聞きたいんだけど。自衛の為に持つ武器って、どういうのがいいの?」
不意にテレスがそう言い、レイとブルーイットに視線を向けてくる。
何故いきなりそんなことを? と思ったレイだったが、ブルーイットはテレスの言葉に納得したように頷く。
「護衛とかがいても、万が一のことを考えれば、やっぱりいざという時の為に武器は持っていた方がいいんだよ。長剣とかそういう大袈裟なものじゃなくて、隠し持てるような奴をな」
「……そういうものなのか?」
レイの知っている貴族はそれなりにいるが、自衛の武器を持っているようなところはあまり見たことがない。
もっとも、それはあくまでもこれ見よがしに武器を持っていないからであって、実際にはいざという時の為に武器を持っている貴族というのは、少なくないのだが。
「そういうもんだよ。で、自衛の武器だったが。隠し持てるような物だから、基本的には小さな物がいい。無難に言えば、短剣とかだな」
隠し持てる武器。
そう言われてレイが真っ先に思い浮かんだのは、腰のベルトにあるネブラの瞳だ。
少し大きめの服を着ていれば容易に隠すことが出来、何より魔力があれば無尽蔵に鏃を生み出すことが出来る。
ましてや、その鏃は数分程度で魔力に戻って消えてしまうので、隠し持つ武器としては最適な武器だった。
(まぁ、魔力を大量に消費するから、テレスには使えないと思うし、使えてもこれは特注品だから譲るつもりはないけど)
ビューネのように、一緒のパーティーに所属しているのであれば貸しても構わなかったが、テレスは違う。
……もっとも、ネブラの瞳をレイよりも有効活用出来そうなビューネは、結局魔力不足で使うことが出来なかったのだが。
「短剣ね。……レイはどう思う? ブルーイットのお勧めだけだとちょっと信用出来ないんだけど」
「おい!」
テレスの言葉に、不満そうな様子のブルーイット。
ブルーイットにしてみれば、折角自分が勧めたのに、その言い分はないだろうというのが正直なところだ。
だが、テレスはそんなブルーイットを見ながら、口を開く。
「だって、ブルーイットって生身で喧嘩をしてることが多いんでしょ? それに、私とは体格の差が大きいじゃない。そんなブルーイットに勧められたのを買っても……」
「いや、けどブルーイットのお勧めは間違ってないと思うぞ」
テレスの言葉を遮るように、レイはそう告げる。
実際、自衛用の武器と目的が限定されているのであれば、選ぶ種類はどうしても少なくなる。
まさか、自分の身を守る為に、巨大なハルバードを持ち歩くなどといった真似が出来る筈もないし……何より、特に鍛えているようには見えないテレスであれば、そのような重量級の武器は、下手をすれば持ち上げるのすら難しいだろう。
何より、本人が隠し持てるような武器と限定しているのを考えれば、当然選べる武器も少なくなってくる。
「けど、そうだな。短剣以外で隠し持てるとなると……ナックルとか? いや、ここにはないけど」
「おい、それこそテレスには持たせても意味がないと思うぞ」
「……それってどういう武器?」
自分に持たせても意味はないと言われたのが気にくわなかったのか、テレスはブルーイットを厳しい視線で一瞥してから、レイに尋ねる。
ブルーイットがナックルを知っていたのは、やはり街中で喧嘩をすることが多かったからだろう。
「そうだな……分かりやすく言えば、手甲を簡易化したような物だな。指の嵌めるような場所が四つついていて、それを握って殴るといった武器だ」
殴るという直接的な言葉に、テレスは嫌そうな表情を浮かべる。
手甲を知っているので、レイの説明でもナックルというのが大体どのような武器なのかは理解出来た。
理解出来たのだが……それを自分が使えるかと言われれば、首を傾げてしまう。
「ちょっと好みじゃないわね」
「そうか? ナックルは金属で出来ているから、刃がなくても金属の尖っている部分を相手の身体に突き刺すだけで、かなりの威力を発揮するんだが。それでいて、刃じゃないから一撃で相手を殺すといったことはないし」
「いや、そういう物騒なのはいいから」
「……短剣とかの刃がある奴よりは物騒じゃないと思うんだけどな。そうなると、他には……短めの吹き矢とか?」
それこそ十センチくらいの長さの吹き矢であれば、ドレスを着ることの多いテレスであれば持ち歩くのも難しくはないだろう。
そのような吹き矢であれば、当然のように一度放てばそれで終わりの使い捨てのような吹き矢になるだろうが……あくまでもいざという時に自分の身を守る為の隠し武器として考えれば、決して悪いことではない筈だった。
「吹き矢……うーん、吹き矢ね。ナックルとかいう武器よりは、いいかもしれないけど……うーん……」
テレスとしては、レイが説明したナックルよりは吹き矢の方がまだ自分に向いているように思えるのだが、だからといって自分が吹き矢を使っているという光景が想像出来ないのも事実だ。
「他には……いっそ細い鎖に分銅が繋がってる奴はどうだ? こういうのも、一種のモーニングスターなのかどうかは分からないけど」
「いや、それはモーニングスターじゃないだろ」
ブルーイットが即座にモーニングスターというのを否定するが、なら他にどのような武器かと言われれば……
「なら、そのまま鎖分銅か? ともあれ、小さな鎖分銅とかなら、隠す場所とかも多いだろうし、いざって時はかなり有効な武器だと思うぞ。もっとも、扱いそのものが結構難しそうだから、訓練が必要だと思うけど」
レイはその手の武器を使ったことがないので、具体的にどのくらい難しいのかというのは分からない。
だが、エレーナがミラージュを鞭状にして使っているのを見れば、鎖分銅もそれと同じような取り扱いの難しさがあるだろうというのは、容易に理解出来た。
「吹き矢とかよりは、何となく私に合うような気がするわね」
「使いこなすのは難しいと思うんだが……まぁ、テレスがそれでいいと思うなら、試してみたらどうだ? 残念ながら、この店には売ってないみたいだけど」
この店で売ってる武器……商品として店に並んでいる武器は、そのどれもが長剣や槍といったように、使う者の多い武器が殆どだ。
鎚のような武器もあるが、それは本当に少しだけだ。
使う者が少ない武器というのは、やはりそれだけ売りにくいというのが大きいのだろう。
そうである以上、鎖分銅のような武器を欲しいと思えば、店で売っているのを買うのではなく、直接注文して作って貰う必要があった。
「……やっぱり短剣にするわ。そっちの方が色々と面倒は少ないみたいだし」
わざわざ作って貰うのは面倒だと思ったのか、テレスはそう言い、レイとブルーイットのアドバイスを受けながら、何本もある短剣の中から使いやすそうな物を購入する。
なお、レイとテレス、ブルーイットの三人が話している間中、ラニグスはドワーフと武器について話し合い続けていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます