第1804話
「ほう、レイの持つマジックアイテムの数は凄いな。それこそ、うち……エグゾリス伯爵家でも到底手に入れることが出来ないような代物が多いな」
雪がちらつく公園の中で、レイ達はまだブルーイットと話していた。
特にブルーイットは、レイの持つマジックアイテムに興味を示す。
それでもレイが幾つかのマジックアイテムを見せたのは、興味を示していてもそこにマジックアイテムを欲しがる様子を見せなかった為だ。
ミスティリングを始めとして、レイが持っているマジックアイテムの中には非常に高価な物がある。
それを狙って襲撃されたことも、それこそ片手どころか両手足の指を使っても足りないくらいだ。
だが、ブルーイットはマジックアイテムの効果に驚きはしても、それを欲しがるようなことはない。
いや、正確には欲しがりはするが、レイからそれを奪おうとはしないというのが正しいか。
そのような態度だけに、レイにとっても同好の士を見つけたといった感じで、気楽に接することが出来ていた。
「師匠から貰ったのもあるし、俺が色んな場所に行って集めたり、錬金術師に作って貰ったりしたのも多いな」
「ほう、錬金術師か。俺の領地でも錬金術師を援助したりしてはいるんだが……どうにもな。腕の良い錬金術師は集まらない。いや、その気持ちも分かるんだけどな。別に俺の領地には錬金術師にとって魅力的な素材がある訳でもないし」
ギルムのような辺境であれば、稀少な素材……そして、未知の素材すら入手出来るということで、それを求めて錬金術師が集まってきてもおかしくはない。
もっとも、ここ数年で集まってきた錬金術師の中には、ギルムを本拠地としているレイが従魔としているセトの素材を求めて集まってきている者も多いのだが。
ランクAモンスターのグリフォンの希少種ということで、ランクS相当のモンスターとされているセトの素材というのは、錬金術師にとっては心のそこから欲している素材だ。
とはいえ、別にセトを殺したり傷付けたりして素材を奪うというのではなく、抜けた毛や羽毛といったものがメインになるのだが。
ともあれ、ギルムではそのような理由で錬金術師が増えているのだが、ブルーイットの家が治めているエグゾリス伯爵領には錬金術師を熱狂させるような素材はない。
勿論一般的な素材はあるのだが、それでもギルムのような素材の宝庫と呼ぶべき場所とは比べものにならない。
それでも何とか錬金術師を確保したいエグゾリス伯爵家では、錬金術師に対してある程度金銭の援助を行っており、錬金術師を優遇する政策をとっているのだが……それでも、どうしても錬金術師の数は少ない。
そんなブルーイットにしてみれば、ギルムが羨ましいと思っても当然だろう。
もっとも、ギルムにはギルムで色々と問題もある。
何より辺境という立地は、稀少な素材の確保という意味では恵まれているが、辺境であるが故に色々な問題も起こる。
それこそギルムの近くに突如生まれたトレントの森や、そこから姿を現したギガント・タートルという存在は、もしギルムが普通の街であればどうなっていたかは想像するのも難しくない。
「錬金術師を増やすってことなら、それこそベスティア帝国を参考にするのもいいかもしれないな。あの国は錬金術師が国の規模で優遇されているし」
「ああ、それは聞いている。というか、既に参考にしている。錬金術師は税金の類も安くなったり、住居や研究所の家賃を安くしたり、素材の費用を一部負担したりといった具合にな」
「……そこまでやるんですか?」
ブルーイットの言葉に、レオダニスが驚きの表情を向ける。
レオダニスにしてみれば、騎士となることをずっと夢見てきたので、魔剣の類には興味はあるが、それ以外のマジックアイテムにはあまり興味を持っていなかった。
元々剣の腕を見込まれて騎士団に入りはしたが、レオダニスは別に貴族の生まれという訳でもない。
それだけに、錬金術師を確保する為にそこまでやるのかといったことで、ブルーイットの説明に大きく驚く。
ミランダはメイドとしてケレベル公爵邸で働いているだけに、多少なりとも領地経営について耳に入ることがあるので、ブルーイットの言いたいことも何となく理解出来た。
「そうだ。錬金術師が生み出すマジックアイテムが大きな力となり、領地を富ませる原動力ともなる。……そこまでいかなくても、マジックアイテムを目当てに商人達がやって来るから、自然と商売も盛んになる。……もっとも、そう簡単にいかないけどな」
はぁ、とブルーイットの口から溜息が漏れる。
錬金術師を集めるというのが、どれだけ難しいのか。それを思い返しているのだろう。
そんなブルーイットを見ながら、レイもまた知り合いの錬金術師の顔を思い出し……納得する。
(まぁ、錬金術師は色々と強烈な性格の者が多いしな)
黄昏の槍を作った錬金術師や、セト籠を作った錬金術師。
それ以外にも今まで何人かの錬金術師には会ってきたが、その多くが素直に人の言うことを聞くような者ではない。
色々な面で優遇すると言われても、その辺りを特に気にした様子もなく、我が道を突き進むことを最優先にするような性格をしていたり、自分の琴線に触れるものにしか興味を示さないといった者もいる。
全ての錬金術師がそのような性格をしている訳ではないのは、それこそブルーイットの言葉を考えれば、幾らかは誘致に成功しているのが示しているのだが。
「まぁ、その辺は頑張ってくれとしか言えないな。モンスターの素材はともかく、鉱石とかそういうので稀少な素材とかがあってもおかしくないと思うけど」
「色々と調べているけど、今のところ当たりはないな。……それより、暗い話はこのくらいにしておこう。もっと何か面白いマジックアイテムはないのか?」
ブルーイットがそう尋ねるのは、自身がマジックアイテムに強い興味を抱いているからだけではなく、将来的に領地を継いだ時に、何かそのマジックアイテムの知識を持っていれば役に立つかもしれない。
そう思ったからだろう。
レイもそんなブルーイットの考えは半ば予想していたが、別に見られて困るような代物ではないので、特に躊躇することなく腰に装備しているネブラの瞳を見せ、その性能を説明する。
「魔力がある限り、武器を生み出し続けられるのか。それは羨ましいが……それを使う前提となる魔力も、大量にいると。使えるのか使えないのか、判断が微妙に難しいな」
「それは否定しない」
ネブラの瞳はレイもそれなりに使用するが、あくまでもそれなりにでしかない。
それこそ、本来なら長針を投擲しているビューネがネブラの瞳を使うのが、最善ではある。
だが、ビューネにはネブラの瞳を使うだけの魔力がない。
結果として、ビューネがネブラの瞳を持っていても宝の持ち腐れとなる。
実際にどういう武器なのかを見せる為、レイはネブラの瞳を起動して鏃を生み出す。
事情を何も知らない者が見れば、ネブラの瞳を使うのに大きな魔力が必要だというのは分からないだろう。
それ程に、レイはあっさりとネブラの瞳を起動させたのだ。
もし前もってその辺りの事情を聞いていなければ、恐らくこんなに簡単に起動出来るのに? とビューネの一件に疑問を抱いてもおかしくはない。それ程簡単に、レイはネブラの瞳を起動させたのだ。
そうして生み出した鏃を、ブルーイットに渡す。
渡された本人も、その鏃を興味深そうに眺める。
「これが……けど、これだとそこまで強力な武器じゃないだろ?」
「そうだな。あくまでも相手の意表を突くとか、そんな感じの武器だ。とはいえ、この手の武器は使いようによってはかなり強力だぞ?」
そう言い、時間が経ってブルーイットの手の中で鏃が消えるのを眺めつつ、再びネブラの瞳を起動して鏃を生み出す。
そうして、少し離れた場所に落ちていた枯れ木に向かい……鏃を投擲する。
冬の冷たい空気を斬り裂くように飛んでいった鏃は、地面に落ちていた枯れ木にぶつかり、粉砕する。
枯れ木の太さは、レオダニスの腕くらいはあっただけに、その視覚的な衝撃は強い。
もっとも、結局のところ枯れ木だった以上は、生木と違って脆くなっていたのだが。
いや、場合によっては雪や雨によって腐っていた可能性すらある。
だが、それを加味した上でも、今の光景を見た衝撃は強い。
「まぁ、今回は枯れ木だったからこうだったけど、普通に生えている木に対しても、木の幹にめり込む程度の威力はある。もっとも、何度も言うように間合いは短いから、基本的には相手に対する牽制とか、少し離れた場所にいる相手に攻撃とか、そんな感じだが」
「ほう……ちょっと貸してくれるか? 俺もやってみたい」
ブルーイットの言葉に、レイは新たに鏃を生み出し、手渡す。
すぐに消えるというのは、先程の一件で理解しているのだろう。ブルーイットは躊躇することなく、少し離れた場所にある地面に向かって鏃を投げる。
ブルーイットの手から放たれた鏃は、土にめり込むものの、そこまで深くではない。
もしレイが地面に向かって投げれば、恐らくもっと深く……それこそ掘り出すのはちょっと面倒なくらいにはめり込んでいただろう。
それが分かるだけに、ブルーイットは残念そうにしながら自分の手を見る。
「使いこなすのは、ちょっと難しいな」
「そうだな、俺も最初はそこまで便利には使えなかった。こういうのは練習があってこそだろ」
身体能力に任せ、ある程度であればレイも最初から使えていた。
だが、今のようにきちんとした威力を出せるようになったのは、それなりに訓練を積み重ねてきた結果だ。
「なるほど。それはかなり癖の強いマジックアイテムだな。生み出した鏃がすぐに消えるというのは……それこそ暗殺向きと言ってもいい」
暗殺向きといったブルーイットの言葉に、レオダニスとミランダの二人が驚きの表情を浮かべるが、レイは特に隠す様子もなく頷いた。
「それは否定出来ない事実だな」
攻撃に使用した鏃がすぐに消えてしまう以上、どのような武器で暗殺したのかという証拠は残らない。
いや、傷口を調べれば攻撃に使った武器がどのような形状だったのかといったことを調べることは出来るだろうが、それでも凶器の実物がないというのは、その後の捜査を難しくする。
そんな武器を持っているというだけで、いざという時は怪しまれてもおかしくはない。
もっとも、暗殺に使える武器というのであれば他にも色々とあるので、レイの持つネブラの瞳だけが怪しい訳ではないのだが。
「けど、この武器が俺の持つ一つしかないとなれば、寧ろこの武器を使った時点で犯人が俺だと分かってしまわないか?」
「言われてみればそうだな。そのマジックアイテムが量産されないことを祈ってるよ。……量産されても、使うのはかなり難しそうだが」
「これはベスティア帝国の錬金術師に、特注として作って貰った奴だしな。量産するのは難しいと思う」
正確には、魔力で矢を生み出すマジックアイテムを改造して作って貰った物だ。
(マリーナがギルドマスターを辞めて俺達に合流すると分かっていれば、改造はしなかったんだけどな)
少しだけ後悔するレイだったが、まさかギルドマスターを務めていた人物がそれを辞め、再度冒険者として活動をするなどということは、予想しろという方が無理だろう。
それにマリーナは弓も使うが、メインの攻撃方法はやはり精霊魔法だ。
勿論弓の腕が悪いという訳ではない。純粋な弓の腕ということであれば、腕利きが揃っているギルムの冒険者の中でも上位に位置するだろう。
それは、弓を使う者にとって、マリーナは最高峰の技術を会得しているということを意味している。
……元々ダークエルフだけに、弓に適性があったというのもあるのだろうが、長い冒険者生活の中で磨き抜かれたのは間違いない。
客観的に見れば、弓という武器に愛されていると表現してもおかしくはないマリーナだったが、それ以上に精霊に愛されていた。
それも弓よりも遙かに深く、広く。
結果として、マリーナは弓も使うが、より多く精霊魔法を使うようになった。
「ベスティア帝国か。……やっぱり一度行ってみたいとは思うが……難しいだろうな」
「エグゾリス伯爵家の次期当主が、現在は戦争をしていないとはいえ、長年敵対してきた隣国に向かうというのは……止めた方がいいかと」
ブルーイットの言葉を聞き、レオダニスが即座にそう告げる。
レオダニスはブルーイットの部下という訳ではないのだが、それでもケレベル公爵騎士団に所属し、国を愛する者としてはそう告げるしかなかった。
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