第1753話
「その……俺は嬉しいですけど、何でわざわざ俺達にここまでしてくれるんです?」
マルキスの言葉に、その仲間の面々……そしてガメリオンによって吹き飛ばされ、意識を失っていた女も同意するように頷く。
尚、気絶していた女は、意識が戻った時に喜ぶよりも先に口の中にあるポーションの残滓ともで呼ぶべき不味さに呻き、女の口から出てはいけないような悲鳴とも、呻き声ともつかない声が出たのだが……それは取りあえず、皆が――フロン達も含めて――なかったことにした。
「お前達が気に入ったからって言っただろ? なぁ?」
「グルゥ? グルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。
そんなセトに、マルキスの仲間の何人かは怖がるが、もう何人かは特に気にした様子はない。
(この反応を見ると、ギルムに来たばかりの奴とそうでない奴の反応が分かるから、便利だよな。……絶対って訳でもないけど)
ギルムは広いし、集まっている人も多い。
おまけに、今はただでさえ増築工事の影響でいつもより人が増えており、そこに駆け込みの商人までやってきている。
そうであれば、かなり前からギルムにいてもレイやセトを見たことがないという者がいてもおかしくはない。
ギルムの住人からセトのことを聞いていても、初めて見るのであればセトを怖がってもおかしくはないのだ。
セトを見て怖がっているのはそういう者か、もしくは本当にギルムに来たばかりの者なのだろう。
「気に入ったって……本当にそれだけで?」
「ああ。……一応聞いておくけど、お前達は別にギルムに来る前から一緒に行動していたパーティ……って訳じゃないだろ?」
そう尋ねてはいるが、それは半ば確認の意味を込めてのものだった。
ガメリオンとの戦い……レイが乱入したのは戦いの最後と思しき時だったが、その時のお互いの行動を見ている限り、とても長い間一緒のパーティを組んでいた相手のようには見えなかった。
寧ろ、これで長年パーティを組んでいたのであれば、それこそお互いに息が合っていないと言い切れる程に。
そんなレイの予想は当たっていたのか、マルキスを含めた全員が何故分かったといった視線を向け……
「え? その、何で分かったんですか!?」
黙っていることも出来なかったのか、マルキスの仲間の一人が反射的に尋ねる。
そんな様子に、レイが何かを言おうとするが、それよりも前にフロンが口を開く。
「当たり前だ。長年一緒に活動してるかどうかなんてのは、それこそ戦闘中の動きを見ればすぐに分かるんだよ」
まさか、ここでフロンが口を挟んでくるとは思わなかったマルキス達は、え? とフロン達に視線を向ける。
「いいか? ある程度の腕がある者なら、大体見ればそのパーティがきちんとパーティとして機能してるかどうかってのは分かる。特にお前達みたいな、あからさまに冒険者になったばかりですなんて奴はな。……そもそもの話、何でお前達はここにいる?」
「ここに、いる?」
何を言われているのか分からないといった様子で呟くマルキス。
だが、フロンの表情は真面目なもので、冗談や嫌味の類を言ってる訳ではないというのは、すぐに分かった。
「そうだ。お前達のランクがどのくらいなのかは分からねえが、それでもBやCなんてことはねえ筈だ。Dでも厳しいだろうな。そんな奴が、なんだってガメリオン狩りにわざわざ来たんだ? ここは、ギルムだ。辺境だぞ? お前達程度の腕でどうにか出来るモンスターなんてのは、どれくらい少ないか……考えるまでもなく明らかだろ」
「それは……」
真っ当なフロンの意見に、マルキスは言葉に詰まる。
実際、マルキス達が思い上がっていたのは間違いない。
増築している工事現場に迷い込んできたゴブリンを倒して、自分達でも何とか出来ると思い込んでしまったのだ。
そうして、ガメリオンを倒したというパーティを見て、それがどれだけの金になるのかを知ってしまい、気の合う友人同士でパーティを組んで、こうしてガメリオン狩りに来た。
結果として、マルキス達は軽い気持ちで行ったことにより、死ぬ寸前のところをレイに助けられたのだ。
(まぁ、俺が来てからそう時間が経たずにフロンが来たのを考えると、もしかしたら俺が来なくても間に合っていた可能性はあるけど……その場合、多分何人かは死んでただろうしな。後ろからもガメリオンがやって来てたし)
ガメリオン一匹で既に半壊状態だったのを考えれば、ガメリオンによる挟み撃ちというのは、致命的ですらあっただろう。
やはり自分が助けに入ったタイミングは絶妙だったのだろうと、レイは自画自賛し……同時に、マルキス達の運が良かったのだと考える。
運というのは、冒険者をやっていく上で絶対に必要な要素だ。
同じ実力を持つ者であっても、それこそ何故か依頼を成功させる者がおり、もしくはモンスターとの戦いになっても生き残る者と死ぬ者といった風に分けられる。
そう考えると、運という見て分かるようなものではないその能力は、冒険者に……生き残る冒険者にとって必須の能力だった。
である以上、本当に極限の状態であったとはいえ、死ぬ寸前でレイの助けが間に合ったマルキス達は、十分に運という能力を持っているのは間違いない。
(まぁ、運だけがあっても実力はまだないけどな)
レイが考えている間にもマルキスとフロンの話は続いており、お互いに色々と言い争う。
……いや、言い争うのではなく、フロンによってマルキスが一方的に言われているというのが正しい。
だが、それが自分達の為を思ってのことだというのは、マルキスや他の面々にも分かってるのだろう。
色々と駄目出しをされて悔しそうな表情を浮かべてはいるが、そこに恨みの類は存在しない。
もっとも、このままずっとフロンの駄目出しを続けると、マルキス達の心が折れてしまう可能性もある。
出会ったばかりの仲間であっても、必死に庇うというその様子を見てマルキス達が気に入ったレイとしては、そろそろ話を止める必要があった。
「フロン、その辺にしておけ。ここで時間を使っても、ガメリオンを見つけることは出来ないぞ」
そんなレイの言葉に、ようやくフロンは言葉の槍の矛を収める。
「ふんっ、分かったよ。けど、いいか? 今日俺達と一緒に行動するのなら、俺の指示には従って貰うぞ。あくまでもお前達じゃなく、俺の流儀でやらせて貰う。それでも一緒に来るってことでいいんだな?」
念を押すように確認するその言葉に、マルキスは神妙に頷く。
フロン達が明らかに自分たちよりも格上の存在であるというのが、今までのやり取りで理解出来たのだろう。
マルキス達がもう少し腕が立つのであれば、それこそ正面から向かい合っただけでフロン達が自分とは比べものにならない力をもっているというのが理解出来るのだろうが……残念ながら、マルキス達はまだその域に達していない。
「分かりました。色々と迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ふんっ」
鼻を鳴らしながらも、フロンの口は満足そうに弧を描く。
これだけ言われてもへこたれた様子がないのが、気に入ったのだろう。
そして臨時パーティを率いているフロンに気に入られたのであれば、もう一安心なのは間違いなかった。
勿論、気に入られたからといって、一緒に行動している時に馬鹿な真似をすれば、即座に怒声が飛んでくるのは間違いないが。
「さて、じゃあ話は決まったみたいだし、俺はガメリオンを探すとするよ。セトに乗って空からガメリオンを探すから、見つけたら……そうだな、セトに一度大きく旋回させる。それが合図だ。それからセトが進んだ方に、ガメリオンがいる。……それでいいか?」
「そんな派手な真似をすれば、レイを追うような奴が出てくるかもしれないから、出来れば一度降りてきて欲しいんだがな」
グリフォンのセトに乗るレイというのは、ギルムでは当然のように広く知られている。
そんなレイとセトが上空にいて、ガメリオン狩りの行われている場所におり……それでいて旋回するという真似をすれば、当然のように目立つ。
ただでさえ、もうガメリオン狩りも終わりに近づいている以上、レイの存在からガメリオンの位置を見出そうとする者がいないとも限らない。
いや、絶対にいるとフロンは確信していた。
それだけに、自分達の先を越される可能性は出来る限り少なくしたいと、そう考えるのは当然だったが……
「無茶を言うなよ。ガメリオンの速度は、お前も知ってるだろ?」
ウサギのモンスターたるガメリオンは、当然のようにその脚力が自慢だ。
巨体であるにも関わらず、信じられない程の速度で動き回る。
それだけに、ガメリオンの姿を見つけてから一度地上に降りてくるといった真似をすれば、その少し目を離した隙にガメリオンの姿が消えているという可能性は十分にあった。
だが、フロンはそれを承知の上でレイに向かって口を開く。
「分かってるよ。だが、ガメリオンが動かないという可能性だってあるだろ。何かを食ってる時とか」
「……何を食ってるのかは、あまり考えたくないけどな」
ここにはガメリオン以外にも多くの動物やモンスターがいる。
だが、ガメリオンにとって、そのような存在を探すよりも自分を目当てに来てくれる冒険者という存在の方が、容易に見つけることが出来るのだ。
それこそ、餌から自分達の方にやってくるのだから。
そんなガメリオンが何かを食べているのだとすれば、それは返り討ちにした冒険者という可能性が高いのは当然のことだった。
つまり、フロンの言葉通りの場合、冒険者の死体を見つけることにもなりかねない。
「それでもいいさ。冒険者をやっている以上、その辺は承知の上でここに来てるんだろうし」
「分かった。ただ、見つけたガメリオンの動きが止まっていない場合はどうすればいいんだ? それこそ、移動中とか。その場合でも知らせに戻ってくればいいのか? 言っておくが、俺がガメリオンを見つけるのは一度だけだぞ」
「ぐぬ」
レイの言葉に、フロンは言葉に詰まる。
出来れば、フロンとしては可能な限りガメリオンを見つけて欲しかったのだろう。
それだけセトに乗って上空から敵を探すという行為が有効な証だった。
いや、単純に空を飛べるからそこまで有効なのではなく、常人よりも遙かに鋭い五感や第六感、魔力を感じる能力のあるセトだからこそ、ここまで的確な真似が出来るのだが。
その上、セトに乗っているレイもまたセト程ではないにしろ、常人よりも鋭い五感を持っている。
そんな一人と一匹の能力を期待したフロンの言葉だったのだが、それはレイによって一刀両断にされてしまったのだ。
「どうする? それでも構わないなら、ガメリオンを見つけたら一度こっちまで戻ってきてもいいけど」
決断を迫るレイの言葉に、フロンは仲間からの……そしてマルキスからの視線を向けられ、やがて口を開く。
「分かった。上空を旋回するだけでいい。その代わり、出来るだけ大きなのを頼むぞ」
「そう言われてもな。正直なところ、どんなガメリオンを見つけるのかは、運次第だし」
もう少し前……ガメリオン狩り最盛期の時であれば、それだけガメリオンは多く、大きいのを探すことも出来ただろう。
もっとも、そのような状況であれば、わざわざレイがセトに乗って上空から探すような真似をしなくても、ガメリオンを見つけることは難しくなかっただろうが。
若干不満そうな様子のフロンだったが、レイはガメリオンの死体をミスティリングに収納すると、そのままセトに乗って上空に向かう。
「さて、ガメリオンがどこにいるのかだけど……」
空の上で、レイが呟く。
だが、時季も時季だけに、既にガメリオンの姿は殆ど残っていない。
何匹かは見つけることが出来たが、それは既に冒険者と戦っており、まさかフロン達に横槍を入れろと言える訳もない。
もしくは、マルキス達のように冒険者側がピンチであれば話は別だったが、マルキス達のような腕の未熟な者達がそう多くいる筈もない。
「うーん、やっぱりいないな。……林とかそっちの方になら、他にもいるのか?」
セトの身体を撫でつつ、レイは視線を少し離れた場所に生えている、小さな林に向け……
「あ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが鳴き声を上げる。
林の方を見た瞬間、まるでそれを待っていたかのようにガメリオンが木々の間から姿を現したからだ。
それなりの大きさを持つ鹿に牙を突き立てながら。
恐らくガメリオンの食事なのだろうと判断し、レイはセトを旋回させ、地上にいるフロン達にガメリオンを見つけたと合図し、鹿の内臓を貪っているガメリオンのいる方にセトを進めて、フロンにガメリオンのいる方向を示すのだった。
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