第1750話

「ちょっと……それだと、私達がギルムに到着しても、住む場所がないんじゃないの!?」


 サブルスタの前を通りすぎ、アブエロに向かって歩いている中……スーラは一緒の馬車に乗っているレイに向かって、半ば怒鳴るように叫ぶ。

 普段であれば、他の者達もそれを咎めたりするのだろう。

 だが、レイから聞いた今のギルムの状況……それこそ、宿の類が殆どないというのを知れば、叫びたくなるのも当然だった。


「安心しろ。この集団が来るというのは、最初からダスカー様も知っている。豪邸……って訳じゃないが、一冬を超える程度の家はきちんと建てられているよ」


 スーラ率いるこの集団は、ギルムにとっては大きな福音とでも呼ぶべき存在だ。

 勿論これだけ大量の女達がいきなり増えるというのは、色々と問題も起きるだろう。

 だが、それを上回る利益をギルムにもたらしてくれる存在である以上、ダスカーもスーラ達を無碍に扱うような真似をするつもりは全くなかった。


「……そう? なら、いいけど……でも、それなら……私達が言うことじゃないだろうけど、臨時で泊まる為の建物とかをもっと増やしてもよかったんじゃない?」

「あのな、一応言っておくけど、お前達が来るというのは前もって分かっていたからこそ、きちんと計画を立てて家を建てることが出来たんだ。そこに急にギルムの増築工事の為に来た連中の分も家を建てるというのは、ちょっと難しいぞ」


 そう告げるレイの言葉には、スーラも納得するしか出来ない。

 掘っ立て小屋の類でよければ、それこそすぐに建てることも出来るだろう。

 だが、そのような場所では、雪の降る中で外にいるよりはマシかもしれないが、結局のところその程度の差だ。

 暖房器具もなく、建物の隙間から入ってくる風を防ぐことも出来ないとなれば、どうしたって凍死の可能性は否定出来ない。


「もっとも、それでも冬に外で凍死するよりは生き残る可能性は高いから、本当にいざとなったらそんな手段もとる可能性は高いけど……少なくても、元から住む予定だったスーラ達の家のように快適とはいかないだろうな」


 増築工事をしている間だけギルムに滞在する者と、本当の意味でギルムに移住を決意した者達のどちらをギルムの領主たるダスカーが重視するのかは、それこそ考えるまでもない。

 ましてや、スーラ達の移住にはレイが全面的に協力しており、レイに対して強い信頼を抱いているダスカーにとって、どちらを重視するのかは明らかだろう。


「取りあえず、私達が住む場所はしっかりと確保されてるのなら、いいわ」


 安堵したように告げるスーラに、他の面々も特に異論はないのか黙る。

 もっとも、ギメカラは元々ゾルゲー商会としてギルムに本拠地を移す為にここまでやってきたのだし、ロックスはスーラ達の護衛をしているが、元々ギルムの出身で住む場所はある。

 レジスタンスを……そしてこの集団を率いているスーラと、メジョウゴでレジスタンスに合流したシャリアは、自分達の為に作られた家を気にしていた。


「ああ、それと……多分、本当に多分だけど、ギルムに到着して金が足りなかったら、ガメリオン狩りにまだ参加出来るぞ。ギメカラ……いや、ゾルゲー商会からの援助も、ギルムに到着するまでなんだろ? なら、貯められる間にその辺りをどうにかしておいた方がいい」

「……ガメリオンか。まだいるのか?」


 レイの言葉に真っ先に返したのは、ギルムを拠点としている為にガメリオンについても詳しいロックスだ。

 例年であれば、そろそろガメリオンもいなくなる時季だけに、そんなロックスの言葉も当然だった。


「今年は結構伸びてるみたいだぞ。俺は色々と忙しくてガメリオン狩りに参加は出来ていなかったけど、知り合いから聞いた話によると、そんな感じだ。俺も一通り急ぎの仕事が終わったら、ガメリオン狩りに行ってみようと思ってるし」

「ほう。なら、俺も手を出してみるか」


 旬の味にして、ギルムにとっては一種のお祭り騒ぎに近い毎年恒例のガメリオン狩り。

 ギルムの冒険者たるロックスにとって、それに参加しないという選択肢は存在しなかった。

 今年は何だかんだと忙しく、レーブルリナ国の問題もあったので、ガメリオン狩りに参加出来るとは思っていなかっただけに、レイからの情報はロックスにとって非常にありがたいものだった。


「えっと、その……ガメリオンってのは?」


 戸惑ったように尋ねるのは、シャリア。

 狼の獣人として、狩りというものに興味を持つのは当然なのだろう。

 ましてや、この一行は狼のように集団での戦闘を得意としている。

 それだけに、この集団でガメリオン狩りをするというのは、シャリアにとっても胸躍るものだ。……物理的な意味でも、その豊かな胸は揺れているのだが。


「簡単に言えば、巨大なウサギのモンスターだ。ただし、秋から冬になるこの時季にしか姿を現さない期間限定のモンスターだ」

「……ウサギ?」


 ウサギという言葉に、シャリアが少しだけ興味を失ったように呟く。

 もっとも、レイやロックスはそんな反応は予想していただけに、特に気にした様子はなかった。

 ガメリオンは間違いなくウサギのモンスターではあるのだが、実際には元ウサギというだけで、とてもではないが草食動物の名残とも言うべきものは存在していない。

 だが、それをここで説明したところで、シャリアがまともに話を聞くとは思えない。

 実際にその目で直接見て、初めてガメリオンがどのような存在なのかを知ることが出来るだろう。


(まぁ、その辺りは結局のところ自分の目で見て貰うしかないか。ただ、ガメリオン狩りも既に終わりに近くなっていて数が少ないのに、スーラ達が来ても……絶対に獲物が足りなくなるだろ)


 スーラ達は百台以上の馬車を持ち、千人近い人数の集団だ。

 そうなれば当然ながら、ガメリオンを倒しても、一人の得られる報酬や肉の量は微々たるものだ。

 これでもう少し早くギルムに到着していれば、ガメリオン狩りの最盛期にやってくることも出来たのだろうが……その辺りは、今更言ってもどうしようもない。

 スーラ達だって、別に好き好んでこのガメリオン狩りの最盛期に間に合わなかった訳ではないのだから。

 そもそも、全員が馬車で移動しているとはいえ、千人規模での移動だ。

 移動速度そのものはともかく、どうしても出発する時の準備に時間が掛かってしまう。

 これが冒険者の女であれば、素早く身支度を調えるのにも慣れているのだが……この一行は、弓を使った集団での戦いの方法は理解していても、基本的に戦士という訳ではないし、その人間性も一般人のものに近い。

 ……もっとも、人をあっさりと殺せるようになっていたり、盗賊達の死体から平気で剥ぎ取りを出来るようになっている辺り、完全な一般人というよりは、冒険者と一般人の中間といった表現するのが正しいのかもしれないが。


(今更だけど、普通の一般人に戻るのは……無理とは言わないが、それなりに難しいだろうな。セト好きなところとかを見ると、どこからどう見ても、可愛いもの好きの女達にしか見えないけど)


 もっとも、いざとなればダスカーに雇われるという選択肢もあるので、レイはこの一行の行く末にそこまで心配はしていない。

 勿論全員がダスカーに雇われるという訳にはいかないだろうが。

 スーラ達が圧倒的な強さを持ったのは、あくまでも千人以上という人数と、その人数から纏めて放たれる矢による弾幕とでも呼ぶべきものがあればこそだ。

 だが、それはあくまでもギメカラが……ゾルゲー商会が金を惜しまずに矢を準備しているからにすぎない。

 もしダスカーの指揮下に入るとなれば、当然のように今のような戦い方をするのは、まず無理だった。


「まぁ、ガメリオンに興味があるんなら、ギルムに到着してから討伐……いや、この場合は狩りって表現の方が正確か。そういう風にすればいいさ。もっとも、スーラ達が使っていた馬車による突撃は……多分効果がないけど」


 そう言うレイの言葉に、スーラが若干不満そうな表情を浮かべる。

 色々と考え、現在の自分達ではこれが最善の選択だと、そう判断したのが、馬車を使っての機動戦……騎射ならぬ馬射とでも呼ぶべきものだったのだ。

 それだけの自信がある戦い方で、実際に幾つもの盗賊団をその戦い方でどうにかしてきた。

 なのに、何故……と、スーラが不満に思うのも当然だろう。

 だが、レイは寧ろ呆れの視線を……スーラではなく、ロックスに向ける。

 視線を向けられた本人も、何故そのような視線を向けられてるのかを分かっている為か、そっと視線を逸らすだけだ。

 そんなロックスを見たレイは、小さく溜息を吐いてから口を開く。


「お前達が戦ってきたのは、基本的には盗賊だろ? モンスターは……それこそ、ゴブリンとかそれくらいか?」

「そうね。辺境以外ではそんなにモンスターも多く出ないし、街道を移動してきたから」

「だろうな。だからこそロックスもその辺りを指摘しなかったんだろうし。……いいか? お前達の戦い方は、盗賊のような……というか、足の遅い連中には強い。それは保証する。だが……馬車で、殆どが弓しか持っていない場合、ガメリオンのように馬車よりも足が速く、ましてや毛皮が武器の一撃を弾くような存在には、滅法弱いんだ」


 馬車というのは、それこそ普通の人間が走るよりは移動速度が速く、普通なら追いつかれるようなことはない。

 だからこそ、離れた場所から一方的に攻撃が可能なのだが……ガメリオンのような存在を相手にした場合、その長所は短所に姿を変える。

 ガメリオンの速度は、人が走る速度とは比べものにならない。

 その身体を覆っている毛は、生半可な武器では傷一つつけることが出来ない。

 その巨体は筋肉の塊で、普通の人間が十人纏まっていても、速度に乗ったガメリオンとぶつかれば弾き飛ばされる。

 その尾は非常に柔軟で、鞭の如き存在だ。

 その耳は刃で、刃物と同等……いや、下手をすればそれに勝る鋭さを持つ。

 その牙は強靱で、馬車程度は容易に噛み砕くことが出来る。

 ……どこからどう考えても、ガメリオンとスーラ達が戦って、ガメリオンを倒せるとはレイには思えなかった。


「まぁ、取りあえず……ガメリオン狩りをするのなら、今までのような戦い方は出来ないと思った方がいいな。ゾルゲー商会からの援助もなくなるんだろうし」

「それは……」


 痛いところを突かれたのだろう。スーラは言葉に詰まる。

 実際、矢というのは一本がそこまで高い訳ではないが、だからといって幾らでも使えるという訳ではない。

 そうである以上、ゾルゲー商会からの援助がなくなってしまえば、矢を買う金も自分達でどうにかする必要があった。


「その辺を考えて、それで自分達でどうにか出来ると思ったら、挑戦してみてもいいんじゃないか?」


 そう言うレイだったが、恐らく厳しいだろうと思っている。

 いや、ガメリオンを倒すというだけであれば、狼の獣人族で高い戦闘力を……それこそギルムの冒険者としても十分に通じるシャリアがいるし、元冒険者の経歴を持つ者達もそれなりの力を持つ。

 だが……それでも、無傷でガメリオンを倒せるとは、思えなかった。

 そこまでの実力がない者が、結果として怪我を……もしくは死ぬようなことになりかねないというのが、レイの予想だ。

 スーラもレイの言いたいことを理解しているのか、不満そうに黙り込む。

 何か言い返したいのだが、それを言っても言い訳や負け惜しみにしかならないと、そう理解しているのだろう。


「あー……ほら。もし何なら、俺も手伝うから、元気出せって」


 あまりにスーラが落ち込んでいるように見えたのか、ロックスが励ますように告げる。

 そんなロックスをギメカラはどこか呆れた視線で見て、シャリアはガメリオンのことをレイから聞いて興味を持っていた。


「ロックスがこの連中の護衛をするのは、あくまでもギルムまでなんだ。その後のことまで面倒を見る必要はないと思うぞ」

「……いや、その……な?」


 レイの言葉に、どこか誤魔化すように告げるロックス。

 その様子にレイが疑問を感じて首を傾げていると、ギメカラが先程の呆れから笑みに……それもどこか嫌らしい笑みに変わる。

 ロックスもそんなギメカラの笑みに気が付いたのか、何かを言おうとするも、ギメカラの口を封じる為に動くのは遅かった。


「恋人が危険な目に遭うかもしれないんだし、放っておく訳にはいきませんよね」


 ギメカラの口から出た言葉に、レイは一瞬驚きで動きを止め……やがて、ロックスとスーラの二人を見比べる。


「……恋人?」


 一応、もしかしたら聞き間違いだったのではないかと思い、そう尋ねるレイだったが、返ってきたのは顔を真っ赤に染めて照れくささから視線を逸らすスーラ。

 それと、何と口に出せばいいのか迷っているロックスだった。

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