第1779話
レイは、目の前にある食べ物を見て目を大きく見開いていた。
アーラから客室に案内され、少し話していたのだが、少し腹が減ったとレイが言うとアーラが厨房に向かい、やがて持って来たのが目の前に広がっている料理だったのだ。
……それは、丸く、湯気が立ち、香ばしい匂いを周囲に漂わせていた。
具となっている魚介類の旨みが想像出来る程の、食欲を刺激する香り。
レイにとって難点だったのは、掛かっているのがデミグラスソースに似ているソースだったことか。
また、鰹節や青のりといったトッピングがないのも、少し残念に思う。
思うのだが……それでも、十分以上に美味いというのは容易に予想出来る見た目。
「何でここに海鮮お好み焼きが……」
レイが、目の前に存在する海鮮お好み焼きを見て、驚きも露わに呟く。
「驚いて貰えたようですね」
そんなレイの様子を見て、アーラが面白そうに笑みを浮かべる。
レイが驚くということは滅多にないので、そういう意味では、アーラはかなり珍しいものを見たことになるのだろう。
そんなアーラのしてやったりといった様子に、レイは以前何かの拍子に海鮮お好み焼きについて話したことがあったような……? と疑問を抱く。
「エモシオンで広まったこの料理は、これだけで主食になるということもありますし、一度準備さえしてしまえば纏まった数を手軽に作れるということもあり、現在かなり有名になっています」
「それで、エモシオンで広がった料理が、何でケレベル公爵領に?」
ケレベル公爵領とエモシオンは、かなりの距離がある。
ミレアーナ王国の中でも、そう気軽に行ける距離ではない。
だからこそ、レイは海鮮お好み焼きがここで出て来たのかを疑問に思ったのだ。
「この屋敷の料理人は、味の追求に掛けては貪欲ですからね。そもそも、ケレベル公爵に雇われることにしたのも、その財力や人脈で思う存分料理を作ることが出来て、稀少な食材を入手出来るから、ということでしたから。……レイ殿をかなり尊敬しているらしいですよ」
「俺を? 何でまた?」
「それは当然、この海鮮お好み焼きしかり、ギルムのうどん、肉まん、ピザしかり。今までは思いもしなかった料理を次々に考えているのを思えば、当然かと。それより、どうぞ。折角のお料理ですし、冷める前に食べましょう」
そう言うアーラの前にも、レイと同じ海鮮お好み焼きが準備されている。
寧ろ、冷める前に食べたいというのは、アーラがそう思っているからなのだろう。
レイもそれは理解していたが、折角の出来たての料理なのだから、冷める前に食べたいというアーラの言葉も理解出来る。
その言葉に頷き、ナイフとフォークを握る。
(そう言えば、ナイフとフォークでお好み焼きを食うってのは……まぁ、普通は箸だけど、ミレアーナ王国には箸がないしな。TVでやってた特集は……コテだっけ? あれを作って貰えばいいのかもしれないけど)
そんな風に若干違和感があったが、ステーキを切り分ける時のように、ナイフで海鮮お好み焼きを切り分け、口に運ぶ。
まず最初に広がったのは、さっぱりとしたソースの味。
今までの経験から、もっと濃い味を考えていたのだが……予想外の味に驚きつつ、口の中に入った海鮮お好み焼きをしっかりと味わう。
プツリとしたエビの食感と、歯応えの良いキャベツに似た食感の野菜、それと口の中で解れる白身の魚に、どのように調理したのか、火が通りすぎず程よい弾力の貝。
口の中一杯に広がる味は、渾然一体となってレイの舌を楽しませる。
「美味しい……」
その海鮮お好み焼きの味は、アーラにとっても十分に美味いと感じたのだろう。
驚きを含んだ声で、アーラが呟く。
当然アーラも、この料理を作った料理人の腕が良いというのは知っていた。
それでも、やはりこうして直接食べると、その味に心を奪われてしまう。
「うん、俺が作ったのとは結構違うけど、それでも十分に上手いな」
「え? レイ殿が考えたのとは違うんですか?」
「俺が考えたんじゃなくて、あくまでも作ったんだけど……まぁ、いいか。ああ。もっとも、色々と細かいところが違うってだけで、大体は変わらないけど」
そう言うレイだったが、実際には以前レイがエモシオンで作った海鮮お好み焼きよりも、目の前にある海鮮お好み焼きの方が完成度は高い。
もっとも、レイが作った海鮮お好み焼きは所詮料理の素人が日本にいる時に作ったり知ったりした知識で作ったので、本職の料理人にとっては色々と物足りない部分があると感じられてもおかしくはない。
また、鰹節やマヨネーズ、青のりといったようなお好み焼きにとって必須……ではないが、あれば間違いなく美味いと感じられる食材や調味料が他になかったというのも大きい。
だが、そのような食材や調味料が足りないと知っているのはレイのみなので、エモシオンで海鮮お好み焼きを知った料理人達は、自分達で独自の改良を重ねていた。
既にレイが海鮮お好み焼きを知らせてから数年……当然のようにその改良によって、海鮮お好み焼きはレイが教えたものよりも味が良くなっていた。
そしてケレベル公爵に雇われている腕の良い料理人が、それを更に改良し……レイにとっても驚くべき美味さになっていたのだろう。
「後でこの料理を作った料理人がレイ殿と会いたいと希望しているのですが、構わないでしょうか?」
海鮮お好み焼きを味わっていると、不意にアーラがレイにそう尋ねる。
その言葉にレイがアーラを見ると、既にアーラの皿は空になっていた。
海鮮お好み焼きを食べ終わったところで、そのことを思い出してレイに尋ねたのだろう。
だが、そう言われたレイは少し戸惑う。
「いや、別に会うには会ってもいいけど、会ったからって特に教えられる料理はないぞ? まぁ、何となく覚えているようなのはあるけど、それはあくまでも何となくだし」
「それでも構わないかと」
「……まぁ、アーラがそう言うのなら、俺は別に構わないけど」
これから暫くの間、レイはこのケレベル公爵邸で世話になるのだ。
であれば、その間に料理を作ってくれる相手と会うくらいは、レイにとっても全く構わない。
自分に会うことで美味い料理を作ってくれるのであれば、それこそ幾らでもレイから会いたいと思ってしまうくらいには。
「そうですか。では、後で伝えます。その……料理に対する情熱はかなり強いですけど、失礼な態度を取ることもあるので、広い心で接して貰えばと……」
少し言いにくそうにしているアーラの様子を見て、レイも何となくその性格を予想する。
一つのことを極めた……もしくは極めつつあるような者にとって、それ以外のことが色々と雑になるというのは、今まで色々な相手に会ってきたレイにも何となく理解出来た。
「それくらいは構わない。勘違いした貴族の相手をするよりは気楽だろうし」
「あははは」
レイの言う勘違いした貴族というのが誰なのか、これ以上ない程に想像出来るだけに、アーラが出来るのは笑って誤魔化すことだけだ。
そんなアーラの態度だったが、レイはそれ以上は何も言わずに海鮮お好み焼きを味わって食べる。
そうして十分程が経つと、レイの皿も見事なまでに空になっていた。
アーラが呼んだメイドが皿を片付けて部屋から出て行くと、次にアーラはレイの為に紅茶を淹れる。
アーラの紅茶を淹れる腕は非常に上手く、エレーナですら見習っている程だ。
その紅茶を味わいながら、レイはアーラと雑談する。
「それで、エレーナは?」
「今は、その、アネシスに戻ってきたばかりなので、色々と忙しいかと」
「……そういうアーラは、忙しくないのか? エレーナの護衛騎士団の団長だろ?」
レイの言葉に、アーラはそっと視線を逸らした。
その行為がどのような意味を持っているのかは、レイにも何となく理解出来る。
とはいえ、それを口にするのはアーラにとっても面白くないだろうと判断し、レイはそれ以上の追求はやめておく。
(どのみち、ケレベル公爵領まで帰ってきたんだから、アーラもやるべき仕事はたっぷりとあるんだろうしな。今くらいは現実逃避をさせておいてもいいだろ)
そう考え、話題を別のことに変えて話をしていると……不意に部屋の扉がノックされる。
ノックの音に、紅茶を飲んでいたアーラは一瞬身体を固める。
もしかしたら、騎士団の仕事の件で自分を呼びに来たのではないかと、そう思ってしまったのだ。
アーラが固まってしまったので、取りあえずレイが中に入ってもいいと返事をする。
そんなレイの言葉に、アーラは少しだけ恨めしそうな視線を向けるが……やがて次の瞬間、扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、アーラが来ないで欲しいと思っている人物……ではなかった。
身長百八十cm程の、がっしりとした体格の男。
年齢は四十代程か。
だが、その瞳には強い好奇心が宿っており、それが実年齢よりも男を幾分か若く見せていた。
「……誰だ?」
当然レイはそんな男に見覚えなぞなく、もしかしてエレーナの護衛騎士団の人間か? とアーラに視線を向ける。
そんな視線をレイに向けられたアーラだったが、その顔に浮かんでいるのは嬉しさと戸惑いが半分ずつ。
「ゲオルギマ殿、一体なんで……」
「そりゃあ決まってるだろ。噂のレイって人に会ってみたかったからだよ。なぁ、お前がレイか? 今まで色んな料理を考えてきた?」
「あー……なるほど」
その言葉だけで、レイは目の前にいるゲオルギマという人物がどのような相手なのか理解出来た。
つまり、先程アーラが口にしていたケレベル公爵邸の料理人なのだろうと。
「うん? どうしたんだ? 料理を考えたんだろ? お前が、小さいのに凄いな。どうやって料理を思いつくのか、教えて欲しいくらいだ」
「あー……うん。ゲオルギマだっけ? お前がケレベル公爵邸の料理人で間違いないよな?」
「そうだ」
レイの言葉に、ゲオルギマは自信に満ちた表情で告げる。
自分の料理人としての腕に、それだけ強い自信があるのだろう。
「そうか、知ってるようだけど、一応言っておく。俺がレイだ。それで、料理に関してだが……ゲオルギマが知ってるかどうかは分からないけど、俺は小さい頃に山奥で魔法使いに育てられていた。俺が広めた料理は、その時に本で読んだのを覚えている奴であって、別に俺が考えた訳じゃないぞ」
ゲオルギマを牽制する意味を込めて、いつもの言い訳をするレイ。
実際、レイはそこまで料理に詳しい訳でもないので、詳細な料理の話題を振られても答えることは出来ない。
フランベ? ワインか何かを入れてアルコールを燃やす奴だろ? といった程度しか、レイは料理に詳しくないのだ。
いや、寧ろフランベという調理法の名前を知ってるだけでも、レイにとっては上等だと言えるだろう。
そんな風に何とかゲオルギマを誤魔化そうとするレイだったが……
「がっはっは。気にするな。例え知識だけであっても、それでお前は幾つもの料理を広めてきたんだ。その功績は褒められこそすれ、貶されることはねえよ」
豪快に笑うその様子に、レイは溜息を吐く。
もっとも、その溜息は嫌な相手に対して向けるものではなく、多少なりとも好意的なものではあったが。
「取りあえず、俺は美味い料理を食うのは好きだけど、料理の技術については詳しくない。それでもいいなら話を聞くけど、どうする?」
「それは問題ない。いや、寧ろ今のお前の話を聞いて、よっぽど詳しい話を聞きたくなったよ」
目を好奇心に輝かせながら言ってくるゲオルギマに対し、レイはどうしたものかとアーラに視線を向ける。
視線を向けられたアーラは、ゲオルギマに対して少し遠慮しながら話し掛ける。
「ゲオルギマ殿、今日の夕食の準備の方は済んだのですか? 今日はエレーナ様の帰還とレイ殿の歓迎の意味も込めて、簡単なパーティーを開くという話でしたが」
「あ? そっちの方なら、もう大体は準備が終わってるぞ。だからこそ、俺もここに来てるんだしな」
「あー……そうですか。ゲオルギマ殿に対しては、その辺は言うまでもなかったですね」
料理に全てを掛け、場合によっては冒険者に混じって食材となるモンスターを狩るということも珍しくないゲオルギマだ。
今でこそケレベル公爵の財力のおかげでそのような真似はしなくなったが、それでも料理に対する執着は強い。
「おう。俺が料理で手を抜くようなことはない!」
自信に満ちた様子で言い切るゲオルギマに対して、ふとレイは悪戯心を抱く。
「そうだな。じゃあ、今日のパーティーで俺が心の底から食べて美味いと言えるような料理があったら、俺が覚えている料理を一つだけ教えるよ。……ただし、俺が分かるのは、大体の作り方だけだ。詳しい作り方は、ゲオルギマが試行錯誤する必要がある。うどんとかもそんな感じで今のような料理になったんだしな。出来るか?」
そう告げたレイの言葉に、ゲオルギマは視線を鋭くレイに向け……獰猛な笑みを浮かべて頷くのだった。
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